貧弱の英雄

カタナヅキ

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最終章

第1040話 アンの思惑

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ムサシ地方に討伐隊が訪れた事はアンもすぐに察知した。そもそも鮫のような外見をした派手な飛行船が空を飛んでいれば気付かない方が無理があり、彼女は王国から派遣された軍隊がムサシ地方へ到着したと判断する。

目的は自分が盗み出した書庫の資料が関係しているのは間違いなく、予想よりも随分と早くに軍隊が来たのはアンの誤算だった。だが、軍隊が自分を追って派遣される事はアンも予測しており、作戦は立てていた。

アンにとっては都合がいい事にこの森には多数の魔獣種が生息しており、それらを仲間に加えて偵察へ向かわせた。下手にアンが動くと気付かれる恐れがあり、彼女は魔獣を利用して軍隊の数と人員を把握する。


『猛虎騎士団、聖女騎士団、銀狼騎士団、黒狼騎士団、それと白狼騎士団と黄金級冒険者……思っていた以上に数が多いわね』


魔獣が得た情報からアンは王都の戦力の殆どがこの地に集まっている事を知り、彼女を捜索するためにここまで追ってきた事は間違いない。だが、彼等の目的はアンの捕縛だけではなく、牙山に生息する「牙竜」の討伐のために出向いた事はすぐに判明した。


『私一人を捕まえるためだけにわざわざこれほどの戦力を揃えるはずがない。目的は牙山に封じられている妖刀……それを守る牙竜の討伐が目的なのね』


軍隊の目的が牙竜の討伐と知った途端、アンは自分のに王国軍が動いた事を喜ぶ。最初から彼女は王国軍が自分を追ってムサシ地方まで出向いてくる事は予想していた。だからこそ王城に忍び込んだ時、敢えて彼女は盗んだ証拠を残して王都を脱出した。

聖女騎士団に所属するレイラを殺した時点でアンは王国軍に追われる立場になった事は理解しており、王国軍との衝突は避けられない。しかし、アンが従えている魔物だけでは王国軍に太刀打ちはできない。

黒蟷螂もブラックゴーレムも高い戦闘力を誇っているのは事実だが、王国にはナイを筆頭に厄介な武芸者が何名も居た。貧弱の英雄と呼ばれる「ナイ」獣人国では王国の守護神と襲られる大将軍の「ロラン」冒険者の中でも最強と謳われる「ゴウカ」他にも有名な武人や魔術師は何人もいる。これらを相手にアンが従える魔物達だけでは対抗できるはずがなく、そこで彼女は考えた。


『力が必要……もっと大きな力が』


王国に対抗するためには絶対的な力を持つ存在を従える必要があると判断したアンは、優秀な手駒だった黒蟷螂もブラックゴーレムも敢えて王国軍に差し向けた。結果から言えば飛行船を破損させる事に成功したが、黒蟷螂もブラックゴーレムも倒されてしまい、もうアンの元には偵察のために服従化させた力の弱い魔獣が数匹しかいない。

それでもアンは黒蟷螂とブラックゴーレムをとして利用したのには理由があった。その理由とは彼女はこれからある魔獣を従えるため、どうしてもあの二匹は手放さなければならなかった。あまりに力の強い魔物を従えさせているとアンは他の魔物を従える事ができず、これからアンが服従化させる予定の魔物は黒蟷螂とブラックゴーレムを従えたままでは絶対に仲間にはできない程の大物だった。


「もう少しね……上手くやりなさいよ、英雄さん」


アンは谷に近付いてくるナイ達の存在を感知し、彼女は見つかる前に早々へ立ち去る。魔物使いであるアンは魔物に関する気配も敏感なため、白狼種であるビャクの気配も感じ取れた。

彼女はナイ達が谷に辿り着く前に身を隠し、王国軍が牙山に向かうのを待つ。彼女の目的を果たすためには王国軍の力も必要であり、彼女は森の中に姿を消した――






――アンが谷を去ってからしばらくすると、ナイとイリアを背中に乗せたビャクが辿り着く。彼の頭の上にはプルミンも乗り込み、周囲を警戒するように見渡す。


「ぷるぷるっ」
「ウォンッ!!」
「この近くにも魔物はいない……と言ってます」
「それは良かったですね」


プルミンの感知能力とビャクの嗅覚ならば近くに魔物が潜んでいれば必ず気付くが、今までの道中で魔物とは一匹も遭遇していない。牙山を住処とする牙竜を恐れて野生の魔物が近付かないのは本当の話かもしれない。

