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想定外の未来
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「そなたは私の妻として、一生ここで暮らして貰う」
子守を辞めたいと言った理緒だったが、辺境伯から帰って来た内容は、想定の斜め上どころか地球の裏側くらい遠かった。あまりの脈略のなさに理緒は、まだ夢の続きなのだろうかと本気で思った。それもそうだろう、どうやったら自分を不審者だと思っている男の妻になるなんて話になるのだ。これまでの日々に好意的な要素が欠片も見いだせなかった理緒は、これは夢だと判断した。
(うん、寝よう…)
緊張したせいか疲れたし、しかもそれが夢の中の出来事となれば回復の邪魔でしかない。とんだ人騒がせな夢だな…と思ったが、体力の低下は著しいし、まだまだ本調子とは程遠いのだ。夢と判断した理緒は目の前の辺境伯を無視して枕やシーツを整えると、そのまま横になって頭からシーツを被った。変な夢を見ているなら、寝れば済む話だ。
目を閉じてため息をついたが、眠気が訪れる気配はなかった。それもまた夢の世界なのだろうか…随分リアルだし夢らしくないな…と思ったが、もしかしたらこちらの世界に来た事自体が長い夢なのかもしれない。
そうだ、自分は酔っ払いの喧嘩に巻き込まれて、駅のホームから落ちたのだ。これは電車に轢かれて植物状態になった自分の夢の世界なのかもしれない…そもそも異世界なんてある筈がない…その考えは理緒には酷くしっくりきた。
(はぁ…もう…夢にしては質悪すぎ…)
「夢ではない」
ため息と共に出た言葉に返事をされて、理緒はシーツにくるまったまま身体を強張らせた。もしかして今の声は辺境伯だろうか…だとすると、これは夢ではないのか…理緒は背中に嫌な汗が流れるのを感じた…
「残念ながら夢ではない。現実だ」
繰り返しそう言われた理緒が恐る恐るシーツから顔を出すと、先ほどよりも険しい表情の辺境伯が先ほどと同じように座っていて、理緒は頬が引きつるのを止められなかった。もしかしたらこれは、大変な失礼をしたのだろうか…
「夢だと思いたい気持ちも分からなくはないが…既に契約は成ってしまった」
「け、契約…って…何の…」
もう取り繕っても仕方ないし、それよりも言われた内容に驚いて、理緒はシーツに包まったまま問いかけた。幸いにも辺境伯はそれに気を悪くした風はなかった。
「婚姻の契約だ。既にお前の下腹には契約の文様が出来ていただろう?」
「…あ…」
言われたものに思い至って理緒は思わず下腹に手を当てた。そう、いつの間にかへその下に円状の見た事もない模様が浮かび上がっていたのだ。それは刺青のように皮膚に定着していて、ネリーに聞いたところ婚姻の文様だと言った。
「…うそ…」
「…あの小屋での出来事、覚えていないのか?」
「小屋…?」
「あの小屋で展開した魔法陣は婚姻契約のものだ」
「魔法陣って…あの…白と金色の光のが…」
理緒は小屋で見た白と金色の光に満ちた光景を思い出した。あれが婚姻契約の魔法陣?というか、婚姻って…結婚を魔法で契約するとか、この世界はどうなっているのだ…
「そうだ。あれが婚姻契約の魔法陣だ。あの場にいたのが私とそなただったために、契約は成った」
「そ、そんな…か、解約は…」
「解約する方法はない。この術は一生だ。両者とも死ぬまで縛られる」
「…うそ…」
魔術の展開を綺麗だなと見ていたが、そんな厄介なものだったのか…と理緒は自分の呑気さ加減に気が遠くなりそうだった。そうは言っても、あの状態ではあの場から逃げようもなかったのだが…
「あ、あの黒いのは…何だったんです?」
「…」
「…心当たり、は…」
