【番外編更新中】桜の記憶 幼馴染は俺の事が好きらしい。…2番目に。

あさひてまり

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番外編

桜の追憶②

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あくまでもこの世界線でのお話なので時代背景はご容赦くださいませ。。


●●●

時は平安の世。

とある地方で、一人の少女の噂話が広がった。

『人を喰らうあやかし

きっかけは、流行り病で親を無くした少女が生きるために始めた占いだった。

最初は半信半疑だった人々も、そのあまりの的中率に目を剥く事になる。

中でも、占いによって村の水害が無くなった事が彼女の人気に拍車をかけた。


しかし、いつの時代にも他社の成功を妬む者はいる。

『あれは妖術で、アイツは妖だ。人間を誑かして喰う妖魔に違いない』

鬼や物の怪の存在が信じられていたこの時代、その噂はまことしやかに広まった。

少女の見目が平民らしからぬ美しさだった事も、そんな噂に拍車をかけたのかもしれない。

人々は彼女を迫害するようになった。

路頭に迷い飢えによる死を覚悟した少女だったが、ある日若い男が現れる。

『占いができるというのは真か?』

問われて思わず頷くと、汚れた身体をヒョイと抱えられて牛車に乗せられる。

訳もわからず連れて来られた先は、眩い御殿だった。

『どうだ、私の事を占ってみよ』

そこで待ち受けていた壮年の男にそう言われると、
少女は首を傾げた。

一段高い所に座る彼に、自分を連れてきた若い男が平伏しているが…

『貴方は本来そこにいるべき方ではありません。』

あまりに不敬な発言に息を呑む気配がするも、少女は平気で続ける。

『貴方は右利きなのに脇息の位置が逆です。こちらの方なら左利きなので分かりますが…』

少女が示したのは、若い男の方だった。

『…何故私が左利きだと?』

『道中の仕草です。それと、太刀を右に掃いてらっしゃるので。右利きだとそれでは抜けませんから。』

『では、何故彼は右利きなんだ?太刀もなければたった今会ったばかりだろう』

『指についた跡です。あれは右手で弓を番える時にできるものかと。』

淡々と言い当てられて主従は目を見交わした。

『ふははっ!実に見事だ。お主の言う通り私が主君であちらは従者だ。』

若い男が愉しげに笑い、壮年の男はそんな彼に呆れつつも関心している。

『私はお主のような者を探していたのだ』

そう言った若い男に衣食住を与えられ、少女の新しい生活が始まった。

自分は占いをしているのではなく、物事を観察して適切な事を助言しているだけだ。

そう言っても男の態度は変わらなかった。

それどころか『少し力を貸してくれ』等と、仕事の相談をしてくる。

最初は戸惑っていた少女も、この生活が好きになった。

誰かに頼られる事なんて初めてだったから。

『妖退治』として暴力を振るわれた事だってある自分を救って、受け入れてくれた存在。

彼に尊敬以上の感情を抱くのに、そう時間はかからなかった。



屋敷に来てから七年の月日が経った。

美しく成長した彼女の心配は、主君に婚姻の気配が無い事。

内心では喜んでしまうが、高貴な身分である主君はいずれ相応しい女性と子を成さなければならない。

だから、真剣な面持ちで呼び出された時は遂にその時がきたのだと思った。

『信じられない事だが、私が次の帝に決定した』

男は帝の側室の子であり、現帝は先日崩御している。

しかし継承権は六番目と低く、郊外に屋敷をあてがわれて暮らしていたのだ。

そんな彼の下に突然帝位が転がり込んで来たのだから、驚くのも無理からぬ事。

だが。

『貴方様はいつも民を思いまつりごとをしたいと仰せでした。必ずや良き帝になるでしょう。』

そう言う少女に、男は笑う。

『お主、占いはできぬと言っていただろう。』

『占いではなく、事実ですので。』

真っ直ぐ答える少女に、男は頷いた。

『ありがとう、せん

『はい。』

それが、最後に交わした最愛の男との言葉だった。





『漸くだ…。お主も本当に御苦労だったな。』

夜、とある屋敷の誰もいない部屋で、壮年の男が労う。

その足下に跪く少女の顔が月光に照らされた。

『勿体ないお言葉です。』

泉は、サラリと髪を揺らしながら顔を下げた。

『いや、素晴らしい働きをしてくれた。お蔭で主が帝となったのだ。』

初めて会った時に主君と入れ替わっていたこの男は、主君が幼少の頃から仕える腹心であった。

そんな男から打診されたのは、屋敷に来て2年目の事。

『主を帝にする為、お前の能力を借りたい』

権力に取り憑かれて帝位争いをする五人の義兄無能共を排除したい、と。

