子守を引き受けただけなのに、その保護者から不審者扱いされています

四葉るり猫

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意外な命令

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 王女の降嫁の話は、それから一週間もするとかなり具体的な話として理緒の周りでも話題にあがるようになった。既にアルバートは二十九歳と妻どころか子供がいてもいい歳で、彼の結婚は領内では最も重要で待望されている事柄だった。また王女の婿候補の三人のうち、一番釣り合いが取れていると言われているのがアルバートなのもあった。

 ロートン辺境伯の令息のエドマンドは、現在三十四歳と年が離れている上、あまり有能な人物とは言い難いらしい。芸術家肌で武には疎く、辺境伯として国境を守るにはいささか不安が残るとの評判だった。父親は豪傑で知られた武人だが家を留守にしがちで、残された母親は寂しさを埋めるように息子を溺愛しているという。自己評価が高い割には能力が伴っていないとも噂されていた。

 もう一人のサーグッド辺境伯の令息オリバーは二十歳と王女より二歳年下で、現在は王都で宰相府に勤めているという。学生時代から秀才の誉れも高く、武の方もそこそこ出来るという。元は辺境伯の弟の子だが、辺境伯に子がいないために両親の死後養子となった。大変な美少年という噂だ。こちらは王都で王女との交流があるらしいが、端から見ると恋人というよりは姉と弟のようだという。

 王女の気持ちは伝わってこないが、世間の見立てでは年齢的にも能力的にもアルバートが優勢だと伝えられていた。三人の中では年齢的には7歳年上で、これは貴族としては高すぎるほどではなく、また武の面では申し分がない上、人柄も面白味には欠けるが実直で忠誠心も厚い。また、二人並んだ様は一対の絵の様で様になるという。
アルバートが王都にいた頃、何度か王女の護衛に着いた事もあり、顔見知りだという。ただ、その頃は王女には婚約者がいたし、アルバートも生真面目な性分ゆえに役目に徹していたといい、本当に顔を知っている程度の間柄だったらしいが。それでも領内では待望の嫁、しかも王女というこの上もなく尊い血筋ともなれば、期待が膨れ上がっても仕方ないだろう。



 理緒が辞意を伝えてから一月が経った。その間特に処遇についての話はなく、理緒はせっせと文字の取得に励み、大抵のものは読めるようになった。書くのはまだだが、読めるようになっただけでもかなりの進歩だろう。
 幸いにもこちらの文字は36の字の組み合わせで、日本語のような平仮名やカタカナ、漢字などの種類もなく、どちらかというと英語に近い感じなのが幸いした。日本語のような漢字も交えた文字だったら、読めるようになるだけでも何年かかったかわからない。それでもわからない単語も多いだけに、簡単ではなかったが。この頃には理緒は絵本だけでなく、より実務的な事が書かれた本をマシューから借りて読むようになっていた。



「明日、ルイ様と一緒に辺境伯のお屋敷に行って下さい」

 ルイ達が昼寝の時間、本を読んでいた理緒にそう告げたのはマシューだった。思いがけない内容に理緒は目を丸くした。

「自分が…ですか?」
「はい、他に誰もいないでしょう?」
「それはそうですが…でも…」
「コーデリア様がリオに会いたいと仰っているそうです。ルイ様が落ち着かれたのを大層喜ばれて、お礼を伝えたいと」
「…お礼なら、今の言葉で十分ですけど…」

 別にお礼を言われるような事をした覚えはなかったし、むしろ心の中では散々ルイの母親に文句を言っていた理緒は、今更会えと言われても面食らうしかなかった。さすがに本人に自分の悪態は伝わっていないだろうが、理緒としては悪口を言った本人と会う訳なので何となく後ろめたい。
それに…そんなに大層な事をした覚えはなかった。報酬を考えればむしろ貰いすぎなくらいで、こちらが礼を言うべきところだ。

「義姉上がそう仰っているんだ。言う通りにしろ」

 戸惑う理緒の耳に届いたのは、第三者の声だった。誰だと思って視線を向けて…今度こそ理緒は固まった。そこにいたのは辺境伯アルバートその人だったからだ。
 黄金の髪と青玉の瞳の整った顔立ちに均整の取れた長身と、美の神と言われてもそん色ない秀麗さを纏ってはいるが、その表情はお世辞にも友好的には見えなかった。まぁ、理緒が見る辺境伯は仏頂面がデフォルトなのだが。

「義姉上はルイと問題なく面会が出来るようになった事を大層喜ばれている。その為お前に直接礼が言いたいと仰せだ。これは命令だ」
「…わかりました…」

 相変わらず居丈高な物言いに偉そうに…と怒りを覚えた理緒だったが、相手は雇用主だ。さすがに給料を、それも予想外によい賃金を払ってくれる相手に楯突く事はしなかった。相手は貴族で、エラそうな態度が普通で、自分達とは違う人種だし、そもそもここの世界の人は皆、自分とは違う次元の存在なのだ。一々些細な事で腹を立てたところで益など一つもないと、理緒は怒りをため息と共に吐き出した。

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