囚人の見る夢

皆中透

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別れ、そして

縁を結ぶ

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 ◆◇◆


「おーっす、水町。恵斗たちどこ行った?」

 水町は講義が終わったあとに、恵斗に招待されてスリーエスのライブに来ていた。

 今日は金曜日の夜で、特に遊びにいく予定もなく、さらに明日も特に予定も無く、どうせ家に帰ってもすることが無かったので、その誘いに乗った。

 暇だからなと思ってやって来たはいいものの、恵斗がシュウを紹介してくれた後は、そんなに気分が上がることも無く、一人でぼーっと壁にもたれてジンジャーエールを飲んでいた。

 今日は月一のイベントの日だということで、出演バンドは固定のファンがついている人気バンドばかり。お目当てのバンドが出る時間になると、ファンが大挙して押し寄せるため、そこまで入れ込むエネルギーの無い水町は、やや辟易としていた。

 そこへ突然やって来て、目の前でニコニコと話しかけて来たのは、昼間には思いっきり沈んでいて、皆んなに心配をかけまくっていた綾人だった。

 何があったのか、まるで太陽を背負って歩いているかのように、朗らかで無遠慮な陽の気を、これでもかと周囲に撒き散らしている。その変貌ぶりには、長い付き合いの水町でさえ驚いてしまった。

「え? 何その異様な回復の速さは……あ、あー……なんかそんな顔、京都でもみたような気がする……あの時ってたしか……」

 水町はあごに指を当てながら、京都旅行の初日のランチのことを思い出していた。その時は、タカトが綾人に剣で斬りつけられてからまだ日が浅く、二人の間の空気が最悪で、メンバー全体での雰囲気もそれに引きずられてしまっていた。

 耐えかねた水町が二人をけしかけて、その場でキスをさせて仲直りをすることができた。それからは、反対にラブラブモード全開で、見ているこちらが恥ずかしくなるほどのものに変わったのだった。

 あの旅行は、戦いと二人に振り回されて疲れた記憶しかないとみんな言っている。水町は、今回もまたそうなのだろうと思うと、正直なところ呆れてしまう気持ちもあった。

 でも、それくらいで回復してくれるのであれば、まあいいかと思えなくもないようだ。

「あー、もしかして今日もなんかいいことしてもらったの? 穂村くんといちゃいちゃして回復した?」

 そろそろスリーエスが登場する時間で、会場には熱狂的なファンが揃いつつあった。布面積が極端に少ない服を来た女性の集団が、大挙して押し寄せてくる。

 その波をぬって、こちらにやってくる背の高い、黝のミドルヘアの美しい男がいた。その男の様子を見て、水町は「なるほどね」と呟いた。

「最後まで楽しく過ごすことにしたの?」

 水町は、少し揶揄するような雰囲気はあるものの、ほっとしたような響きの言葉を綾人にかけた。綾人は水町のカンの良さに驚いてビクッと跳ねたが、「うん、まあ、そんなところ」とぶっきらぼうに言葉を返す。

 ほんの数メートルの距離を近づくこともできず、ずっと声をかけられ続けているタカトを、二人は離れてぼんやりと見ていた。最近はどこに行ってもこの調子で、綾人も既に嫉妬することもなくなり、苦笑しているばかりになっていた。

 それでも、タカトはそれを嬉しいと思っていないため、毎度対応に困り果てていた。今も炭酸水を二本手に持ってもみくちゃにされながら、綾人へ近づこうと必死になっている。

 眉間に皺を寄せながらも、どうにかしてその大波を振り切ろうともがいている。そんな中で水町と綾人を見つけると、パアッと花が咲いたような笑顔を向け、周囲に目もくれず突進し始めた。

「ごめん、見えなくなっちゃって。今いくー」

 そう言いながら綾人の方へと一直線に進んできた。ようやく綾人の元へと辿り着くと、嬉しそうな笑顔で「はい」と炭酸水を手渡した。それを「ありがと」と受け取った綾人に、片頬をわざとらしく差し出して「お礼ください」と催促をする。

「えー、ちょっと、本当にあの日と同じじゃん! 私たちに心配かけさせて、結局はラブラブかよ!」

 水町はそう言って、タカトの背中をバシッと派手な音が立つほどに強く叩いた。その勢いでタカトは綾人の方へ倒れ込み、綾人は意図せず人混みの中でタカトにキスをすることになってしまった。