愛した男が帝となり、国を良くしたいと願っている事を泉は知っていた。

それができる優秀な人だが、産まれた順番に恵まれなかった事も。

だから、否やは無かった。

彼が望む事ならば、自分が叶えたいと。

例えそれが、本人に届かない献身だったとしてもーー。


侍女として潜入し、弱みを探り出し。

時には女の身体を使って取り入った。

『奴には、苛立つと右手の親指を噛む癖があります。毒だと知られていないこの花に触れさせれば、後は自滅するでしょう。』

泉のそんな報告を元に、計画は練られていく。

何も口にしていないのに泡を吹いて死んだ無能その一は、毒殺を疑われる事なく病死として扱われた。

『この時間にこの回廊を塞げば、あの二人を鉢合わせさせる事ができます。』

そうして、最高に仲の悪い二人の義兄弟引き会わせれば狙い通り口論に発展した。

さらには、どちらもが泉の変装である侍女と寝ていた事を知って刃傷沙汰になって。

無能そのニは切り殺され、その三は投獄された。

因みに無能その四と五は、手を下すまでもなく、流行り病でコロッと逝ってしまった。

そうして漸く、帝位は相応しい男の下へと落ちてきたのだ。

そしてそれと同時に、泉は彼のもとから姿を消す事になった。

『お主は死んだ事になっておる。頼むぞ、泉。』

『御意』

治世が安定するまでは安心できない。

もっと裏で動く為には、自分の存在を無きものにする必要があった。

自分の名を呼ぶあの声を、もう一生聞けないとしても。

泉には、彼の望みの方が大切だったから。


そうやって数多の敵を葬り、先に起こり得る事象を予見して窮地を未然に防ぐこと数年。

東宮が誕生したのを機に泉は、関白となったかつての腹心に打診した。

『この数年で、帝を御守りするも随分増えました。暫し暇をいただきたく思います。』

『暫し?泉、何をするつもりなのだ。』

首を捻る関白に、泉は淡々と答えた。

『子を産もうかと。』

そうして、絶句する男にこれまた淡々と語る。

『私とて歳をとります。東宮を御守りし、さらにその御子をお守りする役目が必要です。』

そして、ずっとずっと先の世まで。

愛しい男の子孫を守り続けなければならない。

『お主は、本当に…』

関白はその先を呑み込んだ。

彼とて権謀術数の朝廷を生きる者。

泉の抱く気持ちには薄々感付いていた。

しかし、身分差で恋心を諦めるなどというのはこの時代当たり前にある話だったのだ。

政略的に、好かぬ相手の子を孕む事も。

『分かった、許可しよう。して、相手はおるのか?』

いくらお主とて一人では子を成せまい、と言われて泉は頷く。

『影の中から、帝への忠誠心が高い者をください。誰でも構いません。』

『…いや、泉よ…影の忠誠心は皆須く高いし、お主とならば夫婦になりたい者は多いであろう。』

関白は再び絶句したが、何とか持ち直した。

『もっと他に条件は無いのか。』

これまでの献身を讃え、せめて少しでも好ましい者と結婚させてやりたい。

そう思いやる彼だったが、泉はやや面倒そうな声音になる。

『別に夫婦でなくても種さえくれればいいのですが…では、見目の良い者をください。』

『なんだ、お主面喰いであったのか。』

初めて見た年頃の女らしい一面に少し笑いながら、関白は了承したのだった。


そんな経緯があって影の一人と事実上の夫婦となった泉は無事に息子を、その翌年には娘を産んだ。

暫し子育てに専念していた泉が呼び戻されたのは、息子が7七歳になった頃。

『泉よ、よく戻った。』

布団に横たわる関白の顔色は酷く悪かった。

『病を得てな。もう長くないらしい。』

『駄目です。貴方がいなくては帝が困ります。』

『そうだな…。泉よ、亭主とは上手くやっておるか?』

『それなりに。見目の良さが子供達に受け継がれて良かったです。男女どちらに対しても武器になりますから。』

面喰いだからではなかったのか…

『ふっ…はははっ!お主は相変わらずよなぁ。安心したわ。』

心から楽しそうに笑った関白は、泉を見つめる。

『泉、帝を頼んだぞ。』

その会話から数日後、葬儀がしめやかに行われた。

多くの弔問客に紛れて、関白の息子が泉や影達を引き入れてくれた。

そこで、泉は久方ぶりに帝の姿を目にした。

遠目からでも憔悴した様子に胸が痛み、そして決意する。

翌日には、子供達と共に復帰した泉の姿があった。

泉の頭脳をしっかりと受け継ぎ見目もいい二人の子供は、すぐに戦力となる。

こうして、これまで以上に盤石の体勢が出来上がっていった。

一方の帝も、腹心を喪い傷心しながらも治世を乱す事は無く。

全てが上手くいっているかのように思えた。


帝が、病に倒れるまでは。


