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2巻
2-1
しおりを挟む◆ ◆ ◆
王家の跡取りとして生まれたものの、持っていた職業が不遇職だったために、王国から追放されたレイト。
母親とともに人里離れた屋敷に幽閉されることになったが、彼の不幸はそれに留まらなかった。
姉のように慕っていたメイドのアリアから命を狙われ、屋敷を追われる羽目になり、魔物の蠢く危険な森で一人生きていくことになったのだ。
それから彼は一人で鍛錬に励み、スキルを合成し、白狼種のウルと仲良くなったりしながら、約四年にわたり森で暮らし続けた。
そんな彼が街へ出ることを決意したのは、逃亡犯として王国全土に発せられていた彼への手配が取り下げられた時だった。
道中、彼はバルトロス王国第一王女、ナオと出会った。彼女はヴァルキュリア騎士団の団長であり、またレイトの従姉でもあった。
ヴァルキュリア騎士団に同行することになったレイトは、これから待ち受けているであろう冒険に心をときめかせるのだった。
1
レイトの前に、巨大な防壁で囲まれた都市が現れる。
都市の名前は、冒険都市ルノ。冒険都市と言われる由縁は、この世界で最も多くの冒険者が滞在しているためだ。
レイトはナオにお礼を伝える。
「ここまで連れてきてくださって、ありがとうございました」
「いや、気にするな。お前のお陰で我々も色々と助かった……これで父上にもちゃんとした報告ができそうだ」
「え、父上……?」
「ん、いや……何でもない」
ナオの父親である先王は既に死亡しているはずだ。
そういえば、この世界の管理者であるアイリスは、レイトを追放した父がナオを引き取ったと言っていたような気がする。
彼が考え込んでいると、ナオは首を横に振って話題を変える。
「その……まあ、お前には才能がある。それだけの力と知恵があれば、冒険者として上手くやれるはずだ」
「えっ?」
「まあ、お前次第だがな。それと、さっき渡した身分証は絶対になくすんじゃないぞ。どこで働くにしても必要だからな。それじゃあ……その、元気でな。ウルも達者でな」
「あ、ありがとうございました」
「ウォンッ!!」
都市の城門前で、レイトはナオと握手を交わした。
ヴァルキュリア騎士団はそのまま王都に向かうらしい。村を襲撃したゴブリンの集団について、一刻も早く国王に報告する必要があるとのことだった。
城門から離れていくヴァルキュリア騎士団の最後尾で、ナオが振り返る。
「では……さらばだ!!」
「お世話になりました」
「クゥ~ンッ」
レイトは、ナオの後ろ姿を見送りながら緊張していた。ずっと森の中で暮らしていたので、人里を訪れるのは初めてなのだ。
そんなレイトに、門番の兵士達が声を掛けてくる。
「お、おい……お前、さっきのヴァルキュリア騎士団じゃないか!? ど、どういう関係なんだよ!?」
「信じられねえ。俺、初めて見たぜ」
「えっと……あの、通してくれませんか?」
レイトは嫌そうに言いながら、ナオから渡された身分証を差し出す。それは、王国の第一王女がレイトの身元を保証するというものだった。
彼らは目を見開き、慌てて敬礼する。
「こ、これは失礼しました!! どうぞお通りください!!」
「くれぐれもお気をつけて!!」
「あ、どうも……」
「ウォンッ!!」
街に入るのには成功したものの、レイトには心配なことがあった。
ウルの存在である。
街でウルのような魔獣を連れていると、警戒されるのではないかと思ったのだ。
ところが意外なことに、街の中には飼育されている魔獣がたくさんおり、馬の代わりに荷車を引かせたりしていた。
「おい、見ろよ……あれって白狼種じゃねえか?」
「マジかよ!! あんなガキがあの狼を手懐けたのか?」
「綺麗な毛だな……売ったら幾らになるんだろう」
希少種である白狼種は、この冒険都市でも珍しいようだ。ウルを連れたレイトに、下衆な視線が向けられる。
「グルルルッ……!!」
「落ち着けっ」
唸り声を上げるウルを、レイトは窘める。
レイトは、どうやってウルを守ろうかと考えつつ、ペットの宿泊が可能な宿屋を探すことにした。
街道を移動していると、様々な露天商が客引きをしている。
「そこの兄ちゃん!! ホーンラビットの串焼きを買わないかい?」
「ねえねえ!! そこのワンちゃんに、うちのオークの燻製肉はいらないか?」
「君、可愛いわね……お姉さんに飼われてみない?」
「結構です」
「クゥンッ……」
