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冒険者の試験

第29話 暗殺者の術

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(負けた……こんなにあっさりと負けるなんて)


3年間もレノは冒険者になるために修行を続け、確実に強くなったはずだった。だが、全力で挑んだにも関わらずにレノはあっさりと背後を取られてしまう。


(悔しい……!!)


敗北したのは別に初めてではないが、ダガンとの戦闘を終えてレノは自分が強くなったと思っていた。だが、ネコミンはダガンと戦闘方法が異なり、気配を完璧に消し去る術だけで彼女はレノを破った。

もしもこれが実戦ならばレノはネコミンに確実に殺されていた。気配を探る訓練はしてきたが、その気配を完全に消し去る相手には何の意味もない事を嫌でも思い知る。


(これが暗殺者なのか……)


気配を完璧に消す事で姿を見られても存在感を感じさせないという反則じみた暗殺者の技術にレノは背筋が凍り、世の中には魔術師以外にも特異な能力を持つ人間がいる事を思い知る。当のネコミンは塞ぎ込んだ彼を見て慰める様に肩に手を置く。


「そんなに落ち込まないでもいい。私が本気になれば普通の人は姿を捕らえる事もできないから」
「……普通、か」


何気ないネコミンの言葉にレノは悔しく思い、彼女からすればレノは一般人と変わりない存在かもしれない。いくら収納魔法を磨いたところで肝心のレノ自身が敵を捉える事もできないようでは意味はない。


(魔法を磨くだけじゃ駄目だ。俺自身が強くならないと……)


レノは3年前と比べて魔法の技術は格段に向上したが、魔法以外の面は殆ど成長はしていないと悟る。毎日の訓練は怠らず、体力や筋力は多少は身についたがそれだけでは足りない。


(落ち込んでいる場合じゃない、これからは魔法以外の技術も身に付けるんだ!!)


敗北した事は衝撃ショックを受けたがレノは落ち込んでいる暇はなく、恥を忍んでネコミンに頼み込む。


「さっきの技術……俺にも教えてくれませんか?」
「……え?」
「頼みます!!」


意外なレノの申し出にネコミンは呆気に取られ、自分が扱った気配を完璧に消し去る術を教える様に頼まれて戸惑う。しかし、レノは本気で彼女の技術を覚えたいと思い、頭を下げて頼み込む。

暗殺者でもないレノが気配を消す技術を覚えたがる事にネコミンは不思議に思うが、彼女はレノから並々ならぬ気迫を感じ取り、しばらくの間は考え込む。そして彼女はある提案を行う。


「……分かった。今の技を教えてもいい」
「ほ、本当ですか!?」
「その代わりに二つ条件がある。一つ目は私に敬語を使わない事、もう一つは修行の間は必ず私に甘い食べ物を奢ってくれる……この二つの条件を守るなら今の術を教えてもいい」
「えっ……あ、はい。分かりまし……分かった」


ネコミンの条件を聞いてレノは戸惑いながらも承諾すると、彼女は笑顔を浮かべてレノに手を差し出す。


「取引成立……なら、今日は冒険者ギルドに行くのは辞めにする」
「えっ!?」
「お祖父ちゃんの話だと学園を去るまでは一か月ぐらいの猶予があると聞いてる。つまり、あと一か月は学園に残れるはず……それならお祖父ちゃんにも色々と協力してもらう」
「そ、それはどういう……」
「いいから付いて来て」


ネコミンはレノの手を引っ張ると冒険者養成学園へと戻った――





――冒険者養成学園に帰還すると、レノはまずはイーシャンに事情を説明する事にした。彼は自分の孫のネコミンを連れてレノが戻ってきた事に驚いたが、事情を聞くと心底呆れた表情を浮かべる。


「ネコミ……前にも言っただろう。いくら儂が学園長だからといって何でもできるわけではない」
「でも、ここでレノの願いを聞けばあの件も上手くいくかもしれない」
「むむむ……」
「あの……どうかしました?」


