ストーカーから逃げ切ったつもりが、今度はヤンデレ騎士団に追われています。

由汰のらん

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知らない国から知らない国へ

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ふと目を覚ませば知らない天井があった。どうやら私は、どこかのベッドに寝かされているらしい。

上体を起こそうとすれば、すぐにめまいを起こした。貧血のようで少し気持ち悪い。

重い身体をゆっくりと起こせば、ベッドの傍にはダンさんがいた。肘掛けのある椅子に座って眠ってしまっている。  

(もしかして、ダンさんがここまで運んでくれたのかな。)

怪我をしているというのに、ダンさんこそベッドで眠るべきだと思う。

それにしても、やっぱりこれは夢じゃないらしい。起きたら全部夢だったなんてオチでは済まされないようだ。

物珍しさに木でできた壁を触り、そのぬくもりを確かめる。木でできた小屋なのだろうか。材質なのか、ところどころ光ってみえる。

それにしてもダンさんの服には血がべっとりと染み付いている。包帯も巻いていないようだし、大丈夫なのだろうか? じっと下から覗き込む。

(見れば見るほど綺麗な顔。肌なんて陶器のようにキメ細かいし、まつ毛だって長い……)

尖った耳を見るに、やっぱりダンさんは人間ではなさそう。こんなに美しい人間がいれば、私よりよっぽどダンさんの方がストーカー被害に遭いそうだ。

でもやっぱり目の下にクマが出来ている。疲れている? それともこれは彼特有のもの?
  

椅子に座って眠るダンさんは、器用に脚と腕を組みバランスをとっているものの、カクンカクンと今にも首が落ちそうになっている。

床に倒れては怪我が悪化するかもしれない。そう思い、ダンさんの肩を支えようとした。

「…………おい」
「っ、あ。」 
 
ダンさんにぎゅっと手首をつかまれた。

今の今まで眠っていたのに、すごい勘の鋭さだ。

「なんだ。俺の寝込みを襲う気だったか。」

「ち、ちがいます……」

「いいか? 許可なく俺に触れてみろ。貴様の首が一瞬にして飛ぶことになるぞ。」

「す、すみません……。」

あまりにも威圧的な赤い瞳に、一瞬武者震いを起こす。本当に首を飛ばされそう。言い訳する気にもなれず、ただ萎縮してしまう。

そしてつかまれた手首の痛さに、つい顔をしかめてしまった。

「んっ、」

「……強く絞めすぎたか。全く。人間というのはひ弱なものだな。」

「ごめんなさい……。」
  
馬鹿にするような言い草。そういえば竜から助けてくれた時も『人間風情』だとかなんとか言ってたっけ。それでもつい反射的に謝ってしまう私も私だ。

でも手首を離される直前、指で優しく脈あたりを2度撫でられた気がした。気のせいだろうか?

「というか、俺は眠っていたのか?」

「ええと、私も今起きたばかりですが。多分、眠っていたんだと思います。」

「嘘だろ。人前で眠るなんて今まで一度もなかったというのに。」

額を抑え、なぜか青ざめた表情になるダンさん。どうしたのだろう? 人前で眠ることがそんなにもまずいことなのだろうか?

じっと見すぎてしまったせいか、ダンさんが私の視線に気づき、すぐに鋭い目で私を見た。

「それよりも貴様、何者だ? あの牢馬車は王宮専用だ。車輪の半魚人の紋章がなによりの証拠。」

「牢馬車……。そういえば、車輪には人魚の絵が描かれていたような。」

「俺の言う事にさっさと答えろ。死にたいのか。」

「すみません! ええと、私はハルと申します! 日本の福井県出身です! 今は就職のため東京に上京して、食品関係の工場で働いています!」

「……ニッポン?? トウキョウ?」

「そ、そうですね。つまり、早い話が、こことは全く別の世界から来て、いえ、恐らく間違って召喚されたのだと思います。」     

「召喚……。まさか、『聖魔道士』を召喚するとかなんとかいう戯けた話か。」

「ああ! そうです、確か『聖魔道士』と言っていました!」 

「なんとなく話はみえた。間違えて召喚された挙句、あの暴君王子に無用だと言って国を追放されかけた、といったところか。」 
     
「はい。す、凄いですね。そうなのだと思います。」

まさかダンさんに事情を理解してもらえるとは思わず、ほっと胸を撫で下ろす。

それくらいあのモンソニー王子という人には良くない噂があるということなのだろうか?