 ちょうどその時、照明が落ちて暗転した。急に見えなくなったことで並行感覚が狂った二人は、その場に勢いよく倒れ込んでしまった。

「わっ!」

 二人はドスンとステージの縁に尻餅をつく形で倒れ込んだ。メンバーが到着して、客がざわつく。スタンバイオッケーです、の声の後、一瞬全ての音が消え去ったタイミングで、

「いっってえー!!!」

 思わず大声で叫んでしまった。あまりにも大きく響き渡った綾人の声で、会場中が何事かとステージに視線を集めた。大恥をかいて失笑される中、慌ててタカトが綾人を起こそうとしていると、マイクを持ったケイトが鼻で笑った。

「バンドより目立つなよ、綾人ー」

「わ、悪りぃ……」

 ライトを浴びて輝くケイトは、穏やかに微笑んでいた。

 今日はケイトの復帰の日でもある。ただもちろん、そんなことは誰も知らない。いなくなっていたことを知っているのは、百合子討伐に関わっていた人間だけだからだ。

 この復帰ライブで思いがけず目立ってしまった綾人のことを、愛おしそうに見つめてくれたケイトの視線が、綾人の胸をじんわりと温めた。
 
 そして、その言葉をきっかけにスタートしたスリーエスのライブは、メンバー全員がキラキラと輝いていて最高のパフォーマンスを見せてくれた。

 以前のスリーエスのパフォーマンスは、呪玉の影響で狂喜の中で行われていた。今はそれがなくなり、全くクリーンな環境で行われているが、そもそも実力派バンドでメンバーのキャラクターにも人気があった。ライブがつまらないわけがない。

——やっと自由に生きられるようになったからだろうな。めちゃくちゃキラキラしてる。

 綾人は、伸び伸びと自由に生きられることを楽しんでいる恵斗を見て、とても感慨深いものを感じていた。

 相変わらずの爆音重低音であることに変わりはないのだが、その中にあるのは諦めや失望の蠢く呪いの言葉ではなく、やさぐれながらも貫き通す、生への渇望と力強い希望に溢れていた。

 それを言葉にして届ける色気漂うボーカリストの後ろには、相変わらず中性的で儚げな顔をしているのに、体はがっしりと筋肉質なシュウがいた。

 シュウはケイトへの想いが強く、何度ケイトの記憶を消そうとしても、必ず思い出してしまっていた。それほどに強い思いを抱えていた人間が、その対象を失ってなお平気でいられるわけがない。

 ケイトがいなくなったと知ってからも、ずっと忘れられずに苦しんでいたシュウは、酒に溺れて痩せこけていた。

 再会の時、大きな声を上げて泣きながらケイトを抱きしめていたシュウの姿を見て、その場にいた綾人、タカト、瀬川、陽太、水町は、思わずもらい泣きをしてしまった。

 シュウの気持ちの強さが、運命すら変えたのだろうと、皆が口々に言い合っていた。それから二人は、ともに暮らしている。そうなってからは、すぐに元のマイペースなシュウに戻っていった。

 実は貴人様は、ケイトに関わった人間の記憶を書き換えるため、しばらくこちらに残っていないといけなかった。神をも振り回す意思の強さに、あのケイトが完全に尻に敷かれた状態になっていることも、誰もが納得するところだった。

「シュウ……良かったよね。あんなに元気になって」

 タカトがシュウを見ながら、嬉しそうにそう零した。タカトにとって、シュウは異母兄弟にあたる。しかも、それを何かのついでのように、突然突きつけられた。

 それでも、井上家に行った夏以降、何かにつけて連絡を取り合っていたため、今では仲の良い友人になっている。

 シュウが寂しさを持て余して日々弱っていく姿を見て、ずっと心配していたのは、誰よりもタカトだった。そして、シュウの姿に、未来の自分の姿を重ねていた。

 しかし、シュウは再びケイトと一緒の日々を過ごせるようになり、笑顔が戻ってきた。その姿を見る度に、嬉しさが募る反面、それが自分たちには訪れることのない幸せをなのだと思うと、それを羨ましく思い、辛くなっていた事もまた事実だった。