当時の医療の全てを注いだ治療の甲斐もなく、帝は弱っていく。

泉は気が気ではなく、夜毎に寝所の天井裏から容態を見守った。


そんなある日の事だった。

侍女達に一人にして欲しいと言った帝は、部屋が静まるとやや細くなった声を上げた。

『泉、いるのか?』

泉は息を呑んだ。

自分は死んだ事になっている筈なのに。

答えられずにいると、やがて静かな寝息が聞こえてきた。

泉の心は千々に乱れた。

だけど、帝に持ち直して欲しい一心である事を計画した。


翌日の朝、まだ薄暗く人の気配が無い寝所で帝は目を覚ました。

何かの気配を感じて見ると、そこには…

「泉…」

出会った当時のままの泉がいた。

『お加減はいかがでしょうか。』

そう問う声に、久方ぶりに身体の痛みが消えた。

『お主に会えたから、随分と良くなった。』

微笑むと、小さな泉も微笑む。

『泉、聞いてくれるか?お主と初めて会ったのは、私が入れ替わりでお主を試したあの時ではないんだ。もっと前…お主の母は、私の侍女であった。』

影で聞いていた泉は驚きに目を見開いた。

『だが、私の知らぬ間に謂れのない罪で平民にさせられたのだ。美しいお主の母が私の侍女である事を妬んだ義兄によって。二歳だったお主と母君は、屋敷から放り出された。』

帝の声は苦渋に満ちていた。

『私はずっと探していたんだ。なかなか見つからずにいた所に『人を喰らう妖』の噂が聞こえてきた。お主の母親の特徴に良く似たその少女を探して、ついに見つけたのがあの日だ。だが、既にお主の母親は亡くなったいた。間に合わなくてすまなかった。』

初めて聞く話に泉は混乱する。

たった一人で自分を育ててくれた母親が侍女だったなんて、聞いた事もなかった。

ただ、泉には我知らず教養があった。

でなければ、初めて訪れた貴族の家にある『脇息』なんて物を知っている訳がない。

綺麗な所作も、身分が上の者に対する言葉遣いも。

考えてみれば思い当たる節はいくつもあった。

『せめてお主の事だけは幸せにしたかったのだ。
なのに…突然死んだと聞かされて…。』

後悔が滲むそれに、彼が心を痛めていたのだと知る。

気まぐれで助けた子供一人を気にするような身分ではないだろうと、たかを括っていたのに。

『お主を妹のように思っていた。いつかは私がこの目で見極めたいい男を婿にして、子宝に恵まれて…幸せになって欲しかった。』

愛した男は酷く優しくて、そしてとても残酷だ。

でも、それでもーー

『だが不思議な事に、泉が死んでからも私はその気配を感じていたんだ。関白だった道利みちとしが言う事が余りにも当たるから…。泉は生きていて、道利を通じて私を助けてくれているのではないか、と。』

そうして、小さな泉に目を向ける。

『お前の名前は?』

『…泉でございます』

『本当の名前は?』

『…彰子』

うっかり漏らしてしまった少女に、そうかと笑う帝は気づいていたらしい。

目の前の子供が泉の娘である、と。

『泉はあんな風に笑わないからな。』

部屋に入って早々にバレていた事に、泉は頭を抱える。

夢だと思ってくれればと、彰子を向かわせたのに。

だけどほんの少し…嬉しかった。

彼の中の自分は一人だけなのだと、そう思えたから。

『私はそう遠くないうちに逝くだろう。だけど、周囲の人間に恵まれた良い人生だったと心から思っているよ。』

そして、部屋の外に視線を向ける。

まるで泉がいるのを分かっているかのように。

『ありがとう、いづみ

視界が歪んで涙が溢れる。

それはずっと昔…母が綺麗な着物を着ていた時の自分の名前だ。

朧気な記憶は、いつから自分がせんになったのか覚えていない。

だけど、母がつけてくれた大切な自分の名前。

それを、愛する相手に呼んでもらえた。

それだけでもう充分だ。

自分はなんて幸せなんだろうーー。



翌日、世を泰安へと導いた賢帝は永遠の眠りについた。

全てをやり終えたような、安らかな表情であったと言う。





『安心して眠ってください。』

春の陽射しが降り注ぐ空へ、泉は語りかける。

貴方様の御子である次の帝も、その次の帝も。

未来永劫、私の意志を継ぐ子孫が御守りいたします。

それが私が生まれてきた意味なのですから。


そして、彼の人がしてくれたのと同じように、その名前を呼んだ。



『永遠に愛しています、頼晴よりはる様。』






●●●

次回は現代に戻ります。


























晴も蓮も出て来んのかい。

















































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