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一章 夕凪モラトリアム
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新品は見つからなかったけれど、引き出しの奥から余り使っていなさそうなバスタオルを引っ張り出して、ついでに叔父の未開封の下着を勝手に出して、脱衣所のカゴに放り込む。
サイズ感が合わなそうではあるが、友哉の比較的最近買ったTシャツもついでに出して、ズボンはどうしようか、流石に凪はステテコとかは履かなそうではあるけれども。
ごちゃごちゃ考えている内に、浴室のドアが開き、俯いた凪が出て来た。
「……何であんた、いるんだよ」
「や、着替え用意したから。ついでに濡れた服洗うけど、いいか?」
こちらに越して来てから買った洗濯乾燥機は最新式で、洗濯から乾燥まで二時間もあれば終わることだろう。
凪の返事を待たず脱衣所にある洗濯機にぐっしょり濡れた服を放り込む。放っておけば何日でも同じ服を着てカップ麺で済ますことも厭わない、自堕落で不健康な叔父に代わり、家事をこなすのは友哉の役回りだった。別に頼まれた訳でも強制された訳でもない。そうしないと、まともな生活が送れないからだ。
慣れた手付きで洗濯機をセッティングする友哉を、凪はしげしげと眺めた。凪の視線を受け、友哉は唇を緩める。
「……意外?」
「あ、ああ……少し意外だ」
「凪は洗濯やらんの?」
「……やらない。料理も洗濯も、うちでは祖母が……男が厨房に入るのは怒られる」
「っはは、時代錯誤だな。でもまあ、俺も料理はあんまやらんなー。いつもパスタ茹でるだけとか、素麺茹でるだけとか、ご飯炊いてもおかずはレトルトだし」
まともな家庭料理など知らない。ギャンブル狂いの両親は余り育児に注力するタイプではなかったらしく、朝は菓子パン、夜は白米に総菜、用意してくれないなどということはないのだが、栄養満点の家庭料理とは程遠かった。
給食は美味しかったけれど、自分で立派な料理を作る程食事というものに魅力を感じず、だから、友哉と叔父の食事はいつも適当だ。
とはいえそれが不幸という訳でもない。凪の話しぶりを聞くに、立派な家庭のご飯というのも中々に窮屈そうだ。
ぴ、ぴ、と洗濯乾燥機の設定を済ませ、友哉は凪を振り返る。
「よし、これで後は乾燥機が頑張ってくれるっしょ。それまで適当に俺の服着ててな……」
どん、と凪の身が友哉にぶつかった。タオルで拭きもしない肢体は湯を滴らせ、友哉のTシャツを濡らす。
抱きつくというよりは縋るようだ。肩口に顔を埋める凪に友哉は思う。一週間前の夜を思い出す。ホテルの一室で、凪は同じように縋ってきた。友哉の肩に顔を埋めて、けれどその腕を友哉に回すことなく。
父親が帰って来た、と凪は言った。以前同伴中の母親に会った時もそうだったが、どうも家族の関係で調子を崩すと、凪は甘えたになるようだ。
きっと凪はまだ、両親というものに期待をしている。健気なことに、期待して、裏切られて、その末に友哉に縋り付くのであれば、こんなに愚かで哀れなことはない。
(……っていうか、ちょっとまずいかも……)
先程の不埒な妄想は未だ腹の奥底に残り、ともすれば疼き出しそうになっている。見下ろす凪の湿ったうなじが妙に艶めかしく、友哉は息を詰めた。衣服を纏わず風呂から出たままの凪の肢体は直ぐそこにある。手を伸ばせば触れられる、抱き締められる、それ以上だってきっと容易い。
ほう、と情動を押しやるように、友哉は大きく息を吐いた。流されないだけの理性はある。
「なーぎ、ちゃんと体拭いて。風邪引くぞ」
脇から取ったバスタオルを、凪の頭から被せる。抵抗はなかった。友哉が拒絶しても、引き寄せたとしても、きっと凪は抵抗しなかったに違いない。
だから友哉は受け入れも拒絶もしない。なあなあに、なかったことにするのは得意だ。
「風呂、ちゃんと温まったか? 他の家電は買ったばっかだけど、風呂だけは備え付けだからなあ。追い炊き出来ないから高めの温度で入れたけど、逆に熱かったりして……」
「……真壁」
凪が小さく呟く。そっと身を離した凪は、友哉の手からバスタオルを奪うと肩から羽織った。
「弟がいるらしい」
「は? 弟?」
「父親が、外で作って。母親がそれで、出て行くことになって…………俺も」
