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番外編
バームクーヘンの穴はどこから存在するか 前編
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柔らかな日差しが差し込む。
緑の輪をくぐる二人は、何一つ憂うことがないように、満面の笑みを浮かべていた。
青空の下、真っ白なウエディングドレスが映える。ふんわりと広がるAラインのドレスが、花嫁に良く似合っていた。
タキシード姿の新郎は、だらしなく鼻の下を伸ばしている。結婚式の主役がそんなにしまりのない顔をしていて良いものか。思う参列者を前に、新郎の視線はでれでれと花嫁に注がれていた。
幸せそうだ。この上なく幸福で、何一つ心配事などなくて、誰にも引け目を感じることなく祝福され、晴れの舞台に相応しいお似合いの二人。
大安吉日、友人の結婚式を前に、白瀬凪の視界がじわり、涙で滲んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なーぎ、大丈夫か? 相当辛そうだけど 」
背後から気遣わしげな声がする。凪は涙目で振り返った。
「ああ、もう……煙が目に染みて……っ佐々木の野郎、ふざけた演出しやがって」
凪は盛大に顔を顰めながら目元を拭う。ぐしぐしと眦を拭い続ける凪に、真壁友哉は苦笑しながら、その手元から空になったカゴを受け取った。
「何だろうな、俺は別に何ともないけど。体質か?」
「そうかも。それか、俺の方にだけ不純物でも入ってたかだな……ああ、くそ、屋外だからって盛大にスモークなんぞ焚きやがって」
めでたい場なので流石に配慮して小声で毒づきながら、凪は黒いスーツの袖で目頭を押さえた。
式場のスタッフに空のカゴを渡した友哉が、チャコールグレーのスーツの胸ポケットから、白いハンカチを取り出す。それ、普通は使っちゃ駄目な奴なんじゃ。思いながらもぼろぼろ溢れて来る涙に抗えず、凪は受け取ったポケットチーフを目に押し当てた。
元々身内だけの、カジュアルな式である。さして作法やマナーに拘る必要もない。片目を押さえながら、凪は広い庭園に目をやった。
笑顔の新郎新婦が腕を組んで歩いている。その左右を、新婦の両親と大学の級友たちが囲んでいた。周りには白いガーデンベンチが並んでいるが、参列者は誰も座っていない。形式に囚われない式を、という新郎新婦の希望で、立食を摘まみながら皆楽しげに談笑している。
「人に雑用押しつけといて、にやにやしやがって佐々木の奴……と、もう佐々木じゃないな」
「外園、だったか。学生結婚で相手の籍に入っておまけに子供まで出来たなんて、大分肝が据わってるよな」
肩を竦めて友哉が言う。ニュアンスによっては嫌味や皮肉と取られかねない発言だが、裏表のない友哉に至っては本当に感心しているだけなのだろう。
凪は漸く落ち着いて来た目元を拭うと、友哉に濡れたポケットチーフを押しつける。苦笑する友哉越しに見る新婦、外園茉結花は、少しだけ遠慮がちな笑顔で、両親と対面していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
外園茉結花が妊娠した。そう佐々木亮が告げて来たのは、大学四年の夏休み明け、九月第一週のことであった。
丁度、凪は修士課程進学に向けた小論文対策の追い込み時期で、全く余裕がなかったので、夏前に要領よく会計事務所への就職を決め余裕のある友哉に応対は任せようと思っていた、その矢先である。
大学の食堂で、いつになく真剣な顔で告げる佐々木に、さしもの凪も昼食を食べる気にはなれず箸を置く。そうした気遣いの皆無な友哉は、ほーん、だの、はーん、だの適当な相槌を打ちながら、呑気にラーメンを啜っていた。
「妊娠ってお前……どうすんだよ。外園さん、有名商社に就職決まってただろ」
