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就職先は適職のようです
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しおりを挟む私の顔をじっくり覗き込んでおきながら、お尻をベタ褒めしてきたダンピール騎士団 第1部隊隊長のリヨさん。
正直、隊長だとはとても思えない。
「てか君、なんでこんな森にいるの? 丸腰で来るなんて自殺願望でもある系?」
オレンジの逆立つ髪の毛と刈り上げられたサイドのもみあげ。そして綺麗なヘーゼルの瞳。
第3部隊隊長のルナさんも相当目立っていた気がするのに、リヨさんはさらに目立っている。
「い、いえ。実は、薬草を探してまして、」
「なんで?」
「ええと。そう! 緊急で仕事で使う大事なものなので。探しに来たんです!」
「仕事? どんな仕事してるの?」
どうしよう。ここで自分の職業を伝えてもいいのだろうか?
ダンさんには、私が『歪血者』であることは誰にも言うなと言われている。
でもミレーヌさんには、セラピストとして1人での多くのダンピールを誑かしてみせろと言われている。
それなら仕事のことは話してもいいのかもしれない。
「セラピスト、です。」
「セラピストぉ? なにそれ。呪術使いとか魔術師ってこと?」
「全く違います。私、魔法は使えませんし、」
「魔法も使えないのにこの『人外の森』に来るなんて。君、かなり怪しいねえ~。」
細い刀を両肩に乗せ、じーっと穴があくほど見つめてくる。
とにかく信じてもらおうと、有名な師匠の名前を出した。
「実は私、ミレーヌさんの弟子なんです!」
「ミレーヌ……? あのどんな怪我や病気でも治す婆さんとこの?!」
「はい。といっても私はセラピーが中心なので、ミレーヌさんのお手伝いをしながら、例えば疲れた身体を癒すためのマッサージをしたり、その人の不調に合わせた薬草を配合して薬を作ったりするんです。」
まだセラピストとしての仕事は一度もしていないのだけれど。
「ほお~ん。なんかしっくりこないなあ~。そもそもミレーヌさんって闇医者やりながら男娼館経営してなかった?」
「も、もしよかったら今度ぜひいらして下さい! 私も『純和香』にいますので!」
適当な営業スマイルをみせれば、リヨさんには益々睨まれてしまった。
「いや。あの婆さん金の亡者じゃん! しかも『セラピー』とかなんの効果があるのかよくわかんないし~。」
とても来てもらえそうにない。ダンピールを誑かすってけっこう難しい。
セラピーの仕事を勉強するよりも、まずは営業方法について学ぶべきかも知れない。
「またケツ触らしてくれるんだったら行ってもいいけど。」
小声で言われるも、素直に返事は出来なかった。それじゃあ本当に娼婦のようだ。
「隊長、大変だ。」
ずっとフクロウの肉を切っていた長髪さんが、無表情でなにかを持ち上げた。
「アウレムの中から変な鳥が出てきた。」
「ピィー! ピピーッ!!」
長髪さんが小さな鳥の脚を片手で掴み、持ち上げてみせてくる。
まるまるとした真っ白な朱い嘴の鳥だ。尻尾まで白い。
「アウレムが丸呑みしたのか。ヒューゴ、ちょっと食ってみ?」
「見たことない魔物なんで嫌ですね。隊長が食べれば?」
「ピピピィィーーー!!!」
真っ白な鳥が必死に羽を動かし、長髪さんの手から逃げた。
すると私の胸元に飛び込んできた。
「なにこの子、ちょっとかわいい。」
「ピピィ、ピィピィピピ」
逆立つ白い毛で擦り寄ってきて、つい頬ずりをしてしまう。ヒヨコよりもかわいい顔をしている。
「あなた、頭おかしいのか。魔物に頬ずりするとか、狂ってる。」
長髪さんに嫌な顔をされてしまった。でも魔物を食べる人に言われたくない。
「この鳥、魔物なんですか?」
「さあな。」
「この子も危険な生き物なんですか?」
「さあな。初めて見た。でも殺しておいた方がいい。ですよね隊長。」
「ヒューゴの言う通り! 魔物は全てムッコロス★」
リヨさんが私の腕から鳥を取り上げて、あっという間に鳥の頭の上から刀を突き立てた。
悲鳴のような声で鳴く鳥を見て、リヨさんに頭を下げる。
「お願いです! その鳥、殺さないであげてくれませんか?! 凄く怖がってます!」
まだ魔物かどうかもわからないのに殺すなんて、あんまりだ。
この世界にも家畜や動物はいる。王宮から運ばれてくる時に見た牛や鳥、乗っていた牢馬車の馬だってそうだ。魔物とは違う。
「君、助けてもらっておいて俺らの仕事に口出す気?」
「え……」
「ざけんなよ。こちとら人間様に言われて魔物殺ってんだ。それが急に殺すなだ? 調子こいてんじゃねえよ。」
「っ……」
今までの明るい雰囲気から一転、リヨさんから威圧的な空気が放たれる。
どうしよう、怒らせちゃったみたい。それでも鳥は逃れようと、必死に羽根を羽ばたかせている。
ダンさんとスキュラさんが言っていたのを思い出す。ダンピールは、王族からの命令で王都や農地で暮らすことは禁じられている。
住む場所はこの辺境地に限られている上に、一番危険な魔物退治という仕事を押しつけられているのだ。
リヨさんの言う通り。守ってもらっておきながら我儘を言うなんてどうかしている。
「すみません。でも、その子も、フクロウ……いえ、アウレムに食べられてしまった被害者、ですよね?」
「は? 被害者だ? 魔物かもしんねーのに被害者もクソもあるかよ。」
「そ、そうですよね。でもその子、この辺りで見たことない魔物だったら、もしかしたら別の国の生き物かもしれませんし。仲間とはぐれちゃったのかも」
「だから今殺すのは待てってか?」
「そうだ! もしその子が危険な魔物だったら、責任を持って私が殺す、というのはどうでしょう……?」
軽はずみな発言だっただろうか? おそるおそるリヨさんを見上げる。彼の目が笑っていない。すぐに後悔した。
この国のことは愚か、魔物についてなにも知らない癖に、私はなにを言っているのだろう。
舌打ちをするリヨさんが、長髪のヒューゴさんに向かって顎で合図をする。
するとヒューゴさんが、じっと遠くを見つめた。
「23本先の木の裏で、狼……アンデッドウルフの寝息が聞こえる。」
「よおし! んじゃまあ、その鳥持ってろよプリケツ!」
「え、ッちょ、きゃあっ」
リヨさんに鳥を投げるように渡されて、横抱きに抱えられる。
そして俊足で木々を駆け抜けていった。すると本当にアンデッドウルフが1匹、木の根本で眠っている。
さっき、『3キロ先の枝を踏みしめる音まで聞こえる』と言っていたけれど、ヒューゴさんは相当耳がいいということなのだろうか?