「それで、貴様はこの先どうするつもりだ? この世界へ来た以上、もう元の世界へは戻れないと思った方がいい。」

「そうなんですか?」

「なんだその余裕っぷりは。貴様のいた世界に帰す方法など、王宮の神官でさえ知らないから追放されのだ。この先一生帰れないかもしれないのだぞ。」    
 
「そ、そうですよね……。はい。充分肝に命じています。」
 
「…………」 

元いた世界に帰りたい? 冗談じゃない。

福井の実家では、小学生だった私に高校生のお兄さんたちがたくさん付きまとって、市長から地方のテレビCMで注意喚起がなされるほどのちょっとした社会現象になったことがある。

まだ中学生だった私に近所のおじさんが何度かプロポーズをしてきて、おじさんが奥さんに『ロリコン』だと思われ離婚騒動に。

お父さんとお母さんは私を痴漢から守るために疲れ果てて、私は思い切って人混みに紛れようと東京に上京。

女性の多い職場で、顔の見えない白衣帽子を被った食品工場での勤務。ここなら安心だとやっと見つけた安息の地だったのに。まさか、本物のストーカーに付け狙われていただなんて。

東京のストーカーは地元の痴漢よりもずっと怖かった。少しずつ小出しに自分の存在を私に知らしめて、徐々に私を脅かせてくるのだ。

しかも3人の別々のストーカーから、日を追うごとに私の隠し撮り写真や愛の重い手紙、よくわからない髪の毛なんかが送られてきた。警察に相談しようにも、以前、警察官にしつこく告白された経験からなかなか相談出来ずにいた。

整形も何度も考えた。でもこう毎日毎日生活を脅かされていては、お金を稼ぐこともままならなかったのだ。

それならこの世界で魔物に襲われる方が何倍もマシ。うん。絶対にそう。

 
「まあいい。話はわかった。」

ダンさんが立ち上がり、隣の部屋へと行ってしまう。

私もついて行こうと、慌ててベッドから降りた。

隣の部屋には、暖炉と簡易キッチン、そして丸いテーブルがある。テーブルにはすでにパンやスープの食事が並んでいた。

(そういえば、お腹空いたな。)

まだ温かそうなスープからは、磯の香りがする。もしかしてシーフードを使ったスープだろうか?

美味しそうだなと料理を見つめてみる。お腹が鳴りそうなところで、ダンさんが引きつったような声を上げた。 

「き、貴様っッなにを起きてきてる?! その格好でうろつくのはやめろ!!」

「はい?」

「醜態を晒すな!」 

ダンさんのあまりの慌てように驚きながらも違和感に気付く。脚がスースーすると思ったら、私、ジーパンを履いていない。

「あ、あれ?? 私、ズボンどうしちゃったんでしょう?」

「俺じゃない! 断じて俺じゃないからな?!」

「もしかして、汚れてました?」

「そ、そうだ。スキュラが貴様のズボンが汚いし武器を隠し持っているかもしれないからと脱がせたのだ!」     
   
ダンさんがそっぽ向いてしまう。『醜態』という言葉に、なぜか安心感を覚えてしまった。

学校の制服のスカートを履いていたのが懐かしい。あまりにも盗撮されるため、極限まで長くしてみたら、スケバンみたいになってしまったのを思い出す。 

でもこのパーカーは膝上まで隠れるくらい長いし、この格好を『醜態』だというダンさんはまるで興味がなさそう。この格好でもなんとかなりそうだ。

(とにかく今はこの世界で生き抜く術を見つけないと!)

そうだ。こんなチャンス、きっと滅多にないことだ。

異世界でならきっと上手くやっていけるはず。  

「ダンさん! お願いします! どうかダンさんの元で働かせてくれませんか?!」

「は?」

「わたし、雑用はけっこう得意です! 家に籠もっていることが多かったので掃除や料理くらいはできます!」

ダンさんに向かって深く頭を下げた。

只でさえワイバーンから守ってくれたというのに、彼の優しさにつけ込むようで勝手すぎるかもしれない。      

それでもダンさんに出会えたのはきっと何かの縁。この人は、人間の血には興味があったとしても、私自身には微塵も興味のない人だ。あれだけの怪我でも、私の血を無理矢理飲もうとはしなかった。本当に男色家なのだろう。

多分、ダンさんのもとでなら安心して暮らしていけるはず。そう思って頼み込んでみた。

「無理だ。俺は人間は信用しない。それにスキュラという従順な側近がすでにいる。」

「そ、そうかもしれませんが。汚れ仕事でもなんでもしますので!」

「ワイバーン一匹すら殺せない貴様に俺の部下が務まるとでも思うのか?」

「…………」    

「ハっ。泣き落としでもするか? だが俺は女の泣き顔など微塵もそそられん。そこらへんで虫が鳴いているのと変わらないからな。」

ダンさんが鼻で笑い口角を上げる。
  
やっぱり。ダンさんは女の人に興味ないんだ。

それなら尚更、この人についているべきだ!
  
「わ、わかりました! じゃあ私がワイバーンを倒せたら、ダンさんの元で雇ってもらえますか?」

「…………は?」

「魔法も武器も使い方なんて知りません! でも私、この世界で生き抜くために頑張りたいんです!!」

この世界に来てから驚くことばかりだったけれど、こう見えて私、体力はある方だと思う。

そのために家では筋トレを頑張ってきた。人のいない早朝は走り込みもしていた。    

最低限の体力を身に着けておかないと、ストーカーに追いつかれてしまうから。
 
(そうだ。私、この世界で強くなればいいんじゃない?)

