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気まずい時間と意外な言葉
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(…何でこんな事に…)
馬車に揺られた理緒は頭を抱えたいのを我慢しながら、外の景色に向かってそっとため息を漏らした。昨日、辺境伯からルイの母親との面会に同行するように言われた理緒は今、どういう訳か辺境伯と二人きりで馬車に揺られていた。
こうなったのは出発前のやり取りが原因だった。最初はルイと辺境伯、理緒の三人で辺境伯の屋敷に向かう予定だったのだが、ルイが出発前に急にアレンとキャロルも一緒にいくと言い出したのだ。今日はさすがに先方に連絡していないからとルイを止めようとしたが、元より頑固なルイは一緒に行くと言って譲らなかった。
結局大人が折れる事になり、急遽アレンとキャロル、そしてその保護者のエルシーの同行が決まったが、ルイがアレンとキャロルと一緒に乗ると言ってきかず、結局エルシー一家とルイ、理緒と辺境伯で二台の馬車に分散して乗る事になったのだ。振り分けがこうなるのは仕方がない。分かってはいるが、辺境伯に苦手意識しかない理緒は気まずい沈黙にひたすら耐える羽目になったのだ。
ルイが住む屋敷から辺境伯の屋敷までは、馬車で一刻程の距離だ。一刻が日本時間でどれくらいなのか理緒にはわからなかったが、徒歩だと三刻かかる距離が馬車では一刻と言う。一刻は一時間弱だろうと踏んだが、その時間は酷く長くなるような気がした。
せめて辺境伯のお付きの人も…と思ったが、お付きの人は護衛として馬に乗るという。苦手意識満載な雇用主との二人きりの空間に理緒は、何の罰ゲームだ…と叫びたかった。
「辞めたいとマシューから聞いたが…」
窓の外の流れる景色を眺めながら、理緒はここが自分のいた世界とは大きく違う事を改めて実感させられていた中、急に話しかけられて理緒は我に返った。もしかして今の言葉は自分に向けられた言葉なのだろうか…あの辺境伯が自ら話しかけてくるなんて…と思いながら視線を向けると、険しい表情の辺境伯と視線がばっちり合った。どうやら気のせいではなかったらしい…
「そう、ですね」
咄嗟にはそうとしか言葉が出てこなかったが、もしかしてこれはチャンスなのではないかと理緒は思った。滅多に会う事がなく、マシューに言付けてから既に一月は経っていて、今後どうなるのかとやきもきしていたが、直接話せるならそれに越した事はないのだ。
「ルイ様もエルシーさん一家のお陰で落ち着いています。既に二ヶ月経ちましたが、今では自分がいなくてもルイ様が不安定になる様子もありませんので…」
気が付けばルイの子守になってから四か月以上が経ったが、今のルイはあの頃とは別人のように落ち着いている。離れるなら今ではないか、と理緒は考えていた。暫くは寂しいだろうが、それもアレンやキャロルがいれば紛れるだろうし、自分の代わりはエルシーがしてくれるだろう。
それに…最近の理緒はこれ以上この屋敷にいる事に不安を感じていた。自分の過去について、詮索してくる侍女たちが増えたのだ。彼女は好意から尋ねてきて、理緒は今のところ嫌な事があって…と誤魔化してはいるが、それもいつまでもつかわからない。これがただの店やちょっとした商家ならいいが、辺境伯はある意味この地の行政のトップでもある。これ以上長居して正体がバレるリスクが怖かった。
「…ネリーやマシューはこのまま残って欲しいと言っているようだが…」
「は?」
思いがけない展開の上に思いがけない事を言われて、理緒は雇われの身としてはあるまじき声を出してしまったと焦ったが、驚きすぎて先の言葉が続かなかった。それでは目の前の人物も残ってもいいと思っているようにも聞こえたからだ。
「ネリーたちの報告では、お前は立場を弁えルイにも真摯に向き合い、いい方向に導いてくれたと言っているが?」
「…そう言って貰えるのは有難いですが…やはり身元が不確かな者が次期後継者のルイ様の側にいるのはよくないでしょう。口さがない者もおりますので」
最初にそう言ったのは自分だろうとの思いを込めて理緒が真っすぐに辺境伯にそう告げると、辺境伯が押し黙った。一応自分が言った事は覚えているらしい。気まずい沈黙が続いて、理緒は言い過ぎただろうかと思ったが、下手に引き止められるのも困るし、辞めさせて貰えないのはもっと困る。ここはこれまでの路線で行くべきだろうと思い、フォローはしなかった。
「…そうか…」
さすがにバツが悪いと感じたのか、辺境伯はそう言った後は何も言わなかった。そう、それでいいと理緒は思った。辺境伯がもっと友好的であれば、自分の境遇を話して元の世界に戻る方法がないか聞いてみたかったが、辺境伯と初めて会った日から半年、両者の関係は全く改善されなかった。今後も改善する可能性は低いだろう。
現状では万が一バレたとしても、いい方向に話が行くようには思えなかった。未だに身元不明の不審者扱いなのだ、どんな扱いを受けるかわかったものではないと、理緒の気持ちは次の可能性に向かっていた。
これで辞められるだろうかと思った理緒だったが、その思考は外からの怒号に掻き消えた。
