子守を引き受けただけなのに、その保護者から不審者扱いされています

四葉るり猫

文字の大きさ
26 / 47

気まずい時間と意外な言葉

しおりを挟む
(…何でこんな事に…)

 馬車に揺られた理緒は頭を抱えたいのを我慢しながら、外の景色に向かってそっとため息を漏らした。昨日、辺境伯からルイの母親との面会に同行するように言われた理緒は今、どういう訳か辺境伯と二人きりで馬車に揺られていた。

 こうなったのは出発前のやり取りが原因だった。最初はルイと辺境伯、理緒の三人で辺境伯の屋敷に向かう予定だったのだが、ルイが出発前に急にアレンとキャロルも一緒にいくと言い出したのだ。今日はさすがに先方に連絡していないからとルイを止めようとしたが、元より頑固なルイは一緒に行くと言って譲らなかった。
 結局大人が折れる事になり、急遽アレンとキャロル、そしてその保護者のエルシーの同行が決まったが、ルイがアレンとキャロルと一緒に乗ると言ってきかず、結局エルシー一家とルイ、理緒と辺境伯で二台の馬車に分散して乗る事になったのだ。振り分けがこうなるのは仕方がない。分かってはいるが、辺境伯に苦手意識しかない理緒は気まずい沈黙にひたすら耐える羽目になったのだ。

 ルイが住む屋敷から辺境伯の屋敷までは、馬車で一刻程の距離だ。一刻が日本時間でどれくらいなのか理緒にはわからなかったが、徒歩だと三刻かかる距離が馬車では一刻と言う。一刻は一時間弱だろうと踏んだが、その時間は酷く長くなるような気がした。
 せめて辺境伯のお付きの人も…と思ったが、お付きの人は護衛として馬に乗るという。苦手意識満載な雇用主との二人きりの空間に理緒は、何の罰ゲームだ…と叫びたかった。



「辞めたいとマシューから聞いたが…」

窓の外の流れる景色を眺めながら、理緒はここが自分のいた世界とは大きく違う事を改めて実感させられていた中、急に話しかけられて理緒は我に返った。もしかして今の言葉は自分に向けられた言葉なのだろうか…あの辺境伯が自ら話しかけてくるなんて…と思いながら視線を向けると、険しい表情の辺境伯と視線がばっちり合った。どうやら気のせいではなかったらしい…

「そう、ですね」

 咄嗟にはそうとしか言葉が出てこなかったが、もしかしてこれはチャンスなのではないかと理緒は思った。滅多に会う事がなく、マシューに言付けてから既に一月は経っていて、今後どうなるのかとやきもきしていたが、直接話せるならそれに越した事はないのだ。

「ルイ様もエルシーさん一家のお陰で落ち着いています。既に二ヶ月経ちましたが、今では自分がいなくてもルイ様が不安定になる様子もありませんので…」

 気が付けばルイの子守になってから四か月以上が経ったが、今のルイはあの頃とは別人のように落ち着いている。離れるなら今ではないか、と理緒は考えていた。暫くは寂しいだろうが、それもアレンやキャロルがいれば紛れるだろうし、自分の代わりはエルシーがしてくれるだろう。
 それに…最近の理緒はこれ以上この屋敷にいる事に不安を感じていた。自分の過去について、詮索してくる侍女たちが増えたのだ。彼女は好意から尋ねてきて、理緒は今のところ嫌な事があって…と誤魔化してはいるが、それもいつまでもつかわからない。これがただの店やちょっとした商家ならいいが、辺境伯はある意味この地の行政のトップでもある。これ以上長居して正体がバレるリスクが怖かった。

「…ネリーやマシューはこのまま残って欲しいと言っているようだが…」
「は?」

 思いがけない展開の上に思いがけない事を言われて、理緒は雇われの身としてはあるまじき声を出してしまったと焦ったが、驚きすぎて先の言葉が続かなかった。それでは目の前の人物も残ってもいいと思っているようにも聞こえたからだ。

