子守を引き受けただけなのに、その保護者から不審者扱いされています

四葉るり猫

文字の大きさ
33 / 47

想定外の未来

しおりを挟む
「そなたは私の妻として、一生ここで暮らして貰う」

 子守を辞めたいと言った理緒だったが、辺境伯から帰って来た内容は、想定の斜め上どころか地球の裏側くらい遠かった。あまりの脈略のなさに理緒は、まだ夢の続きなのだろうかと本気で思った。それもそうだろう、どうやったら自分を不審者だと思っている男の妻になるなんて話になるのだ。これまでの日々に好意的な要素が欠片も見いだせなかった理緒は、これは夢だと判断した。

(うん、寝よう…)

 緊張したせいか疲れたし、しかもそれが夢の中の出来事となれば回復の邪魔でしかない。とんだ人騒がせな夢だな…と思ったが、体力の低下は著しいし、まだまだ本調子とは程遠いのだ。夢と判断した理緒は目の前の辺境伯を無視して枕やシーツを整えると、そのまま横になって頭からシーツを被った。変な夢を見ているなら、寝れば済む話だ。

 目を閉じてため息をついたが、眠気が訪れる気配はなかった。それもまた夢の世界なのだろうか…随分リアルだし夢らしくないな…と思ったが、もしかしたらこちらの世界に来た事自体が長い夢なのかもしれない。
 そうだ、自分は酔っ払いの喧嘩に巻き込まれて、駅のホームから落ちたのだ。これは電車に轢かれて植物状態になった自分の夢の世界なのかもしれない…そもそも異世界なんてある筈がない…その考えは理緒には酷くしっくりきた。

(はぁ…もう…夢にしては質悪すぎ…)
「夢ではない」

 ため息と共に出た言葉に返事をされて、理緒はシーツにくるまったまま身体を強張らせた。もしかして今の声は辺境伯だろうか…だとすると、これは夢ではないのか…理緒は背中に嫌な汗が流れるのを感じた…

「残念ながら夢ではない。現実だ」

 繰り返しそう言われた理緒が恐る恐るシーツから顔を出すと、先ほどよりも険しい表情の辺境伯が先ほどと同じように座っていて、理緒は頬が引きつるのを止められなかった。もしかしたらこれは、大変な失礼をしたのだろうか…

「夢だと思いたい気持ちも分からなくはないが…既に契約は成ってしまった」
「け、契約…って…何の…」

 もう取り繕っても仕方ないし、それよりも言われた内容に驚いて、理緒はシーツに包まったまま問いかけた。幸いにも辺境伯はそれに気を悪くした風はなかった。

「婚姻の契約だ。既にお前の下腹には契約の文様が出来ていただろう?」
「…あ…」

 言われたものに思い至って理緒は思わず下腹に手を当てた。そう、いつの間にかへその下に円状の見た事もない模様が浮かび上がっていたのだ。それは刺青のように皮膚に定着していて、ネリーに聞いたところ婚姻の文様だと言った。

「…うそ…」
「…あの小屋での出来事、覚えていないのか?」
「小屋…?」
「あの小屋で展開した魔法陣は婚姻契約のものだ」
「魔法陣って…あの…白と金色の光のが…」

 理緒は小屋で見た白と金色の光に満ちた光景を思い出した。あれが婚姻契約の魔法陣?というか、婚姻って…結婚を魔法で契約するとか、この世界はどうなっているのだ…

「そうだ。あれが婚姻契約の魔法陣だ。あの場にいたのが私とそなただったために、契約は成った」
「そ、そんな…か、解約は…」
「解約する方法はない。この術は一生だ。両者とも死ぬまで縛られる」
「…うそ…」

 魔術の展開を綺麗だなと見ていたが、そんな厄介なものだったのか…と理緒は自分の呑気さ加減に気が遠くなりそうだった。そうは言っても、あの状態ではあの場から逃げようもなかったのだが…

「あ、あの黒いのは…何だったんです?」
「…」
「…心当たり、は…」
「…あると言えばあるが、ないと言えばない。まだ調査中だが…簡単に尻尾を掴める相手でないのは確かだ」
「そんな…でも、何のために…」
「推測でしかないが…多分、私と王女殿下の婚姻を快く思わない者達だろう」
「それじゃ、その中から…」
「可能性のある者が多すぎて調べようもない。相手が上の家格であれば調べる事も叶わぬ」
「そんな…」

