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一章、狂王子と魔女家の公子(オープニング)

6、「お前たちは兄弟じゃないだろ。欲しがりのエーテル」

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「カジャ!」

 僕が名前を呼ぶより早く、叫ぶ者がいた。
 
 ――

 ノウファムが腰にいていた剣をすらりと抜く。金属の刃がぎらりと光って、僕の脳裏に「凶器」という単語が浮かぶ。
 鋭い刃は、人の生命を奪うことができる殺傷武器だ。

 前傾の姿勢で苛烈に踏み込みながら奮われた剣は、しかし相手に届く前に見えない壁にはばまれた。魔術だ――僕はそう思った。僕の眼には、剣が視えない壁に衝突した瞬間に、バチッと蒼白い光みたいなのがスパークしたのが視えた。痛そう。

「ぐぅッ」
 短い呻き声を洩らして、ノウファムが蹲る。カラン、と硬質な音を立てて、ノウファムの剣が床に転がる。指輪のような小さな術具のようなものがふわりと虚空を舞って、ノウファムの指にまるのが視えた。

「殿下!」
 悲鳴をあげてノウファムに駆け寄ったのは、赤毛のロザニイルだ。

 寄り添う二人を見て、僕の頭がずきりと痛む。
 彼らの前に歩み出たのは、無意識だった。

「エーテル、下がれ」
 ロザニイルが背中側から震える声を発している。
「お、オレ。オレが」
 カタカタと震えながら、術を紡ごうとする気配が感じられる。震えてまともに術は発動しない様子だけれど。
「ま、守る。守るから、オレが。オレが」 
 
 ロザニイルは怯えている。でも、強がってる。年下であり魔女家内での身分が上の僕を、一応は守ろうという気があるのだ。

 僕はそんなロザニイルに好感を覚えつつ、一方でモヤモヤしていた。
 そんな風にロザニイルに「いい奴」っぽく振る舞われたら嫌だと思う自分がいるのだ。

 だって、だって……【僕は、ロザニイルに嫉妬しているから】。

 そんな思いがフワッと湧いた。
 ああ、そうなんだ――僕は嫉妬する自分を自覚した。ロザニイルの何に対する嫉妬なのかまでは、わからない。記憶を失う前に何かあったのかもしれないけど、今は――それどころじゃない。

 複雑な気持ちで佇む僕の目の前で、カジャがふわりと虚空に浮く。
 子供とは思えないほどの魔力行使術。
 天才だ。
 そう呼ばれる類の生き物だ――僕は不思議なほど冷静な頭で、そう思った。
 
「やあ、エーテル。記憶がないんだって? 調子はどう?」

 友達みたいな、気さくな声だ。
 けれど、何を考えているのかわからない底知れなさがある。
 返答を間違ったら即詰みのような、不思議な緊張感や怖さがある。

【ふんぞり返っておやりなさい】
 
 僕は唇を舌先でチロリと舐めてから、ネイフェンの声を思い出して背筋をまっすぐ、ぴんっと伸ばして姿勢よく相手をにらんだ。

 守るべき存在が後ろにいる――、
 僕は、魔女家の中でも身分が上のほうなのだ。
 敬われる存在である魔女家の坊ちゃんは、こういう時に敵に情けない姿は見せないのだ。

 ――さて、なんと応えよう? 僕は平静をよそおいながら、脳内で必死に言葉を捜して舌に台詞を乗せた。

「カジャ殿下。僕の兄に乱暴はおやめください」

 凛然りんぜんと言い放てば、カジャは意表を突かれたような顔をした。
 今の応答はよかったらしい――そんな顔をさせられたというのが、僕の心をふるい立たせた。

「兄? 誰? ロザニイル?」

「ノ……」
 言いかけて、束の間逡巡しゅんじゅんする。
 名前をそのまま言っていいのか。そんな迷いの末、僕は言葉を続けた。

「ノウファム様――ノウファム兄さん」

 その瞬間のカジャの顔は、全く見ものだった。
 綺麗に整った顔が「????」でいっぱいになって、その後に眉を寄せて、何かを一生懸命考えるような――それは実年齢にそぐう子供っぽい表情だった。

 そして、真実のひとかけらを僕に刺した。

「お前たちは兄弟じゃないだろ。欲しがりのエーテル」
 
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