「襲撃だ!」
理緒の身体に緊張が走った。
馬車に揺られた理緒は頭を抱えたいのを我慢しながら、外の景色に向かってそっとため息を漏らした。昨日、辺境伯からルイの母親との面会に同行するように言われた理緒は今、どういう訳か辺境伯と二人きりで馬車に揺られていた。
こうなったのは出発前のやり取りが原因だった。最初はルイと辺境伯、理緒の三人で辺境伯の屋敷に向かう予定だったのだが、ルイが出発前に急にアレンとキャロルも一緒にいくと言い出したのだ。今日はさすがに先方に連絡していないからとルイを止めようとしたが、元より頑固なルイは一緒に行くと言って譲らなかった。
結局大人が折れる事になり、急遽アレンとキャロル、そしてその保護者のエルシーの同行が決まったが、ルイがアレンとキャロルと一緒に乗ると言ってきかず、結局エルシー一家とルイ、理緒と辺境伯で二台の馬車に分散して乗る事になったのだ。振り分けがこうなるのは仕方がない。分かってはいるが、辺境伯に苦手意識しかない理緒は気まずい沈黙にひたすら耐える羽目になったのだ。
ルイが住む屋敷から辺境伯の屋敷までは、馬車で一刻程の距離だ。一刻が日本時間でどれくらいなのか理緒にはわからなかったが、徒歩だと三刻かかる距離が馬車では一刻と言う。一刻は一時間弱だろうと踏んだが、その時間は酷く長くなるような気がした。
せめて辺境伯のお付きの人も…と思ったが、お付きの人は護衛として馬に乗るという。苦手意識満載な雇用主との二人きりの空間に理緒は、何の罰ゲームだ…と叫びたかった。
「辞めたいとマシューから聞いたが…」
窓の外の流れる景色を眺めながら、理緒はここが自分のいた世界とは大きく違う事を改めて実感させられていた中、急に話しかけられて理緒は我に返った。もしかして今の言葉は自分に向けられた言葉なのだろうか…あの辺境伯が自ら話しかけてくるなんて…と思いながら視線を向けると、険しい表情の辺境伯と視線がばっちり合った。どうやら気のせいではなかったらしい…
「そう、ですね」
咄嗟にはそうとしか言葉が出てこなかったが、もしかしてこれはチャンスなのではないかと理緒は思った。滅多に会う事がなく、マシューに言付けてから既に一月は経っていて、今後どうなるのかとやきもきしていたが、直接話せるならそれに越した事はないのだ。
「ルイ様もエルシーさん一家のお陰で落ち着いています。既に二ヶ月経ちましたが、今では自分がいなくてもルイ様が不安定になる様子もありませんので…」
気が付けばルイの子守になってから四か月以上が経ったが、今のルイはあの頃とは別人のように落ち着いている。離れるなら今ではないか、と理緒は考えていた。暫くは寂しいだろうが、それもアレンやキャロルがいれば紛れるだろうし、自分の代わりはエルシーがしてくれるだろう。
それに…最近の理緒はこれ以上この屋敷にいる事に不安を感じていた。自分の過去について、詮索してくる侍女たちが増えたのだ。彼女は好意から尋ねてきて、理緒は今のところ嫌な事があって…と誤魔化してはいるが、それもいつまでもつかわからない。これがただの店やちょっとした商家ならいいが、辺境伯はある意味この地の行政のトップでもある。これ以上長居して正体がバレるリスクが怖かった。
「…ネリーやマシューはこのまま残って欲しいと言っているようだが…」
「は?」
思いがけない展開の上に思いがけない事を言われて、理緒は雇われの身としてはあるまじき声を出してしまったと焦ったが、驚きすぎて先の言葉が続かなかった。それでは目の前の人物も残ってもいいと思っているようにも聞こえたからだ。
「ネリーたちの報告では、お前は立場を弁えルイにも真摯に向き合い、いい方向に導いてくれたと言っているが?」
「…そう言って貰えるのは有難いですが…やはり身元が不確かな者が次期後継者のルイ様の側にいるのはよくないでしょう。口さがない者もおりますので」
最初にそう言ったのは自分だろうとの思いを込めて理緒が真っすぐに辺境伯にそう告げると、辺境伯が押し黙った。一応自分が言った事は覚えているらしい。気まずい沈黙が続いて、理緒は言い過ぎただろうかと思ったが、下手に引き止められるのも困るし、辞めさせて貰えないのはもっと困る。ここはこれまでの路線で行くべきだろうと思い、フォローはしなかった。
「…そうか…」
さすがにバツが悪いと感じたのか、辺境伯はそう言った後は何も言わなかった。そう、それでいいと理緒は思った。辺境伯がもっと友好的であれば、自分の境遇を話して元の世界に戻る方法がないか聞いてみたかったが、辺境伯と初めて会った日から半年、両者の関係は全く改善されなかった。今後も改善する可能性は低いだろう。
現状では万が一バレたとしても、いい方向に話が行くようには思えなかった。未だに身元不明の不審者扱いなのだ、どんな扱いを受けるかわかったものではないと、理緒の気持ちは次の可能性に向かっていた。
これで辞められるだろうかと思った理緒だったが、その思考は外からの怒号に掻き消えた。
「襲撃だ!」
理緒の身体に緊張が走った。
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