目的地に辿り着いたナイは谷の様子を伺うが、特に怪しい人影も罠も見当たらない。念のために自分も気配感知や魔力感知を発動して周辺を探るが、誰かが隠れている様子はなかった。


「ここには誰もいないみたいです」
「そうですか、なら素材を集めるとしたら今の内ですね」


イリアはビャクから降りると虫眼鏡を取り出し、地面を覗き込みながら何かないのかを探す。そんな彼女を見ながらナイはビャクの喉を潤すために川の水を飲ませる。


「喉が渇いたね、水を飲もうか」
「ウォンッ……」
「ぷるぷる♪」


川に近付いた途端にビャクの頭の上に乗っていたプルミンが嬉しそうに跳び跳ね、ビャクが川の中に顔を突っ込むと、プルミンは彼の頭の上を滑り落ちるように川の中に飛び込む。

スライムは水を定期的に摂取しなければ生きられないため、水面に浮かびながら水を飲み込む。その様子を微笑ましく思いながらもナイは水を飲もうとした時、イリアが声を上げた。


「はわっ!?」
「イリアさん!?」
「ウォンッ?」
「ぷるるんっ?」


イリアの悲鳴が聞こえてナイは振り返ると、そこには尻餅を着いたイリアの姿があった。何事かあったのかとナイは駆けつけると、彼女は身体を震わせながら指差す。


「こ、これ……これを見てください!!」
「えっ……うわっ!?」


ナイは彼女が何を見たのかと不思議に思って顔を向けると、地面には巨大な足跡があった。その足跡の大きさは尋常ではなく、赤毛熊の足跡よりもずっと大きい。

足跡の大きさから確認するに大型の魔物だと思われるが、それにしてもかなり大きく、下手をしたら「火竜」ほどの大きさが存在するかもしれない。どうしてこんな場所に足跡があるのかとナイは戸惑うと、イリアはある推測を行う。


「もしかして私達……もう既に牙竜の住処に入ってるんじゃないですか!?」
「ええっ!?」
「だって、そう考えないとこの足跡は説明が付きませんよ!!こんなバカでかい足跡、竜種以外に説明できません!!」
「……そうかもしれない」


イリアの言葉に反応したのはナイではなく、二人の後方から声が欠けられる。ナイ達は振り返ると、そこに立っていたのは途中で別行動を取っていたシノビだった。

シノビは谷を案内するために行動を共にしていたが、途中で別れて周辺の様子を探っていた。彼が離れた理由はシノビは視線を感じ取り、その視線の正体を探るために別行動を取っていた。そして彼は視線を向けていた正体を見破り、ここへ戻ってきた。


「シノビさん!!良かった、無事だったんですね!!」
「心配をかけたようだな。すまなかった……視線の正体はこいつらの仕業だ」
「それは……白鼠ですか」
「そうだ。恐らくはアンの差し向けた監視役だろう」


ナイ達が道中で感じ取った視線の正体は白鼠である事が判明し、シノビの手の中には数匹の白鼠の死体が握りしめられていた。どうやらアンが送り込んだ監視役らしく、アンは白鼠を通してナイ達の行動を見張っていたらしい。

これまでアンがナイ達の行動を把握していたのは森の中に放っていた白鼠の仕業らしく、この白鼠達を利用してアンは情報収集していた。しかし、その白鼠もシノビが始末したが、彼はそのためにナイ達と離れて行動を取った事を謝る。


「先に伝えるべきだった。この谷はもう牙竜の住処だ……時折、餌を求めに牙竜が山を下りる事がある」
「ちょっと!?そういう事は早く行ってくださいよ!!」
「すまない、だが牙竜が山を下りる事は滅多にないはずだが……」


足跡を確認したシノビはその大きさを見て牙竜の物だと断定し、そんな大事な情報を黙っていたシノビにイリアは抗議するが、彼としてはナイの傍にビャクとプルミンがいれば牙竜が近くにいても気付けると思っていた。


「安心しろ、この足跡は大分前の物だ。奴はまだ牙山にいるはず……すぐにここを離れるぞ」
「本当ですか?全くもう……これじゃあ、呑気に素材回収もできませんよ」
「元より、今回は偵察が任務のはずだ。素材回収はほどほどにしておけと言われたはずだが……」
「うるさいですね、私こう見えても結構偉い人間ですよ?王女様に告げ口しますよ」
「まあまあ……喧嘩している場合じゃないよ」
「ウォンッ……(←呆れる)」
「ぷるんっ(←川の中で元気にはしゃぐ)」


シノビとイリアのやり取りにナイが割って入り、二人を落ち着かせながらナイは戻るように提案した。
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