魔女家の公子は暴君に「義兄と恋愛しろ」と命令されています。

浅草ゆうひ

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五章、眠れる火竜と獅子王の剣

86、巫に見捨てられた戦士たち、都市ヘンドゥーク

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「獣人たちの国、セルズ国は、【かんなぎ】に見捨てられた戦士の国だ」

 王国の飛竜が蒼穹に隊列を成して、飛んでいく。モイセスとアップルトンが先行して、訪れる先の都市に先触れをする様子だ。
 飛竜カレナリエンを駆るノウファムは、前方の岩山地帯に目をすがめて滔々とうとうと喉を震わせた。

 風の魔術が同行者に声を届けている。

「彼らの土地に伝わる伝承では、かんなぎは、妖精種であったと伝えられている。元々獣人たちは身体能力に秀で、武器の扱いに長けた戦士の種族だったのだが、かんなぎは戦士として特に優秀な獣人を選んで王冠を与え、王に戦士の中の戦士、百獣の王――【獅子王】の称号を贈ったと」

 岩山ばかりの大地は、かつては緑が広がっていたのだという。

「僕、ネイフェンに聞いたことがあるよ。いろんな獣人がいて、王様は最初の数代はかんなぎが選んでいたんだって。ウサギでも鳥でも、選ばれたら【獅子王】って名前になるんだって」

 高度を下げる飛竜の背で僕が言えば、ネイフェンが「その通り」と声を返してくれる。
 ネイフェンは獣人の国出身なのだ。

「巫様は不老不死と呼ばれ、何代もの獅子王を支えられました。しかしある時、火蜥蜴や火の鳥がたくさん住む【オルグ火山】からとても恐ろしい火竜が現れて、国が危機にさらされたときに、巫様は国を捨てて姿をくらませてしまったといわれています」
 
 ネイフェンの紡ぐ声は、寝所で子供を寝かしつけるみたいに穏やかだった。

「一番ピンチなときにいなくなっちゃったんだ」
「ええ。それ以来、獣人たちの中には『長命の妖精種は気分屋で情が薄く、長い寿命の中で戯れに他種族にちょっかいを出してくることもあるが、友情を育んだと勘違いしてはならない。相手からすれば通り雨の中で雨宿りするついでに暇つぶししたような交流でしかないのだ』という見解が根差しておりまして」

 獣人たちも、人間と比べたら結構長命な種族だと思うのだが。
 僕は出会ったときからあまり見た目の変わらないネイフェンを視て、そんな思いを胸にしまっておいた。

「先代の獅子王が亡くなり、現在セルズ国は次の王の座を巡って二つの有力な獣人族が王候補をたてて争っている。ネコ族のワゥランと、虎族のズハオだ」

 ノウファムが説明する声に、ロザニイルが「どこも苦労してんだねえ」としみじみとした声を出していた。

「お前の用事が済んだからってさっさと出発しちゃってさ。オレ、泉で遊びたかったのに」
「……これから行く都市には温泉がある」
「おおっ」
 結局この二人は仲が良い――気の置けない温度感のやり取りをききながら、僕は思った。

 世界樹を巡る冒険の最中にみかけた記憶の映像で過去の世界のノウファムが過去の僕に称賛されて嬉しそうに張り切っていたことや、お説教にうんざりな気配をみせていたことを思い出して、僕はちょっと言葉を選んでみた。
「殿下、とても素晴らしいです。その貴重な知識を共有してくださるのは、とても良い事です」

「……そうか」

 ぽつりと風に運ばれて響く声は、嬉しそうだった。


 ――ねえ、過去の僕。この王様、頭ごなしに命令したりお説教するよりも、褒めてあげたほうが言うとおりにしてくれそうだよ。

 
 頬をゆるゆるとさせながら、僕は岩ばかりの大地の中に視えてきた獣人たちの都市に視線を移した。

 黒っぽい石造りの壁を周囲に巡らせた【ヘンドゥーク】という名前の都市は、緑が少な目だ。
 大地の色も、黒っぽい。
 建築物は階層が低めで、天幕に覆われたお店が並ぶエリアもある。たくさんの人が集まってステージ上の商品を競り落とすような催し会場もみえて、ロザニイルが「オークションだ! やってみてえ!」と財布を握りしめている。
 都市を歩いている人たちはほとんどが獣人で、人間の姿に獣耳や尾が生えただけの人もいれば、まるっきり獣の姿で二足立ちしているような人もいた。
 
「みなさまー! お待ちしておりましたぁー! かなり警戒されてますが、滞在はできそうですぅー!」
 黒魔術師アップルトンが手を振っている。
 その後ろには、黒騎士モイセスを伴った都市の有力者らしき獣人たちが続いていた。

 アップルトンは獣人たちに先んじてノウファムの傍に寄り、彼が得意とする防諜の魔術をつかって囁いた。

「王国が大陸南西の砂漠の国に戦争をしかける準備をしているという噂があるようなのですよ」
 ノウファムは淡々と頷き、「それは事実だろうな」と言葉を返してアップルトンをぽかんとさせた。
 
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