祝いの言葉より先に苦言が出てしまう己の性分を苦く思いながら、凪は佐々木に聞く。
大学二年の折、佐々木の猛アタックにより付き合うことになった外園は、切れ長目の美人でおまけに学部トップの頭脳を誇る秀才だった。
佐々木の紹介で凪も幾度か顔を合わせたが、知的な言葉遣いと言い、クールな態度と言い、とても佐々木と付き合うタイプの女性とは思えない。
一体何が良かったのだろう、矢張り諦めないしつこさと粘り強さに根負けしたのだろうか。
強引に押して粘って何とか想い人と結ばれた経験のある凪には、心当たりがあり過ぎて後ろめたさが半端なかったので、二人が幸せならそれでいいよな、と自分を納得させることに決めた。
少なくとも学食で横並びになった二人は、真剣な顔をしてはいたものの、悲壮感は全くなかった。
「私はいいの。キャリア積んだ後に子供出来て中断するより、先に出産してから仕事に挑んだ方が合理的だし」
さらりと外園は言うが、一端新卒を逃した後の苦労は相当なものだろう。それが分かっていない訳ではないだろうが、外園からはそれを成し遂げるのだろうという意欲と決意を感じられた。
凄い女性だ。素直に尊敬する。それに引き替え、外園の隣ででれでれと視線をお腹に向ける佐々木の締まりのなさと言ったらない。
「まあ……外園さんが納得してるなら、俺がどうこう言うことではないけど……」
「それで、俺の両親が激怒して勘当状態になっちゃってさ」
「……は?」
「だから、俺、茉結花とこの籍入ることにしたから。苗字今後、外園ってことでよろしくな」
「っはああ?!」
「で、お腹大きくなる前に……」
「待て待て待て、追いつかない追いつかない」
頭を抱える凪の隣で、友哉が呑気に麺を啜る。
「なーる、マスオさん状態ってことか」
「……おい、」
「いやまあ、そうなんだよな。茉結花の体調のこともあるし、同居する予定なんだけど」
「ほんで? 俺らにそれ言うってことは、何かあんだろ?」
メンマを齧る友哉の隣で、凪は瞬きをする。確かに、佐々木の友人たる凪に告げるだけでなく、友達の友達くらいの関係性である友哉に、ここまで深い話をする必要はない筈だ。
佐々木と外園が顔を見合わせる。何だか嫌な予感に、凪は頬をひきつらせた。
「さっきも言い掛けたんだけど、茉結花の体調が落ち着いてる内に結婚式をしたいと思っててさ」
「ほーん、今何ヶ月だっけ?」
「五ヶ月。安定期入ったし、お腹大きくならない十月中にやりたいと思ってて」
「大分急だなあ」
からから笑う友哉の隣で凪はそっと外園を見た。五ヶ月と言うが、見た目に分かる程の変化はない。顔色も悪くなく、講義もそこまで休んでいた印象はない。とはいえ先に言っておいてくれれば、ガパオライスだなんて匂いの強いものは選ばなかったのに。
思う凪の前で佐々木がぱんと音を立て両手を合わせた。
「そんな訳で、結婚式するっつっても俺の両親呼べないし、茉結花も両親以外は呼びづらいってことで、すんごい小規模になりそうでさ。ま、元々カジュアルなスタイルにしたかったからそれはいいんだけど」
「で、事情知ってる俺らに参列しろって?」
「それもだけど、悪いんだけど盛り上げ役っつーか……裏方っつーか……色々頼まれてくれると嬉しいんだけど……」
だめ、だめ? と可愛子ぶって手を合わせる佐々木の姿に腹が立つ。腹が立つ、が、大学生活では佐々木の存在に大分助けられたのも事実である。
とはいえ今の凪に雑用をこなす余裕は皆無だ。小論文対策はまあ何とかなりそうだが、苦手分野の面接については流暢に話せるようになるまで実践を含めた練習がかなり必要となりそうだ。
友哉ならば飄々とこなすのだろうが、些か恨めしく隣の恋人を、どうする、との思いを込めて睨みつける。
「ま、雑用係って訳ね。別にいーけど」
「マジで!? 恩に着るよ真壁! ついでに写真撮んのもよろしく!!」
