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第9話 至高の日常

掌握 Episode:06

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◇Sylpha

「移る準備、出来たわよ」

 例の主任看護婦が、部屋に入ってくるなりそう言った。

「そうですか。二人とも、準備はいいですね?」

 私もイマドも無言でうなずく。

「シルファ、これを。イマドは自分の武器があるようですが?」

 自分のショートソードを差し出しながら、タシュアが問いかけた。

「あ、はい、俺バッグん中に持ってます」

 帰省先からまっすぐここへ来たのが、幸いしたらしい。
 まぁバッグの中に武器というのは、物騒といえば物騒なのだが……。

 ともかく手早く荷物をまとめて、立ち上がる。

「部屋は、どこを?」
「あ、待って。そのまえにこれ、持ってきてみたんだけど」

 主任が言って差し出したものに、私は絶句した。

「その、これは……」
「制服よ?」

 後ろで男子二人が、こらえきれず笑っているのが分かる。

「患者さんに化けるのもいいけど、このほうが融通が利かない? そっちの男の子も大柄だから、白衣着れば助手に見えると思うし」

 返答に窮する。

 少しでも作戦が成功するようにと、主任なりに考えてのことなのは分かる。
そしてこれが、合理的なことも分かる。分かるのだが……。

「シルファ、せっかくの好意を無駄にするのは、よくありませんよ」

 明らかに面白がっている調子で、タシュアが後ろから声をかける。

「そですよ、先輩。白衣着てりゃ俺ら、堂々と院内動けますし」

 イマドの言うことは一見正論だが、こちらも要するに面白がっているだけだ。
 必死に私は、理由を探して反論した。

「その、でも、きっと汚すし……返せないと、思う」
「あら、いいのよそんなこと」

 主任がにこにこと言う。

「これ、あたしのなのよね。背格好ほら、割と似てるでしょ?
 それにこれ、新しく買い足したからそろそろ使うのやめようかな、って思ってたヤツなの。だから、いくら汚してもだいじょうぶ」

 どうも墓穴を掘ったらしく、主任の力説を招いてしまう。

「なにより、これに患者さんたちの命がかかってるんだもの。白衣の一枚や二枚、ちっとも惜しくないわよ」

 崇高な精神に燃えてしまった主任に、さらにタシュアが燃料を注いだ。
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