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就職先は適職のようです
⑨
しおりを挟む男娼館『純和香』に来て一週間。
セラピストという言葉すら馴染みのない私は、とりあえずお店の掃除や食事のお手伝いをしていた。
部屋でじっとしているわけにもいかないし、お店の人たちと仲良くなるためにも率先して働いていきたい。
お店の男の娘たちは、快く迎えてくれた子もいれば、そうじゃない子もいる。
特にネネさんに至っては、私のことが気に入らないらしい。
「高いんだから、食器はもっと大事に扱ってよ!」
「すみません!」
「あとまだお盆が20枚残ってるんだから、もっと早く洗ってよね!」
「はい!」
食器を洗っているだけで文句を言われてしまった。
しかも割烹着を貸してもらおうと思っても貸してもらえず。端切れをもらい、自分でエプロンを作った。
ピンクのボブヘアに、切り揃えられた短めの前髪。身長は私と同じくらいで、いつも肩出しに前帯の着物を着ているネネさん。
親睦を深めるためのお手伝いなのに、むしろ益々嫌われている気がする。
台所は、昔ながらの石でできた釜戸や薪が並んでいる。私の曽祖父の家がこんな感じだった。
井戸に水を汲みに裏戸から外に出る。するとダンさんに呼び止めらた。
「おい。」
「だ、ダンさん?! こんな朝早くからどうしたんです?!」
腕を組み、私を見下している。まさかこんな裏手にいるなんて。なぜ普通に玄関から入ってこないの?
「井戸の水を汲むのか。桶をかせ。」
「え、いえそんな。自分でやりますから!」
ダンさんに、抱えていた桶を取り上げられた。いつもは重くて数分かかる作業も、力のあるダンさんがやれば一瞬で終わってしまう。
水の入った桶を、裏戸の前に置いてくれた。
「あの、ありがとうございます! 魔法は使わないんですね。」
「こんな作業一つに魔力なんぞ使ってられるか。魔力はいざという時のために取っておかなきゃならんからな。」
魔法を発動させるのは簡単なものじゃないらしい。
ミレーヌさんも、私の腕の切り傷は治してくれたものの、普段は大した怪我に治癒魔法は使わないと言っていた。
特に『治癒』は気力を使うようで、よっぽど重病の患者がきた時に限り魔法を使うのだとか。
「それよりもなにかご用事でしたか? ミレーヌさんなら2度寝されていますよ?」
「いや。ババアに用があるわけじゃない。」
「それじゃあ、もしかしてネネさんに?」
じっと見つめて尋ねれば、ダンさんがそっぽを向いてしまう。視線を泳がせてから、ためらいがちにポケットからなにかを取り出した。
「……その。今日は貴様にこれを持ってきた。」
「なんですかこれ? なにかの、クリーム?」
可愛らしいチューブ型の容器を手渡された。容器が真っ黒なのに、赤いバラが描かれている。
「それは人間に効くという軟膏クリームだ。それを傷に塗れば、24時間以内に傷が完治する。ただし些細な傷にしか効かんがな。」
「これを、私にくれるんですか?」
「そうだと言っているだろう!」
「あ、ありがとうございます!」
強い口調で言われて、思わず肩がビクリと上がる。
でもダンさんは、「いや、すまん」とすぐに謝ってくれた。
「これ、塗ってみてもいいですか?」
「あ、ああ。好きにしろ。」
小さな蓋を外そうとすれば、指のあかぎれに響いた。この辺境地では、お湯を出す方法が魔法以外にないらしく、冷たい水仕事のせいか指があかぎれだらけなのだ。
「雑用など使用人にやらせればいいだろう。律儀に手伝おうとするからそうなる。」
ダンさんが軟膏クリームを取り、私の手にそっと塗ってくれる。ちょっとビックリする。
初めにダンさんの指にクリームが出されたからか、クリームが温かい。優しいバラの香りが鼻をかすめた。
指の先端まで丁寧に塗ってくれて、なんだか身体が熱くなる。
(ダンさんて、ほんと優しい人だな……)
自分がどんな顔をしていたのか。ダンさんに「なにを笑っている?」と嫌な顔をされてしまった。
「すみません。ダンさんが意外にも丁寧に塗ってくださったので。」
「意外とはなんだ? 俺の仕事は常に繊細且丁寧だが?」
崖でワイバーンを粉砕したことを思い出す。あれを丁寧といっていいものなのかどうか。
ダンさんが、私のもう片方の手も取り、両手をぎゅっと優しく握る。ふと私の首筋を見た。
「貴様は、スキュラを救うために自らナイフで切って血を流した。それに、俺にも首筋を噛まれて……傷だらけだな。」
「あの時は、本当にお2人を救うことに必死だったので。こんな傷一つでお2人が元気になるなら、光栄なことです。」
「しかし、俺とスキュラの傷は一瞬にして消えた。貴様の持つ特有の血でな。」
あれからミレーヌさんに、私の血の『治癒力』についての説明を受けた。
私の血は、どうやら他の人間とは違うらしい。
普通、止血や栄養剤程度にしかならない血の力が、私の場合、傷を一瞬にして治してしまうのだ。
