子守を引き受けただけなのに、その保護者から不審者扱いされています

四葉るり猫

文字の大きさ
46 / 47

ご老公の訪問

しおりを挟む
「あのアルバートから逃げたんじゃとな」

 そう言って豪快に笑ったのは、先々代の辺境伯で、理緒のこっちの世界の夫であるアルバートの伯父のエリックだった。既に隠居して今ではご老公とも呼ばれているが、理緒から見ると豪快で妙に人懐っこいお爺ちゃんと言った感じだった。
 理緒が屋敷に戻ってから五日目、理緒がする事もなく部屋で本を弄んでいたのだが、ご老公が遊びに来て、理緒に会いたいと言ってきたのだとネリーが告げたのだ。

 理緒の記憶では、理緒がルイの子守に雇われたのは、このご老公の一声が大きかったというくらいしか覚えがなかった。これまで会った事はなかったし、ご老公自身は隠居して別邸に住んでいたからだ。屋敷の者の噂では大層な愛妻家で、妻との時間を楽しみたいからと早々に隠居したとも聞く。物腰が柔らかくて愛嬌があり、非常に人懐っこい印象で、理緒はあのアルバートと血が繋がっているのだろうか…と本気で疑ったほどだ。
 ちなみに理緒は今、淡い色合いの深みのあるグリーンのワンピースに、ベージュのカーディガン姿だ。妻と言われてからは以前のような男装は許されず、もっぱら女性らしい服装だが、動きにくいドレスは苦手で普段は丈の長いワンピースで過ごしていた。

「まぁ、結婚も正体不明の連中の罠だというが…なんだかんだ言って仲良くやっている様じゃな」
「はぁ…」

 どこをどう見たら仲がよく見えるのか…と、理緒は仕方なく自分で突っ込んでみたが、それを共有できる相手はいなかった。理緒としては会話も殆どないし、互いの距離が縮まっている実感は皆無に等しい。物理的には不本意ながら縮まってはいるが、心が通い合うとか互いを理解し合うなどと言うものはそこには存在している様には思えなかった。
 のだが…

「いやいや、あの人付き合いが壊滅的に苦手なアルバートが、血眼になって探していたんだ。よっぽど気に入っているんじゃろう。あいつは昔から、気に入った物には強く執着する性分だったからな」
「……」

 機嫌よくそう語るご老公だったが、理緒はどう返事すべきかわからず、結果何も言えずにいた。人付き合いが苦手なのは、納得する。だが、気に入られているとは全く思えなかったし、執着とか怖すぎるだろう。とは言え、探すのに労力をかけたのは申し訳ない気もした。あくまでも気がしたというレベルだが…会話がないので何を考えているのかがわからないのが、目下理緒の悩みだった。

「アルバートは昔から見てくれだけはよかったんじゃが…人見知りが激しくて気難しい奴でな。人付き合いに難があったんじゃ」
「そうですか…」
「まぁ、それも騎士団にいる分にはよかったんじゃが…急に領主に据えられてしまってな。あいつにとっては人の話を聞いて領内をまとめるなんぞ、一番苦手な事じゃろうて」
「はぁ…」
「じゃから、それを補える嫁さんを…と思っておったが…いやぁ、いい嫁が来て安心じゃよ」
「はぁ?いい嫁って…」

 どういう事だ?何か大きく勘違いしていないか?と理緒は面食らったが、ご老公はお前さんなら大丈夫じゃよ、とまた笑った。いや、全くよくないんですけど…と理緒は思ったのだが、ご老公の考えはこうだった。
 ルイは生まれた時から勘が鋭いのか、よく泣きよく癇癪を起す子だった。その為、母親も随分と困ったのだが、父親と兄たちを失くしてからはそれがより一層酷くなった。母親も夫と息子を亡くしたショックから立ち直れず、ルイの事まで手が回らない。そんな状態でルイは益々扱いが難しくなっていたが、それをあっさり収めたのは理緒だった。子どもは大人と違って誤魔化しがきかないから、そんなルイを落ち着かせただけでも対人スキルは十分、というものだ。

 そう言われた時、理緒は半分納得したが、半分は納得し難かった。身分制度の厳しいこの国では、平民の孤児上がりの自分では、十分な対応など出来ないと思っていたからだ、いくら自分がフォローしようにも、相手がそれを受け入れないのではないか…とも理緒は思った。二人の間には親しみも信頼関係もないも同然なのだ。