「ネリーたちの報告では、お前は立場を弁えルイにも真摯に向き合い、いい方向に導いてくれたと言っているが?」
「…そう言って貰えるのは有難いですが…やはり身元が不確かな者が次期後継者のルイ様の側にいるのはよくないでしょう。口さがない者もおりますので」

 最初にそう言ったのは自分だろうとの思いを込めて理緒が真っすぐに辺境伯にそう告げると、辺境伯が押し黙った。一応自分が言った事は覚えているらしい。気まずい沈黙が続いて、理緒は言い過ぎただろうかと思ったが、下手に引き止められるのも困るし、辞めさせて貰えないのはもっと困る。ここはこれまでの路線で行くべきだろうと思い、フォローはしなかった。

「…そうか…」

 さすがにバツが悪いと感じたのか、辺境伯はそう言った後は何も言わなかった。そう、それでいいと理緒は思った。辺境伯がもっと友好的であれば、自分の境遇を話して元の世界に戻る方法がないか聞いてみたかったが、辺境伯と初めて会った日から半年、両者の関係は全く改善されなかった。今後も改善する可能性は低いだろう。
 現状では万が一バレたとしても、いい方向に話が行くようには思えなかった。未だに身元不明の不審者扱いなのだ、どんな扱いを受けるかわかったものではないと、理緒の気持ちは次の可能性に向かっていた。

 これで辞められるだろうかと思った理緒だったが、その思考は外からの怒号に掻き消えた。

「襲撃だ!」

 理緒の身体に緊張が走った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

裏庭係の私、いつの間にか偉い人に気に入られていたようです

ルーシャオ
恋愛
宮廷メイドのエイダは、先輩メイドに頼まれ王城裏庭を掃除した——のだが、それが悪かった。「一体全体何をしているのだ! お前はクビだ!」「すみません、すみません!」なんと貴重な薬草や香木があることを知らず、草むしりや剪定をしてしまったのだ。そこへ、薬師のデ・ヴァレスの取りなしのおかげで何とか「裏庭の管理人」として首が繋がった。そこからエイダは学び始め、薬草の知識を増やしていく。その真面目さを買われて、薬師のデ・ヴァレスを通じてリュドミラ王太后に面会することに。そして、お見合いを勧められるのである。一方で、エイダを嵌めた先輩メイドたちは——?

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

ざまぁされるための努力とかしたくない

こうやさい
ファンタジー
 ある日あたしは自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生している事に気付いた。  けどなんか環境違いすぎるんだけど?  例のごとく深く考えないで下さい。ゲーム転生系で前世の記憶が戻った理由自体が強制力とかってあんまなくね? って思いつきから書いただけなので。けど知らないだけであるんだろうな。  作中で「身近な物で代用できますよってその身近がすでにないじゃん的な~」とありますが『俺の知識チートが始まらない』の方が書いたのは後です。これから連想して書きました。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。  恐らく後で消す私信。電話機は通販なのでまだ来てないけどAndroidのBlackBerry買いました、中古の。  中古でもノーパソ買えるだけの値段するやんと思っただろうけど、ノーパソの場合は妥協しての機種だけど、BlackBerryは使ってみたかった機種なので(後で「こんなの使えない」とぶん投げる可能性はあるにしろ)。それに電話機は壊れなくても後二年も経たないうちに強制的に買い換え決まってたので、最低限の覚悟はしてたわけで……もうちょっと壊れるのが遅かったらそれに手をつけてた可能性はあるけど。それにタブレットの調子も最近悪いのでガラケー買ってそっちも別に買い換える可能性を考えると、妥協ノーパソより有意義かなと。妥協して惰性で使い続けるの苦痛だからね。  ……ちなみにパソの調子ですが……なんか無意識に「もう嫌だ」とエンドレスでつぶやいてたらしいくらいの速度です。これだって10動くっていわれてるの買ってハードディスクとか取り替えてもらったりしたんだけどなぁ。

処理中です...