21 / 37
一章 夕凪モラトリアム
5-4
しおりを挟む
会場には子供のしゃくりあげる声が響く。決して気まずくなる必要もないのに、何故か気まずい思いで、友哉は傍らの子供をちらと見た。
赤いベンチに腰掛ける幼稚園くらいの子供は、真っ赤な目を必死に擦っている。隣から宥める母親の声が控えめなのは、こちらに気を遣ってのことなのだろうか。
そんなことはいいからちゃんと宥めて泣きやませて欲しい。うんざりと友哉は眉を顰めた。子供は嫌いではない。だが、苦手だ。子供の頃から友哉はひねくれていて、言ってしまえば子供らしくない子供だったという自覚がある。
だから親に愛されて育った天真爛漫な子供、だなんて、どう接して良いか分からないのだ。
友哉の隣で泣く子供は、今まさに、爆発しそうに、顔を歪めてしゃくりあげていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
水族館の中心部にあるドーム内のスタジアムは、友哉たちが到着した頃には既に半分程が埋まっていた。それも後部座席の方はぎゅうぎゅうなのに、前方座席はがらがらというアンバランスさで。
「あー、なるほど。前の方は濡れるのか」
「俺は別に、構わない」
ちらと凪を伺えば、頷き最前列の中央に座った。確実にずぶ濡れになるだろうに、随分と男らしい。
赤いベンチに腰掛け、友哉は眼前に広がる巨大なガラスを眺める。ショーとしてイルカのジャンプを見るならば、もう少し上の座席からの方が見やすそうではあるが、お互いそこまで熱心な客という訳でもない。
友哉が左に、凪が右に。拳一つ分離れて座る内に、館内アナウンスが流れる。
――間もなく、中央ドームにて、イルカショーが開催されます。観覧をご希望のお客様は、館内中央ドームまで――
アナウンスに釣られるように続々と客がやって来て、前方の水濡れ席も順調に埋まって行く。
「っあ! さっきのおにーちゃんたちだ!」
無邪気な声はドームの入り口からした。
思わず振り返る先で、駆け寄る子供の姿があった。
「……っ湊!」
背後から母親が制止するのも構わず、子供はとてとてと走って来ると、友哉の隣に腰掛けた。
凪の弟はどうやら湊と言うらしい。子供らしい無頓着さで友哉の隣に座ると、おとーさんおかーさん、と大きく両親に手招きをした。
(まあ、狭い水族館だから……こうなるわな)
両親が諫めるのも聞かず、子供は友哉の隣に鎮座したまま、てこでも動く気はなさそうだ。
恐る恐るやって来る子供の両親――凪の父親と子供の母親は、気まずそうにしながら子供の隣に腰を下ろした。
そう回る所の多い水族館ではない。ショーや触れ合いをメインにした水族館のこと、こうして顔を合わせる可能性は全然あった。
それでも距離があれば、友哉とて軽く会釈でもして、やり過ごすことは出来た筈だ。それなのに、無邪気な子供がそれをぶち壊す。
ちらと右隣の凪を伺うと、戸惑っているのか色素の薄い眉根が下がっていた。
(十二歳下の弟、か)
凪にとっては母親違いの弟。その存在は複雑なものだろう。父親と一緒に白瀬の家で暮らすことになった弟と、出て行くことになった凪。この先交わることのない筈だったのに、何の因果か、こうして対面することになっている。
「楽しみだね、イルカ!」
湊と呼ばれた凪の弟が無邪気に言う。てっきり母親に話しかけているのだろうと思ったのだが、何やら視線を感じた友哉が傍らを見れば、期待を孕んだ大きな瞳がこちらを見上げている。
「……あー、楽しみだな?」
「ね! そっちのおにーちゃんも!」
ひょこと友哉越しに湊は凪を覗く。おにーちゃんの言葉で、凪はあからさまに狼狽した。湊は当然大人たちのごたごたはどは知らない筈で、それは言葉通り年上の男性に対する呼称でしかないのだろうが。
「凪、」
「っあ、ああ……そうだな」
友哉に促され、はっとしたように凪が首肯する。満足したような湊に、隣の母親が焦ったようにぺこぺこ頭を下げていた。
「お兄ちゃん、だって」
ひそひそと、友哉は右隣の凪に話しかける。そっと耳元に唇を近付けると、凪はくすぐったそうに肩を揺らした。
「っふ、案外、……悪くなかった」
苦笑する凪の金糸が揺れる。細い毛先が鼻先をくすぐり、友哉もさざめき笑った。
赤いベンチに腰掛ける幼稚園くらいの子供は、真っ赤な目を必死に擦っている。隣から宥める母親の声が控えめなのは、こちらに気を遣ってのことなのだろうか。
そんなことはいいからちゃんと宥めて泣きやませて欲しい。うんざりと友哉は眉を顰めた。子供は嫌いではない。だが、苦手だ。子供の頃から友哉はひねくれていて、言ってしまえば子供らしくない子供だったという自覚がある。
だから親に愛されて育った天真爛漫な子供、だなんて、どう接して良いか分からないのだ。
友哉の隣で泣く子供は、今まさに、爆発しそうに、顔を歪めてしゃくりあげていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
水族館の中心部にあるドーム内のスタジアムは、友哉たちが到着した頃には既に半分程が埋まっていた。それも後部座席の方はぎゅうぎゅうなのに、前方座席はがらがらというアンバランスさで。
「あー、なるほど。前の方は濡れるのか」
「俺は別に、構わない」
ちらと凪を伺えば、頷き最前列の中央に座った。確実にずぶ濡れになるだろうに、随分と男らしい。
赤いベンチに腰掛け、友哉は眼前に広がる巨大なガラスを眺める。ショーとしてイルカのジャンプを見るならば、もう少し上の座席からの方が見やすそうではあるが、お互いそこまで熱心な客という訳でもない。
友哉が左に、凪が右に。拳一つ分離れて座る内に、館内アナウンスが流れる。
――間もなく、中央ドームにて、イルカショーが開催されます。観覧をご希望のお客様は、館内中央ドームまで――
アナウンスに釣られるように続々と客がやって来て、前方の水濡れ席も順調に埋まって行く。
「っあ! さっきのおにーちゃんたちだ!」
無邪気な声はドームの入り口からした。
思わず振り返る先で、駆け寄る子供の姿があった。
「……っ湊!」
背後から母親が制止するのも構わず、子供はとてとてと走って来ると、友哉の隣に腰掛けた。