 それでも、今日はもう、そんな風に悲しく思うことも無くなっていた。

「二人とも、シュウの幸せそうな顔を見ても大丈夫になったんだね。まあ、良かったね、うん」

 水町は二人が落ち込まない様子を見て、心から安堵した。何も解決はしていないけれど、結果が変わらないのなら、過程をよくするしかない。

 ただ、そう考えるのは簡単なようでいて、その実は難しい。二人が少しでも楽しく過ごすことが出来たらいいのにと思っていた水町は、それを自分たちだけで出来るようになってしまっていることに、僅かに寂しさを感じていた。

「水町」

 まっすぐ前を向いたままの綾人が、水町に声をかけた。その目は、ステージのライトを集めてキラキラと光り輝いていた。強く、しっかりと前を向いるその姿は、目の前の景色だけではなく、前向きな未来へ向けての宣言をしているようだった。

「いつか無くす、いつか消える。そんなの、生きてる限り誰だって一緒だ」

 水町は、その瞳に込められた決意の強さに、目を奪われてしまった。

「だから、最後まで笑ってることにした」

 ——俺は大丈夫だから、って言われてる気がした。

「最後まで、自分らしくいることにした」

 いつの間にか水町の目から溢れていた涙を、綾人の指がすくってくれた。

「だから、お前も最後まで一緒にいてくれよな」

「え?」

 水町の心は、もっと寂しいことを言われる覚悟をしていた。俺たち二人で、と言われるのだと思っていた。

「私も?」

 そう問いかけると、ニッと片方だけ口の端を上げて綾人は笑った。イタズラっぽい笑い方が、水町の心を優しくくすぐっていく。

「俺の一番の友達は、ずっとお前だから」

 水町は、思わず嗚咽を漏らしてしまった。綾人の運命を思うと、どうしても彼の前だけでは泣いてはいけないと思っていて、そうならないようにいつも気を付けていた。

 彼女も、少しだけいじけている自分の気持ちに気が付いてはいた。それでも、そんなことを口に出して言うことはいけないことだと思って、どうしても出来なかった。

 誰よりも辛いのは綾人なんだからと、旅行中からずっと自分に言い聞かせてきた。

 綾人は、その痩せ我慢でがんじがらめになった水町の心を、ゆっくりとやさしく解くように、柔らかく微笑んだ。居場所を無くしたと思っていた自分に、それをはっきりと否定することで励ましてくれている。

「綾人、ありがとう」

 綾人は水町の方に向き直って、にっこりと微笑んだ。その笑顔は太陽のように大きく、優しく包み込んでくれるようだった。

「不思議だよなあ。俺たち、一度も好きにならなかったよな。でも、ずっとお互いに一番大切だった」

——そう、大切だった。誰にも傷つけられて欲しくなかった。恋じゃない。それは今もそう。

「友情の縁はお前と一番太くて、深くつながってんだよな」

——うん。私たちは太くて深い縁で……

「タカトへの想いとは違うけど、お前とも最後まで一緒にいたい……え? 何その面白い顔」

「え?」

「え?」

「えん? ……縁?」

「え? うん。えっ!? 違う!? そんなふうに思われてないのか、俺???」

 水町はハッとした。

——そうだ、縁だ。

 さくら様は縁結びの神だった。その方が、私に最後に託した桜の花びら、それに、最後の貴人様が見せた笑顔……

「記憶が消えなかったシュウの存在……」

 水町は、頭の中で思考の回路がつながっていくのを感じていた。当たり前だと思って何もしないということが、どれほど人生の選択肢を狭めていくのかということを、たった今痛感していた。

——見落としていることがあるんだ。

 今日、この時にこのことに気がついたことにも意味がある気がした。全てがつながって、道がひらけていくような感覚がして、ブルっと体が震えた。

「水町ぃ……」

 名前を呼ばれてふと我にかえると、目の前で半泣きの綾人が拗ねていた。

「あ、ご、ごめん、違う! あ、いや、違わない!」

「なんだそれ! どっちなんだよ……まあ、いいけど。俺はそう思ってるから」

 いじけてしまった綾人の頭を撫でながら、水町は決心した。水町には、さくら様に言われたことを成し遂げなくてはならないという覚悟が芽生えていた。

——さくら様、可能性を残してくださってありがとうございます。

 一縷の望みに気がついた水町は、少しだけ晴れやかな笑顔をのぞかせた。そして、その笑顔の下に隠した気づきを、誰よりも早くタカトに教えてあげたくて、ウズウズしていた。
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