15 / 37
一章 夕凪モラトリアム
4-2
しおりを挟む
『冷房止まった暑くてマジ死にそー』
一週間ぶりに凪に送ったLINEは、余りにも下らないもので、我ながらどうなのかと畳の上で友哉は首を捻った。
台風はいつしか本格的になり、荒ら屋を激しく打ち付ける。流石に友哉も高校二年なので、台風の日に一人でいることが心細いなどと言うつもりはないが。とはいえ家のボロさを考えれば些か不安に感じるのも事実だ。
既読がついたまま沈黙するスマホを畳に投げ出し、友哉はごろりと寝そべった。相変わらずエアコンからは冷気が出て来ず、生温い空気を漂わせていた。
蒸し暑さに耐えかね、友哉は上半身裸で畳に寝転ぶ。汗塗れの肌に、い草が張り付くのが気持ち悪い。
先程海辺で凪の母親に会ったことは、敢えて話題にはしなかった。凪の母親が家に戻っていたとしたら、そして彼女が必要だと思ったのなら、凪に直接伝えるだろう。
友哉が言うことではない。こういう所が冷めていると言われる由縁なのだろうが、今更改めようもなかった。
――凪には好かれたい、って聞こえたよ。
窓の吹き荒ぶ嵐に紛れて、凪の母親の言葉が頭に蘇る。
そんな訳はなかった。いや、そんなことはあるのかも知れないが、そんなに意味深に言うことではないだろう。他人から嫌われたくない、好かれたいというのは人の本能であるし。
だから、別段、取り沙汰するようなことでもないのに。それなのにどうしてだか、あの時は反発の言葉も出なかった。押し黙って考え込むだなんて、まるで、そうあって欲しいかのようだ。
(それは……困るんだよな……)
ごろりと畳を転がり、沈黙したままのスマホを眺める。
凪に好かれるのは困ることだ。本来なら。
他人に深入りをしないように生きてきた。不躾と言われる程に自分を晒して、無神経と言われる程に深い部分をなあなあに流して。
のし掛かるように触れた凪の体温を思い出し、不意に訪れた衝動に友哉は動揺した。
そんなつもりはなかった。凪も、自分も。抱きついてきた凪は、母親の商売への嫌悪と母親本人への思慕がごっちゃになってのことだし、妙な空気も、変な衝動も、あのホテルの一室で冗談に包んで捨てて来た筈だ。
それなのに下腹部をさざめく衝動は無視出来ないものになりつつある。凪は男で、どれだけ美人であっても男で、友哉とは友達でも何でもなくて。
――凪には好かれたい、って聞こえたよ。
好かれたら困る。それはきっと、好きになったら困る、と同じ意味だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ピンポーン
突然玄関でチャイムが鳴り、友哉は跳ね起きた。心臓がバクバク鳴っている。
危なかった。あのまま一人で悶々としていたらとんでもない妄想に身を任せていた気がする。
こんな台風の折りに、宅配も郵便も来客もないだろう。かといって叔父が帰宅するには早すぎる。ひとまずステテコにTシャツを羽織り、恐る恐る玄関へ向かってみる。
「…………凪?」
玄関の曇りガラスの向こう、細身の金髪姿が薄ら映っていた。
大慌てで引き戸を開ける。途端に吹き込む強風に息が詰まる。大粒の雨が、庇を物ともせずにたたきに入り込んで来た。
全身ずぶ濡れの凪が立っていた。長めの金髪が額に貼り付いていた。白いTシャツが濡れそぼり、その痩身を一層細く仕立て上げている。
「凪、」
俯いた相貌は友哉の呼び掛けにも上がることはなかった。
思わず伸ばした手でその二の腕を掴む。細い腕は恐ろしく冷たかった。
「っバカか、お前! 中入って……タオルタオル、もー新品場所分かんないから俺のでいいな。とりあえず体拭いて……風呂沸かして来るから、その間シャワー浴びとけって……」
「……真壁」
凪が小さく呟く。引き戸を閉めた玄関に、低く掠れた声は妙に響いた。
「……父親が、帰って来た」
顔を上げた凪の前髪から、ぽたりぽたりと、雨粒が滴り落ちる。頬についた筋が、痛々しく凪の表情を濡らしていた。
一週間ぶりに凪に送ったLINEは、余りにも下らないもので、我ながらどうなのかと畳の上で友哉は首を捻った。
台風はいつしか本格的になり、荒ら屋を激しく打ち付ける。流石に友哉も高校二年なので、台風の日に一人でいることが心細いなどと言うつもりはないが。とはいえ家のボロさを考えれば些か不安に感じるのも事実だ。
既読がついたまま沈黙するスマホを畳に投げ出し、友哉はごろりと寝そべった。相変わらずエアコンからは冷気が出て来ず、生温い空気を漂わせていた。
蒸し暑さに耐えかね、友哉は上半身裸で畳に寝転ぶ。汗塗れの肌に、い草が張り付くのが気持ち悪い。
先程海辺で凪の母親に会ったことは、敢えて話題にはしなかった。凪の母親が家に戻っていたとしたら、そして彼女が必要だと思ったのなら、凪に直接伝えるだろう。
友哉が言うことではない。こういう所が冷めていると言われる由縁なのだろうが、今更改めようもなかった。
――凪には好かれたい、って聞こえたよ。
窓の吹き荒ぶ嵐に紛れて、凪の母親の言葉が頭に蘇る。
そんな訳はなかった。いや、そんなことはあるのかも知れないが、そんなに意味深に言うことではないだろう。他人から嫌われたくない、好かれたいというのは人の本能であるし。
だから、別段、取り沙汰するようなことでもないのに。それなのにどうしてだか、あの時は反発の言葉も出なかった。押し黙って考え込むだなんて、まるで、そうあって欲しいかのようだ。
(それは……困るんだよな……)
ごろりと畳を転がり、沈黙したままのスマホを眺める。
凪に好かれるのは困ることだ。本来なら。
他人に深入りをしないように生きてきた。不躾と言われる程に自分を晒して、無神経と言われる程に深い部分をなあなあに流して。
のし掛かるように触れた凪の体温を思い出し、不意に訪れた衝動に友哉は動揺した。
そんなつもりはなかった。凪も、自分も。抱きついてきた凪は、母親の商売への嫌悪と母親本人への思慕がごっちゃになってのことだし、妙な空気も、変な衝動も、あのホテルの一室で冗談に包んで捨てて来た筈だ。