とても希な存在らしく、『歪血者』に似た存在だと言われた。100年前に一度、私のような『歪血者』がいたとの情報もあるが、今となっては伝説のように語り継がれているのだとか。
「それなのに、貴様の傷はこうして残ってしまう。恐らく『歪血者』は、自分自身の傷を治すことはできないのだな。」
「…………」
もしかして、心配してくれているのかな。ダンさんの伏せられた目元が、私の指の傷を物哀しそうに見つめている。
「あの、今日はこれを私に渡すために来てくれたんですか?」
「……悪いか?」
「いえ。とても、嬉しいです。ただ……」
どうしようかと思いながらも、ゆっくりと顔を上げてみる。軽く深呼吸してから告げた。
「私も、その。ダンさんに、名前で呼んでもらえたら、もっともっと嬉しいかな。なんて。」
笑顔で伝えれば、ダンさんの尖った耳が赤く染まる。握られた手もなんだか熱い気がした。
「そ、そうか! って、はあ!? 俺が貴様の名を呼ぶなど百年早いわ!」
「そ、そうですよね。ダンさん、隊長さんですもんね……。すみません。」
「そ、そうだ! こうしてる場合ではない! 今日は骨竜千体討伐の日だった! うちの副隊長はサボり魔だからこの俺が今すぐいかないと!」
突然私の手を離し、速歩きで行ってしまった。
少し寂しい気持ちを抱え、もらった軟膏クリームを握りしめた。
(ダンさん、忙しいのにこんな朝早くからわざわざ来てくれたんだもん。感謝しないと。)
でもすぐにダンさんがUターンしてこっちに戻ってくる。どうしたのだろう?
「いいか? 貴様が『歪血者』かもしれないということは誰にも言うなよ?」
「わ、わかっています!」
「それと、森には絶対に近づくな。魔物が住み着いているからな。」
「はい。」
なぜかダンさんが小さく深呼吸をする。そして、最後に私の耳元に唇を寄せた。
「またハルの様子をみにくる。」
「えっ?」
それだけ囁いて、走って行ってしまった。
自分の目頭がじいんと熱くなる。胸の奥から今にも湧き上がりそうなほどの感慨深さを覚えた。
初めてダンさんに名前を呼ばれた。嬉しさと恥ずかしさに、私の耳も赤いかもしれない。
『純和香』は夕方から開店する。
そのため昼間は部屋の掃除を手伝っていた。
お座敷の畳を軽く水拭きしている最中、ネネさんに呼ばれた。
「あんたさあ、朝ダンさんとなに話してたの?」
「え?」
「てか掃除も魔法で出来ない癖に、よくミレーヌさんの弟子になんてなれたわよね?」
「ええと……」
お店の人たちには、私のことはミレーヌさんの弟子だと伝えられている。
『癒し』の力があるだとか、『歪血者』の可能性があるということは秘密にされている。
どう説明していいかわからず困っていれば、ネネさんが腕を組み気だるそうにタメ息を吐いた。
「もういいわ! それよりミレーヌさんから伝言よ。」
「伝言?」
「今から急いで森に薬草を取りに行って来いって。」
「森? って、あの魔物の住む森ですか?」
「そうよ。『白ユリの新芽』を取って来てほしいって。皆今から床入りの準備で忙しいの。」
ミレーヌさんに貸してもらった薬草辞典には、確か『白ユリの新芽』は雪が積もる地域にしか芽が出ないと書いてあった気がする。
効能は確か……細菌を殺す抗生剤。とても珍しく、このエリシア王国にはなかった気が。
「あの、『白ユリの新芽』はこの国の気候には適していないので、確か北国との貿易でしか手に入らないかと、」
「う、うるさいわよ! いいからさっさと行ってきて!!」
ピシャリと言い放たれて、縦に頷いてしまった。
ネネさんと仲良くなるためにも、今はネネさんの言われた通りにしておいた方がいいかもしれない。
さすがに着物姿で森に入るわけにもいかず、この世界に来た時のパーカーにジーンズ姿で森へと出かけた。
森は花街から歩いて20分ほどにある。
一度、ダンピール騎士団の第3部隊に見つかっているため、念のためフードを被って探索する。
ミレーヌさんに貸してもらった薬草辞典を持ち、見返してみれば、やっぱり『白ユリの芽』は雪の多い北国にしか出ないと書いてある。
同じような形の芽を見つけても、色が違う。森の中にある芽はどれも黄緑。でも『白ユリの芽』は白ユリというだけあって白い芽。
しかも抗生剤の原料として使われているのだから、きっと高値で取引されているに違いない。
森のさらに奥へと歩いていけば、どこからか鳴き声が聞こえ始めた。魔物は夜行性が多いため、昼間は眠っていることが多いらしい。
でも森の奥深くは暗いため、魔物が起きている可能性もある。
(やっぱり、どう考えても『白ユリの芽』はないよね。一旦引き返そう。)
数時間ほど経っただろうか。これ以上奥に入っては危険だと思い、もと来た道を戻ろうとした。
ホ"ォエァーホ"ォエァーーーー
森全体に咆哮のような鳴き声が響き渡る。
上を見上げても、木々か重なって空が見えない。昼間なのに暗い。怖くなり、光の差す場所まで走った。
でも走れば走るほど、咆哮が大きく聞こえる気がする。息が切れてきたため、一度立ち止まって振り返る。でも魔物の姿はない。
(このままあとちょっと走れば、なんとか森を抜け出せる!)
そう思い前を見た。
でも目の前には、信じられないほど大きな黒と金色の毛を持つフクロウのような魔物がいた。
ワイバーンよりもずっと大きい。あまりの迫力に、その場で尻もちをついてしまう。
「う、嘘……!!なにこれ、ふ、フクロウ……??!」
フクロウの脚を見れば、太い筋肉質な脚に鋭い爪が光っている。
(こんなの、逃げられるわけないよ……)
膝がガクガクと震えて、立ち上がることすらままならない。
四つん這いで逃げ出そうとすれば、耳をつんざくほどの咆哮が鳴り響く。木々の枝や葉を揺らした。
思わず両耳を抑え、うずくまる。
咆哮だけで頭の中が掻き乱されたように目眩がする。まるで鼓膜が震えているようだ。
それでも両手両足を動かそうとした時だった。
フクロウの大きな爪が真上に迫ってきたのだ。
――――殺される!!!!
「伏せろ。」
すぐそこから誰かの声がした。
言われたままうずくまれば、真後ろから再び強烈な咆哮が森中に鳴り響く。
ギャ"ィァ"ァエ"ェィ"ァァアェ"ア"アア
「ケツが邪魔だ。」
その声と共に、お尻を思い切り蹴られた。
ゴロゴロと身体が転がり、目を見張る。
すると目の前には、フクロウの首を切り裂く騎士の姿があった。
耳が尖った、恐らくダンピール騎士団の男性だ。ダンさんと同じ制服。黒いコートの裾を翻し、大きな斧のような武器を持っている。
フクロウの首が後ろに落ち、太い脚が崩れるように前のめりになる。
地面に叩きつけられるようにしてフクロウの身体が倒れた。
ハーフアップにした、長く黒紫色の髪が地響きでなびく。あまりの美麗さに、一瞬息を呑む。
ドキドキと鳴り響く心臓を抑えようと、自分の胸をつかんだ。
(よかった! まだ私、生きてる!)
しっかりしなきゃと自分の頬を叩いて、騎士の彼を見る。帽子との間に見えた眼光が蒼く光る。
フクロウの頭を片手で持ち、思い切り太い木にぶつけた。フクロウの脳みそが飛び散る。
少し冷静になってしまった。やり方が、ダンさん並にえげつない。
「……あ、あの。助けていただき、ありがとうございました!」
土下座をするようにして頭を下げた。
でも彼からはなにも返ってこない。
「ええと、ダンピール騎士団の方、ですよね?」
「…………」
「本当にありがとうございました!」
再び頭を下げてみる。でもやはり彼はなにも言わず、そっと様子を見てみる。すると彼はフクロウの身体を綺麗に切り刻んでいた。
フクロウの肉を小さく引きちぎり、無表情で彼が唱える。
『――――土煙の第二協奏曲』
彼の手の中から小さな炎が現れた。一瞬にして引きちぎった肉が香ばしい匂いを放つ。
それを彼がひと口、パクリと食べた。
「……生臭い。」
(食べるの?!)
魔物って食べられるの?? まさかの衝撃的な行動に呆気に取られる。真面目そうなだけあってビックリだ。
「……たぶん、ですけど。薬味と一緒に煮て、煮物にでもすれば生臭さはなくなるんじゃないかと……」
「『煮物』? なんだそれは。どんな料理だ?」
まさか『煮物』に喰いついてくるとは思わなかった。もしかして美食家なのだろうか?