凪の弟はどうやら湊と言うらしい。子供らしい無頓着さで友哉の隣に座ると、おとーさんおかーさん、と大きく両親に手招きをした。
(まあ、狭い水族館だから……こうなるわな)
両親が諫めるのも聞かず、子供は友哉の隣に鎮座したまま、てこでも動く気はなさそうだ。
恐る恐るやって来る子供の両親――凪の父親と子供の母親は、気まずそうにしながら子供の隣に腰を下ろした。
そう回る所の多い水族館ではない。ショーや触れ合いをメインにした水族館のこと、こうして顔を合わせる可能性は全然あった。
それでも距離があれば、友哉とて軽く会釈でもして、やり過ごすことは出来た筈だ。それなのに、無邪気な子供がそれをぶち壊す。
ちらと右隣の凪を伺うと、戸惑っているのか色素の薄い眉根が下がっていた。
(十二歳下の弟、か)
凪にとっては母親違いの弟。その存在は複雑なものだろう。父親と一緒に白瀬の家で暮らすことになった弟と、出て行くことになった凪。この先交わることのない筈だったのに、何の因果か、こうして対面することになっている。
「楽しみだね、イルカ!」
湊と呼ばれた凪の弟が無邪気に言う。てっきり母親に話しかけているのだろうと思ったのだが、何やら視線を感じた友哉が傍らを見れば、期待を孕んだ大きな瞳がこちらを見上げている。
「……あー、楽しみだな?」
「ね! そっちのおにーちゃんも!」
ひょこと友哉越しに湊は凪を覗く。おにーちゃんの言葉で、凪はあからさまに狼狽した。湊は当然大人たちのごたごたはどは知らない筈で、それは言葉通り年上の男性に対する呼称でしかないのだろうが。
「凪、」
「っあ、ああ……そうだな」
友哉に促され、はっとしたように凪が首肯する。満足したような湊に、隣の母親が焦ったようにぺこぺこ頭を下げていた。
「お兄ちゃん、だって」
ひそひそと、友哉は右隣の凪に話しかける。そっと耳元に唇を近付けると、凪はくすぐったそうに肩を揺らした。
「っふ、案外、……悪くなかった」
苦笑する凪の金糸が揺れる。細い毛先が鼻先をくすぐり、友哉もさざめき笑った。
10
あなたにおすすめの小説
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜
なの
BL
「俺と恋人になってくれ。期限は一年」
男子校に通う高校二年の白石悠真は、地味で真面目なクラスメイト。
ある日、学年一の人気者・神谷蓮に、いきなりそんな宣言をされる。
冗談だと思っていたのに、毎日放課後を一緒に過ごし、弁当を交換し、祭りにも行くうちに――蓮は悠真の中で、ただのクラスメイトじゃなくなっていた。
しかし、期限の日が近づく頃、蓮の笑顔の裏に隠された秘密が明らかになる。
「俺、後悔しないようにしてんだ」
その言葉の意味を知ったとき、悠真は――。
笑い合った日々も、すれ違った夜も、全部まとめて好きだ。
一年だけのはずだった契約は、運命を変える恋になる。
青春BL小説カップにエントリーしてます。応援よろしくお願いします。
本文は完結済みですが、番外編も投稿しますので、よければお読みください。
今日は少し、遠回りして帰ろう【完】
新羽梅衣
BL
「どうしようもない」
そんな言葉がお似合いの、この感情。
捨ててしまいたいと何度も思って、
結局それができずに、
大事にだいじにしまいこんでいる。
だからどうかせめて、バレないで。
君さえも、気づかないでいてほしい。
・
・
真面目で先生からも頼りにされている枢木一織は、学校一の問題児・三枝頼と同じクラスになる。正反対すぎて関わることなんてないと思っていた一織だったが、何かにつけて頼は一織のことを構ってきて……。
愛が重たい美形×少しひねくれ者のクラス委員長、青春ラブストーリー。
【完結】恋した君は別の誰かが好きだから
海月 ぴけ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。
青春BLカップ31位。
BETありがとうございました。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
二つの視点から見た、片思い恋愛模様。
じれきゅん
ギャップ攻め
【完結】俺とあの人の青い春
月城雪華
BL
高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。
けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。
ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。
けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。
それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。
「大丈夫か?」
涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。
嫌いなあいつが気になって
水ノ瀬 あおい
BL
今しかない青春だから思いっきり楽しみたいだろ!?
なのに、あいつはいつも勉強ばかりして教室でもどこでも常に教科書を開いている。
目に入るだけでムカつくあいつ。
そんなあいつが勉強ばかりをする理由は……。
同じクラスの優等生にイラつきを止められない貞操観念緩々に見えるチャラ男×真面目で人とも群れずいつも一人で勉強ばかりする優等生。
正反対な二人の初めての恋愛。
【完結】毎日きみに恋してる
藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました!
応援ありがとうございました!
*******************
その日、澤下壱月は王子様に恋をした――
高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。
見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。
けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる