上 下
580 / 743
第10話 空(うつほ)なる真実

学院にて Episode:08

しおりを挟む
 好きなところへ、自由に行ける。

 ――それも、タシュアと。

 行きたいところはたくさんあった。
 歴史の古いアヴァン、有名なムルデ大峡谷、豊かなサルトゥス大森林、神秘と言われるノネ湖、ワサール南部のリュヌ海岸……。

 服も水着もバッグも新調して、あとは詰めるばかりだ。

「……♪」

 うきうきしながらベッドに腰掛けて、何度も手にしたガイドブックをまた開いた。
 どのページにもお勧めの場所やお店がびっしりと書きこまれている。

 食事はその時の気分で変わるだろうから、幾つものレストランを暗記していた。
 あとはだから、当日のタシュア次第だ。

 彼は好き嫌いはないが、案外食べる物にはうるさい。
 それしかなければともかく、状況が許すならそれなりのもののほうを喜ぶのだ。

 ――どこに、なるんだろうな?

 それを想像するのも楽しかった。

 どこかカフェのようなところもいいだろうし、ちゃんとしたレストランもいいだろうし……。
 しばらくガイドブックを眺めてから、顔を上げて時計を見る。

 もう、いいだろう。

 時計の針は、夕食には遅めの時間を差していた。
 これなら間違いなく、タシュアはひとりで済ませてしまっているはずだ。

 普段はともかく、今はなるべくタシュアを顔を合わせたくなかった。
 せっかく驚かせようと思って、それもおおむね成功しているのに、こんなところで気付かれてしまったらつまらない。

 ルーフェイアが持ってきたという本に夢中で少々勘が鈍っているようだが、それでも用心にこしたことはなかった。

 ともかく明日まで気付かれなければいいのだ。
 だったらいちばんいい方法は、顔を合わせないことだろう。

 明日旅行のことを聞いてタシュアがどんな顔をするか、それを想像しながら、私は夕食を食べに食堂へと向かった。
しおりを挟む

処理中です...