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ご老公の訪問
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「あのアルバートから逃げたんじゃとな」
そう言って豪快に笑ったのは、先々代の辺境伯で、理緒のこっちの世界の夫であるアルバートの伯父のエリックだった。既に隠居して今ではご老公とも呼ばれているが、理緒から見ると豪快で妙に人懐っこいお爺ちゃんと言った感じだった。
理緒が屋敷に戻ってから五日目、理緒がする事もなく部屋で本を弄んでいたのだが、ご老公が遊びに来て、理緒に会いたいと言ってきたのだとネリーが告げたのだ。
理緒の記憶では、理緒がルイの子守に雇われたのは、このご老公の一声が大きかったというくらいしか覚えがなかった。これまで会った事はなかったし、ご老公自身は隠居して別邸に住んでいたからだ。屋敷の者の噂では大層な愛妻家で、妻との時間を楽しみたいからと早々に隠居したとも聞く。物腰が柔らかくて愛嬌があり、非常に人懐っこい印象で、理緒はあのアルバートと血が繋がっているのだろうか…と本気で疑ったほどだ。
ちなみに理緒は今、淡い色合いの深みのあるグリーンのワンピースに、ベージュのカーディガン姿だ。妻と言われてからは以前のような男装は許されず、もっぱら女性らしい服装だが、動きにくいドレスは苦手で普段は丈の長いワンピースで過ごしていた。
「まぁ、結婚も正体不明の連中の罠だというが…なんだかんだ言って仲良くやっている様じゃな」
「はぁ…」
どこをどう見たら仲がよく見えるのか…と、理緒は仕方なく自分で突っ込んでみたが、それを共有できる相手はいなかった。理緒としては会話も殆どないし、互いの距離が縮まっている実感は皆無に等しい。物理的には不本意ながら縮まってはいるが、心が通い合うとか互いを理解し合うなどと言うものはそこには存在している様には思えなかった。
のだが…
「いやいや、あの人付き合いが壊滅的に苦手なアルバートが、血眼になって探していたんだ。よっぽど気に入っているんじゃろう。あいつは昔から、気に入った物には強く執着する性分だったからな」
「……」
機嫌よくそう語るご老公だったが、理緒はどう返事すべきかわからず、結果何も言えずにいた。人付き合いが苦手なのは、納得する。だが、気に入られているとは全く思えなかったし、執着とか怖すぎるだろう。とは言え、探すのに労力をかけたのは申し訳ない気もした。あくまでも気がしたというレベルだが…会話がないので何を考えているのかがわからないのが、目下理緒の悩みだった。
「アルバートは昔から見てくれだけはよかったんじゃが…人見知りが激しくて気難しい奴でな。人付き合いに難があったんじゃ」
「そうですか…」
「まぁ、それも騎士団にいる分にはよかったんじゃが…急に領主に据えられてしまってな。あいつにとっては人の話を聞いて領内をまとめるなんぞ、一番苦手な事じゃろうて」
「はぁ…」
「じゃから、それを補える嫁さんを…と思っておったが…いやぁ、いい嫁が来て安心じゃよ」
「はぁ?いい嫁って…」
どういう事だ?何か大きく勘違いしていないか?と理緒は面食らったが、ご老公はお前さんなら大丈夫じゃよ、とまた笑った。いや、全くよくないんですけど…と理緒は思ったのだが、ご老公の考えはこうだった。
ルイは生まれた時から勘が鋭いのか、よく泣きよく癇癪を起す子だった。その為、母親も随分と困ったのだが、父親と兄たちを失くしてからはそれがより一層酷くなった。母親も夫と息子を亡くしたショックから立ち直れず、ルイの事まで手が回らない。そんな状態でルイは益々扱いが難しくなっていたが、それをあっさり収めたのは理緒だった。子どもは大人と違って誤魔化しがきかないから、そんなルイを落ち着かせただけでも対人スキルは十分、というものだ。
