囚人の見る夢

皆中透

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別れ、そして

引導、再び。2

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◆◇◆


「じゃあ、しめはうどんねー。タカト、これ、もうここでやっちゃおうよ」

 鶏の水炊きをした後、締め用に用意していたうどんを、綾人がまとめて持って来た。鍋は、みんなでワイワイ騒ぎながら食べたのでとても盛り上がり、楽しい時間を過ごすことができた。

 学生の一人暮らしに使われる狭くて壁が薄いアパートやマンションではなく、大豪邸での宴会だったからか、みんな大騒ぎだった。京都旅行以来、なんとなく暗かった綾人も、久しぶりに集まったメンバーの中で大はしゃぎしていた。

「こっちでやってもいい? ちょっと時間かかっちゃうけど」

「うん、いいよ。向こうで作るとちょっと寂しいだろ? 大豪邸のキッチン遠いからさ」

 確かに、ここのキッチンはとても遠い。客間とキッチンが離れているのは一般的なのだろうけれど、それにしても敷地が広く建物が大きいため、全ての規模が巨大と言える大きさだった。

 キッチンでうどんを仕上げてしまうと、客間に着くまでに伸びそうだなとタカトは思っていたので、ここでそのまま仕上げて構わないのなら良かったと胸を撫で下ろしていた。

「仕上がりがいいのも大事だけど、せっかくみんなでいるんだからさ。なるべくここで済ませようよ」

 綾人はそういうと、タカトの背中をポンポンと叩いた。タカトはその綾人の温かい笑顔につられて、「うん」と微笑んで締めの準備に入った。ほんの少しだけ、これからやる事を先延ばしにしたい気持ちが湧いてきた。

——もっと、あと少しだけでいいから。綾人といたい。
 
 綾人はそのタカトの隣に座り、今日のサリさん達との出来事を話して聞かせた。わざわざ道着を着て演武を見せてくれた綾人へのお礼にと、サリさんが作ってくれたインドネシアのカレーは、とてつもなく辛かったのだそうだ。激辛好きの綾人でも、水がないとなかなか食べ進められないほどだったのだという。

「もう、ホント、まじで火が出そうでさー! 痛くて痛くて……でも言えないじゃん、なんか。さっきまで演武でかっこ良いとか散々言ってもらってるのにさ。カレーが辛くて食べられません! って。なんか、負けた気がして」

 口の中を手で仰ぐような仕草をしている綾人を見て、水町や陽太が大笑いしていた。

「何と戦ってんのよ、あんたは」

「俺ならすぐ言っちゃうけどなあ。ごめん、辛くて食べられないから、甘くしてくれない? って」

 瀬川が横から軽薄そうな話し方で横槍を入れた。すると、水町がテーブルに肘をつき、冷たい視線を送りながらさらに冷めた口調で言う。

「いや、うん。瀬川と恵斗はすぐ言いそう。そして意外と、陽太が辛いのに強そう」

 すると、恵斗と瀬川が「どういう意味だよ!」とギャンギャンうるさく抗議をしてきた。その隣で、陽太がぼそっと「確かに、俺、激辛得意だよ」と呟いている。

「えーまじで!? 口、痛くならないか? 俺どうしてもダメなんだよなあ」

 あちこちで、まるで大酒でも飲んだかのように、大きな声の会話が飛び交っている。とても賑やかしくて楽しい笑顔が弾けていた。

 みんなが太陽のように笑い、お互いを認め合えている恵まれた環境。ずっと孤独だったタカトが突然手に入れた、ありがたすぎる幸せだった。

 その全ての始まりは、綾人との出会い。それを思い返しては、手放す瞬間を思って泣きそうになっていた。

——あと少しだけでいいから。お願いします。

 タカトはどうしてもそう思ってしまって、うどんを仕上げた後にみんなが完食してしまってからも、何も切り出せずにいた。そのタカトの様子を見て心配した恵斗とシュウが、水町へと目配せをする。

『背中押してやれよ』

 恵斗の目が、そう言っていた。水町はそれに対して一つ頷くと、タカトの隣へとやってきた。そして、なかなか決意が固まらずにいるタカトの手を握った。

「大丈夫だよ。信じよう、私たちの絆を。綾人と穂村くんの繋がりは、すごく強い。きっと、綾人を自由に出来るはずだから」

「うん。わかってる。でも、この時間を自分の手で終わらせるのは、すごく辛いんだよ」

 タカトは、みんなとカレーの話で盛り上がっている綾人を見ていた。隣に座っているのに、こちらには見向きもせず、瀬川と陽太の方を見て笑っていた。そんなはずは無いのに、外方を向かれているようで寂しかった。

——その顔を、もう見れなくなるなんて……。

 タカトは堪らず、話に夢中になっている綾人の手を後ろからそっと握った。ゲラゲラと笑っていた綾人は、突然優しい温もりに包まれた右手に驚いてパッと振り向いた。

「ん? タカト、どうした?」

 綾人が振り返ってみたタカトの顔は、涙で濡れていた。とても悲しそうな顔をして、さめざめと泣くタカトを見て、綾人は狼狽えてしまう。そして、助けを求めるように水町の方を向いた。水町もまた、目に涙を溜めていた。

「え? 何、みんなどうした?」

 綾人は、この状況が掴めずに狼狽えているのは、どうやら自分だけらしいということは理解した。さっきまで笑い転げていたみんなが、一瞬にしてまるで通夜の席のように、悲しみに濡れた目をして綾人を見ていた。

「何、なんかあるの?」

 不安に駆られた綾人は、たまらずにタカトへ尋ねた。握られた手に伝わる震えが、さらに不安を煽る。タカトは、あまり綾人を怯えさせてもいけないと思い、必死に勇気を振り絞った。

「綾人、貴人様から最後にもらった力って、なんだった?」

 声が震えるのを少しでも抑えようと、必死に腹の奥に力を込めながら、タカトは綾人に訊く。その顔は真剣そのもので、少しの余裕もないものへと変わっていた。

「最後の浄化の力って言われたけど……それがどうかした?」

 綾人自身は、その時の貴人様の言葉以外は何も聞かされていない。その力を、額のあざの中に残して貴人様は消えた。あれ以来、ほとんどそのことについては触れたことはなかった。それなのに、この状況で突然その話を振られたことに、綾人は驚いていた。

「あの、その力を使ってさ、その……」

 タカトはグッと拳を握りしめた。タカトが進めないと、この話は無かったことになる。

——そうすれば、来年の節分までは綾人と一緒にいられる……。

 その思いがタカトを躊躇させていた。ポロポロと涙は流れ続けた。

 今までの人生でこんなにも涙を流したことなど、一度も無いだろう。特に高校入学以降は、感情を全て失ったかのような日々を送っていた。綾人と共に過ごすようになって、ようやくタカトの心は動き始めた。

 まだ綾人としてみたいことも、行ってみたい場所もたくさんある。一緒に食べたいものも、一緒にやりたいこともたくさんある。もっとたくさん抱き合いたかった。

 その全てを手放す勇気が、タカトにはどうしても持てなかった。

 そうやって黙ったまま葛藤しているタカトを見かねたのか、綾人が心配そうにタカトを見つめながら切り出してきた。

「タカト、どうしたんだよ? 何か辛いのか? 俺がもらった力でそれが消せるのなら、使ってもいいよ?」

 思いもよらず、綾人の方から話を動かされてしまった。その力を使うという話になった。この流れで止めてはいけないと、その場にいる誰もが感じた。

——やるしか、無い。

 そう覚悟を決めたタカトは、涙をぐいっと拭うと、綾人に頭を下げた。両手を揃えて、謝罪するのかと思うほどに深く頭を下げた。

「綾人、その力を使って、俺の右目を治してくれないか? その力で浄化すれば、視力は戻るらしいんだ」

 その場にいる全員が、綾人とタカトのやり取りを見守っていた。この後、何が起こるかは、全くわかっていない。綾人の返答次第で、何かの動きがあることだけはわかっている。ただ、それがどういうものなのかということは、水町にもタカトにもわかっていない。

 そんな中、綾人はタカトの肩にそっと手をのせると、顔を覗き込みながらはっきりと言い切った。

「もちろん、いいよ! 最後にいいことするなら、相手はタカトだって決めてたからな!」

 タカトはその言葉を聞くと、顔を上げて綾人を見た。目の前には、愛する人のために何かしてあげられるということを喜んでいる、綾人のキラキラした目があった。タカトは、その眼差しに耐えきれなくなり、もう一度頭を下げた。

——俺は綾人に隠し事をしているのに。

 その思いに、胸が潰れそうになった。それでも、進めなくてはならない。綾人の魂を、正しい道へ送り出さなくてはならない。

——俺は、綾人に引導を渡すんだ。最後まで、やるんだ。

 そう葛藤を続けながら、なんとか笑顔を取り繕った。

「ありがとう。じゃあ、お願いしてもいい?」

 「おう」と言いながら、綾人はタカトに「顔あげててくれよ」と言いながらタカトの顎をクイっと上げた。そして、ゆっくりと頭を下げると、額のアザをタカトの右目に触れるように当てた。そして、目を瞑った。

 しばらく、そこには静寂だけがあった。

 そのうちに、二人の空間に温かい風が少しずつ巻き起こり始めていた。少しずつ、ゆらゆらと服が靡いていく。綾人の額から、オレンジ色の光が漏れてきた。

 それはだんだんと光力を増して、次第に目もくらむような明るさへと変わった。綾人は、貴人様から教わった真言を唱えている。

——右目が暖かい。優しい温もりが流れ込んでくる。冷たいものが流れ出る……。

 自分のために、最後の善行を綾人が行うのを、肌で感じ取りながら、タカトの心はぐちゃぐちゃに乱れていった。

——綾人が、俺のためにしてくれること。これが最後になりませんように。

 もう、間も無く浄化は終了する。タカトの見えなくなっていた右目は、だんだんと視力を取り戻してきた。

 両目で見る綾人は、相変わらずかっこよくて可愛らしかった。金色の髪が輝いて、鳶色の瞳が見つめていた。初めて恋に落ちた日と同じように、後光の中でも一際輝いて見えた。

——せっかくちゃんと見れるようになったのになあ……。

 はっきりと、その姿を捉えた。

——美しい、俺の恋人。

 その頬に触れ、後ろ髪を引かれながらも、タカトもようやく心が決まった。

——必ず、また会うから。

 そう決意して、手を離した。
 
「綾人、ありがとう……必ず、戻ってこいよ!」

 タカトはまた涙をスーッと流した。その涙が頬を伝い、下へと落ちていく。床へと吸い込まれるようにスピードを上げ、接地した瞬間に、綾人をさらに激しい光が包んだ。

「え?」

 その、驚きの言葉と表情だけを残して、綾人はその場から消えてしまった。
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