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第28話 弓と魔法
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――レノが風属性の魔力を物体に付与させることができると知ったのは最近のことだった。儀式を終えた後からレノは自分の魔力に変化が起きたことに気付き、そのことをアルに伝えると彼女はレノの身に何か起きたのかを教えてくれた。
『お前の身体に私が魔力を送り込んだ時、本来なら持ち合わせていないはずの風属性の魔力がお前の魔力に混じったんだよ』
『じゃあ、今の俺の身体には自分の魔力と師匠の魔力が二つともあるんですか?』
『それは違うね、どんなに凄腕の魔術師でも扱える魔力は一つだけさ』
どれほど魔法の腕を磨こうと一人の人間が持ち合わせる魔力は一つだけであり、他人に魔力を分け与えられたとしても二つの魔力を同時に所有することはできない。レノの場合は自分の魔力がアルの魔力を取り込んだことによって一つの魔力に戻ったという。
『お前は私の魔力を取り込んだ時、これまで扱えなかった風属性の魔力を生み出す能力が芽生えたんだよ』
『えっ!?でも俺は聖属性の魔力しか使えないですよ!?』
『それはただの思い込みだよ。今のお前なら自分の魔力を風属性に変換できるはずさ。一流の魔術師なら魔力が一つしかなくとも複数の属性の魔法を使い分けることができる』
アルによれば複数の属性の魔法を扱える魔術師は複数の魔力を持ち合わせているのではなく、あくまでも一つだけしかない魔力を利用して各属性の魔法の力に変換しているという。
『今までのお前は聖属性の魔力しか使えなかったのは、それ以外の属性の魔力に変換する方法を知らなかっただけさ。だけど私が送り込んだ風属性の魔力を取り込んだことでお前の魔力は変わった。今まで扱ったことがない魔力を取り込んだことでお前の魔力は変質している。だから今のお前なら聖属性だけじゃなくて風属性の魔力も使えるはずさ……多分』
『多分てどういうことですか!?』
『うるさいね!!私だって他人に魔力を送り込んだのは初めてなんだよ!!』
他人に魔力を分け与える行為はアルも初めてだったらしく、実際にレノが風属性の魔力を本当に扱えるかどうかは彼女にも分からなかった。だが、儀式が成功した際にアルはレノの魔術痕が緑色の光を帯びたのをはっきりと見ていた。
『もしもお前が風属性の魔力を扱えたとしたら魔術痕も反応があるはずだ。火傷は治せても魔術痕は絶対に消えることはない、魔法を発動する時にお前の右手に魔術痕が浮かび上がるはずだ。その時に緑の魔光が出ていたとしたら、あんたは風属性の魔力を生み出せるようになった証拠さ!!気になるなら自分で確かめてみな!!』
『ちょ、師匠!?せめて風属性の魔力の使い方ぐらい……』
『そこまで面倒見切れるかい!!後は自分で何とかしろ!!』
言いたいことだけを言ってアルはレノの元から立ち去り、残されたレノは仕方なく自力で風属性の魔力の使い方を探ることにした――
――最初の内は風属性の魔力を生み出す方法など分からなかったがレノだが、何度か付与魔法の練習を行う内に自分の体内の魔力に変化が起きていることに気が付く。儀式を受ける前は聖属性の魔力しか扱えなかったが、付与魔法を発動する際に奇妙な感覚を抱く。
儀式を受けた後にレノは誰にも教わらずに自然と付与魔法が使えるようになった。それと同じように風属性の魔力の生み出し方も理解し、遂に聖属性以外の魔力を物体に宿すことに成功する。
『……付与《エンチャント》』
付与魔法の練習を行う時は必ずレノはアルから渡されたミスリルの短剣を利用していた。そして初めて風属性の魔力を付与させた途端、聖属性の時と違ってミスリルの刃に緑色の光が宿り、更に刃を中心に風が渦巻く。
『うわわっ!?』
いきなり刃から緑色の魔光と風圧が発生した時は驚いたが、聖属性の魔力を宿す時よりも早く魔法の効果は切れた。覚えたての風属性の魔力をレノが使いこなしていないから付与魔法の効果がすぐに切れたわけではなく、その後も何度か試してみるが聖属性と違って魔法の効果は長続きしなかった。
『う~ん……魔力を増やしてもすぐに消えるな。でも、風圧は強まってる気がする』
付与魔法を発動する際に魔力を多く練り込んだ場合、聖属性の場合は発光が強まり、風属性は風圧が強くなった。持続時間は前者の方が圧倒的に長く、後者の場合は一瞬にして消えてしまう。
『これは使いこなすのは難しそうだな……でも、上手く扱えれば攻撃に利用できるかもしれない』