そう言われた時、理緒は半分納得したが、半分は納得し難かった。身分制度の厳しいこの国では、平民の孤児上がりの自分では、十分な対応など出来ないと思っていたからだ、いくら自分がフォローしようにも、相手がそれを受け入れないのではないか…とも理緒は思った。二人の間には親しみも信頼関係もないも同然なのだ。
「でも…自分達は会話もありませんし…その、支えられるほどの理解もしていませんから…」
「今はそれで十分じゃ。殆どの者はあいつの見てくれに寄ってきて、本人の為人を知ると勝手に幻滅して去っていく。じゃが、お前さんは仕方なしに夫婦になったとはいえ、出来る事と出来ない事を理解している。無意識にそれが出来るのは、中々難しいもんじゃ」
「でも…」
「まぁ、慌てる事はない。貴族の結婚は殆どが政略じゃ。どこも何年もかけて夫婦になっていく。今は歩み寄ろうと思ってくれたら十分じゃ」
「…それは、まぁ…」
「わしがお前さんに頼みたいのは、アルバートを見捨てないでやってくれ、という事じゃ。あいつは仕事は器用にこなすが、反面言いたい事も直ぐに飲み込んでしまう。あいつに必要なのは、無理にでも思っている事を引きずり出す強さがある奴じゃ。その点、お前さんは今より生活が苦しくなると分かっていても逃げ出せる行動力と強さがある。それは何にも勝る宝じゃよ」
「宝…」
褒められているのか貶されているのか、何だか微妙だなと理緒は思ったが、口調からして褒めているのだろうと受け取る事にした。
「まぁ、困った事があれば、今度は逃げ出す前にわしに相談してくれ。何度も逃げだされるんじゃ、花婿も不憫じゃからな」
その後もご老公の一人語りは続いたが、最後まで上機嫌で、言いたい事が終わると帰っていった。まるで小さな嵐みたいな人だな、と思った理緒だったが、ご老公は現役時代は辺境の守護神と呼ばれるほどの豪傑だったと聞き、なるほどと納得した。一応甥の嫁として気にはかけてくれて、好意的らしいと分かっただけでも良しとした理緒だった。
そう言って豪快に笑ったのは、先々代の辺境伯で、理緒のこっちの世界の夫であるアルバートの伯父のエリックだった。既に隠居して今ではご老公とも呼ばれているが、理緒から見ると豪快で妙に人懐っこいお爺ちゃんと言った感じだった。
理緒が屋敷に戻ってから五日目、理緒がする事もなく部屋で本を弄んでいたのだが、ご老公が遊びに来て、理緒に会いたいと言ってきたのだとネリーが告げたのだ。
理緒の記憶では、理緒がルイの子守に雇われたのは、このご老公の一声が大きかったというくらいしか覚えがなかった。これまで会った事はなかったし、ご老公自身は隠居して別邸に住んでいたからだ。屋敷の者の噂では大層な愛妻家で、妻との時間を楽しみたいからと早々に隠居したとも聞く。物腰が柔らかくて愛嬌があり、非常に人懐っこい印象で、理緒はあのアルバートと血が繋がっているのだろうか…と本気で疑ったほどだ。
ちなみに理緒は今、淡い色合いの深みのあるグリーンのワンピースに、ベージュのカーディガン姿だ。妻と言われてからは以前のような男装は許されず、もっぱら女性らしい服装だが、動きにくいドレスは苦手で普段は丈の長いワンピースで過ごしていた。
「まぁ、結婚も正体不明の連中の罠だというが…なんだかんだ言って仲良くやっている様じゃな」
「はぁ…」
どこをどう見たら仲がよく見えるのか…と、理緒は仕方なく自分で突っ込んでみたが、それを共有できる相手はいなかった。理緒としては会話も殆どないし、互いの距離が縮まっている実感は皆無に等しい。物理的には不本意ながら縮まってはいるが、心が通い合うとか互いを理解し合うなどと言うものはそこには存在している様には思えなかった。
のだが…
「いやいや、あの人付き合いが壊滅的に苦手なアルバートが、血眼になって探していたんだ。よっぽど気に入っているんじゃろう。あいつは昔から、気に入った物には強く執着する性分だったからな」
