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剣鬼 闘技祭準備編

閑話 〈マリアの不安〉

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――冒険者ギルド「氷雨」は世界中の冒険者ギルドの中で最も規模が大きく、他国にさえ支部を築いており、王国内だけでも冒険者の数は1000名を超える。ギルドマスターを務めるマリアは王国貴族とも交流があり、彼女自身もかつてはS級冒険者として活躍し、過去に単独で竜種を打ち倒した功績を上げている。


現在は引退した身だが、今尚も彼女に勝る冒険者は存在しないと言われており、強いて言えば剣聖の中でも最強の座に座るゴウライならばマリアに匹敵するのではないかと噂されている。最も彼は剣士であり、魔術師であるマリアと比べること自体が難しい話だが、マリアの冒険者時代を知っている年配の冒険者の誰もが彼女を超える逸材は生まれてこないと思っていた。

しかし、当人は自分が冒険者の中で「最強」と思った事はない。自分が優れている事は自覚はしているが、それでも彼女は敵わないと考えている冒険者が一人だけ存在した。その人物の正体は彼女の姉である「アイラ」である。


「……嫌な予感がするわ」
「マリア様、どうかされましたか?」


レナが冒険者ギルドを出て行ったあと、マリアは言いようのない不安を覚える。最初はシズネを探しに出かけたレナの事を心配しているのかと思ったが、レナはしばらく見ない間に立派に成長していた。大迷宮で腕を磨いていたとは聞いていたが、想像以上の成長速度であり、しっかりと姉の血を継いでいると確信していた。

だが、何故かマリアは先ほどから落ち着いていられず、自分が大切な何かを見落としているのではないかと不安を抱き、ギルド長室を歩き回る。そんな彼女の行動に護衛を務めるカゲマルが心配した風に声を掛けると、マリアは彼に振り返って質問する。


「ねえ、カゲマル……今日の予定は何かあったかしら」
「いえ……ハヤテが敵に回った以上、他に裏切者がいないのかを調べるためにマリア様自身が用事を全て断わったのでは……」
「そうね。確かにその通りなんだけど……何か大切なことを見落としているような気がするの」


不安を隠しきれずにマリアはソファに座り込み、指を机に叩きながら自分の不安の正体を探る。これまでの行動を思い返し、何か重大なミスをしていないのか頭の中で考えるが、特に心当たりは見つからない。


「少し落ち着かれてはどうでしょうか?ハーブティーを用意いたしましょう」
「いえ、今日はレモンティーにしましょう」
「レモンティー……ですか?珍しいですね」
「そうかしら?まあ、姉さんと違って私はあまり飲まな……姉さんっ!?」
「ど、どうかされましたか?」


普段は冷静沈着なマリアが唐突に叫び声を上げて立ち上がり、カゲマルは困惑する。長い間仕えてきたが、マリアがここまで取り乱した姿を見るのは久しぶりであり、彼女は頭を抑えて自分の姉の性格を思い出す。


「そ、そうよ……どうしてこんな事を忘れていたの!!」
「どうしたのですか?アイラ様は現在、安全な場所に匿っているのでは……」
「ええ、確かに安全な所に避難させているわ。でもね、姉さんが自分の子供が危険な目に遭っているのに何もしないと思う?あの人は王城に乗り込んで国王を殴り飛ばしたのよ」
「あの噂は真だったのですか……」


レナが姿を消した後、アイラは国王が暗殺者を通じてレナを殺害しようとした事を知り、王城に乗り込んで国王を殴り飛ばしている。本来は死刑にされてもおかしくはないのだが、国王の恩情によってある貴族にの元で生活していた。しかし、現在はマリアの手引きで貴族の元から彼女を連れ出し、絶対に安全な場所に避難させている。


「ああ……私とした事が迂闊だったわ!!どうしてレナが闘技祭に参加する事を手紙に書いてしまったの!!」
「落ち着いて下さい!!」
「これは落ち着いていられないわ!!そ、そうよ。私が出場してとっとと優勝すればいいのよ。そうすれば姉さんもレナも安全よ!!」
「本当に落ち着いて下さい!?」


自分の家族の事が絡むと冷静さを失ってしまうマリアにカゲマルは必死に宥め、一先ずは彼女を落ち着かせる。実際の所、マリアが出場すれば大会の参加者の殆どが相手にならないだろうが、それでもギルドの代表と言えるギルドマスターが自ら大会に参加することなど許されるはずがない。


「マリア様が試合に出場した場合、間違いなく王妃も罠を仕掛けてきます。貴女が敗れるとは思いませんが、もしもの事があったら氷雨はどうなるのですか?このギルドを纏められるのはマリア様だけです」
「大丈夫よ。その場合はレナに継がせるわ。あの子なら何だかんだでギルドを纏められそうな気がするから」
「大丈夫ではありません!!気をしっかり持って下さい!!」


マリアの言葉にカゲマルはいい加減に切れ気味に答えるが、実際の所はレナがギルドマスターになった場合でも氷雨のギルドは問題なく活動できるだろう。正確にはレナの協力者であるアイリスの力を借りれればの話だが――





――数分後、レモンティーを味わいながら冷静さを取り戻したマリアは椅子に座り、向かい側の席で疲れた表情で座るカゲマルに謝罪する。


「ふうっ……落ち着いたわ。取り乱してしまってごめんなさい」
「いえ……」
「だけど姉さんが何かをやらかさないのかは本当に心配なのよ。カゲマル、悪いけど貴方かハンゾウに姉さんの様子を見に行ってもらえない?」
「分かりました。では後でハンゾウを遅らせましょう……ですが、先日にバル殿が様子を見に行った時は特に変わりはなかったのでは?」


アイラの世話を行っているのは氷雨に所属する冒険者の中でもマリアが信頼している人間に限られているが、アイラと接点があるバルもちょくちょく彼女の元に訪れている。その際には必ずマリアの元へ赴き、アイラの様子を伝えているのだが、マリアは彼女の言葉を全て信じてはいない。


「バルは元々は姉さんに懐いていたのよ……きっと、内緒にしてと言われれば姉さんの行動を話すつもりはないわ」
「しかし……かつては冒険者だったとはいえ、既にアイラ様が引退されてから十数年の月日が経過しています。仮に大会に参加すると言っても勘を取り戻すのには時間が掛かるのでは?」
「そんな事は重要じゃないの。姉さんは自分の家族のためなら何でもする人よ……私のようにね」


溜息を吐きながらもマリアの表情は柔らかく、姉がどれほど自分とレナを大切にしているのかを理解している。しかし、アイラの家族の枠にはバルトロス王国の国王も含まれており、マリアは苛立ちを隠さずにレモンティーを飲み干す。


「ふうっ……カゲマル、ついでに最近の大会の参加者の資料も持ってきてちょうだい」
「何か気になる事でも?」
「ええ……姉さんが大会に参加するのなら闘技場にも出場しているはずよ。大会の参加が確定した以外の人間の資料も集めてきなさい」
「……了解しました」


マリアの言葉にカゲマルは呆れながらも承諾し、行動に移る。この時点ではカゲマルはマリアが心配性なだけだと思い込んでいたが、後にマリアの恐れていた事態が現実になる事を彼は知らない――




※アイラ参戦フラグ!!
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