ちゃっかりしている佐々木に、凪は机の下でそっとキックをかました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
両親の前で微妙な笑みを浮かべる外園茉結花と、頬をひきつらせている佐々木亮――今は外園亮だ――を眺めながら、凪はそっと友哉の肩を叩いた。
「……ん? 何、凪ちゃん構って欲しくなった?」
「馬鹿、写真撮って来いって」
「やー、あんま食指が動かないんだけどなー……」
「引き受けたんだから行って来いよ、……っと、待て、袖に……」
チャコールグレーのスーツの袖に青い花びらを見つけ、凪はそっと取ってやった。
スモーク演出で入場したい新郎と、フラワーシャワーで入場したい新婦の要望を忠実に叶えた結果、凪と友哉は煙の後ろからカゴに入れた色とりどりな花を撒き散らす係りを任された訳だ。
元々形式張らない結婚式を、ということで、カジュアルなガーデンウェディングを選んだ二人のこと、演出がちゃんぽんなのは構わない。礼服もわざわざ揃えなくていいからとのことで、凪も友哉も入学式の時に使用したスーツで参加出来るのもありがたい。
だが、スモーク演出だけは頂けなかった。体質か不具合か知らないが、凪の方に向けられた白煙がやたらと目に染みて涙が止まらず、お陰で凪は新郎の結婚式で泣く情に厚い親友、というレッテルを貼られてしまったようだ。
生温かい目で見てくる級友たちの元へは、どうにも近付き辛くなった。
「お、サンキュー。じゃ、少しは働きますかねー」
凪の肩をぽんと叩くと、友哉は首から下げた一眼レフを片手に新郎新婦の元へと向かった。
ぼんやりと見守る凪の手から、青い花弁がはらりと舞った。緑の芝に落ちる花びらを眺める凪の耳に、友哉の快活な掛け声が聞こえて来る。
ほらこっち向いて駄目全然笑顔強ばってるよはいお母さんもお父さんも寄り添って家族なんだから――
写真を撮るのは癖みたいなものだと昔言っていたのと変わらず、大学四年になった今も友哉が一眼レフを持ち出すのは稀だ。それにしては随分と堂に入ったカメラマンだと眺める凪の視線の先で、一眼レフを構えた友哉の横にわらわらと学友たちが寄って来る。
その中に華やかなパーティドレスに身を包んだ女子の姿もあり、凪の胸をちくりと痛みが刺す。
勿論、友哉の気持ちを疑ったことはない。些細な喧嘩やすれ違いはあれど、恋人になって以来凪と友哉はずっと一緒にいたし、社会人になって落ち着いたら一緒に暮らすのも良いだろう、などと語ることもある。
けれど、こうした晴れの舞台に上がると痛感する。自分は、友哉とは違う。
ふざけたような級友が、戯れに友哉の肩に触れる。華奢な女性の指先に、凪の胸がまた軋んだ。
凪が恋を自覚したのは友哉が初めてだった。それ以外の男であれ女であれ、心動かされたことはない。けれど友哉を受け入れたいと端から望んでいたのだから、きっとそういうこのなんだろうと思う。
だが、友哉はどうだろう。凪と出会う夏の前は、はたまた再会した春の前は、他の人に心惹かれることはなかったのだろうか。他の――女に。
「凪ー! 集合写真撮るから早く来いー!」
呼び掛けられ、凪ははっとして手招きする友哉の方へ足を向ける。並ぶ学友たちの間に収まりながら、レンズをこちらへ向ける友哉に目をやった。
凪も友哉も両親に恵まれていたとは言い難い。だからお互い、結婚や家庭に興味はないものと思っていた。
だが、こうしたマジョリティの集大成のような場所に居合わせると痛感する。
する気がないのと、出来ないのとでは、大きく違う。
いつか、友哉も世間に押しつぶされて、その選択肢を取るのではないか。凪の手を離して、楽な生き方を選ぶのではないか。
「はい、笑って笑ってー!」
凪の胸の暗雲を余所に、友哉はパシャパシャと軽快にシャッターを切る。