その時、レイトの「気配感知」が発動した。「気配感知」は、敵意を抱いた者が近づいてきた時に発動する能力だ。
レイトは即座に、この世界の管理者であるアイリスと交信する。
『アイリス』
『何者かに尾行されていますね。多分、ウルさんが狙われていますよ』
『盗賊?』
『みたいですね。しかも、賞金首が交じってます。返り討ちにするなら、左の路地を曲がってください。ちょうどいい具合に空き地がありますから』
アイリスの助言に従い、レイトはウルを連れて路地を抜ける。
スキル「跳躍」を発動して建物の屋根を伝って逃げてもよかったが、賞金首が交じっていると聞いて、レイトは戦うことに決めた。今後の路銀を確保しようと思ったのだ。
「ここか……ウル、戦闘態勢」
「ウォンッ!!」
空き地に到着したレイトは、「気配感知」で接近してくる敵の数を確認する。レイトをつけていたのは二人だったようだ。
「へっへっへっ……どうやら気づかれたようだな」
「それなら話は早い。おい、坊主!! そいつを大人しく渡しなっ!!」
姿を現した二人組の男は、海賊が扱うようなカトラスという武器を背負っていた。
男達がじりじりと寄ってくるが、レイトは彼らの背後に、さらに危険そうな気配を感じた。後方の建物の屋根の上に女がおり、こちらを観察していたのだ。
レイトに気づかれたのを察知したのか、女は突如飛び上がり、地上に降り立った。女が着地した瞬間、地面に振動が走る。
子供のように身長が低いが、顔立ちは中年の女性である。両手に短剣を握りしめている。
どうやら彼女は小髭族のようだ。小さな体躯に不釣合いな筋肉をまとっている。体重はゆうに百キロはあるだろう。
「貴女も仲間ですか?」
「あん?」
女がレイトの質問を無視して、不敵な笑みを浮かべながら接近してくる。
すると、男達が震えだした。
「げっ!? お、お前……何でここに!?」
「やべえよ、兄貴!! こいつ、賞金首の切り裂きミラじゃねえか!!」
顔色を変えて後退る男達。
ウルが警戒するように、全身の体毛を逆立たせた。
「ガアアッ!!」
「おっと、ワンコに用はないよ。私の狙いはあんたじゃなくて、そっちの男達だからね」
ミラと呼ばれた女はそう言うと、ゆっくりと腰を落とす。
そして――
「え!?」
「ま、待ってくれ!! 俺達が一体何をした……」
「これ以上、臭い口を開くんじゃないよ!!」
そう口にするや否や、ミラは両手の短剣を同時に投擲する。
短剣は弾丸のような速度で飛び、男達の頭を貫通。男達は悲鳴を上げる暇もなく地面に倒れ、そのまま絶命してしまった。
ミラが吐き捨てるように言う。
「ふんっ、あんたらが私の陰口を叩いてたのは知ってるよ。よくも、私がシモンの野郎と寝たなんて噂を流してくれたね……まあ、それはともかく、次はあんただよ」
ミラの目が捉えたのは、レイトである。
「くっ……!!」
レイトは目の前で人が殺されたことに衝撃を受け、足がすくんで動けずにいた。そんなレイトを守るようにウルが前に出る。
ミラは懐から小さな袋を取り出すと、それをウルの足元に投げつけた。
「あんたらも眠りな!!」
「離れろ、ウル!!」
「ウォンッ!?」
ようやく我に返ったレイトが飛んで回避すると、ウルは逆方向に飛ぶ。小袋が地面に衝突した瞬間、中から青色の煙が噴き出した。
即座にレイトはアイリスと交信する。
『アイアイ!!』
『そんなパンダみたいな名前で呼ばないでください。ちょっと気に入りそうになったじゃないですか。それはともかく、その袋の中身は睡眠草と呼ばれる植物の粉末が入っています。少しでも吸い込むと半日は昏倒しますよ』
交信を終え、レイトはミラを見る。
しかし彼女の姿はそこにはなかった。アイリスと交信している間は時が止まるが、ミラはいつの間にか移動していたらしい。
すかさずレイトは「気配感知」を発動させ、ミラを自分の背後に発見する。
レイトは背中の弓を手に掛け、その弓を思いっきり投げつけた。
「このっ!!」
「おっと」
レイトの後方で、ミラが腰に装着していたカトラスを振るおうとしていたが、弓が飛んできたので慌てて弾き返す。
レイトは「跳躍」を発動して、一気に距離を取った。
ミラが感心したように口笛を吹く。
「その動き……あんたも暗殺者かい? なかなかやるじゃないか」
「育ててくれたのは暗殺者ですけど……」
暗殺者と言われ、レイトはアリアのことを思い出す。実際、彼が得意としているこの「跳躍」は、彼女から逃げ回るために習得したスキルだった。
