手を振る朝

サンズイモドル

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3章 「制限時間」

制限時間

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 闇の中、聡だけにライトが当たる。

 (声が出ない……?)

 聡は暗闇の中を彷徨う。
 中央に、一人の女性が座っていた。青い光の円が彼女を包んでいる。聡の前妻、菜緒(なお)だった。

 聡は驚愕し、近寄る。しかし、菜緒は聡の存在に全く気付かない。
 何とか気付いてもらおうと、手をかざし、周りを回る。それでも菜緒は反応しない。
 触れようと青い光の円に入った瞬間、体に激しい痛みが走る。触れられない。

 菜緒はスマホを取り出し、電話をかけ始めた。

「あ、お母さん? ……ごめん、寝てたよね。急に目が覚めて、眠れなくて」

 彼女の声だけが、静寂に響く。

「……心配しすぎ。いろいろありがとうね。……今度帰ったとき洗って返すよ。ううん、まだそういうのは無理。……分かってるけど、まだ気持ち整理ついてないの」

 菜緒は言葉を続ける。

「うん……。一方的に別れちゃったけど、全部聡……相羽さんのせいにするの違ったなって」

 (菜緒。)
 声にならない声で呼びかける。

「……あ、後悔してるわけじゃないよ。あのまま一緒に居ても、上手くいかなかったもん。でも。ちゃんと話せばよかった。………えとね。多分、本音を言うのが怖かったから」

 菜緒はため息をつく。

「まぁあんな別れ方としといて、もう連絡出来ないけど。……うん、そうだね」

 なんで声、出ないの? 聡は絶望する。

「…あぁ。えっとね。……夢みたの。それで眠れなくなっちゃって。何だろうね? ……お父さんには言わないでよ? じゃあおやすみ」

 スマホを切る。

 お願い。どうか一言だけ。聡は祈る。

「何かあったのかな」

 菜緒は聡に電話するか悩むが、やめた。

「……寝よ」

 彼女は立ち上がり、去っていく。

 (もう二度と話せないから。お願い。)

 天に祈る。
 この時を逃せば、二度と声はかけられない。

 ――菜緒は立ち去り、聡が一人、闇の中に取り残された。

 照明が回復し、神殿の場面に戻る。ラドガストが冷徹に問いかけた。

『二年前の誕生日、何をしていましたか?』
「……仕事」
『一体何のために?』

 聡は何も答えられない。

『自己犠牲は幸せに繋がりましたか?』

 スクリーンに、過去の記録が投影される。
 菜緒からの着信が十件以上。
 オフィスのデジタル時計。[Tokyo: AM 03:30, NY: 14:30]。
 そして、誕生日プレゼントの名刺入れと、離婚届。

「苦しんだ分しか、誰かを幸せにできないと思ってた」

 ブーッ! ブーッ! ブーッ!
 警告音ではない。黄色のサイレンが点灯する。

『聡さんは告白しました。ロックが解除されます』

 カチッ、と青の鍵のロックが外れる音がした。

 聡は恐る恐る鍵に触れ、右手で取ろうとするが、止まる。

『扉を開くためには、鍵を差し込んでください』

 聡は鍵を取ろうとするが、触れられないでいる。

『聡さん? さぁ、鍵をどうぞ』

 その時、央がラドガストの仕掛けた罠に気付いた。

「!」
「大丈夫か?」

 晶が央の傍に行く。

「何でもない」

 央は、晶の手を握らずにはいられなかった。

 聡は再度、青の鍵の前に立つ。手を伸ばすが、やはり触れることができない。光が彼を拒絶している。

『どうしました? 扉を開くためには鍵が必要です』
「……っ」

 央は無言で速足に青の鍵へ歩いていき、躊躇なくそれを手に取った。

「え? ……おい?」

 央が扉に鍵を差し込み、『ガチャリ』と音を立てて回す。
 天井の緑ランプが点滅し、部屋が振動する。

『……!』

 ラドガストから、想定外の行動に対するバグのような音が漏れた。

「他の鍵に触っちゃダメっていった?」
『……青の鍵が差し込まれました。残りの鍵は三本です』

 晶は、央の行動と、ここまでの全ての出来事から、真相に至る。
 彼は意を決してマイクへ向かった。
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