魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

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三章、悪役の流儀

57、三回目の世界と正義の騎士

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 室内に戻ると、カジャが寝台で目を開けてこちらを視ている。

「ワインを飲んだね、カジャ」
 僕が小さく呟く声が、怖いほど大きく聞こえた。
 それぐらい室内は静かで、不気味だった。

「私の現在の魔力なら死ぬほどでは……」
 言いかけて、カジャは少し言葉を止めた。
「いいや。死んでしまいそうだ。うん。死にそうだ。苦しい。つらい。エーテル」

 ――意外とふざける余裕があるじゃないか。
 僕は肩を竦めて、カジャに手をかざした。

「つまり、僕は君の生死を左右できるというわけだ?」
 呼吸が弱々しい。
 顔色が悪い。元から色が白いけれど、蝋人形のようだ。
「暴君が死んだら、暴君に虐げられていた英雄の王兄殿下が王様になるわけだ?」

 僕の言葉に、カジャは美しい表情を浮かべた。
 まるで兄の勇姿を夢見るような、そんな顔だった。

「……ネイフェン……」
 部屋の外から近付く気配に、僕は名を囁いた。

「お前ときたら、気に入っちゃってさ。あれがいないと嫌だ、殺すなって言うものだから」
 カジャは優しい声色で呟いて、目を閉じた。

「――ああ」
 ざわりと心が揺れる。

「気に入ったんだ……」
 だって、あったかいんだ。
 だって、弱者の僕に寄り添ってくれたんだ。
 だって、僕に優しくしてくれて。

 この目の前の暴君が死んだら、世の中の人々は歓ぶのだろう。
 
 悪い王様なんだ。みんなにそう思われている――そう思わせたんだ。
 
 僕たちが開拓王リサンデルを弑した時、僕たちは顔を合わせて、手を繋いで、震える声で何度も互いに言い聞かせた。
「リサンデル陛下は暴君なのだから、仕方が無いんだ。これは世のため、人のため。悪い王様なのだから、弑してもいいんだ。僕たちは正義なんだ」

 扉がひらく。
 外側から、鍵をあけられて――警備兵が廊下で倒れているのが、視なくてもわかる。
 

 黒魔術師が後ろで暗殺行を助けている。
 アップルトンの支援を受け、二足歩行のネコの騎士が室内に音もなく踏み込んでくる……。
 

 かざした手の下で、弱々しく呼吸する生命が淡く儚く微笑んだ。
「魔術師エーテル――私を……助けなくても、いいよ?」
 
 カジャの微笑みには、疲労が滲んでいた。苦痛があった。解放を願う色があった。

 疲れてるんだ。
 もう、やめたいんだ?
 カジャ、……三回も人生を頑張るのは、もうしんどい、いやだとでも言いたいのか?
 
 僕はそれに気付いて、魔力を籠めて毒を移し始めた。黒い毒の気配は滅亡世界で何度も出会った妖精種の怨念を思わせる禍々しさで、息が詰まる。
 この感覚は、初めてではない。
 三回目だ――この毒を自分に移すのは、三回目だ。
 
「陛下……」

 呼びかける喉の奥から、こぷりと何かがこみ上げる。
 苦くて熱いそれを溢れさせるのも、慣れた感じだった。驚きも何もない。

「……僕をひとりにしないで」

 苦い味と乱れる呼吸の下で言葉を紡げば、僕は自分を理解したような気持ちになった。

 ――カジャは、唯一無二の友達だった。この広い世界でただひとり同じ滅亡の記憶を持ち、それを回避しようと手を繋いで運命に挑む戦友――同志だった。

 
「死なないで……死んではいけない――許さない」
 狂ってる。
 君も、僕も。
 
 僕は歪に微笑んだ。
 
「エーテル坊ちゃん、……なぜ術を使うのです……」

 ネイフェンの声が背中から聞こえる。

「貴方様のお体に、ご負担が。いけません、即刻、その術をお止めなさい!」

 過去の世界でのネイフェンは、僕と関わりがなかった。
 最初の世界での僕は、ネイフェンを拾わなかった。暗殺事件で初めてその存在を知ったくらいだ。
 二回目の世界の僕は、この暗殺事件を知っていたから彼を見かけてすぐ拘束させた。

 三回目は――、

 ネイフェンを見つけた三回目の僕は、傍に置いてみようと思ったんだ。
 それは、その理由は――きっとネイフェンが思っていたような「可哀想だから」とか「気に入った」とか、ありふれた貴族のお坊ちゃんの気紛れみたいなものじゃなかった。

「……剣を引け、ネイフェン」

 僕は強い口調で命令をした。

「僕はお前の主人だぞ。お前は、僕に騎士の忠誠を誓ったんだ。お前の剣は僕のために捧げられているんだ」

 
 ……この時、この剣を引かせるために、僕はネイフェンを「檻から出してあげて」と言ったのだ。


「坊ちゃん、エーテル様! これは、正義の剣なのです……貴方をお救いするためでもある!」

 ネイフェンが一生懸命な声を響かせる。

「その化け物は、魔王は、強すぎる。普通の状態では誰にも倒すことができません。今が絶好の機会なのです!」

「正義なんて知るか!」

 僕の声が歪に響く。
 カジャから毒を吸い上げ、血を吐きながら、僕は熱っぽく血走った眼でネイフェンを睨んだ。

「……そんなもの、どうでもいい!!」

 狂おしく激情のまま絶叫する僕の声に、第三者が割り込んだのはその時だった。
 

「そう。正義なんてどうでもいい」
 低く、艶のある声だった。
 穏やかな夜の空気に溶け込むように耳触りがよい声質で、けれど無視できない存在感を放つ――そんな声だった。
「ようやくわかったようじゃないか、エーテル」

 
 ――黒魔術師アップルトンがどさりと倒れ込む。
 
 その後ろから悠々と姿を見せて、ネイフェンの首元に剣を突きつけたのは、緊急事態だというのに異様に冷めた目をしたノウファムだった。
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