「でも…自分達は会話もありませんし…その、支えられるほどの理解もしていませんから…」
「今はそれで十分じゃ。殆どの者はあいつの見てくれに寄ってきて、本人の為人を知ると勝手に幻滅して去っていく。じゃが、お前さんは仕方なしに夫婦になったとはいえ、出来る事と出来ない事を理解している。無意識にそれが出来るのは、中々難しいもんじゃ」
「でも…」
「まぁ、慌てる事はない。貴族の結婚は殆どが政略じゃ。どこも何年もかけて夫婦になっていく。今は歩み寄ろうと思ってくれたら十分じゃ」
「…それは、まぁ…」
「わしがお前さんに頼みたいのは、アルバートを見捨てないでやってくれ、という事じゃ。あいつは仕事は器用にこなすが、反面言いたい事も直ぐに飲み込んでしまう。あいつに必要なのは、無理にでも思っている事を引きずり出す強さがある奴じゃ。その点、お前さんは今より生活が苦しくなると分かっていても逃げ出せる行動力と強さがある。それは何にも勝る宝じゃよ」
「宝…」

 褒められているのか貶されているのか、何だか微妙だなと理緒は思ったが、口調からして褒めているのだろうと受け取る事にした。

「まぁ、困った事があれば、今度は逃げ出す前にわしに相談してくれ。何度も逃げだされるんじゃ、花婿も不憫じゃからな」

 その後もご老公の一人語りは続いたが、最後まで上機嫌で、言いたい事が終わると帰っていった。まるで小さな嵐みたいな人だな、と思った理緒だったが、ご老公は現役時代は辺境の守護神と呼ばれるほどの豪傑だったと聞き、なるほどと納得した。一応甥の嫁として気にはかけてくれて、好意的らしいと分かっただけでも良しとした理緒だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

裏庭係の私、いつの間にか偉い人に気に入られていたようです

ルーシャオ
恋愛
宮廷メイドのエイダは、先輩メイドに頼まれ王城裏庭を掃除した——のだが、それが悪かった。「一体全体何をしているのだ! お前はクビだ!」「すみません、すみません!」なんと貴重な薬草や香木があることを知らず、草むしりや剪定をしてしまったのだ。そこへ、薬師のデ・ヴァレスの取りなしのおかげで何とか「裏庭の管理人」として首が繋がった。そこからエイダは学び始め、薬草の知識を増やしていく。その真面目さを買われて、薬師のデ・ヴァレスを通じてリュドミラ王太后に面会することに。そして、お見合いを勧められるのである。一方で、エイダを嵌めた先輩メイドたちは——?

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

ざまぁされるための努力とかしたくない

こうやさい
ファンタジー
 ある日あたしは自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生している事に気付いた。  けどなんか環境違いすぎるんだけど?  例のごとく深く考えないで下さい。ゲーム転生系で前世の記憶が戻った理由自体が強制力とかってあんまなくね? って思いつきから書いただけなので。けど知らないだけであるんだろうな。  作中で「身近な物で代用できますよってその身近がすでにないじゃん的な~」とありますが『俺の知識チートが始まらない』の方が書いたのは後です。これから連想して書きました。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。  恐らく後で消す私信。電話機は通販なのでまだ来てないけどAndroidのBlackBerry買いました、中古の。  中古でもノーパソ買えるだけの値段するやんと思っただろうけど、ノーパソの場合は妥協しての機種だけど、BlackBerryは使ってみたかった機種なので(後で「こんなの使えない」とぶん投げる可能性はあるにしろ)。それに電話機は壊れなくても後二年も経たないうちに強制的に買い換え決まってたので、最低限の覚悟はしてたわけで……もうちょっと壊れるのが遅かったらそれに手をつけてた可能性はあるけど。それにタブレットの調子も最近悪いのでガラケー買ってそっちも別に買い換える可能性を考えると、妥協ノーパソより有意義かなと。妥協して惰性で使い続けるの苦痛だからね。  ……ちなみにパソの調子ですが……なんか無意識に「もう嫌だ」とエンドレスでつぶやいてたらしいくらいの速度です。これだって10動くっていわれてるの買ってハードディスクとか取り替えてもらったりしたんだけどなぁ。

処理中です...