「…あると言えばあるが、ないと言えばない。まだ調査中だが…簡単に尻尾を掴める相手でないのは確かだ」
「そんな…でも、何のために…」
「推測でしかないが…多分、私と王女殿下の婚姻を快く思わない者達だろう」
「それじゃ、その中から…」
「可能性のある者が多すぎて調べようもない。相手が上の家格であれば調べる事も叶わぬ」
「そんな…」
相手を調べる事も出来ないのでは、こちらは一方的に不利益を得るだけじゃないか‥そんな理不尽な…と思うが、この世界には元の世界の常識は通用しない。警察や裁判所なんてないし、そもそも身分制度があるこの世界では、平民には人権などあってないようなものなのだ。
「婚姻契約が成ると、両者以外との間には子が成されぬ」
「こ…?」
「そなたが嫌だというのであればルイもいるから強要する気はない。だが、他の男と身体を重ねる事は出来ない。魔術によって必ず邪魔されるからな」
「…」
「既に国王陛下にも報告してある。敵の罠だろうと契約自体が成ってしまった以上、どうしようもない。だが、さすがに敵の罠だと知られれば、国王陛下や我が辺境伯家が侮られる。この事は内密にするように」
「内密って…」
別に怪しい奴に陥れられましたという気はないが、自分と辺境伯の間には何一つ好意的なものは存在しない。周りにどう説明する気なんだ…と理緒は頭が痛くなった。
「ここでの生活は保障しよう。妻としても遇するし、使用人にもつまらぬ事はしない様に強く言い含めておく。身体が回復したら貴族としての教育を受けて貰う」
「…」
それって使用人からの苛めの可能性があると認めている様な物じゃないのか…理緒はこの一年、この世界の身分制度を嫌というほどに感じていた。お貴族様と身元不明の最低ランクの冒険者だなんて、どう考えても反対される要素しかない…そしてその場合攻撃されるのは自分の方で、これからの生活は茨の道ではないか…理緒は姿の見えぬ悪意に飲み込まれそうな未来を予感して言葉を失った。
子守を辞めたいと言った理緒だったが、辺境伯から帰って来た内容は、想定の斜め上どころか地球の裏側くらい遠かった。あまりの脈略のなさに理緒は、まだ夢の続きなのだろうかと本気で思った。それもそうだろう、どうやったら自分を不審者だと思っている男の妻になるなんて話になるのだ。これまでの日々に好意的な要素が欠片も見いだせなかった理緒は、これは夢だと判断した。
(うん、寝よう…)
緊張したせいか疲れたし、しかもそれが夢の中の出来事となれば回復の邪魔でしかない。とんだ人騒がせな夢だな…と思ったが、体力の低下は著しいし、まだまだ本調子とは程遠いのだ。夢と判断した理緒は目の前の辺境伯を無視して枕やシーツを整えると、そのまま横になって頭からシーツを被った。変な夢を見ているなら、寝れば済む話だ。
目を閉じてため息をついたが、眠気が訪れる気配はなかった。それもまた夢の世界なのだろうか…随分リアルだし夢らしくないな…と思ったが、もしかしたらこちらの世界に来た事自体が長い夢なのかもしれない。
そうだ、自分は酔っ払いの喧嘩に巻き込まれて、駅のホームから落ちたのだ。これは電車に轢かれて植物状態になった自分の夢の世界なのかもしれない…そもそも異世界なんてある筈がない…その考えは理緒には酷くしっくりきた。
(はぁ…もう…夢にしては質悪すぎ…)
「夢ではない」
ため息と共に出た言葉に返事をされて、理緒はシーツにくるまったまま身体を強張らせた。もしかして今の声は辺境伯だろうか…だとすると、これは夢ではないのか…理緒は背中に嫌な汗が流れるのを感じた…
「残念ながら夢ではない。現実だ」
繰り返しそう言われた理緒が恐る恐るシーツから顔を出すと、先ほどよりも険しい表情の辺境伯が先ほどと同じように座っていて、理緒は頬が引きつるのを止められなかった。もしかしたらこれは、大変な失礼をしたのだろうか…
「夢だと思いたい気持ちも分からなくはないが…既に契約は成ってしまった」
「け、契約…って…何の…」
もう取り繕っても仕方ないし、それよりも言われた内容に驚いて、理緒はシーツに包まったまま問いかけた。幸いにも辺境伯はそれに気を悪くした風はなかった。
「婚姻の契約だ。既にお前の下腹には契約の文様が出来ていただろう?」
「…あ…」
言われたものに思い至って理緒は思わず下腹に手を当てた。そう、いつの間にかへその下に円状の見た事もない模様が浮かび上がっていたのだ。それは刺青のように皮膚に定着していて、ネリーに聞いたところ婚姻の文様だと言った。
「…うそ…」
「…あの小屋での出来事、覚えていないのか?」
「小屋…?」
「あの小屋で展開した魔法陣は婚姻契約のものだ」
「魔法陣って…あの…白と金色の光のが…」
理緒は小屋で見た白と金色の光に満ちた光景を思い出した。あれが婚姻契約の魔法陣?というか、婚姻って…結婚を魔法で契約するとか、この世界はどうなっているのだ…
「そうだ。あれが婚姻契約の魔法陣だ。あの場にいたのが私とそなただったために、契約は成った」
「そ、そんな…か、解約は…」
「解約する方法はない。この術は一生だ。両者とも死ぬまで縛られる」
「…うそ…」
魔術の展開を綺麗だなと見ていたが、そんな厄介なものだったのか…と理緒は自分の呑気さ加減に気が遠くなりそうだった。そうは言っても、あの状態ではあの場から逃げようもなかったのだが…
「あ、あの黒いのは…何だったんです?」
「…」
「…心当たり、は…」
「…あると言えばあるが、ないと言えばない。まだ調査中だが…簡単に尻尾を掴める相手でないのは確かだ」
「そんな…でも、何のために…」
「推測でしかないが…多分、私と王女殿下の婚姻を快く思わない者達だろう」
「それじゃ、その中から…」
「可能性のある者が多すぎて調べようもない。相手が上の家格であれば調べる事も叶わぬ」
「そんな…」
相手を調べる事も出来ないのでは、こちらは一方的に不利益を得るだけじゃないか‥そんな理不尽な…と思うが、この世界には元の世界の常識は通用しない。警察や裁判所なんてないし、そもそも身分制度があるこの世界では、平民には人権などあってないようなものなのだ。
「婚姻契約が成ると、両者以外との間には子が成されぬ」
「こ…?」
「そなたが嫌だというのであればルイもいるから強要する気はない。だが、他の男と身体を重ねる事は出来ない。魔術によって必ず邪魔されるからな」
「…」
「既に国王陛下にも報告してある。敵の罠だろうと契約自体が成ってしまった以上、どうしようもない。だが、さすがに敵の罠だと知られれば、国王陛下や我が辺境伯家が侮られる。この事は内密にするように」
「内密って…」
別に怪しい奴に陥れられましたという気はないが、自分と辺境伯の間には何一つ好意的なものは存在しない。周りにどう説明する気なんだ…と理緒は頭が痛くなった。
「ここでの生活は保障しよう。妻としても遇するし、使用人にもつまらぬ事はしない様に強く言い含めておく。身体が回復したら貴族としての教育を受けて貰う」
「…」
それって使用人からの苛めの可能性があると認めている様な物じゃないのか…理緒はこの一年、この世界の身分制度を嫌というほどに感じていた。お貴族様と身元不明の最低ランクの冒険者だなんて、どう考えても反対される要素しかない…そしてその場合攻撃されるのは自分の方で、これからの生活は茨の道ではないか…理緒は姿の見えぬ悪意に飲み込まれそうな未来を予感して言葉を失った。
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