凪が顔を上げる。目の縁が赤い。凪は感情が露わになると表情が幼くなる。泣いているような、笑っているような、怒っているような。薄い唇が僅か震えている。凪は泣いてはいなかった。只、深海のような瞳が、ゆらりと揺らめいていた。
サイズ感が合わなそうではあるが、友哉の比較的最近買ったTシャツもついでに出して、ズボンはどうしようか、流石に凪はステテコとかは履かなそうではあるけれども。
ごちゃごちゃ考えている内に、浴室のドアが開き、俯いた凪が出て来た。
「……何であんた、いるんだよ」
「や、着替え用意したから。ついでに濡れた服洗うけど、いいか?」
こちらに越して来てから買った洗濯乾燥機は最新式で、洗濯から乾燥まで二時間もあれば終わることだろう。
凪の返事を待たず脱衣所にある洗濯機にぐっしょり濡れた服を放り込む。放っておけば何日でも同じ服を着てカップ麺で済ますことも厭わない、自堕落で不健康な叔父に代わり、家事をこなすのは友哉の役回りだった。別に頼まれた訳でも強制された訳でもない。そうしないと、まともな生活が送れないからだ。
慣れた手付きで洗濯機をセッティングする友哉を、凪はしげしげと眺めた。凪の視線を受け、友哉は唇を緩める。
「……意外?」
「あ、ああ……少し意外だ」
「凪は洗濯やらんの?」
「……やらない。料理も洗濯も、うちでは祖母が……男が厨房に入るのは怒られる」
「っはは、時代錯誤だな。でもまあ、俺も料理はあんまやらんなー。いつもパスタ茹でるだけとか、素麺茹でるだけとか、ご飯炊いてもおかずはレトルトだし」
まともな家庭料理など知らない。ギャンブル狂いの両親は余り育児に注力するタイプではなかったらしく、朝は菓子パン、夜は白米に総菜、用意してくれないなどということはないのだが、栄養満点の家庭料理とは程遠かった。
給食は美味しかったけれど、自分で立派な料理を作る程食事というものに魅力を感じず、だから、友哉と叔父の食事はいつも適当だ。
とはいえそれが不幸という訳でもない。凪の話しぶりを聞くに、立派な家庭のご飯というのも中々に窮屈そうだ。
ぴ、ぴ、と洗濯乾燥機の設定を済ませ、友哉は凪を振り返る。
「よし、これで後は乾燥機が頑張ってくれるっしょ。それまで適当に俺の服着ててな……」
どん、と凪の身が友哉にぶつかった。タオルで拭きもしない肢体は湯を滴らせ、友哉のTシャツを濡らす。
抱きつくというよりは縋るようだ。肩口に顔を埋める凪に友哉は思う。一週間前の夜を思い出す。ホテルの一室で、凪は同じように縋ってきた。友哉の肩に顔を埋めて、けれどその腕を友哉に回すことなく。
父親が帰って来た、と凪は言った。以前同伴中の母親に会った時もそうだったが、どうも家族の関係で調子を崩すと、凪は甘えたになるようだ。
きっと凪はまだ、両親というものに期待をしている。健気なことに、期待して、裏切られて、その末に友哉に縋り付くのであれば、こんなに愚かで哀れなことはない。
(……っていうか、ちょっとまずいかも……)
先程の不埒な妄想は未だ腹の奥底に残り、ともすれば疼き出しそうになっている。見下ろす凪の湿ったうなじが妙に艶めかしく、友哉は息を詰めた。衣服を纏わず風呂から出たままの凪の肢体は直ぐそこにある。手を伸ばせば触れられる、抱き締められる、それ以上だってきっと容易い。
ほう、と情動を押しやるように、友哉は大きく息を吐いた。流されないだけの理性はある。
「なーぎ、ちゃんと体拭いて。風邪引くぞ」
脇から取ったバスタオルを、凪の頭から被せる。抵抗はなかった。友哉が拒絶しても、引き寄せたとしても、きっと凪は抵抗しなかったに違いない。
だから友哉は受け入れも拒絶もしない。なあなあに、なかったことにするのは得意だ。
「風呂、ちゃんと温まったか? 他の家電は買ったばっかだけど、風呂だけは備え付けだからなあ。追い炊き出来ないから高めの温度で入れたけど、逆に熱かったりして……」
「……真壁」
凪が小さく呟く。そっと身を離した凪は、友哉の手からバスタオルを奪うと肩から羽織った。
「弟がいるらしい」
「は? 弟?」
「父親が、外で作って。母親がそれで、出て行くことになって…………俺も」
凪が顔を上げる。目の縁が赤い。凪は感情が露わになると表情が幼くなる。泣いているような、笑っているような、怒っているような。薄い唇が僅か震えている。凪は泣いてはいなかった。只、深海のような瞳が、ゆらりと揺らめいていた。
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