私も私で喋ってくれたのが嬉しくて、冷静に煮物のレシピを彼に伝え始めた。
「出たなコンチクショー!!!! アウレムめぇえ!! この俺が成敗してくれるわッッ!!!!」
突如、背後から妙な声が聞こえた。振り返れば迫ってくる人物がいる。
またしても騎士団の人物らしい。
「俺★参★上★ とりゃぁッッっっ」
オレンジと、襟足が黒色のウルフヘアの男性が、私を飛び越え、フクロウの死体に飛びかかる。
細い刀でフクロウを縦に切り裂いた。
そして刀を肩に乗せ、ドヤ顔で私を見据える。
「大丈夫かい君ぃ?! 危ないとこだったね?! でもこの俺が一撃でアウレムを仕留めてやったからダイジョーブイ!! 見返りに血とか求めないから安心せいッ!」
アウレム? このフクロウのことだろうか。
そのアウレムから勢いよく緑色の血が吹き上がる。オレンジ髪の男性が頭から緑色の血をかぶった。
「隊長、殺ったのは僕です。隊長は10分遅れで到着した。」
「うるせーやい! テメェが勝手にテチテチ行っちまうのが行けねえんだよ! バカモンがッ! いっつも手柄を横取りしやがって! フンッ」
「僕の耳は3キロ先の、枝を踏みしめる音まで聞こえますからね。アウレムの居場所をいち早く突き止めたまで。」
「俺の鼻だって5キロ先のポテトの匂いを嗅ぎつけるワイッ! って言わすなや!」
オレンジ髪の男性が、長髪の男性の頭を叩いた。でもすぐにオレンジ髪の男性が3倍返しで報復を受けていた。
「痛い! 痛いよヒューゴちん! でもいつもより愛を感じた!」
「それより隊長、このアウレムの肉は生臭すぎる。そこのフードを被った男が調理法を知っているようだが、」
「ヒューゴ、お前の目は節穴か?」
「…………」
「見ろ。そいつのケツを。どう見たって女じゃろがいっっ。」
私の方へと詰め寄ってきたオレンジの彼。フクロウの緑の血でべっとりと頭が濡れている。
(長めのパーカーを着ているのに、なんでお尻のことを言われてるの?!)
ふと自分のお尻を見てみる。すると、パーカーが上に捲れていた。さっき長髪さんに蹴られた時に捲れてしまったのかもしれない。
慌ててパーカーを伸ばそうとする。
でもいつの間にか真後ろに来ていたオレンジの彼に、ズボッっと勢いよく両手をジーパンの中に突っ込まれてしまった。
「きゃああッッっ」
「うぉおおい!! なんじゃぃこの弾力あるムニムニのプリケツはっ! ムチムチむにむにで、ん~さ、最高じゃないかぁ―――――………(昇天)」
思い切りお尻を揉まれてしまった。
高校生の頃、電車で痴漢にあった時でもこんな直接揉んできた人はいない。
相当な……明るい……、オープンな変態である。
恍惚の表情を見せる彼から、後退りをしてズサザザザっと遠ざかる。
なにをなにで、何がどうなってお尻を? 一体私はどうしたらいいのか……。
たじろいでいれば、徐々に鳥肌が立ち始め、腕で腕をさする。
「す、すみません。私、帰りますね……」
これ以上関わってはいけない気がする。ダンさんとスキュラさんには散々忠告されたのだ。他の騎士には関わるなと。
ミレーヌさんにはむしろ誑かしてこいと言われたけれど。
歩き始めれば、後ろから思い切りフードを引っ張られてしまった。首が絞められ、思わずえづいてしまう。
「ゲホ、ケホっ」
ぐる"じい"。深呼吸をして息を整える。
ふと目を開ければ、目の前にはオレンジの彼が立っていた。ズイッと覗き込まれる。
「やべえ。超かわいい。」
(し、しまった、顔を見られて!)
「でもそれ以上にプリケツ最高。」
「…………」
ゾッッッッ"とした。
彼の手つきが、まだ私のお尻を揉みたがっているような気持ちの悪い動きをしているのだ。
「グェヘヘヘ。俺様は泣く子も黙る、三度の飯よりケツを極めし男!」
「え、えええ――……」
「ダンピール騎士団最強にして最狂、第1部隊隊長、ぶぇっくしょい!」
「だ、大丈夫ですか?」
「リヨ・ダリアン様じゃい!!」
自分の顔が青ざめていくのがわかる。
騎士団最強の人……? それよりもこんなに忙しい人、とてもついていけない。
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