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五章、眠れる火竜と獅子王の剣

87、俺はシェアなどしないぞ。

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 僕たちの王国と、この獣人の国は現在微妙すぎる関係だ。
 彼らの視点で考えてみれば、王国というのは無軌道で油断のならない存在。
 
 元々、カジャは積極的にその絶大な魔力で周囲の小国を征服し、国土を広げていた。
 若き国王カジャは、理屈も道理も知らぬとばかりに権力を奮っていた。開拓王の政策を無理やり中断させたり、王兄や聖杯を見世物のように虐げたり、魔王という不吉な称号を名乗って『気分しだいで私が世界を滅亡させる』と言ったり。にもかかわらず演説では滅亡回避を唱え、まるでわけがわからない。
 しかも、カジャが招待した船上パーティの事件では獅子王が『人魚族に誅罰された』などと主張しているが、人の口に戸は立てられぬとはよく言ったもので、カジャの船上での蛮行はしっかりと世に広められているのだ。カジャに「広めろ」とけしかけられた吟遊詩人も恨みを抱いてか、情報拡散に一役買っている。

 僕はカジャがあの夜に悪役として死んでノウファムを英雄王にしたかったんだとわかっているけれど、そうでない人たちにとっては本当に「狂ってる」と言われても仕方ない――しかも、また戦争の準備をしているらしい……。

「カジャ王め、我らの王を殺害しておいて人魚族に誅罰されたと偽り、滅亡回避の旗頭みたいな顔をするとは」
 獣人族の怒りの声がそこかしこから聞こえてくる。
 森妖精より敵意が高い。
 
「アップルトン、これは警戒というには敵意がありすぎるんじゃないか」
「お立場的に仕方ないでしょう。大変だったんですよ」
 一体どうやって受け入れてもらったのかはわからないが、アップルトンは片手でお金のマークをつくって都市【ヘンドゥーク】の宿へと一行を案内した。
「森妖精の集落を襲おうとして失敗した直後というのもあるかもしれませんね。追い払ったのもステントスでしたから、ぎりぎり我が国とは敵対せず……かなり、ぎりぎりです」
 
 アップルトンはローブのフードを目深にかぶり、慎重な気配をみせている。
 この国は妖精種に良い感情がないので、妖精種の特徴的な耳を視られたらマイナスに働くのは間違いない。
 
「……ああ、あとは、ノウファム殿下はカジャ陛下と対立関係にある王兄殿下として彼らに認識されているようでして、敵の敵は味方と」
 アップルトンは軽く身震いしながら言葉を続けた。
「代表がカジャ陛下だったらもっと殺伐とした出迎えになっていたでしょうね。下手したら私とモイセスは首だけになって殿下をお迎えしていたかもしれません」

「なるほど。カジャ陛下の敵同士、仲良く手を結ぼうという……」
 僕は微妙な顔でノウファムを視た。

 ――ノウファムは、カジャをどう思っているんだろう。
 過去の世界では二人は仲の好い兄弟だったが、今回の世界では最初から敵対関係だ。カジャがそう仕向けたのだ。
 ノウファムは過去三回分の人生の記憶がある様子なのだが、現在のカジャへの心情は果たしてどのようなものなのだろうか……?

「荷物を置いたらさ、観光しようぜ! オレはオークションに行ってみてえよ!」
 ロザニイルが獣人たちの剣呑な気配に早くも慣れた様子で笑っている。

「坊ちゃんたち、お出かけには護衛をちゃんと連れて行ってくださいよ」
 アップルトンは自分は部屋に引き篭もる気満々で、護衛を手配してくれた。
 
 護衛の小隊の指揮を執るネイフェンは自分の故郷とあって堂々としていて、獣人たちの視線も彼に注がれる時は警戒が和らげられている。

「気を付けて行っておいで」
 モイセスを伴って都市の偉い人と話し込む様子のノウファムは、そう言って僕の頬にキスをした。
「ご覧のとおり、殿下のこれは婚前ハネムーン旅行なのでして……我々には貴国への敵意もなければ、カジャ陛下への反意もなく……」
 モイセスが懸命に旅の目的を説明している。
「聖杯はカジャ国王の番ではないのか? 人前でもよく我が物顔で愛でているときいているが」
「あっ、そこはですね、えー、ご兄弟仲良くシェアしておられ……」
「モイセス、何を言っているんだ。俺はシェアなどしないぞ。俺のエーテルは俺だけの聖杯だ」
「殿下ぁっ!!」
 モイセスがおろおろしているのを背に、僕たちは外に出た。
 
 外は良い天気だ。
 モイセス、がんばって……。

「僕、モイセスに胃薬を買おうと思うんだ」
「それは良いアイディアでございますね、坊ちゃん」
「ネイフェンはこの都市に詳しい?」
 僕が問いかけると、ネイフェンは懐かしむような眼で頷いた。
「ええ、ええ。よく知っておりますとも!」
 
 大きな天幕に覆われた店が両側にずらりと並ぶ通りは、物と人でいっぱいで、活気がある。
 
 ロザニイルが目を輝かせて僕の手を取り、「あっちの店みようぜ!」とか「これ食おうぜ!」とかはしゃぎまわると、ネイフェンたち護衛は微笑ましそうにしながらゆっくりと後ろをついてきてくれた。
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