聖属性と違って風属性の付与魔法は渦巻く風を生み出すため、使い道によっては色々と役立ちそうだった。試しにレノは自分が得意とする弓矢と組み合わせることにした。
『そうだ。矢を撃つ直前に付与魔法を宿したら飛距離が伸びるかも……試してみようかな』
弓で攻撃を仕掛ける際に矢に付与魔法を発動させればより遠くまで飛ばせるかもしれず、遊び半分でレノは矢を撃とうとした。だが、この実験が思いもよらぬ結果を生んだ。
今回は適当な大きさの樹木の樹皮を短剣で削り取って的を描き、中心を狙って矢を放つ練習をすることにした。レノは的に狙いを定め、撃つ直前に付与魔法を施す準備を行う。風属性の魔力を付与させても長続きはしないため、狙い撃つとしたら矢を撃つ寸前でなければいけなかった。
『さあ、どうなるかな……付与《エンチャント》!!』
狙いを定めた状態でレノは矢を放つ寸前、風属性の付与魔法を施した。その直後、凄まじい勢いで弓から矢が放たれ、レノが狙いを定めた樹木に突っ込む。矢は樹木に突き刺さるどころか貫通した。
『うわぁっ!?』
レノが撃った矢が貫通した樹木はへし折れて地面に倒れ込む。それを見たレノは腰を抜かし、いったい何が起きたのか理解するのに時間が掛かった。まさか自分が撃った矢が樹木をへし折るなど夢にも思わず、自分の右手を見て震える。
『な、何だ今の馬鹿げた威力!?』
付与魔法を発動した直後は右手に魔術痕が浮きあがり、緑色の光を帯びた魔法陣が右手の甲に浮かんでいるのを見て冷や汗を流す。まさかこんな結果になるなど想像さえしておらず、どうにか立ち上がったレノは折れた樹木の確認を行う。
『これ、俺がやったのか……こ、これが付与魔法の力なのか?』
完全にへし折れた樹木を見てレノは身体を震わせ、自分が撃った矢が何処に行ったのかを確認する。矢は樹木を貫いた後も真っ直ぐに飛んだらしく、銃数メートルほど離れた場所にある大木に突き刺さっていた。
大木に突き刺さった矢は半分近くめり込んでおり、どんなに力を込めても引き抜くことができなかった。流石に回収は無理だと判断したレノは矢を諦めて座り込む。
(何処まで遠くに飛ばせるか試そうと思って魔力を多めに注ぎ込んだけど……まさかこんなことになるなんて)
矢を放つ際にレノは無意識に多めに魔力を注ぎ込んで付与魔法を発動させた結果、想像以上の矢を放ってしまった。普通に矢を撃つのとは威力も飛距離も桁違いの差があり、これならばホブゴブリンとまた遭遇したとしても一発で倒せたかもしれない。
『これが……魔法の力なのか』
自分が覚えた付与魔法の真価を知り、レノは身体の震えが止まらなかった――
『お前の身体に私が魔力を送り込んだ時、本来なら持ち合わせていないはずの風属性の魔力がお前の魔力に混じったんだよ』
『じゃあ、今の俺の身体には自分の魔力と師匠の魔力が二つともあるんですか?』
『それは違うね、どんなに凄腕の魔術師でも扱える魔力は一つだけさ』
どれほど魔法の腕を磨こうと一人の人間が持ち合わせる魔力は一つだけであり、他人に魔力を分け与えられたとしても二つの魔力を同時に所有することはできない。レノの場合は自分の魔力がアルの魔力を取り込んだことによって一つの魔力に戻ったという。
『お前は私の魔力を取り込んだ時、これまで扱えなかった風属性の魔力を生み出す能力が芽生えたんだよ』
『えっ!?でも俺は聖属性の魔力しか使えないですよ!?』
『それはただの思い込みだよ。今のお前なら自分の魔力を風属性に変換できるはずさ。一流の魔術師なら魔力が一つしかなくとも複数の属性の魔法を使い分けることができる』
アルによれば複数の属性の魔法を扱える魔術師は複数の魔力を持ち合わせているのではなく、あくまでも一つだけしかない魔力を利用して各属性の魔法の力に変換しているという。
『今までのお前は聖属性の魔力しか使えなかったのは、それ以外の属性の魔力に変換する方法を知らなかっただけさ。だけど私が送り込んだ風属性の魔力を取り込んだことでお前の魔力は変わった。今まで扱ったことがない魔力を取り込んだことでお前の魔力は変質している。だから今のお前なら聖属性だけじゃなくて風属性の魔力も使えるはずさ……多分』
『多分てどういうことですか!?』
『うるさいね!!私だって他人に魔力を送り込んだのは初めてなんだよ!!』
他人に魔力を分け与える行為はアルも初めてだったらしく、実際にレノが風属性の魔力を本当に扱えるかどうかは彼女にも分からなかった。だが、儀式が成功した際にアルはレノの魔術痕が緑色の光を帯びたのをはっきりと見ていた。
『もしもお前が風属性の魔力を扱えたとしたら魔術痕も反応があるはずだ。火傷は治せても魔術痕は絶対に消えることはない、魔法を発動する時にお前の右手に魔術痕が浮かび上がるはずだ。その時に緑の魔光が出ていたとしたら、あんたは風属性の魔力を生み出せるようになった証拠さ!!気になるなら自分で確かめてみな!!』
