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就職先は適職のようです
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早朝、スキュラさんの背中に乗ってやって来た場所は辺境地にある花街だった。
つまり歓楽街。お酒の相手をしたり、舞を披露したり。という上辺だけの遊びの場所ではないことは私にもわかる。
「この辺境地は、本来ダンピールが住む場所で人間は寄り付かないのですが、この花街にはハル様のような人間も多くいらっしゃるのです。」
「そうなんですね。」
でも思っていたような綺羅びやかな雰囲気はない。
洋風のアパートのような建物があちこちに並んでいるし、色彩も思っていた以上に地味。
だからこそ余計に『花街』の本懐が濃厚に思い浮かぶ。
空から降り立てば目立ってしまうため、今はダンさん、スキュラさんと共に花街を歩いていた。
「……あ、あの。もしかして私、娼館とかに売られてしまうのでしょうか?」
いくら仕事が欲しいとはいえ、さすがにこれは予想していなかった。
あまり大きな声ではいえないが、私は男性経験がない。身体の関係はおろか、付き合った経験すらないのだ。
それもこれも、痴漢やストーカーの被害から逃れることに必死になっていたから。
私の不安が露わになっているのか、ダンさんが鼻で笑った。
「貴様、モンソニー王子に『国外追放』だと言われてこの辺境地まで運ばれてきた意味がまるでわかっていないな?」
「ど、どういうことですか?」
「つまり、貴様はダンピールの餌として運ばれてきたのだ。花街でダンピールに血を吸われ、遊女としてダンピールの相手をする方法しか最初から貴様に道はないのだ。」
「そんな……」
勝手に異世界に召喚されて、行き着いた先がダンピール御用達の花街? そんな仕打ち、酷すぎる。
落ち込んで俯いていれば、スキュラさんが大きく咳払いをして、ダンさんが小さく「ええと、」とつぶやいた。
「いや、しかしだな? 貴様が娼婦として働くにはあまりにも小汚すぎる。だからもう少し貴様の身の丈に合った仕事を紹介してやる。」
ダンさんの背中をすぐに小突いたスキュラさん。
ダンさんが慌ててさらに言い繕う。
「い、今から行くのは表向きは男娼館、裏では闇医者をやっている女医の元だ。貴様には女医の部下として働いてもらう。」
「お医者さん……?」
「ああ。ダンピールのどんな怪我や病気も治す人間の女医だ。」
「人間の? それって、その方の血を飲めばどんな怪我や病気でも治すって意味ですか!?」
「いや、彼女の場合は“血”ではない。れっきとした魔法だ。」
魔法? そんな凄い人が?? 魔法が仕える人間ならば、この辺境地にいる必要もない気がするのだけど。
行き着いた男娼館は、花街の一番奥に突き当たる場所だった。
決して綺麗とはいえないけれど、なぜか和風の扉に洋風の窓。和洋折衷のような建物の作りに目を丸くする。
(なんで、和風??)
何かしら元いた世界とこの世界は関わりがあるということだろうか?
厳かな引き戸のような扉をダンさんが荒く開ける。
「邪魔するぞババア。」
勝手に開けていいのか。ずかずかと土足で玄関から上がっていくダンさん。
ちゃんと靴を脱ぐ玄関があるというのに。私はどうしていいかわからず、スキュラさんと玄関につっ立っていた。
「ダンさまぁ!! こんな早朝から会いに来てくれたの?!」
廊下から走ってくる、着物のはだけた女の子がダンさんに勢いよく飛びつく。
すると抱きつかれたダンさんが、冷静に女の子を見下ろした。
「違う、今日は客として来たわけじゃない。ババアに会いに来た。」
「ええん! ネネの身体をむしゃぶりつきに来たんじゃないのぉ?!」
「気持ち悪い言い方をするな!」
ダンさんは嫌そうな顔をしながらも、引き剥がそうとはしない。
女の子、といっていいものなのか。はだけた着物の隙間からは男性の胸板が見えてしまった。
「ダン様はここの常連なのです。あの方はネネ様と申しまして、ダン様が贔屓にされている男娼の方です。」
スキュラさんがこっそり耳打ちして教えてくれた。
(やっぱり、ダンさんは男性好きなんだ!)
