種族統合 ~宝玉編~

カタナヅキ

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聖痕回収編

林檎農園

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こちらの世界と「現実世界」の違いは生きている種族、魔法の有無、技術力、言語、文字などと色々とあるが、他にも「食料」の違いがある。

塩や砂糖などの調味料、米の類は存在するが、それ以外は大分違う。果物や野菜、魚に至るまで現実世界とは大きく種類が違う。外見はオレンジだが、味は桃のような甘味の果物や、苺のように赤い果実が食感は蜜柑に近い物もある(ちなみに牛肉や豚肉は存在するが、現実世界よりも遥かに高価で貴族や王族しか食せない)。

つまり、こちらの果物の類は「現実世界」に存在する果物は一切無い。だが、現実にレノの眼の前には本物の「林檎(リンゴ)」が存在する。この世界にはあるはずがない果物だが――


「ああ……その果物か?珍しいだろ、森人族の物でもないのに結構な品物だぜ。あんたも喰いたいのか?」


レノがじっとハニーベアーの食いかけの林檎(リンゴ)を見つめていると、商人の男が気付いたように荷車から新品の林檎(リンゴ)を取り出し、レノに向けて放り出す。それを受け取ると、間違いなく正真正銘の本物の林檎(リンゴ)であり、何処で手に入れたのかと尋ねてみると、


「こいつは自然の物じゃねえ、近くの山で暮らしている爺さんが栽培している奴を買い取ったんだよ……やたらと値上げされたけどな」


男はそれだけを告げると、ハニーベアーの死体に近づき、レノに交渉を持ち掛ける。通常、魔物の死骸はその魔物を殺した者に所有権があり、男はクマの死骸を分けて欲しいと持ち掛けてくる。

ハニーベアーは名前の通り、その肉は「ハチミツ」を思わせる甘さを持っており、一般人にはあまり好かれないが一部の特殊嗜好の貴族にはかなりの高額で買い取られる。そのため、男はハニーベアーを提供してほしいとのこと。

レノはある程度の金銭と食料、この果物を作り出したという老人の居場所を教えることを条件を提示すると男はすぐに承諾した。


「あそこに山が見えるだろ?爺さんは山の麓で暮らしてるよ」
「あの山か……」
「ただまあ、俺も相当に粘ってやっと分けてくれたからな……あんまり期待しない方がいいぜ」


男が指をさした方向の山岳を見やり、レノは食料と銀貨と銅貨が入った袋を受け取るとすぐに移動することにした。まだ薄暗い時間帯だが、この調子で行けば朝までにはたどり着くだろう。村から離れると、レノは森の中に移動し、まるで忍者のように木々に飛び移りながら目的地へと向かう。森の中ならば森人族の血のお蔭で対して疲労せずに樹木から魔力を吸収させてもらって移動出来た。


――1時間後、辺りが薄らと明るくなったころにレノは商人の男の話通り、山の麓に木造の一軒家を見つけ出す。周囲には「林檎(リンゴ)」の栽培が行われており、間違いなくこの家が商人が話していた老人の家だろう。

何故、この世界に存在しなはずの「林檎(リンゴ)」を栽培できるのか、可能性としては「異世界人」として召喚され、たまたま林檎(リンゴ)の種と栽培の知識でも持ち合わせていたのだろうか。


「……すいません、誰か居ますか?」


木造の家の扉をノックするが、中からは何の反応も無い。留守なのだろうかと、今度は林檎園に足を運ぶと、


「……誰だあんた?」


そこには1本の萎びれた大木の前で腰掛ける年老いた男性が居り、ちらりと一度だけ振り向いてレノの顔を見ると、すぐに興味を無くしたように大木に視線を戻す。レノは彼に近づき、何をしているのかと観察すると、どうやら大木に何らかの魔方陣を刻み込んでいる。それなりに魔術の知識を学んだレノだが、今までに見たことが無い魔方陣だ。


「何をしてるんですか?」
「……治療中だ、黙ってろ」


何をしているのかを直接尋ねると、老人は面倒気に答えを返し、魔方陣に掌を当てて魔力を送り込む動作をする。彼の身体から白い魔力が流し込まれ、間違いなくヨウカやミキと同じ「聖」属性の魔法だ。しかし、何故、聖導教会の人間しか使えないはずの魔力を持っているのだろうか。

魔方陣が彼の魔力に反応し、光り輝くと、大木が見る間に魔力を送り込まれて色艶が良くなり、心なしか元気になったようにも思える(これは「森人族」の血を引いているレノだから抱いた感覚なのだろうが)。

老人は満足げに頷くと、すぐに振り返ってレノの顔を見やり、彼の細長い耳を見て「エルフ」だと気づくとあからさまに渋い顔をする。


「またお前らか!!帰れ帰れ!!この果物は俺の物だ!!」
「えっ?」


しっしっと、まるで犬猫を追い払うような動作を行う彼にレノは目を丸くするが、話しかけようとしても聞く耳持たず、ついには傍に置いてある鍬を手にする。


「出て行かねえならぶっ飛ばすぞ!!ここは俺の土地だ!!絶対に出て行かねえ!!」
「いや、あの……」


鍬を持って威嚇してくる老人にどうしたものかと判断に困っていると、


ガサッ――


不意に後ろから何かの音が聞こえ、振り返った瞬間、


ドヒュンッ!


――自分に向かって飛んでくる「風」の矢に、レノは瞬時に目つきを鋭くさせ、短剣を引き抜いて弾き返す。


ガキィンッ!!


鏃を短剣の刃で受け止め、そのまま軌道を反らす。矢は刀身に触れた瞬間に付与された「風の魔力」が掻き消え、そのまま力なく地面に倒れこむ。


「なっ何だ!?矢……?」


後方で驚いたように声を上げる老人に、彼が仕掛けた罠ではない事を悟り、レノは森の中に視線をやる。



――矢に風を纏わせて攻撃する種族は「森人族」のみ。当然、今の自分に攻撃を仕掛けたのは間違いなくエルフだろう。



周囲を警戒するが、流石に「森人」の名は伊達ではなく、気配を完全に殺して隠密していた。
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