『ちょ、師匠!?せめて風属性の魔力の使い方ぐらい……』
『そこまで面倒見切れるかい!!後は自分で何とかしろ!!』
言いたいことだけを言ってアルはレノの元から立ち去り、残されたレノは仕方なく自力で風属性の魔力の使い方を探ることにした――
――最初の内は風属性の魔力を生み出す方法など分からなかったがレノだが、何度か付与魔法の練習を行う内に自分の体内の魔力に変化が起きていることに気が付く。儀式を受ける前は聖属性の魔力しか扱えなかったが、付与魔法を発動する際に奇妙な感覚を抱く。
儀式を受けた後にレノは誰にも教わらずに自然と付与魔法が使えるようになった。それと同じように風属性の魔力の生み出し方も理解し、遂に聖属性以外の魔力を物体に宿すことに成功する。
『……付与《エンチャント》』
付与魔法の練習を行う時は必ずレノはアルから渡されたミスリルの短剣を利用していた。そして初めて風属性の魔力を付与させた途端、聖属性の時と違ってミスリルの刃に緑色の光が宿り、更に刃を中心に風が渦巻く。
『うわわっ!?』
いきなり刃から緑色の魔光と風圧が発生した時は驚いたが、聖属性の魔力を宿す時よりも早く魔法の効果は切れた。覚えたての風属性の魔力をレノが使いこなしていないから付与魔法の効果がすぐに切れたわけではなく、その後も何度か試してみるが聖属性と違って魔法の効果は長続きしなかった。
『う~ん……魔力を増やしてもすぐに消えるな。でも、風圧は強まってる気がする』
付与魔法を発動する際に魔力を多く練り込んだ場合、聖属性の場合は発光が強まり、風属性は風圧が強くなった。持続時間は前者の方が圧倒的に長く、後者の場合は一瞬にして消えてしまう。
『これは使いこなすのは難しそうだな……でも、上手く扱えれば攻撃に利用できるかもしれない』
聖属性と違って風属性の付与魔法は渦巻く風を生み出すため、使い道によっては色々と役立ちそうだった。試しにレノは自分が得意とする弓矢と組み合わせることにした。
『そうだ。矢を撃つ直前に付与魔法を宿したら飛距離が伸びるかも……試してみようかな』
弓で攻撃を仕掛ける際に矢に付与魔法を発動させればより遠くまで飛ばせるかもしれず、遊び半分でレノは矢を撃とうとした。だが、この実験が思いもよらぬ結果を生んだ。
今回は適当な大きさの樹木の樹皮を短剣で削り取って的を描き、中心を狙って矢を放つ練習をすることにした。レノは的に狙いを定め、撃つ直前に付与魔法を施す準備を行う。風属性の魔力を付与させても長続きはしないため、狙い撃つとしたら矢を撃つ寸前でなければいけなかった。
『さあ、どうなるかな……付与《エンチャント》!!』
狙いを定めた状態でレノは矢を放つ寸前、風属性の付与魔法を施した。その直後、凄まじい勢いで弓から矢が放たれ、レノが狙いを定めた樹木に突っ込む。矢は樹木に突き刺さるどころか貫通した。
『うわぁっ!?』
レノが撃った矢が貫通した樹木はへし折れて地面に倒れ込む。それを見たレノは腰を抜かし、いったい何が起きたのか理解するのに時間が掛かった。まさか自分が撃った矢が樹木をへし折るなど夢にも思わず、自分の右手を見て震える。
『な、何だ今の馬鹿げた威力!?』
付与魔法を発動した直後は右手に魔術痕が浮きあがり、緑色の光を帯びた魔法陣が右手の甲に浮かんでいるのを見て冷や汗を流す。まさかこんな結果になるなど想像さえしておらず、どうにか立ち上がったレノは折れた樹木の確認を行う。
『これ、俺がやったのか……こ、これが付与魔法の力なのか?』
完全にへし折れた樹木を見てレノは身体を震わせ、自分が撃った矢が何処に行ったのかを確認する。矢は樹木を貫いた後も真っ直ぐに飛んだらしく、銃数メートルほど離れた場所にある大木に突き刺さっていた。
大木に突き刺さった矢は半分近くめり込んでおり、どんなに力を込めても引き抜くことができなかった。流石に回収は無理だと判断したレノは矢を諦めて座り込む。
(何処まで遠くに飛ばせるか試そうと思って魔力を多めに注ぎ込んだけど……まさかこんなことになるなんて)
矢を放つ際にレノは無意識に多めに魔力を注ぎ込んで付与魔法を発動させた結果、想像以上の矢を放ってしまった。普通に矢を撃つのとは威力も飛距離も桁違いの差があり、これならばホブゴブリンとまた遭遇したとしても一発で倒せたかもしれない。
『これが……魔法の力なのか』
自分が覚えた付与魔法の真価を知り、レノは身体の震えが止まらなかった――
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