ダンさんが男性好きでよかったと思いながらも、なぜだかネネさんと親しそうな姿をみると疎外感を感じてしまった。
「とにかくババアに会わせろ。大事な話がある。」
「もう! ミレーヌさんに大事な話ってなあに??」
ダンさんに抱きつくネネさんが、こちらに向かって顔を覗かせる。視線が合ってしまった。
「……え……。なにあの女。ダンさんの何?」
顔を引きつらせたネネさんが舌打ちをする。
(もしかしてネネさん、ダンさんのことが好きなのかな……)
適当な笑顔でお辞儀をすれば、ネネさんは顔を背けてしまった。ネネさんの耳は尖っていない。きっと人間なのだろう。
通された部屋は1階の奥。この部屋だけ襖ではなくドアだ。
そこには庭の縁側で座り、長い煙管から煙を吹かせる老婆の姿があった。
「おいババア。貴様の弟子を連れてきてやった。」
ダンさんが背中から声をかけるも、お婆さんは無反応。彼女が凄腕の女医さんなのだろうか?
「聞こえてないのかババア。貴様と同じような能力を持つ女を連れてきてやった。」
すると、お婆さんがそっと振り向く。
ダンさんの顔を一瞥してから、私の顔をじっと見た。
「ババアババアうるさいんだよこのボンクラが。騎士団だからっていちいち偉そうな態度すんじゃないよ。ここは土足現金だって何度言ったらわかるんだい?」
「誰のお陰でこの花街が成り立ってると思っているのだクソババア。」
「ワシらの税金のお陰だよ糞ダンピール。」
悪態を吐くお婆さんが、ゆっくりと立ち上がる。すぐにスキュラさんが手を取りにいった。さすが紳士のスキュラさんだ。
「ミレーヌ様、こちらが昨晩お話した女性でございます。」
「ほう。」
「少量の血でも全身の傷を治してしまう血の持ち主でございます。」
ミレーヌさん?? なんとも可愛らしい名前のお婆さんだ。と、それよりもお婆さんの姿を見て驚いた。
耳の形は確かに人間と同じ、そして服装が、昭和さながら割烹着姿なのだ。
靴下も足袋を履いている。日本の衣服を纏い、髪を一つに結い上げたミレーヌさんが、スキュラさんの手を無造作に払った。
「あんたたち、やるじゃないか。いい拾いもんをしたようだね。これは大いに金の匂いがするよ。」
「……おい、まさかこの女を遊女として働かせる気か?」
「馬鹿言うんじゃないよ。それよりももっといい金づるさ。」
ニヤリと口角を上げるミレーヌさんは、目元がツリ目とはいえ、目鼻立ちがはっきりしておりかなりの美人さんだったことが窺える。
腰も曲がっておらず、威勢のいいお婆さんだ。
「さて、こっからはワシとその娘2人の時間だ。お前ら2人はとっとと宿舎にでも帰りな。」
「いや、今日は非番にする。」
「第2部隊の隊長がなに言ってんだいこの阿呆! 女一つで仕事を疎かにする気かい?」
ミレーヌさんの一喝に眉をひそめるダンさんが、渋々ドアから出ていく。スキュラさんも不安そうにドアの手前で頭を下げた。
「ハル様。また夕方頃様子を見に参ります。」
「は、はい! ありがとうございました!」
ドアが閉じて、ミレーヌさんが中から鍵をかけた。
ドアだと内側から鍵がかけられるから、ここだけ襖じゃないのかもしれない。
「お主、名をハルといったか?」
「は、はい! そうです、ハルと申します!」
「生まれはどこだ? 東北か? それとも西の方か?」
「出身は福井で、今は東京に……って、え??」
「ワシもお主と同じ、日本の出身。」
魔法だの魔物だのダンピールだのいる世界で日本人に出会えるなんて思ってもみなかった!
「まさか。じゃあ、ミレーヌさんはどうやってこの世界に?!」
驚いた。建物の造りや服装からまさかとは思っていたけれど、こんなところで出会えるなんて。
そういえば床も畳が使われている。
ミレーヌさんに促され、座布団の上に座り対面する。
ミレーヌさんがここに来た経緯や、これまでこの世界でしてきたことを話してくれた。
「ワシもエリシア王国の王宮に召喚されたのよ。だが召喚されたのはワシやお主だけではない。他にも地球から召喚された人間はおる。」
「どういうことですか?! 地球とこの世界は繋がってるってことですか?!」
「恐らくな。だが、あの我儘なモンソニーや、その肉親であるリリアン女王に国を追放されてな。この花街は追放された人間の溜まり場になっているというわけだ。」
この世界で困っている人間は私だけじゃないんだ。それがわかっただけでも安堵してしまう。
「つまり、ここにいる人間は皆、王族に追放されたということですよね?」
「ああ。そうだな。」
「じゃあ、ミレーヌさんも?」
「いや。ワシは運よく魔法が仕えるからな。この世界に召喚されてしばらくは、王宮の近衛魔道士として働いていた。」
「王宮で……って凄いですね!」
「とはいえ、今やこの通り。辺境地の闇医者として働いとる。元いた世界では看護師として働いとったからな。」
その先を聞いていいのかわからず、口を閉ざしてしまった。もしかしてミレーヌさんも王族に追放されてしまったのかということを。
それでも魔法が仕えるなんて羨ましい。それこそこの国に召喚された意味があったというものだ。
「私なんて、本当になんの取り柄もないですし。それこそ元いた世界でも食品工場で働いてだけで、大した特技もありません。」
自分のこれまでの人生を振り返ってみても、特技と呼べるようなものが見つからない。
私もミレーヌさんのようにここで生きていくことができるのだろうか?
「ハル。日本にいた時、どれくらいの男につきまとわれた?」
「へ??」
「やはり、気付いていないのだな。」
ミレーヌさんが煙管を、隣にあった木の箱のようなものに置く。
そして手のひらを私の胸にかざして言った。
「ワシの魔法は治癒に限らず、戦闘用の攻撃としても使うことができる。」
「す、すごいですね……」
するとミレーヌさんの手のひらに光の玉のようなものが浮かび上がる。
白と赤とピンク色の渦が混ざった光。妖しくも美しい輝きについ見惚れてしまう。吸い込まれそうなほどだ。
「それに、ワシは相手の能力を視ることもできるのだ。」
「能力を、視る?」
「ハルが王宮に召喚された時、神官がセイレーンを呼び出し、ハルの魔力を測定しておらんかったか?」
「そ、そういえば。“神官殿”と呼ばれていた人が、杖をかざしていたような。」
そうだ。確か水晶がついた杖を持っていた気がする。
「この国では本来、魔力の測定や能力を視る鑑定は、代々王宮に仕える『神官』にしかない能力だ。しかしワシは、この測定や鑑定を視る能力を備わっとるのだ。」
「ええ?! じゃあ、ミレーヌさんてこの国では万能ともいえるんじゃ……」
彼女の手の中の光がマーブル状にクルクルと回り始める。
ミレーヌさんがふっと口角を上げた。
「お主にはどうやら血の力よりももっとすごい能力が備わっているようだな。」
「どういうことですか?」
「『治癒』、『魔力の増強』、そして、これは生まれし頃よりの潜在能力ともいうべきか。こんなに色濃いものは初めて視る。」
ミレーヌさんがゆっくりと光の玉を握りしめ、光を徐々に治めていく。
するとピンク色にまとまった光がミレーヌさんの手の中から漏れた。
「『癒し』だよ。それも相当強力なやつ。」
「癒し……?」
「そうだ。これは『魅了』の魔法よりもずっと人々を虜にし、執着させる能力だ。これだけ『癒し』が強いとあれば潜在能力といっても過言ではない。」
ミレーヌさんの言葉は妙に説得力があった。
部屋にあった木の化粧台に付随する鏡で自分の顔を見てみる。
私の顔はやたら大人顔なのだ。小さい頃から年上に見られることが多かったし、目元や口元のほくろが妖艶なイメージを掻き立てている。
この顔がいけないのだと思っていたけれど、どうやら私には目に視えないなにかが備わっているらしい。
腑に落ちたように、呆気に取られてしまう。
「その顔は心当たりがあるようだな。フン。態度は気に入らないが、ダンの見立ては間違っていないらしい。」
お婆さんが立ち上がり、私が着ていたコートを剥ぎ取ってしまった。
下着姿で慌てふためく私をよそに、ミレーヌさんが指を鳴らす。
すると、あっという間に薄い桃色と薄い浅葱色の着物が着せられ、髪が低い位置でポニーテールを作った。
ミレーヌさんの魔法だ。こんなこともできるなんて驚きだ。
「ワシはこの通り、もういい年だ。この先ダンピールの医者として働くには限界がある。だからこれからワシの仕事をハルに受け継いでいく。」
「で、でも私! 医療関係に携わったことなんて一度もありませんし!」
ミレーヌさんがギッと目を細め、嫌らしく口角を上げる。
私に指を差し言った。
「誰が医者になれと言った? お主にはダンピールを、いや、この世界を堕落させるセラピストになってもらう!」
セラピスト?! 世界を堕落させる?? なぜだろう。皆私の予想を確実に裏切っていく。
遊女になるよりもずっと大変そう。
つまり歓楽街。お酒の相手をしたり、舞を披露したり。という上辺だけの遊びの場所ではないことは私にもわかる。
「この辺境地は、本来ダンピールが住む場所で人間は寄り付かないのですが、この花街にはハル様のような人間も多くいらっしゃるのです。」