「……」
機嫌よくそう語るご老公だったが、理緒はどう返事すべきかわからず、結果何も言えずにいた。人付き合いが苦手なのは、納得する。だが、気に入られているとは全く思えなかったし、執着とか怖すぎるだろう。とは言え、探すのに労力をかけたのは申し訳ない気もした。あくまでも気がしたというレベルだが…会話がないので何を考えているのかがわからないのが、目下理緒の悩みだった。
「アルバートは昔から見てくれだけはよかったんじゃが…人見知りが激しくて気難しい奴でな。人付き合いに難があったんじゃ」
「そうですか…」
「まぁ、それも騎士団にいる分にはよかったんじゃが…急に領主に据えられてしまってな。あいつにとっては人の話を聞いて領内をまとめるなんぞ、一番苦手な事じゃろうて」
「はぁ…」
「じゃから、それを補える嫁さんを…と思っておったが…いやぁ、いい嫁が来て安心じゃよ」
「はぁ?いい嫁って…」
どういう事だ?何か大きく勘違いしていないか?と理緒は面食らったが、ご老公はお前さんなら大丈夫じゃよ、とまた笑った。いや、全くよくないんですけど…と理緒は思ったのだが、ご老公の考えはこうだった。
ルイは生まれた時から勘が鋭いのか、よく泣きよく癇癪を起す子だった。その為、母親も随分と困ったのだが、父親と兄たちを失くしてからはそれがより一層酷くなった。母親も夫と息子を亡くしたショックから立ち直れず、ルイの事まで手が回らない。そんな状態でルイは益々扱いが難しくなっていたが、それをあっさり収めたのは理緒だった。子どもは大人と違って誤魔化しがきかないから、そんなルイを落ち着かせただけでも対人スキルは十分、というものだ。
そう言われた時、理緒は半分納得したが、半分は納得し難かった。身分制度の厳しいこの国では、平民の孤児上がりの自分では、十分な対応など出来ないと思っていたからだ、いくら自分がフォローしようにも、相手がそれを受け入れないのではないか…とも理緒は思った。二人の間には親しみも信頼関係もないも同然なのだ。
「でも…自分達は会話もありませんし…その、支えられるほどの理解もしていませんから…」
「今はそれで十分じゃ。殆どの者はあいつの見てくれに寄ってきて、本人の為人を知ると勝手に幻滅して去っていく。じゃが、お前さんは仕方なしに夫婦になったとはいえ、出来る事と出来ない事を理解している。無意識にそれが出来るのは、中々難しいもんじゃ」
「でも…」
「まぁ、慌てる事はない。貴族の結婚は殆どが政略じゃ。どこも何年もかけて夫婦になっていく。今は歩み寄ろうと思ってくれたら十分じゃ」
「…それは、まぁ…」
「わしがお前さんに頼みたいのは、アルバートを見捨てないでやってくれ、という事じゃ。あいつは仕事は器用にこなすが、反面言いたい事も直ぐに飲み込んでしまう。あいつに必要なのは、無理にでも思っている事を引きずり出す強さがある奴じゃ。その点、お前さんは今より生活が苦しくなると分かっていても逃げ出せる行動力と強さがある。それは何にも勝る宝じゃよ」
「宝…」
褒められているのか貶されているのか、何だか微妙だなと理緒は思ったが、口調からして褒めているのだろうと受け取る事にした。
「まぁ、困った事があれば、今度は逃げ出す前にわしに相談してくれ。何度も逃げだされるんじゃ、花婿も不憫じゃからな」
その後もご老公の一人語りは続いたが、最後まで上機嫌で、言いたい事が終わると帰っていった。まるで小さな嵐みたいな人だな、と思った理緒だったが、ご老公は現役時代は辺境の守護神と呼ばれるほどの豪傑だったと聞き、なるほどと納得した。一応甥の嫁として気にはかけてくれて、好意的らしいと分かっただけでも良しとした理緒だった。
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