それなのに下腹部をさざめく衝動は無視出来ないものになりつつある。凪は男で、どれだけ美人であっても男で、友哉とは友達でも何でもなくて。
――凪には好かれたい、って聞こえたよ。
好かれたら困る。それはきっと、好きになったら困る、と同じ意味だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ピンポーン
突然玄関でチャイムが鳴り、友哉は跳ね起きた。心臓がバクバク鳴っている。
危なかった。あのまま一人で悶々としていたらとんでもない妄想に身を任せていた気がする。
こんな台風の折りに、宅配も郵便も来客もないだろう。かといって叔父が帰宅するには早すぎる。ひとまずステテコにTシャツを羽織り、恐る恐る玄関へ向かってみる。
「…………凪?」
玄関の曇りガラスの向こう、細身の金髪姿が薄ら映っていた。
大慌てで引き戸を開ける。途端に吹き込む強風に息が詰まる。大粒の雨が、庇を物ともせずにたたきに入り込んで来た。
全身ずぶ濡れの凪が立っていた。長めの金髪が額に貼り付いていた。白いTシャツが濡れそぼり、その痩身を一層細く仕立て上げている。
「凪、」
俯いた相貌は友哉の呼び掛けにも上がることはなかった。
思わず伸ばした手でその二の腕を掴む。細い腕は恐ろしく冷たかった。
「っバカか、お前! 中入って……タオルタオル、もー新品場所分かんないから俺のでいいな。とりあえず体拭いて……風呂沸かして来るから、その間シャワー浴びとけって……」
「……真壁」
凪が小さく呟く。引き戸を閉めた玄関に、低く掠れた声は妙に響いた。
「……父親が、帰って来た」
顔を上げた凪の前髪から、ぽたりぽたりと、雨粒が滴り落ちる。頬についた筋が、痛々しく凪の表情を濡らしていた。
10
あなたにおすすめの小説
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜
なの
BL
「俺と恋人になってくれ。期限は一年」
男子校に通う高校二年の白石悠真は、地味で真面目なクラスメイト。
ある日、学年一の人気者・神谷蓮に、いきなりそんな宣言をされる。
冗談だと思っていたのに、毎日放課後を一緒に過ごし、弁当を交換し、祭りにも行くうちに――蓮は悠真の中で、ただのクラスメイトじゃなくなっていた。
しかし、期限の日が近づく頃、蓮の笑顔の裏に隠された秘密が明らかになる。
「俺、後悔しないようにしてんだ」
その言葉の意味を知ったとき、悠真は――。
笑い合った日々も、すれ違った夜も、全部まとめて好きだ。
一年だけのはずだった契約は、運命を変える恋になる。
青春BL小説カップにエントリーしてます。応援よろしくお願いします。
本文は完結済みですが、番外編も投稿しますので、よければお読みください。
今日は少し、遠回りして帰ろう【完】
新羽梅衣
BL
「どうしようもない」
そんな言葉がお似合いの、この感情。
捨ててしまいたいと何度も思って、
結局それができずに、
大事にだいじにしまいこんでいる。
だからどうかせめて、バレないで。
君さえも、気づかないでいてほしい。
・
・
真面目で先生からも頼りにされている枢木一織は、学校一の問題児・三枝頼と同じクラスになる。正反対すぎて関わることなんてないと思っていた一織だったが、何かにつけて頼は一織のことを構ってきて……。
愛が重たい美形×少しひねくれ者のクラス委員長、青春ラブストーリー。
【完結】恋した君は別の誰かが好きだから
海月 ぴけ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。
青春BLカップ31位。
BETありがとうございました。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
二つの視点から見た、片思い恋愛模様。
じれきゅん
ギャップ攻め
嫌いなあいつが気になって
水ノ瀬 あおい
BL
今しかない青春だから思いっきり楽しみたいだろ!?
なのに、あいつはいつも勉強ばかりして教室でもどこでも常に教科書を開いている。
目に入るだけでムカつくあいつ。
そんなあいつが勉強ばかりをする理由は……。
同じクラスの優等生にイラつきを止められない貞操観念緩々に見えるチャラ男×真面目で人とも群れずいつも一人で勉強ばかりする優等生。
正反対な二人の初めての恋愛。
【完結】毎日きみに恋してる
藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました!
応援ありがとうございました!
*******************
その日、澤下壱月は王子様に恋をした――
高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。
見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。
けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
【完結】俺とあの人の青い春
月城雪華
BL
高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。
けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。
ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。
けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。
それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。
「大丈夫か?」
涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる