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二章、未熟な聖杯と終末の予言

35、温泉、「過去形なんだね」

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 自然に湧くというかけ流しの温泉は、白い湯気がほわほわしていた。

 湯けむりの中、ロザニイルは鼻歌混じりに石鹸せっけんを泡立てて身体を洗い、僕に泡を飛ばしてきたりちょっかい出してきたりする。
 
「やっぱこういう原始的っつうの? 人間らしさっつうの? 入浴文化は良いと思うんだよな。な!」
「魔術で身を清めるだけでも僕はいいけど」
「風呂は良いものだエーテル。ほら、さっさと流して浸かるぞ」

 足の爪先から順に浸かるお湯はさらりとしていて、熱い。エメラルドグリーンの色をしている。
 湯面は照明を反射してきらきらして視えて、綺麗だった。清潔で優しい感じの匂いがする。良い匂いだ。

 ちょっとずつ身体を沈めていくと、漬けた場所から順番にどんどん身体がお湯にあっためられていく。
 皮膚が赤く上気して、外側からじわ~っと体温を上げられるような感じだ。
 
「気持ちいいね」
「肩まで浸かれよ」
「もう浸かってるよ」

 お湯の中で手足を伸ばすと、身体がほぐれてきてとても穏やかな気分になってきた。
 ゆら、ゆら、ゆったり揺れるお湯が全身に感じられて、いっしょになって揺れてしまう。
 自分が温泉の一部になったみたいで、楽しい。

「ここの石の間、ぶくぶくしてるぜ。ここから湧いてるんじゃねえの」
 ロザニイルが手招きして、石の間に足を置いたりして遊んでいる。その声も反響して、非日常の感覚を高めてくれるのだ。
「わぁ、どんどん湧いてるね。すごいや」
 真似して足の裏をぶくぶくにかざすと、足の裏がくすぐったくて楽しい。 

「うちの領地にもこれ作ろうぜ! 毎日入り放題にするんだ」
「いいね」
 
 ロザニイルはお湯の中で僕の手を引っ張って、浴場の真ん中にぷかぷか頭をのぞかせる岩に近寄った。
 そこに背中をつけると、ごつごつした岩が原始的な感じで、建物の中なのに自然の只中にいるみたいな気分。

「そういや、夢をみたって言っただろ?」
 思い出したようにロザニイルが語る声の大きさは、すこし小さい。

「ん」

 ロザニイルは緑色の瞳を遠くに向けるようにして唇を動かした。

「夢の中で、別のオレたちが遺跡を探検してたぜ」
 
 ……。

「……」

 ……?

「別の僕たち?」
 そっと問いかければ、ロザニイルは片手で鼻のあたりを掻いて、頷いた。

「ああ。先頭に立つのは、でっかい杖を持ったノッポのお前だった。オレの夢の中のお前は3倍偉そうだったぞ。オレは今のお前みたいにオチビでさ。ノウファムとカジャ陛下もいたかなあ……」

 僕がノッポで、ロザニイルがオチビ。
 
「面白い夢だね」
 僕は素直な感想をコメントした。 
「世界は滅びそうだった?」

 何気なく問えば、ロザニイルは眉を寄せて僕を見た。

「たぶん、滅びた」

「滅びたんだ」

「ああ」

「過去形なんだね」

「……ああ」
 
 声が浴場に反響するのが少し怖くなって僕はロザニイルに身を寄せた。

「それは夢だよ、ロザニイル」
 半分自分に言い聞かせるように呟けば、ロザニイルが湯の中で僕の手に自分の手を絡めて、ぱしゃりと湯を跳ねる。
「ああ、夢だ。ただの夢の話さ」

 その声はいつもみたいに陽気で明るくて、けれど「それがただの夢には思えない」という本音をありありと伝える声だった。
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