レイトは攻撃に転じるべく、左右の手にそれぞれ氷の長剣を発動させる。
「『氷装剣』!」
「氷の剣……!? ちっ、あんた魔術師だったのかい」
「ガアアッ」
二つの氷の剣を見て舌打ちするミラに、ウルが牙を剥き出しにして飛び掛かる。が、彼女は素早くカトラスを振った。
「あんたは下がってな!!」
「ガアッ!?」
「ウル!!」
ウルの牙にカトラスの刃がぶつかるが、ミラはそのまま力尽くでカトラスを振り抜き、ウルを飛ばしてしまった。
どうやらミラは、馬くらいはあるウルをいとも簡単に吹き飛ばすほどの膂力を持っているようだ。
レイトは警戒しつつも二本の長剣を構え、そして一気に斬り掛かる。
「はああっ!!」
「あん? 何のつもりだい?」
ミラはそう言って眉を顰めると、呆気なく攻撃を回避する。それでもレイトは無我夢中で、剣を振り続けた。
「せいっ、はあっ!!」
「おっと、剣速だけはなかなかだが……もしかしてあんた、人間を相手に戦ったことはないんじゃないかい!?」
「くっ!?」
ミラがレイトの繰り出した斬撃を再び回避すると、彼の正面に回り込み、足で蹴りつけた。
レイトは咄嗟に腕で受け止めるが、「受身」と「頑丈」のスキルを持っているにもかかわらず、その衝撃に耐えることができなかった。
勢いよく後方に飛ばされるレイトを見て、ミラは笑い声を上げる。
「あははははっ、こいつはお笑いだね。わざわざ氷の剣なんて生み出すくらいだから、どれほど強いのかと思えば……やっぱりあんた、魔物としか戦ったことがないんだろう? これなら、新入りの冒険者の方がまだまともな剣技を扱うよ」
「くっ……言い返せないな」
レイトは肩で息をしながら、歯を食いしばる。
確かにミラの言う通りだった。
彼は魔物との戦闘経験は豊富だったが、対人戦は殆どしたことがない。アリアとの模擬戦を除けば、盗賊三人組くらいしか戦闘経験がなかった。
再びミラが急接近し、挑発するようにカトラスを振り回してくる。
「ほらほら、腰が入っていないよ!!」
「このっ……」
「ガアッ」
「おっと、ワンワンは下がってろ!!」
レイトとミラの間にウルが入ってこようとするが、ミラは先に動いて回避する。
速さだけなら白狼種のウルがミラよりも上だが、戦闘においてはミラの方が巧者らしい。彼女は、接近してくるウルの攻撃を完全に見切り、紙一重で躱している。
レイトは、ミラの職業の一つは「暗殺者」だとしても、もう一つは「剣士」、あるいは「格闘家」だろうと推測した。
ミラは一本のカトラスだけで、手数の多さも一撃の重さも、二刀流のレイトを圧倒していた。
「『旋風』!!」
「はっ!!」
左右の剣から繰り出したレイトの戦技を、ミラは器用に上体を反らして回避。その体勢から、腰に差していた短剣を引き抜いて投擲してきた。
レイトの脳裏に、先ほどミラに殺された盗賊の男達が浮かぶ。
彼が屈んで短剣を回避すると、ミラが笑みを浮かべた。
「引っかかったね」
「……糸!?」
よく見ると、ミラの指先から糸が伸びている。
糸は短剣の柄と結ばれており、彼女がくいと指を曲げると、投擲された短剣の軌道が変化し、短剣はレイトの後頭部に向かってきた。
レイトは直感で背後から迫る短剣に気づき、二本の剣を振りかざす。
「『回転』!!」
「なにっ!?」
戦技「旋風」よりも攻撃範囲が広い戦技「回転」を発動し、レイトは言葉通りにその場で回転して、短剣を弾き飛ばした。
柄に付いていた糸が強引に引きちぎられると、ミラは指に糸が食い込む痛みに表情を歪めた。そして怒りのあまり、カトラスを振り抜いてくる。
「このガキッ!!」
「おっと」
振り下ろされたカトラスに向けて、レイトは「観察眼」のスキルを発動。そして刃の軌道を冷静に読み取った。
正面から斬り下ろすと見せかけて、ミラは剣筋を変化させようとしているらしい。頭部目掛けて突き刺すような軌道に変化する直前に、レイトは的確に回避した。
「っ!?」
「お返しだっ!!」
容易く避けられたことに驚いた表情を浮かべたミラの腹部に、レイトは先ほどのお返しとばかりに蹴りを入れる。
予想外の威力に後退ったミラは、激しく咳き込んだ。
「げほっ。ぐふっ……な、生意気なガキがぁっ!!」
ミラは頭に血が上って我を失い、再びカトラスを構えて斬りつけてくる。
この時ミラには、剣の技量ならば自分が上だという驕りがあった。一方レイトは、正攻法では敵わないと思っていた。
レイトは二本の「氷装剣」を共に手放すと、両手を前に突き出す。
「『氷盾』!!」