「そうなんですね。」
でも思っていたような綺羅びやかな雰囲気はない。
洋風のアパートのような建物があちこちに並んでいるし、色彩も思っていた以上に地味。
だからこそ余計に『花街』の本懐が濃厚に思い浮かぶ。
空から降り立てば目立ってしまうため、今はダンさん、スキュラさんと共に花街を歩いていた。
「……あ、あの。もしかして私、娼館とかに売られてしまうのでしょうか?」
いくら仕事が欲しいとはいえ、さすがにこれは予想していなかった。
あまり大きな声ではいえないが、私は男性経験がない。身体の関係はおろか、付き合った経験すらないのだ。
それもこれも、痴漢やストーカーの被害から逃れることに必死になっていたから。
私の不安が露わになっているのか、ダンさんが鼻で笑った。
「貴様、モンソニー王子に『国外追放』だと言われてこの辺境地まで運ばれてきた意味がまるでわかっていないな?」
「ど、どういうことですか?」
「つまり、貴様はダンピールの餌として運ばれてきたのだ。花街でダンピールに血を吸われ、遊女としてダンピールの相手をする方法しか最初から貴様に道はないのだ。」
「そんな……」
勝手に異世界に召喚されて、行き着いた先がダンピール御用達の花街? そんな仕打ち、酷すぎる。
落ち込んで俯いていれば、スキュラさんが大きく咳払いをして、ダンさんが小さく「ええと、」とつぶやいた。
「いや、しかしだな? 貴様が娼婦として働くにはあまりにも小汚すぎる。だからもう少し貴様の身の丈に合った仕事を紹介してやる。」
ダンさんの背中をすぐに小突いたスキュラさん。
ダンさんが慌ててさらに言い繕う。
「い、今から行くのは表向きは男娼館、裏では闇医者をやっている女医の元だ。貴様には女医の部下として働いてもらう。」
「お医者さん……?」
「ああ。ダンピールのどんな怪我や病気も治す人間の女医だ。」
「人間の? それって、その方の血を飲めばどんな怪我や病気でも治すって意味ですか!?」
「いや、彼女の場合は“血”ではない。れっきとした魔法だ。」
魔法? そんな凄い人が?? 魔法が仕える人間ならば、この辺境地にいる必要もない気がするのだけど。
行き着いた男娼館は、花街の一番奥に突き当たる場所だった。
決して綺麗とはいえないけれど、なぜか和風の扉に洋風の窓。和洋折衷のような建物の作りに目を丸くする。
(なんで、和風??)
何かしら元いた世界とこの世界は関わりがあるということだろうか?
厳かな引き戸のような扉をダンさんが荒く開ける。
「邪魔するぞババア。」
勝手に開けていいのか。ずかずかと土足で玄関から上がっていくダンさん。
ちゃんと靴を脱ぐ玄関があるというのに。私はどうしていいかわからず、スキュラさんと玄関につっ立っていた。
「ダンさまぁ!! こんな早朝から会いに来てくれたの?!」
廊下から走ってくる、着物のはだけた女の子がダンさんに勢いよく飛びつく。
すると抱きつかれたダンさんが、冷静に女の子を見下ろした。
「違う、今日は客として来たわけじゃない。ババアに会いに来た。」
「ええん! ネネの身体をむしゃぶりつきに来たんじゃないのぉ?!」
「気持ち悪い言い方をするな!」
ダンさんは嫌そうな顔をしながらも、引き剥がそうとはしない。
女の子、といっていいものなのか。はだけた着物の隙間からは男性の胸板が見えてしまった。
「ダン様はここの常連なのです。あの方はネネ様と申しまして、ダン様が贔屓にされている男娼の方です。」
スキュラさんがこっそり耳打ちして教えてくれた。
(やっぱり、ダンさんは男性好きなんだ!)
