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二章 黄昏インソムニア
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入学式用に仕立てた黒のスーツは細身で、凪の身体にぴたりと合った。
母親の部屋の全身鏡に、凪は自分の姿を映す。以前は己の容姿が好きではなかった。外国の血を引く母親譲りの日本人離れした風体は、田舎の町においては余りにも異質だった。細く柔らかな金の髪、青く澄んだ瞳、色白で中性めいた顔立ちは、幾度揶揄いの種となったか知れない。
自分の姿を、悪くないのではないかと思えるようになったのは、本当に最近のことだ。そのきっかけとなった熱い視線を思うと、自然と凪の胸は高鳴る。言葉よりも雄弁に凪を追って来た、あの視線。
「凪」
背後で凪の着替えを見ていた母の声に、はっと顔を上げる。慌ててネクタイを結ぼうとする凪の前に、ぞんざいにショッパーが差し出された。
「これ、入学祝い」
「え、あ、ああ? ありが……」
「開けてみて」
有無を言わさず告げられ、凪は戸惑いながらも紙袋を開ける。オレンジの鮮やかなショッパーには凪も知っているブランドのロゴが記され、恐る恐る取り出した長方形の箱を開けると、中から出て来たのは紺色のネクタイだった。ネイビーのストライプタイは、深く青い、海の色をしていた。
「美奈子と一緒に選んだから」
「あ、そうなんだ。美奈子さんも」
「こっち来て」
手招きされるがままに母に近寄る。細い手はするすると器用に、凪の首にネクタイを巻いた。
父親が実家に帰って来た時、美奈子と母が夜遅くまで話し合っていた姿を見たことがある。
『本当、どうしようもない男だよ』
『そうなんだよねー、なのに、何でだろ』
『変に惹かれちゃうんだよね』
『ほんとそれ』
そもそもが父と母の出会いはキャバクラで、キャバ嬢に手を出して妊娠させたという顛末からしてどうしようもない男である。子供から逃げ、女に逃げ、仕事も上手く行かず田舎に逃げ帰った屑みたいな男に惚れてしまったという共通点が、美奈子と母の仲を深めた。
今も度々連絡を欠かさない母たちからのプレゼントというのは、素直に嬉しく思う。
「うん……似合ってる」
「ありがとう。こういうブランドもの、持ってなかったから」
「大学生が全身とかだと嫌味臭いけどね。アクセントとして持っといても損はないだろ。その内財布とかも、ちゃんとしたの買いな」
「……はい」
地元で買ったバリバリ言うタイプの財布を使っていた凪は、都会の女たる母の助言を確と胸に留めた。授業の詰め方次第だが、バイトも見つけないとな。思う凪に、母親がふっと笑う。
「あんた、父親に似なくて良かったね」
「…………それ、前にも言われたことある」
「っは、そんな無神経なこと言うの、どうせ真壁だろう」
母の口から友哉の名が出て、凪は内心ぎょっとする。母にまで無神経で知られているのが友哉らしいと言えば友哉らしい。
「会えるといいね。あんた、その為にわざわざ東京の大学まで来たんだから」
「っな、ちが……別にその為じゃ……っ?!」
「っはは、動揺しすぎ」
くしゃりと目尻に皺を寄せ、笑いながら母は凪の肩を叩いた。
「いってらっしゃい、しっかりやんな」
案外母親らしいことも言うんだな、思いながら凪は、はい、と殊勝に頷いておいた。
母親の部屋の全身鏡に、凪は自分の姿を映す。以前は己の容姿が好きではなかった。外国の血を引く母親譲りの日本人離れした風体は、田舎の町においては余りにも異質だった。細く柔らかな金の髪、青く澄んだ瞳、色白で中性めいた顔立ちは、幾度揶揄いの種となったか知れない。
自分の姿を、悪くないのではないかと思えるようになったのは、本当に最近のことだ。そのきっかけとなった熱い視線を思うと、自然と凪の胸は高鳴る。言葉よりも雄弁に凪を追って来た、あの視線。
「凪」
背後で凪の着替えを見ていた母の声に、はっと顔を上げる。慌ててネクタイを結ぼうとする凪の前に、ぞんざいにショッパーが差し出された。
「これ、入学祝い」
「え、あ、ああ? ありが……」
「開けてみて」
有無を言わさず告げられ、凪は戸惑いながらも紙袋を開ける。オレンジの鮮やかなショッパーには凪も知っているブランドのロゴが記され、恐る恐る取り出した長方形の箱を開けると、中から出て来たのは紺色のネクタイだった。ネイビーのストライプタイは、深く青い、海の色をしていた。
「美奈子と一緒に選んだから」
「あ、そうなんだ。美奈子さんも」
「こっち来て」
手招きされるがままに母に近寄る。細い手はするすると器用に、凪の首にネクタイを巻いた。
父親が実家に帰って来た時、美奈子と母が夜遅くまで話し合っていた姿を見たことがある。
『本当、どうしようもない男だよ』
『そうなんだよねー、なのに、何でだろ』
『変に惹かれちゃうんだよね』
『ほんとそれ』
そもそもが父と母の出会いはキャバクラで、キャバ嬢に手を出して妊娠させたという顛末からしてどうしようもない男である。子供から逃げ、女に逃げ、仕事も上手く行かず田舎に逃げ帰った屑みたいな男に惚れてしまったという共通点が、美奈子と母の仲を深めた。
今も度々連絡を欠かさない母たちからのプレゼントというのは、素直に嬉しく思う。
「うん……似合ってる」
「ありがとう。こういうブランドもの、持ってなかったから」
「大学生が全身とかだと嫌味臭いけどね。アクセントとして持っといても損はないだろ。その内財布とかも、ちゃんとしたの買いな」
「……はい」
地元で買ったバリバリ言うタイプの財布を使っていた凪は、都会の女たる母の助言を確と胸に留めた。授業の詰め方次第だが、バイトも見つけないとな。思う凪に、母親がふっと笑う。
「あんた、父親に似なくて良かったね」
「…………それ、前にも言われたことある」
「っは、そんな無神経なこと言うの、どうせ真壁だろう」
母の口から友哉の名が出て、凪は内心ぎょっとする。母にまで無神経で知られているのが友哉らしいと言えば友哉らしい。
「会えるといいね。あんた、その為にわざわざ東京の大学まで来たんだから」
「っな、ちが……別にその為じゃ……っ?!」
「っはは、動揺しすぎ」
くしゃりと目尻に皺を寄せ、笑いながら母は凪の肩を叩いた。
「いってらっしゃい、しっかりやんな」
案外母親らしいことも言うんだな、思いながら凪は、はい、と殊勝に頷いておいた。
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