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序章 狩人の孫

過去編 《投擲練習》

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――アルがまだ健在だった頃、レノは投石の技術を身に付けるために的を作る。切り株を削って中心に小さな円を描き、ロープを括り付けてからアルに見せる。


「爺ちゃん、こんな感じでいいの?」
「おお、上手く掘れているな。初めて作ったとは思えんな」
「へへへ……頑張って彫ったからね」


レノは手先が器用なので一晩で的を作り上げた。アルはレノが作った的を適当な大きさの木に吊り下げた。彼は10メートルほど離れた場所に移動して小石を拾う。


「良く見ておれよ……ふんっ!!」
「わっ!?」


的に目掛けてアルはで投げつける。腰は的に目掛けて真っ直ぐに飛び、見事に中心の円に的中した。


「す、凄い!?あの距離から当てたなんて……」
「阿呆、これぐらいのことで驚くな。それに儂がどちらの手で投げたのかちゃんと見てたか?」
「え?確か左手で……あれ!?爺ちゃんは右利きだったよね!?」


右利きであるはずの祖父が左手で小石を投げたことを思い出してレノは驚き、アルは自慢げな表情を浮かべた。


「儂は右利きだが左でも投げることができる。大昔に利き腕が骨折したときに色々と苦労したからな……だから万が一に右腕が怪我をした時に備えて左手でも投げられるように練習した」
「じゃあ、爺ちゃんはどっちの腕でも的に当てられるの!?」
「当たり前じゃ、ほれっ!!」


今度は右手で小石を拾ったアルは的に目掛けて放り込む。小石は弧を描きながら的に的中し、それを見たレノは祖父の言うことが真実だと知って驚く。

その後にアルは右手と左手で交互に石を投げたが、全ての石は的の中心に当たった。それどころか20メートルほど離れた距離からでも彼は的を外さなかった。それを見たレノは感動した。


「やっぱり爺ちゃんは凄いや!!俺も爺ちゃんみたいに投げられるようになるのかな?」
「毎日真面目に練習すればいつかは投げられるようになる」
「爺ちゃんはどれくらいで投げられるようになったの!?」
「ふふふ……それは教えられんな」
「え~……ケチ!!」
「こりゃっ!!ケチとは何じゃ!!いいからお前も練習せんか!!」


的から10メートルほど離れた距離にレノを連れて行くと、アルは小石を拾い上げてレノに渡す。的を見てレノは最初に利き腕の右手で投げる。


「えっと……こうかな?」
「おっ、当たったぞ。中々やるではないか」


右手で投げた小石は的の中心近くに当たり、それを見てアルは感心した。レノは意外と上手く投げられたことに自信を身に着け、もう一度小石を拾い上げて右手で投げる。


「えいっ!!」
「おお、真ん中に当たったぞ。大したもんだ」
「やった!!」


今度は的の中心に小石を当てられてレノは嬉しがるが、アルは今度は大量の小石を両手で拾い上げて彼に差し出す


「よし、今度は私の掛け声に合わせて石を投げろ」
「え?掛け声?」
「難しく考えることではない。儂が投げろといったら投げればいいだけだ。但し、この石を全部投げ切るまで続けるぞ。途中で石を外しても儂が合図したら次の石を投げろ」
「わ、分かった……」


レノは言われた通りにアルが持っている小石を掴み、最初の一投を行う。投げた小石は先ほどと同じように的に当たり、それを見てレノは喜ぶ。


「よし、当たったよ!!」
「やるな。なら、次!!」
「えいっ!!」


祖父の指示に従ってレノは次の石を投げた。こちらも的の中心に当たって嬉しそうな表情を浮かべるが、アルは矢継ぎ早に彼に石を投げさせた。


「当たって喜んでいる場合ではないぞ!!ほら、次!!」
「わ、分かった!!」
「次!!」
「え、もう!?」
「ほら、次だ!!早く投げんかっ!!」
「は、はい!!」


投げた後にすぐに小石を投げるように指示されてレノは焦りを抱き、3個目までは的の中心に当てることはできたが、その次からは徐々に狙いがずれて的の中心から離れていく。


「次!!」
「わわっ!?」


7個目に投げた小石は的を掠り、それ以降は的に当てることもできずにあらぬ方向に飛んでしまう。最後の小石に至っては的にさえ届かず、練習が終わるとレノは投げ疲れて座り込む。


