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前線レッドウォール1

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「お兄ちゃんそっちいったよ!!」
「くそっ、分かってる!!!」

乾燥しきった空気が頬を撫で付け、カラっとした生温い風が辺り一面を覆っていた。周囲にはかつてはグリーンヴァルドには負けない程の森林が広がっていたであろう、葉がひとつもない痩せた木々がそこに立ち並んでいる。

その中を俺は今全力で駆け抜けていた。
具体的にはボードに乗って全速力で逃げている、だろうか。
後方では特大な爆発音が頻発している。義妹である涼が魔法を放っているのだろう。小さな破片や爆発に伴う爆風が絶えず飛んでくるので、怖くて振り向けやしない。

『奏多!!防御用の札使うかぁ!!?』
「いや、まだ耐えれそうだから大丈夫!!!勿体ない!!」
『自分の命優先にしろって言ってるでしょ!!!!…僕達から見てヤバかったら問答無用で渡すからね!!!』
「あいあいさー!!!」

制服の襟元から怒号混じりな音声が発せられた。所謂小型無線機だ。これもダニエル様から渡されたサバイバルアイテムのひとつ。見た目は豪華な装飾が施された釦みたいなのだが、魔法によって遠距離での音声のみのやり取りが可能となっている。今音声元のヨハンとアルフレッドは持参してきた荷物の安全確保と、遠隔射撃魔法の準備をしてくれている最中だ。

そして、肝心なる妹と…俺が先程から追われている理由となるが。



「くっそ!!!本当にしつこいな!!!」

ブラッドドラゴンとやらに追いかけ回されている最中なのだ。
全長八メートル位で、ヨハン曰く多分幼体。ブラッドドラゴンという名前だけあって彼等の嗜好品が血液らしい。それを知って一瞬脳内にはこの世界の契約【他種族への不当なる生命を脅かす攻撃】にあたるのでは?と過ぎったのだが…。
アルフレッド曰く、じゃれてるだけの可能性も捨てきれない…との事。そんな事言われても、じゃれつくの度合いおかしくないか。死ぬんだが。

『間違いなく奏多の血液の匂いに誘われてるなこりゃ…。』
「だろうなぁ…。」

出発数日前にダニエル様から教えて貰った事がひとつあった。



フェリシアさんの一件にて気になっていた事。あの襲撃事件に無事生還出来たら絶対に解明したいと思っていたそれ。
俺自身の血液に何かしらの特色、効能があるのかどうか。

答えは、イエスだった。

『聖女だからなのかそこまで調べ尽くす事は今回は出来なかったんだが……。分けてもらった血液を分析した結果、どうやら奏多の血液は他者他種族にとって魔力を底上げする効能がある様だ。』
『…だから、俺が魔法を使うと他のみんなの魔力の底上げをする事が出来るんですね。』
『どうやらそうらしいな。血液が普段噴出している訳でも無いのだろう?ならば身体中に巡らされている血液が魔力に乗って、その効果が魔法として放出されているのだろう。』
『そういう事ですか…。』
『つまりは、だ。魔力に敏感な種族や血液を好む種族の者からしたらお前は相当な高級品となる訳だ。だが……カナタの此度の血液結果に関しては厳重に取り扱う事にするが、これがもし漏れたとしたら。この国の全ての者から狙われてしまう事になるな…。』
『そんな……。』
『断言するさ。お前の血液は魔法を使う者からしたら逸品であると。』



と言われてしまった。
みんなの力になるのだと一瞬浮き足立ったが、瞬時に地面に顔面を叩きつけられた気分だった。
要は格好の餌という訳である。嬉しくない。悲し過ぎる…そのせいでみんなを危険な場所へと巻き込む可能性があるのだ。

「お兄ちゃん!!ドラゴンの両翼ある程度潰したよ!!!」
「マジか!?!」

可愛い声で何ともえげつない事を簡単にやりのける妹…。
これに関してもダニエル様が苦虫を噛み潰したような顔で言っていたな。

『カナタが狙われやすい分、それを護る事にスズは徹する様になったのだろう。彼女からの血液の成分は特色は活性化成分が少々ある程度で、他に特に無かった。だが、戦闘におけるセンスが圧倒的に抜群だ。それに勘も良い。これは贔屓目なしにだ。』

涼が俺を護ってくれる。
一人の大人の男として若干の恥ずかしさはあるのだが、確かにフェリシアさん戦においてそれは重々承知だ。瞬間的な魔力の扱いや、その都度展開していく魔法。
彼女には何度命を救って貰ったのだろうか。一生頭が上がらない気がする。

「それじゃぁ、合図を出す!!!」

上着の胸ポケットに手を入れ、とある物を掴みそれを出す。
手のひらに包み込まれたのは、フェリシアさんの時にも使用した薄い硝子の破片。
頭上まで腕を上げて白く輝き始めたガラスを手のひらで握り潰し、砕く。

「二人とも頼んだぞ!!!!」

一筋の光が空を駆け抜けていった。
瞬時に。


ドンッ!!!!


地鳴りのような音が周囲に響き、自分の真後ろでドラゴンの泣き叫ぶ声が広かった。思わず両手で耳を塞ぐ。鼓膜が破けそうである。
ボードを緊急停止させ、ゆっくりと振り向く。

「……上手く、いったのか?」
『カナタ、無事か?』
「あぁ…。」

今まで追ってきていた赤黒い俺からした巨大なドラゴンが地に伏して、苦しそうにもがいている。
先程の俺の合図と同時にヨハン達がダニエル様アイテムのひとつである遠隔射撃を放ったのだろう。腹部に当たったようで、口から血液が大量に流れていた。呼吸が浅い、気がする。
翼も涼が言った通りもがれ掛けており、飛ぶのも漸くだったのでは無いだろうか。その様が痛々しく、今まで俺へ迫ってきていたとはいえ罪悪感が拭えない。

「……平気か?」
「グゥルルルルルルルルル……。」

ドラゴンの顔の近くにそっと降り立った。金色の爬虫類の様な瞳が俺を見据える。近くに居るだけでサウナにいるみたいに熱波を感じる。

「俺の事殺さないんだったら……血を分けてやるけど……って、俺の言葉わかんねぇか。」

そっと、恐る恐る赤黒い鱗。目元に手を置いてそんなことを呟いた。

『ほんとうか?いいにおいのにんげん。』
「え。」

の、脳内に声がしたのだが。
嫌な汗が背中を伝った。
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