不意にレンズ越しに、友哉と目が合った気がした。にやりと友哉の口の端が上がる。
(……ば、か)
明らかに凪だけを捉えたレンズに向けて、凪は苦笑しながら、口の動きだけで伝えた。
緑の輪をくぐる二人は、何一つ憂うことがないように、満面の笑みを浮かべていた。
青空の下、真っ白なウエディングドレスが映える。ふんわりと広がるAラインのドレスが、花嫁に良く似合っていた。
タキシード姿の新郎は、だらしなく鼻の下を伸ばしている。結婚式の主役がそんなにしまりのない顔をしていて良いものか。思う参列者を前に、新郎の視線はでれでれと花嫁に注がれていた。
幸せそうだ。この上なく幸福で、何一つ心配事などなくて、誰にも引け目を感じることなく祝福され、晴れの舞台に相応しいお似合いの二人。
大安吉日、友人の結婚式を前に、白瀬凪の視界がじわり、涙で滲んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なーぎ、大丈夫か? 相当辛そうだけど 」
背後から気遣わしげな声がする。凪は涙目で振り返った。
「ああ、もう……煙が目に染みて……っ佐々木の野郎、ふざけた演出しやがって」
凪は盛大に顔を顰めながら目元を拭う。ぐしぐしと眦を拭い続ける凪に、真壁友哉は苦笑しながら、その手元から空になったカゴを受け取った。
「何だろうな、俺は別に何ともないけど。体質か?」
「そうかも。それか、俺の方にだけ不純物でも入ってたかだな……ああ、くそ、屋外だからって盛大にスモークなんぞ焚きやがって」
めでたい場なので流石に配慮して小声で毒づきながら、凪は黒いスーツの袖で目頭を押さえた。
式場のスタッフに空のカゴを渡した友哉が、チャコールグレーのスーツの胸ポケットから、白いハンカチを取り出す。それ、普通は使っちゃ駄目な奴なんじゃ。思いながらもぼろぼろ溢れて来る涙に抗えず、凪は受け取ったポケットチーフを目に押し当てた。
元々身内だけの、カジュアルな式である。さして作法やマナーに拘る必要もない。片目を押さえながら、凪は広い庭園に目をやった。
笑顔の新郎新婦が腕を組んで歩いている。その左右を、新婦の両親と大学の級友たちが囲んでいた。周りには白いガーデンベンチが並んでいるが、参列者は誰も座っていない。形式に囚われない式を、という新郎新婦の希望で、立食を摘まみながら皆楽しげに談笑している。
「人に雑用押しつけといて、にやにやしやがって佐々木の奴……と、もう佐々木じゃないな」
「外園、だったか。学生結婚で相手の籍に入っておまけに子供まで出来たなんて、大分肝が据わってるよな」
肩を竦めて友哉が言う。ニュアンスによっては嫌味や皮肉と取られかねない発言だが、裏表のない友哉に至っては本当に感心しているだけなのだろう。
凪は漸く落ち着いて来た目元を拭うと、友哉に濡れたポケットチーフを押しつける。苦笑する友哉越しに見る新婦、外園茉結花は、少しだけ遠慮がちな笑顔で、両親と対面していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
外園茉結花が妊娠した。そう佐々木亮が告げて来たのは、大学四年の夏休み明け、九月第一週のことであった。
丁度、凪は修士課程進学に向けた小論文対策の追い込み時期で、全く余裕がなかったので、夏前に要領よく会計事務所への就職を決め余裕のある友哉に応対は任せようと思っていた、その矢先である。
大学の食堂で、いつになく真剣な顔で告げる佐々木に、さしもの凪も昼食を食べる気にはなれず箸を置く。そうした気遣いの皆無な友哉は、ほーん、だの、はーん、だの適当な相槌を打ちながら、呑気にラーメンを啜っていた。
「妊娠ってお前……どうすんだよ。外園さん、有名商社に就職決まってただろ」
祝いの言葉より先に苦言が出てしまう己の性分を苦く思いながら、凪は佐々木に聞く。