「はあっ、はあっ……」
「ふむ……的に当たったのは半分程度か。しかも中心に当たったのは最初の3個だけ、これでは使い物にならんな」
「そ、そんな……」


祖父からの辛辣な言葉にレノは落ち込み、投石の技術の難しさを思い知る。じっくりと的に狙いを定めれば素人でも小石を当てることはできるが、時間を賭けずに次々と石を投げるとなると難易度は格段に跳ね上がる。

最初の内は的に上手く当てることができたが、後半になるにつれて狙い通りに上手く投げられずに外してしまう。小石とはいえ何度も投げる動作を行ったせいでレノは疲れてしまう。


「いてて……」
「ただ石を投げるだけと思って油断していたな?投石はお前が考えるほど簡単に覚えられる技術ではない。ただの石とは言え、当たりどころが悪ければ人間だって殺せる恐ろしい技術じゃ」


アルは尖った石を拾い上げると、勢いよく振りかぶって的に投げつけた。彼の狙いは木の枝に括り付けているロープであり、石の尖った部分が当たって切り裂く。ロープが切れた的が地面に落ちるのを見てレノは唖然とした。


「儂ほどの腕前ならロープを切ることもできる。お前に真似できるか?」
「……練習すれば爺ちゃんみたいに格好良く投げられるの?」
「かっこ……!?」


レノの言葉にアルは頬を赤く染め、まさか石を投げるだけで「格好良い」と言われるとは思わなかった。アルは内心嬉しく思いながらも咳払いする。


「ごほんっ……儂の様に投げられるかどうかはお前次第だ。毎日練習を怠るな、投げる時は常に集中力を切らすな!!」
「集中力?」
「そうだ。お前が的を外したのは集中力が乱れたせいだ。真の狩人ならばどんなに早く投げても的を外すことはない!!」
「な、なるほど……分かったよ爺ちゃん!!」


アルの言葉には妙な説得力があり、レノは急いで投げた小石を拾いに向かう。そんな彼にアルは少し大げさに説明してしまったかと思うが、レノがやる気になったのを見て訂正するのは辞めた。


「もしも投げ続けて肩に痛みを覚えれば反対の腕で投げろ。腕を交互に休ませて投げれば練習も長く続けられるからな」
「えっと、右腕が疲れたら左腕で投げて……左腕が疲れたら今度は右腕に投げればいいの?」
「うむ、その通りだ」


若い頃のアルは両腕を効率良く利用して左右の腕の命中率を高めた。そのお陰で利き腕ではないの方の腕でも投げられるようになり、孫にも同じ練習を課した――





――祖父の指示通りにレノは小石を的に投げ続ける日々を送り、数か月が経った頃にレノは祖父を無理やり連れ出す。


「爺ちゃん、早く来てよ!!」
「ど、どうした!?儂は今から狩りに行かなければ……」
「いいから来てよ!!」


アルを連れてきたレノは的から20メートルほど離れた場所に立ち、彼は事前に用意していた先に尖った石を取り出す。それを見てアルは何をする気なのかと不思議に思うと、レノは的を吊り下げているロープを指差す。


「今からあれに当てるから見ててね!!」
「は?」
「せぇのっ!!」


で石を掴んだレノは勢いよく踏み込み、数か月前のアルと同じく枝に括り付けているロープに目掛けて石を投擲した。先端部分が尖った石がロープに的中すると、ロープが切れて的は落ちる。それを見たアルは愕然とした。


「そ、そんな馬鹿なっ!?」
「へへっ、たくさん練習したからね。左手でも当てられるようになったよ」
「そ、そうか……」


レノの言葉にアルは動揺を隠せず、彼が利き手ではない方の腕で的に括り付けられているロープを切ったことに内心驚く。アルも同じ芸当はできるが、彼の場合はロープを切れるまでの技量を身に着けるのに数年はかかった。だが、レノはほんの数か月でアルに匹敵する技量を身に着ける。
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