ダンさんが男性好きでよかったと思いながらも、なぜだかネネさんと親しそうな姿をみると疎外感を感じてしまった。
「とにかくババアに会わせろ。大事な話がある。」
「もう! ミレーヌさんに大事な話ってなあに??」
ダンさんに抱きつくネネさんが、こちらに向かって顔を覗かせる。視線が合ってしまった。
「……え……。なにあの女。ダンさんの何?」
顔を引きつらせたネネさんが舌打ちをする。
(もしかしてネネさん、ダンさんのことが好きなのかな……)
適当な笑顔でお辞儀をすれば、ネネさんは顔を背けてしまった。ネネさんの耳は尖っていない。きっと人間なのだろう。
通された部屋は1階の奥。この部屋だけ襖ではなくドアだ。
そこには庭の縁側で座り、長い煙管から煙を吹かせる老婆の姿があった。
「おいババア。貴様の弟子を連れてきてやった。」
ダンさんが背中から声をかけるも、お婆さんは無反応。彼女が凄腕の女医さんなのだろうか?
「聞こえてないのかババア。貴様と同じような能力を持つ女を連れてきてやった。」
すると、お婆さんがそっと振り向く。
ダンさんの顔を一瞥してから、私の顔をじっと見た。
「ババアババアうるさいんだよこのボンクラが。騎士団だからっていちいち偉そうな態度すんじゃないよ。ここは土足現金だって何度言ったらわかるんだい?」
「誰のお陰でこの花街が成り立ってると思っているのだクソババア。」
「ワシらの税金のお陰だよ糞ダンピール。」
悪態を吐くお婆さんが、ゆっくりと立ち上がる。すぐにスキュラさんが手を取りにいった。さすが紳士のスキュラさんだ。
「ミレーヌ様、こちらが昨晩お話した女性でございます。」
「ほう。」
「少量の血でも全身の傷を治してしまう血の持ち主でございます。」
ミレーヌさん?? なんとも可愛らしい名前のお婆さんだ。と、それよりもお婆さんの姿を見て驚いた。
耳の形は確かに人間と同じ、そして服装が、昭和さながら割烹着姿なのだ。
靴下も足袋を履いている。日本の衣服を纏い、髪を一つに結い上げたミレーヌさんが、スキュラさんの手を無造作に払った。
「あんたたち、やるじゃないか。いい拾いもんをしたようだね。これは大いに金の匂いがするよ。」
「……おい、まさかこの女を遊女として働かせる気か?」
「馬鹿言うんじゃないよ。それよりももっといい金づるさ。」
ニヤリと口角を上げるミレーヌさんは、目元がツリ目とはいえ、目鼻立ちがはっきりしておりかなりの美人さんだったことが窺える。
腰も曲がっておらず、威勢のいいお婆さんだ。
「さて、こっからはワシとその娘2人の時間だ。お前ら2人はとっとと宿舎にでも帰りな。」
「いや、今日は非番にする。」
「第2部隊の隊長がなに言ってんだいこの阿呆! 女一つで仕事を疎かにする気かい?」
ミレーヌさんの一喝に眉をひそめるダンさんが、渋々ドアから出ていく。スキュラさんも不安そうにドアの手前で頭を下げた。
「ハル様。また夕方頃様子を見に参ります。」
「は、はい! ありがとうございました!」
ドアが閉じて、ミレーヌさんが中から鍵をかけた。
ドアだと内側から鍵がかけられるから、ここだけ襖じゃないのかもしれない。
「お主、名をハルといったか?」
「は、はい! そうです、ハルと申します!」
「生まれはどこだ? 東北か? それとも西の方か?」
「出身は福井で、今は東京に……って、え??」
「ワシもお主と同じ、日本の出身。」
魔法だの魔物だのダンピールだのいる世界で日本人に出会えるなんて思ってもみなかった!
「まさか。じゃあ、ミレーヌさんはどうやってこの世界に?!」
驚いた。建物の造りや服装からまさかとは思っていたけれど、こんなところで出会えるなんて。
そういえば床も畳が使われている。
ミレーヌさんに促され、座布団の上に座り対面する。
ミレーヌさんがここに来た経緯や、これまでこの世界でしてきたことを話してくれた。
「ワシもエリシア王国の王宮に召喚されたのよ。だが召喚されたのはワシやお主だけではない。他にも地球から召喚された人間はおる。」
「どういうことですか?! 地球とこの世界は繋がってるってことですか?!」
「恐らくな。だが、あの我儘なモンソニーや、その肉親であるリリアン女王に国を追放されてな。この花街は追放された人間の溜まり場になっているというわけだ。」
この世界で困っている人間は私だけじゃないんだ。それがわかっただけでも安堵してしまう。
「つまり、ここにいる人間は皆、王族に追放されたということですよね?」
「ああ。そうだな。」
「じゃあ、ミレーヌさんも?」
「いや。ワシは運よく魔法が仕えるからな。この世界に召喚されてしばらくは、王宮の近衛魔道士として働いていた。」
「王宮で……って凄いですね!」
「とはいえ、今やこの通り。辺境地の闇医者として働いとる。元いた世界では看護師として働いとったからな。」
その先を聞いていいのかわからず、口を閉ざしてしまった。もしかしてミレーヌさんも王族に追放されてしまったのかということを。
それでも魔法が仕えるなんて羨ましい。それこそこの国に召喚された意味があったというものだ。
「私なんて、本当になんの取り柄もないですし。それこそ元いた世界でも食品工場で働いてだけで、大した特技もありません。」
自分のこれまでの人生を振り返ってみても、特技と呼べるようなものが見つからない。
私もミレーヌさんのようにここで生きていくことができるのだろうか?