大学二年の折、佐々木の猛アタックにより付き合うことになった外園は、切れ長目の美人でおまけに学部トップの頭脳を誇る秀才だった。
佐々木の紹介で凪も幾度か顔を合わせたが、知的な言葉遣いと言い、クールな態度と言い、とても佐々木と付き合うタイプの女性とは思えない。
一体何が良かったのだろう、矢張り諦めないしつこさと粘り強さに根負けしたのだろうか。
強引に押して粘って何とか想い人と結ばれた経験のある凪には、心当たりがあり過ぎて後ろめたさが半端なかったので、二人が幸せならそれでいいよな、と自分を納得させることに決めた。
少なくとも学食で横並びになった二人は、真剣な顔をしてはいたものの、悲壮感は全くなかった。
「私はいいの。キャリア積んだ後に子供出来て中断するより、先に出産してから仕事に挑んだ方が合理的だし」
さらりと外園は言うが、一端新卒を逃した後の苦労は相当なものだろう。それが分かっていない訳ではないだろうが、外園からはそれを成し遂げるのだろうという意欲と決意を感じられた。
凄い女性だ。素直に尊敬する。それに引き替え、外園の隣ででれでれと視線をお腹に向ける佐々木の締まりのなさと言ったらない。
「まあ……外園さんが納得してるなら、俺がどうこう言うことではないけど……」
「それで、俺の両親が激怒して勘当状態になっちゃってさ」
「……は?」
「だから、俺、茉結花とこの籍入ることにしたから。苗字今後、外園ってことでよろしくな」
「っはああ?!」
「で、お腹大きくなる前に……」
「待て待て待て、追いつかない追いつかない」
頭を抱える凪の隣で、友哉が呑気に麺を啜る。
「なーる、マスオさん状態ってことか」
「……おい、」
「いやまあ、そうなんだよな。茉結花の体調のこともあるし、同居する予定なんだけど」
「ほんで? 俺らにそれ言うってことは、何かあんだろ?」
メンマを齧る友哉の隣で、凪は瞬きをする。確かに、佐々木の友人たる凪に告げるだけでなく、友達の友達くらいの関係性である友哉に、ここまで深い話をする必要はない筈だ。
佐々木と外園が顔を見合わせる。何だか嫌な予感に、凪は頬をひきつらせた。
「さっきも言い掛けたんだけど、茉結花の体調が落ち着いてる内に結婚式をしたいと思っててさ」
「ほーん、今何ヶ月だっけ?」
「五ヶ月。安定期入ったし、お腹大きくならない十月中にやりたいと思ってて」
「大分急だなあ」
からから笑う友哉の隣で凪はそっと外園を見た。五ヶ月と言うが、見た目に分かる程の変化はない。顔色も悪くなく、講義もそこまで休んでいた印象はない。とはいえ先に言っておいてくれれば、ガパオライスだなんて匂いの強いものは選ばなかったのに。
思う凪の前で佐々木がぱんと音を立て両手を合わせた。
「そんな訳で、結婚式するっつっても俺の両親呼べないし、茉結花も両親以外は呼びづらいってことで、すんごい小規模になりそうでさ。ま、元々カジュアルなスタイルにしたかったからそれはいいんだけど」
「で、事情知ってる俺らに参列しろって?」
「それもだけど、悪いんだけど盛り上げ役っつーか……裏方っつーか……色々頼まれてくれると嬉しいんだけど……」
だめ、だめ? と可愛子ぶって手を合わせる佐々木の姿に腹が立つ。腹が立つ、が、大学生活では佐々木の存在に大分助けられたのも事実である。
とはいえ今の凪に雑用をこなす余裕は皆無だ。小論文対策はまあ何とかなりそうだが、苦手分野の面接については流暢に話せるようになるまで実践を含めた練習がかなり必要となりそうだ。
友哉ならば飄々とこなすのだろうが、些か恨めしく隣の恋人を、どうする、との思いを込めて睨みつける。
「ま、雑用係って訳ね。別にいーけど」
「マジで!? 恩に着るよ真壁! ついでに写真撮んのもよろしく!!」
ちゃっかりしている佐々木に、凪は机の下でそっとキックをかました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