例えば女騎士とか、極めて女勇者とか? やだ、ちょっとかっこいい。魔法は使えなくとも、力技で、とか? 

勝手に意欲を高めていれば、呆れたようにダンさんがタメ息を吐いた。
  
「阿呆だな。例えば貴様が魔物を討伐できるほどの戦士にでもなってみろ。途端に注目の的だぞ。あらゆる猛者が貴様を狙い、結果殺されるのがオチだ。」

「う……。」

「それよりそこにある食事をとっとと食え。スキュラが貴様に用意したのだ。食わんと貴様がスキュラに喰われるぞ。」

「スキュラさんが? そういえばスキュラさんはどこに?」

「今は野暮用で出かけている。」

ダンさんが丸テーブルを前に腰掛ける。私も彼にならい椅子に座った。

ちゃんとフォークやスプーンが用意されており、こういった食事の文化は元いた世界と変わらないのだと安心感を覚える。

シーフードの香りが実家を思い出させる。なんだか懐かしくもある料理に舌鼓を打った。

「すみません。ありがたくいただきます。」

手を合わせて『いただきます』をする。なぜかダンさんに睨まれながら食事をすることとなった。

あまりにもチラチラと睨まれるため、気になってしょうがない。よっぽど私、怪しまれているのだろうか。

「……あ、あの、私、なにか食べ方がまずかったでしょうか?」

「ゴホッ。い、いや。貴様が悪人かどうかを見定めてるだけだ。食事中に襲ってでもこられたら敵わんからな。」   

「ダンさん、ほっぺにパンくずが、」

「ッだから、気安く触るなと言っている!!」

「すみません!」

手を払われた拍子に、ダンさんが持っていたコップの中身が私の服にかかってしまった。

中身は……なんだか少しお酒臭い気がする。

「す、すまん!! つい条件反射で手が出てしまった!」

「いえ、大丈夫ですから。服なんて脱げばいいだけのことですし……。」

ダンさんが謝ってくれたことに少しびっくりする。散々私のこと殺すとか言ってたのに、どういう風の吹き回しだろう? 

「というか。スキュラのやつ、上等な高級酒を用意しやがったな?」

「へ?」
         
「いいから服を脱げ。風邪をひかれたら面倒だ。」   
    
その場で座ったままパーカーを脱ぐ。 

するとすぐに後ろから温かいものに覆われる。ダンさんが私の肩にブランケットをかけてくれたのだ。

「あ、ありがとうございます!」

「いっ、いいから。さっさと食え。」

「はい。そういえば……ダンさん、怪我は大丈夫なんですか? 腰はどうなったんです?」

「治った。」

「あの、ダンさんて、吸血鬼なんですか?」

「吸血鬼と人間のハーフだ。ダンピールと云われている。」

「ハーフ……。ダンピールにとって人間の血ってそんなに早く治るものなんですか?」         

「俺に恩を売ったと思うなよ?」     

「お、思ってませんよそんなこと。」

まともに答えてくれた。少しだけ頬が赤い。もしかしてお酒に酔っているのだろうか?

『ダンピール』というのは、確かにどこかの本で読んだことがある。半分は人間で、半分は吸血鬼。特徴的な耳の形と牙。それ以外は人間となんら変わりない。でもダンさんは人間に対して反抗心が強そうだ。

 
「俺はダンピール騎士団第2部隊の隊長だ。格式高い地位にいるのだ。せいぜいこのダン=ヴェクターを敬え人間。」

「はい! 敬います。」

「はあ? 会って間もない得体の知れないダンピールを敬えるわけなかろう! 貴様、俺をおちょくっているのか?」

「いえ! ええと、ダンさんは私をワイバーンから救ってくれました。敬う理由には充分じゃないですか?」   

「それなら貴様、小汚い野ネズミが貴様の財布を拾ったとしたら、その小汚い野ネズミを即効敬うとでもいうのか?」
 
(どこからそんな話になったの?)   

 

 
2人でご飯を食べた後、ダンさんは酔っぱらってベッドに倒れこんでしまった。

ダンさんが着ている制服は血で汚れているし、とにかく無理に上着と靴を脱がせる。

最後にシャツのボタンを二つ開ける。 

「んん~~~。眠い……」

トロンとした赤い瞳がゆっくりと閉じていく。ダンさん、こんな顔もするの?

やっぱり相当疲れているのかもしれない。

ゆるくうねった黒い髪が顔にかかりそうで、ダンさんの髪を撫でるように後ろへ流す。

すると私の手の甲にそっと手を乗せてきた。驚きとともになんだか顔が熱くなる。

「……もっと、撫でろ」

(え、えええッっ?!!)

ダンさん、まさか酔っ払うと可愛くなっちゃうタイプ? ギャップに心臓を鷲掴みされた気分。

とりあえず言われるがまま、ダンさんの頭をゆっくりと撫でる。するとダンさんがそっと呟いた。

「やばい。癒される……。」

私も少しダンさんのギャップに癒されました。     
         




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