【完結】夕凪モラトリアム

赤坂 明

文字の大きさ
26 / 37
二章 黄昏インソムニア

1-2

しおりを挟む
 入学式用に仕立てた黒のスーツは細身で、凪の身体にぴたりと合った。
 母親の部屋の全身鏡に、凪は自分の姿を映す。以前は己の容姿が好きではなかった。外国の血を引く母親譲りの日本人離れした風体は、田舎の町においては余りにも異質だった。細く柔らかな金の髪、青く澄んだ瞳、色白で中性めいた顔立ちは、幾度揶揄いの種となったか知れない。
 自分の姿を、悪くないのではないかと思えるようになったのは、本当に最近のことだ。そのきっかけとなった熱い視線を思うと、自然と凪の胸は高鳴る。言葉よりも雄弁に凪を追って来た、あの視線。

「凪」

 背後で凪の着替えを見ていた母の声に、はっと顔を上げる。慌ててネクタイを結ぼうとする凪の前に、ぞんざいにショッパーが差し出された。

「これ、入学祝い」
「え、あ、ああ? ありが……」
「開けてみて」

 有無を言わさず告げられ、凪は戸惑いながらも紙袋を開ける。オレンジの鮮やかなショッパーには凪も知っているブランドのロゴが記され、恐る恐る取り出した長方形の箱を開けると、中から出て来たのは紺色のネクタイだった。ネイビーのストライプタイは、深く青い、海の色をしていた。

「美奈子と一緒に選んだから」
「あ、そうなんだ。美奈子さんも」
「こっち来て」

 手招きされるがままに母に近寄る。細い手はするすると器用に、凪の首にネクタイを巻いた。
 父親が実家に帰って来た時、美奈子と母が夜遅くまで話し合っていた姿を見たことがある。

『本当、どうしようもない男だよ』
『そうなんだよねー、なのに、何でだろ』
『変に惹かれちゃうんだよね』
『ほんとそれ』

 そもそもが父と母の出会いはキャバクラで、キャバ嬢に手を出して妊娠させたという顛末からしてどうしようもない男である。子供から逃げ、女に逃げ、仕事も上手く行かず田舎に逃げ帰った屑みたいな男に惚れてしまったという共通点が、美奈子と母の仲を深めた。
 今も度々連絡を欠かさない母たちからのプレゼントというのは、素直に嬉しく思う。

「うん……似合ってる」
「ありがとう。こういうブランドもの、持ってなかったから」
「大学生が全身とかだと嫌味臭いけどね。アクセントとして持っといても損はないだろ。その内財布とかも、ちゃんとしたの買いな」
「……はい」

 地元で買ったバリバリ言うタイプの財布を使っていた凪は、都会の女たる母の助言を確と胸に留めた。授業の詰め方次第だが、バイトも見つけないとな。思う凪に、母親がふっと笑う。

「あんた、父親に似なくて良かったね」
「…………それ、前にも言われたことある」
「っは、そんな無神経なこと言うの、どうせ真壁だろう」

 母の口から友哉の名が出て、凪は内心ぎょっとする。母にまで無神経で知られているのが友哉らしいと言えば友哉らしい。

「会えるといいね。あんた、その為にわざわざ東京の大学まで来たんだから」
「っな、ちが……別にその為じゃ……っ?!」
「っはは、動揺しすぎ」

 くしゃりと目尻に皺を寄せ、笑いながら母は凪の肩を叩いた。

「いってらっしゃい、しっかりやんな」

 案外母親らしいことも言うんだな、思いながら凪は、はい、と殊勝に頷いておいた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

今日は少し、遠回りして帰ろう【完】

新羽梅衣
BL
「どうしようもない」 そんな言葉がお似合いの、この感情。 捨ててしまいたいと何度も思って、 結局それができずに、 大事にだいじにしまいこんでいる。 だからどうかせめて、バレないで。 君さえも、気づかないでいてほしい。 ・ ・ 真面目で先生からも頼りにされている枢木一織は、学校一の問題児・三枝頼と同じクラスになる。正反対すぎて関わることなんてないと思っていた一織だったが、何かにつけて頼は一織のことを構ってきて……。 愛が重たい美形×少しひねくれ者のクラス委員長、青春ラブストーリー。

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

海月 ぴけ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華
BL
 高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。  けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。  ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。  けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。  それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。 「大丈夫か?」  涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。

【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜

なの
BL
「俺と恋人になってくれ。期限は一年」 男子校に通う高校二年の白石悠真は、地味で真面目なクラスメイト。 ある日、学年一の人気者・神谷蓮に、いきなりそんな宣言をされる。 冗談だと思っていたのに、毎日放課後を一緒に過ごし、弁当を交換し、祭りにも行くうちに――蓮は悠真の中で、ただのクラスメイトじゃなくなっていた。 しかし、期限の日が近づく頃、蓮の笑顔の裏に隠された秘密が明らかになる。 「俺、後悔しないようにしてんだ」 その言葉の意味を知ったとき、悠真は――。 笑い合った日々も、すれ違った夜も、全部まとめて好きだ。 一年だけのはずだった契約は、運命を変える恋になる。 青春BL小説カップにエントリーしてます。応援よろしくお願いします。 本文は完結済みですが、番外編も投稿しますので、よければお読みください。

嫌いなあいつが気になって

水ノ瀬 あおい
BL
今しかない青春だから思いっきり楽しみたいだろ!? なのに、あいつはいつも勉強ばかりして教室でもどこでも常に教科書を開いている。 目に入るだけでムカつくあいつ。 そんなあいつが勉強ばかりをする理由は……。 同じクラスの優等生にイラつきを止められない貞操観念緩々に見えるチャラ男×真面目で人とも群れずいつも一人で勉強ばかりする優等生。 正反対な二人の初めての恋愛。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

処理中です...