 相手を調べる事も出来ないのでは、こちらは一方的に不利益を得るだけじゃないか‥そんな理不尽な…と思うが、この世界には元の世界の常識は通用しない。警察や裁判所なんてないし、そもそも身分制度があるこの世界では、平民には人権などあってないようなものなのだ。

「婚姻契約が成ると、両者以外との間には子が成されぬ」
「こ…?」
「そなたが嫌だというのであればルイもいるから強要する気はない。だが、他の男と身体を重ねる事は出来ない。魔術によって必ず邪魔されるからな」
「…」
「既に国王陛下にも報告してある。敵の罠だろうと契約自体が成ってしまった以上、どうしようもない。だが、さすがに敵の罠だと知られれば、国王陛下や我が辺境伯家が侮られる。この事は内密にするように」
「内密って…」

 別に怪しい奴に陥れられましたという気はないが、自分と辺境伯の間には何一つ好意的なものは存在しない。周りにどう説明する気なんだ…と理緒は頭が痛くなった。

「ここでの生活は保障しよう。妻としても遇するし、使用人にもつまらぬ事はしない様に強く言い含めておく。身体が回復したら貴族としての教育を受けて貰う」
「…」

 それって使用人からの苛めの可能性があると認めている様な物じゃないのか…理緒はこの一年、この世界の身分制度を嫌というほどに感じていた。お貴族様と身元不明の最低ランクの冒険者だなんて、どう考えても反対される要素しかない…そしてその場合攻撃されるのは自分の方で、これからの生活は茨の道ではないか…理緒は姿の見えぬ悪意に飲み込まれそうな未来を予感して言葉を失った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

裏庭係の私、いつの間にか偉い人に気に入られていたようです

ルーシャオ
恋愛
宮廷メイドのエイダは、先輩メイドに頼まれ王城裏庭を掃除した——のだが、それが悪かった。「一体全体何をしているのだ! お前はクビだ!」「すみません、すみません!」なんと貴重な薬草や香木があることを知らず、草むしりや剪定をしてしまったのだ。そこへ、薬師のデ・ヴァレスの取りなしのおかげで何とか「裏庭の管理人」として首が繋がった。そこからエイダは学び始め、薬草の知識を増やしていく。その真面目さを買われて、薬師のデ・ヴァレスを通じてリュドミラ王太后に面会することに。そして、お見合いを勧められるのである。一方で、エイダを嵌めた先輩メイドたちは——?

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

ざまぁされるための努力とかしたくない

こうやさい
ファンタジー
 ある日あたしは自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生している事に気付いた。  けどなんか環境違いすぎるんだけど?  例のごとく深く考えないで下さい。ゲーム転生系で前世の記憶が戻った理由自体が強制力とかってあんまなくね? って思いつきから書いただけなので。けど知らないだけであるんだろうな。  作中で「身近な物で代用できますよってその身近がすでにないじゃん的な~」とありますが『俺の知識チートが始まらない』の方が書いたのは後です。これから連想して書きました。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。  恐らく後で消す私信。電話機は通販なのでまだ来てないけどAndroidのBlackBerry買いました、中古の。  中古でもノーパソ買えるだけの値段するやんと思っただろうけど、ノーパソの場合は妥協しての機種だけど、BlackBerryは使ってみたかった機種なので(後で「こんなの使えない」とぶん投げる可能性はあるにしろ)。それに電話機は壊れなくても後二年も経たないうちに強制的に買い換え決まってたので、最低限の覚悟はしてたわけで……もうちょっと壊れるのが遅かったらそれに手をつけてた可能性はあるけど。それにタブレットの調子も最近悪いのでガラケー買ってそっちも別に買い換える可能性を考えると、妥協ノーパソより有意義かなと。妥協して惰性で使い続けるの苦痛だからね。  ……ちなみにパソの調子ですが……なんか無意識に「もう嫌だ」とエンドレスでつぶやいてたらしいくらいの速度です。これだって10動くっていわれてるの買ってハードディスクとか取り替えてもらったりしたんだけどなぁ。

処理中です...