「ハル。日本にいた時、どれくらいの男につきまとわれた?」
「へ??」
「やはり、気付いていないのだな。」
ミレーヌさんが煙管を、隣にあった木の箱のようなものに置く。
そして手のひらを私の胸にかざして言った。
「ワシの魔法は治癒に限らず、戦闘用の攻撃としても使うことができる。」
「す、すごいですね……」
するとミレーヌさんの手のひらに光の玉のようなものが浮かび上がる。
白と赤とピンク色の渦が混ざった光。妖しくも美しい輝きについ見惚れてしまう。吸い込まれそうなほどだ。
「それに、ワシは相手の能力を視ることもできるのだ。」
「能力を、視る?」
「ハルが王宮に召喚された時、神官がセイレーンを呼び出し、ハルの魔力を測定しておらんかったか?」
「そ、そういえば。“神官殿”と呼ばれていた人が、杖をかざしていたような。」
そうだ。確か水晶がついた杖を持っていた気がする。
「この国では本来、魔力の測定や能力を視る鑑定は、代々王宮に仕える『神官』にしかない能力だ。しかしワシは、この測定や鑑定を視る能力を備わっとるのだ。」
「ええ?! じゃあ、ミレーヌさんてこの国では万能ともいえるんじゃ……」
彼女の手の中の光がマーブル状にクルクルと回り始める。
ミレーヌさんがふっと口角を上げた。
「お主にはどうやら血の力よりももっとすごい能力が備わっているようだな。」
「どういうことですか?」
「『治癒』、『魔力の増強』、そして、これは生まれし頃よりの潜在能力ともいうべきか。こんなに色濃いものは初めて視る。」
ミレーヌさんがゆっくりと光の玉を握りしめ、光を徐々に治めていく。
するとピンク色にまとまった光がミレーヌさんの手の中から漏れた。
「『癒し』だよ。それも相当強力なやつ。」
「癒し……?」
「そうだ。これは『魅了』の魔法よりもずっと人々を虜にし、執着させる能力だ。これだけ『癒し』が強いとあれば潜在能力といっても過言ではない。」
ミレーヌさんの言葉は妙に説得力があった。
部屋にあった木の化粧台に付随する鏡で自分の顔を見てみる。
私の顔はやたら大人顔なのだ。小さい頃から年上に見られることが多かったし、目元や口元のほくろが妖艶なイメージを掻き立てている。
この顔がいけないのだと思っていたけれど、どうやら私には目に視えないなにかが備わっているらしい。
腑に落ちたように、呆気に取られてしまう。
「その顔は心当たりがあるようだな。フン。態度は気に入らないが、ダンの見立ては間違っていないらしい。」
お婆さんが立ち上がり、私が着ていたコートを剥ぎ取ってしまった。
下着姿で慌てふためく私をよそに、ミレーヌさんが指を鳴らす。
すると、あっという間に薄い桃色と薄い浅葱色の着物が着せられ、髪が低い位置でポニーテールを作った。
ミレーヌさんの魔法だ。こんなこともできるなんて驚きだ。
「ワシはこの通り、もういい年だ。この先ダンピールの医者として働くには限界がある。だからこれからワシの仕事をハルに受け継いでいく。」
「で、でも私! 医療関係に携わったことなんて一度もありませんし!」
ミレーヌさんがギッと目を細め、嫌らしく口角を上げる。
私に指を差し言った。
「誰が医者になれと言った? お主にはダンピールを、いや、この世界を堕落させるセラピストになってもらう!」
セラピスト?! 世界を堕落させる?? なぜだろう。皆私の予想を確実に裏切っていく。
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「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
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