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エルフ王国

非効率

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――最初のオークとの戦闘から数時間が経過し、ナオはモモノの香りでおびき寄せられる魔物を次々と討ち取る。しかし、最初の戦闘と違ってあくまでも彼が動くのは兵士が弱めた魔物に止めを刺す時だけであり、彼が動く前にリンや兵士が魔物を攻撃してから安全性を確保した後、最終的にナオが仕留めるという行為を繰り返す。


「ナオ様、今です!!」
「はあっ!!」
「プギィッ……!?」


兵士が抑えつけたオークに対してナオは刃を頭部に振り落とし、血飛沫が地面を染める。合計で23体目のオークを倒したレベルが「150」を迎え、大分戦闘にも慣れてきたのか魔物を見ても緊張しないようになってきた。


「ふうっ……」
「お見事です。もう魔物との戦闘に慣れたようですね。では、今日はここまでにしましょう」
「え、もう?」
「今日はこれで十分でしょう。初めてでここまで戦えるのならば十分です。あまり無理をすると明日からの訓練に影響しますので……」


リンの言葉にナオは驚き、まだ時刻は昼を迎えたばかりなので彼としてはもう少しだけ魔物を狩ってレベルを上げるのだと考えていたが、リンは王都への帰還を指示する。彼女としては初めての魔物との戦闘で体力的にも精神的にも疲れているであろうナオを気遣っての行為だが、実際のナオは「超回復」と「回復力超強化」の固有スキルの影響なのか肉体が疲労しても時間が経てば回復しているので本人的には体力の余裕はある。


「あの、もう少しだけ戦えないんですか?」
「それは……駄目です。体力の分配を考えずに魔物を倒す事に夢中になり過ぎてはいけません。今日のところは戻りましょう」
「そうですか……」


普段は優しく接するリンも今回ばかりはナオの願いは聞き入れず、彼を馬車に案内して王都へ帰還する。しかし、当のナオは既に草原に仕掛けを施していた――






――それから更に数時間後、昼間にナオ達が戦闘した場所に「黒渦」が誕生し、ナオが姿を現す。彼は帰還する前に兵士やリンに気付かれないように地面に小規模の黒渦を残して立ち去っており、頃合いを見計らって城の自分の部屋から異空間を通じてこの場所に戻ってきた。


「よし、上手く行った。さてと……やっと一人で動けるな」


昼間はリンの監視があったので思うように力を出し切れなかったが、ナオは周囲を確認して人影がない事を把握し、やっと自分一人だけで自由に行動できる事を喜ぶ。リンや兵士の目があっては折角覚えた能力も思う存分に使用できず、彼は今のうちに一人で戦える術を身に着けるために森の方向に移動する。


「今回は剣を持ち出せたのが幸いだったな」


明日からも魔物との戦闘を行う予定なのでナオは渡された長剣を自分で管理したいと告げると、リンは意外な事にあっさりと貸し与えてくれた。また、今回は木造製の盾も用意しており、こちらの方は昼に訓練場に立ち寄った時に供えられていた訓練用の防具ではあるが、何も装備していないよりはマシと判断して勝手に拝借していた。


「やっぱり一人だと全然違うな。楽だし、いつでも逃げられるからな」


他の人間と行動していると「空間魔法」を扱えないため、仮にナオが単独で行動したとしても彼は空間魔法を利用して安全な王城の部屋に避難する事が出来る。しかし、他の人間と行動していると空間魔法の存在を知られないために隠す必要があり、思うように動けないのが問題だった。

しかし、夜間の間ならばナオも自由に行動できるため、人目に気を付けながら魔物を狩る事に集中できる。一番効率的なのは王城内の緑鼠を狩る事だが、流石に何度も訓練場を利用して大量の鼠の後始末を行うのは難しく、訓練場の異変を他の人間に気付かれたら不味い。


「やっぱり指弾の戦技だけでも教えておくべきかな……いや、ここの人たちは何か隠している気がするし、油断できない」


初日に紫色の鼠に殺されかけたことを思い出し、決してナオは王城内の人間に心を許さないように心掛けていた。表面上は彼等に大人しく従い、裏では自分の力を成長するために動き、まずは森を抜け出す方法を考える。空間魔法を利用すれば遠方の場所でも一瞬で移動出来るため、ナオはある考えを抱く。


「そうだ……この際、夜は森を進めば外の世界に逃げる事が出来るかも知れない。黒渦も気付かれないように隠しておけば何時でも配置させた場所から行動できるし、時間は掛かるかもしれないけど森を抜け出す方法が見つかるかも」


夜間は魔物を狩りながら森を抜けるために移動を行い、危険を感じれば黒渦から王城の自分の部屋に帰還し、安全性を確かめれば再び森を進む方法をナオは思いつく。これならば一石二鳥であり、魔物を倒す事で着実にレベルを上昇させ、更に王国から抜け出す手段も探すことが出来る。


「ついでに指弾の材料とかも確保しておくか。グリドンだとちょっと勿体ないからな……」


グリドンは元々は食用の木の実であり、わざわざ指弾の弾丸として常備するのは少々勿体ない。指弾は指と指の間に挟まるほどの大きさならばどのような物でも撃ちだす事が出来るため、ナオは手頃な小石を見つけては回収して小袋に収める事にした。
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