両親の前で微妙な笑みを浮かべる外園茉結花と、頬をひきつらせている佐々木亮――今は外園亮だ――を眺めながら、凪はそっと友哉の肩を叩いた。
「……ん? 何、凪ちゃん構って欲しくなった?」
「馬鹿、写真撮って来いって」
「やー、あんま食指が動かないんだけどなー……」
「引き受けたんだから行って来いよ、……っと、待て、袖に……」
チャコールグレーのスーツの袖に青い花びらを見つけ、凪はそっと取ってやった。
スモーク演出で入場したい新郎と、フラワーシャワーで入場したい新婦の要望を忠実に叶えた結果、凪と友哉は煙の後ろからカゴに入れた色とりどりな花を撒き散らす係りを任された訳だ。
元々形式張らない結婚式を、ということで、カジュアルなガーデンウェディングを選んだ二人のこと、演出がちゃんぽんなのは構わない。礼服もわざわざ揃えなくていいからとのことで、凪も友哉も入学式の時に使用したスーツで参加出来るのもありがたい。
だが、スモーク演出だけは頂けなかった。体質か不具合か知らないが、凪の方に向けられた白煙がやたらと目に染みて涙が止まらず、お陰で凪は新郎の結婚式で泣く情に厚い親友、というレッテルを貼られてしまったようだ。
生温かい目で見てくる級友たちの元へは、どうにも近付き辛くなった。
「お、サンキュー。じゃ、少しは働きますかねー」
凪の肩をぽんと叩くと、友哉は首から下げた一眼レフを片手に新郎新婦の元へと向かった。
ぼんやりと見守る凪の手から、青い花弁がはらりと舞った。緑の芝に落ちる花びらを眺める凪の耳に、友哉の快活な掛け声が聞こえて来る。
ほらこっち向いて駄目全然笑顔強ばってるよはいお母さんもお父さんも寄り添って家族なんだから――
写真を撮るのは癖みたいなものだと昔言っていたのと変わらず、大学四年になった今も友哉が一眼レフを持ち出すのは稀だ。それにしては随分と堂に入ったカメラマンだと眺める凪の視線の先で、一眼レフを構えた友哉の横にわらわらと学友たちが寄って来る。
その中に華やかなパーティドレスに身を包んだ女子の姿もあり、凪の胸をちくりと痛みが刺す。
勿論、友哉の気持ちを疑ったことはない。些細な喧嘩やすれ違いはあれど、恋人になって以来凪と友哉はずっと一緒にいたし、社会人になって落ち着いたら一緒に暮らすのも良いだろう、などと語ることもある。
けれど、こうした晴れの舞台に上がると痛感する。自分は、友哉とは違う。
ふざけたような級友が、戯れに友哉の肩に触れる。華奢な女性の指先に、凪の胸がまた軋んだ。
凪が恋を自覚したのは友哉が初めてだった。それ以外の男であれ女であれ、心動かされたことはない。けれど友哉を受け入れたいと端から望んでいたのだから、きっとそういうこのなんだろうと思う。
だが、友哉はどうだろう。凪と出会う夏の前は、はたまた再会した春の前は、他の人に心惹かれることはなかったのだろうか。他の――女に。
「凪ー! 集合写真撮るから早く来いー!」
呼び掛けられ、凪ははっとして手招きする友哉の方へ足を向ける。並ぶ学友たちの間に収まりながら、レンズをこちらへ向ける友哉に目をやった。
凪も友哉も両親に恵まれていたとは言い難い。だからお互い、結婚や家庭に興味はないものと思っていた。
だが、こうしたマジョリティの集大成のような場所に居合わせると痛感する。
する気がないのと、出来ないのとでは、大きく違う。
いつか、友哉も世間に押しつぶされて、その選択肢を取るのではないか。凪の手を離して、楽な生き方を選ぶのではないか。
「はい、笑って笑ってー!」
凪の胸の暗雲を余所に、友哉はパシャパシャと軽快にシャッターを切る。
不意にレンズ越しに、友哉と目が合った気がした。にやりと友哉の口の端が上がる。
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