「うおっ!?」
この「氷盾」は深淵の森で生活していた時に取得した技術スキルで、名前の通りに「氷塊」の盾を生み出す能力である。
出現した大盾は、ミラの振り下ろしたカトラスを弾き返した。
ミラが動揺している隙にレイトは盾を手放して新しい武器を生み出す。
「『氷装剣』!!」
「またそれか……!?」
生み出したのは、先ほどの長剣ではなく巨大な刃の大剣だった。大きさが尋常ではなく、レイトの身の丈を超えている。
ミラは本能的に危険を感じ取った。
「ちょ、ちょっと待ちな!!」
「『回転』!!」
レイトは、ミラの制止の声を無視して、回転しながら斬り掛かる。
まともに受けたら耐え切れないと判断したミラは、「跳躍」のスキルを駆使して一気に後ろに下がった。
「せいやぁっ!!」
「っ……!!」
しかし、振り抜かれた剣の風圧に吹き飛ばされる。
刃を躱すことに成功した彼女は安心していたが、それも束の間、レイトは回転を止めることなく接近してくる。
「はああっ!!」
「なっ!? 馬鹿なっ……ぐああっ」
レイトは回転したまま、加速させた一撃をミラに浴びせ掛ける。
ミラのカトラスは砕け散り、彼女は再び吹き飛ばされた。
「ぎゃあああああっ」
「おっとと……危なっ」
レイトはふらつきながら回転を止め、地面に横たわるミラに視線を向ける。
大剣の刃はブラッドベアを倒した時のように振動させていなかったので、ミラの肉体は切断されてない。しかし彼女は相当のダメージを受けたため痙攣しており、完全に意識を失っていた。
彼女の敗因は、レイトをただの素人の剣士に過ぎないと思い込んでいたことにある。彼の能力を冷静に見極めていれば、余裕で勝利できたはずだった。
レイトはミラを拘束すると、アイリスを呼び出す。
『アイファイ』
『えっ……? あ、Wi‐Fiですか!! また、分かりにくいボケを』
『それよりこの人、めっちゃ強かったんだけど……』
『そりゃそうですよ。金貨十五枚の賞金首ですから』
『金貨十五枚!? ということは……日本円で百五十万円!?』
あまりに高額なので、レイトは驚愕してしまう。
しかし、その金額相応の強敵であった。ミラが油断していたこと、そして剣技「回転」が上手くきまったことで勝利できたが、もう一度戦えば勝てる保証はない格上の相手だった。
『そんなやばい奴が相手なら事前に教えといてよ……死にかけたわ』
『まあまあ、結果的に勝ったんですからいいじゃないですか。「回転」が上手く効いて良かったですね』
『そうなんだけど……でもあれはでかい奴を倒すために作り出した技だよ。人に使っていい技じゃない』
戦技「回転」は身体を回転させることで威力を上げた一撃を浴びせる大技で、ブラッドベアのような巨大な魔物用に考案したものだ。だから、人間相手に使うことは全く考えていなかった。
それにもかかわらず今回使用したのは、ミラには普通の戦闘法では敵わないと判断したからだった。
『まあともかく、今回の戦闘でレイトさんの弱点が自覚できましたね。対人戦の経験が少ない、それが今のレイトさんの課題です』
『これまでの対人戦とは全然緊張感が違った……人間相手に本気で殺し合いをするようになるとは……そんな日が本当に来るなんて思わなかったよ』
『今回は上手く勝てましたけど、この弱点は早い段階で克服しないとまずいですよ。だから本格的に剣の技術を学びましょう』
『剣の技術か……そうだね』
『それと、その賞金首は冒険者ギルドに引き渡しましょうか。ギルドなら、王国軍の代わりに犯罪者を引き取って賞金を渡してくれますから。どんな凶悪犯だって、ギルドにいる実力者達に囲まれたら逃げられませんからね』
『そうなんだ。じゃあ冒険者ギルドに行くとして、そのついでに冒険者の登録も済ませちゃおうかな』
レイトはふと、ナオに「冒険者として上手くやれる」と言われたことを思い出す。そして改めて冒険者になる覚悟を決めた。
『あ、だけど、不遇職の俺が冒険者になっても大丈夫かな? 変な奴って思われて目を付けられたりしないといいんだけど』
『異世界物の小説のテンプレ展開ですね。レイトさんならそんなトラブルもあっさり乗り越えられそうですけど……あまり悪目立ちすると面倒ですよね。それにレイトさんが、四年前に王国が出した手配書の人物だと気づかれる心配もありますし……そうだ、こうしましょう。まずは冒険者登録の際に――』
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