何故かネコミンはイーシャンとひそひそと話し合い、その様子にレノは疑問を抱く。未だにレノはイーシャンが学園長だという事は知らず、どうしてネコミがイーシャンに会いに戻ったのか理由も分からない。

ネコミンが学園に戻った理由はイーシャンの協力を仰ぐためであり、学園長である彼の力を借りれば色々と都合が良かった。イーシャンはマリアから頼まれている件もあり、仕方なく二人に協力する事にした。


「仕方あるまい。それならば儂も協力してやろう……だが、その修行は何時までかかる?」
「それはレノ次第としか言いようがない」
「全く、次から次へと問題事を持ってきおって……我が校で一番の問題児め」
「その割には嬉しそうな顔をしてる」


可愛い孫の頼みと自分の学園の生徒のためならばとイーシャンはレノの修業に協力する事を約束してくれた。話が付いたネコミンはレノに親指を立てる。


「許可は貰った。しばらくの間はここで修行する」
「修行って……具体的にはどんな修行を?」
「簡単な話……かけっことかくれんぼをするだけ」
「は?」


ネコミンの告げた言葉にレノは愕然とするが、この時の彼は知らなかった。ネコミンの課す訓練はダガンの訓練よりもある意味では過酷な事を――





――学園長であるイーシャンの許可を得て二人は学園の屋上で練習を行う。学園の屋上は普段は生徒の立ち入りは禁止されているが、特別に許可を得た二人はこの場所で修行を行う。ここならば誰にも邪魔される事もなく、何時でも修行する事ができた。


「ここなら問題なさそう。じゃあ、今から修行を始めるけど覚悟はできた?」
「いや、まあ……準備はできてますけど」


レノは動きやすい服装に着替えさせられ、これから何をするつもりなのか気になった。事前に聞いた話ではこの場所でまずは最初に「」を行うらしいが、どうして学園の屋上でわざわざそんな真似をしなければならないのかレノには理解できない。


「今からレノには私のかけっこを見てもらう。準備はいい?」
「いや、準備と言われても……」
「いいからしっかりと見てて」


ネコミンはレノから10メートルほど離れると、彼女は何度か跳躍ジャンプを行う。その様子を見てレノは不思議に思うが、準備ができたのかネコミンはレノに告げる。


「今から私はそっちに向かうから、レノはそこに立っていて」
「はあ……まあ、分かりました」
「しっかり見てて……行くよ」


言われた通りにレノはネコミンの真正面に立つと、しばらくの間は彼女は立ち尽くしたまま動かない。一向に近付いてこないネコミンにレノは不思議に思うが、彼は無意識にを行う。その直後に奇妙な音が聞こえた。

レノが瞼を開くとネコミンの姿が消えていた。彼女が瞬きをしている間に消えた事にレノは驚き、先ほどの様に気配を完璧に殺して存在感を消したのかと思った。


(また消えた!?いったい何処に……)


姿を消したネコミンを探そうとした時、レノの肩を後ろから誰かが掴む。驚いた彼は振り返ると、そこに立っていたのはネコミンだった。


「どう?ちゃんと見てた?」
「うわぁっ!?」


いきなり自分の背後に現れたネコミンにレノは驚き、彼女がさっきまで立っていた場所と見比べる。10メートルは離れていたはずなのにネコミンは瞬きを行う間に一瞬で自分の背後に移動していた事にレノは驚く。


「い、いつの間に後ろに!?」
「これが私流のかけっこ……もう一度だけ見せてあげる」


ネコミンはレノが見ている前で離れると、彼女は先ほどと同じく10メートルは離れた場所に立つ。今度は瞬きを行わないように気を付けてレノは彼女の姿を見ていたが、先ほど瞼と閉じた時に聞こえた音が鳴り響く。


「とうっ」
「うわっ!?」


気の抜ける掛け声をあげた途端、ネコミンは一瞬にしてレノの目の前に移動を行う。まるで瞬間移動のように10メートルも離れた場所から一瞬で距離を詰めた彼女にレノは戸惑い、そんな彼にネコミンは両手でピースを行う。
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