「君、俺の刀貸したげるからさ、そのアンデッドウルフ、殺してみ?」
「え……。なぁっ、」
リヨさんに細い刀を手渡された。咄嗟に鳥が近くの枝に飛び移り、私は刀のずっしりとした重さによろめいてしまう。
リヨさんは片手で簡単に振り回していたけれど、私の力では両手で持つのが精一杯だ。
「武器一つ使えない君が責任持って殺すって? それなら今ここで証明してみなよ。」
「そ、そんな……」
「アンデッドウルフは人間を喰らう危険な魔物なんだよ。夜行性だからさ、人間が寝てる間に殺しにくるんだよ。だったらこっちだって寝てる今がチャンスじゃん? 一突きで殺っちゃいなよぉ。」
刀を握ってみるも、手が震えて全く狙いが定まらない。
この辺境地ではいつ魔物に襲われてもおかしくない。生きていくためには、自衛することを覚えていかないといけないのかもしれない。
「ほら、手伝ってやっから。しっかり狙え。」
「ッ――――」
後ろから刀を持つ手を握られる。
両手の震えが少し止まった。リヨさんの大きな手が、『しっかり殺せ』と命じてくる。
「早くしろよ。その鳥が危険な魔物だったら『責任持って殺す』って言い出したのは君なんだから。」
耳元で囁かれるように挑発される。
怖い。自分が襲われそうになった時よりもずっとずっと。危険な魔物だとしても、できれば命を奪いたくない。
歯を食いしばり、固く目をつむる。ダンさんがアンデッドウルフに襲われた時のことが脳裏に蘇る。
(ダンさん、腰を噛み千切られた時相当辛かっただろうな……)
それを思うと、一匹でも多くのアンデッドウルフを殺しておいた方がいいのかもしれない。
自分の手を汚さずに守ってもらうばかりだなんて、そんなの都合がよすぎる。
握る手を持ち替えて、上から突き刺すような体勢をとる。リヨさんの手も同じように持ち手を握り替えた。
握る手に、これ以上ないくらいの力を込めた。
「せー、のっッ――――!!!!」
初めて魔物を殺した瞬間だった。
感触が、哺乳類の肉感で、生まれて初めてなにかを『殺してしまった』と認識した。
アンデッドウルフの背中からお腹に刀が突き刺されて、緑の血が流れていく。
気持ちよさそうに寝ている間に殺してしまった。
「……え?! 泣いてんの?!」
「え……?」
「そんなに殺すの嫌だった?! ごめんね? あんまかわいいもんだからちょっと意地悪しちった!」
リヨさんに後ろから頬をひと舐めされた。
恥ずかしさと共に、自分が涙を流していることに気がついた。
「…………ん?」
リヨさんが、なぜだか不思議そうに顔をしかめる。
でもすぐにヘヘッと笑顔に変わった。
「いやあ~、プリケツ当たって最高だったわ~!! 超興奮した★」
「…………」
「てへ♡ 今夜~のオカズはぁ~♪プリップリのプリケツ~♫」
リヨさんが聖歌隊のようないい声で歌い始める。どこからか魔物の遠吠えがハモるように聞こえた。
もしかしてリヨさん、私のお尻に触りたかっただけなんじゃ……。
ずーんとなった。
「ピピー!! ピュィピュィッ!」
リヨさんが刀を鞘に収めれば、すぐに鳥が私の元に飛んできた。
手を出して迎えると、腕の中で安心したように目を閉じた。私を信頼してくれているらしい。
「わ、私、ちゃんと責任持ってこの鳥を安全な場所に返そうと思います!」
「はー。いちいち面倒くせ。そだ。君、名前は? ヒップサイズは?!」
「……は、ハルと申します。」
「ハルハル。とりあえずお兄さんたちが送っていってあげるよ。キビキビ歩け?♡」
リヨさんとヒューゴさんが『純和香』まで送ってくれることになった。結局私は、眠ってしまった白い鳥を抱いたままだ。
花街に入る朱い門をくぐれば、すでにあちこちのお店が開店している。
リヨさんとヒューゴさんを見た呼び込みの女性たちが、途端に色めき立つ。
「ひゅ、ヒューゴ様?! ウソ!」
「ヒューゴさまぁ♡ ぜひうちに寄っていってくださいまし♡」
「私の血、よかったら飲んでいって下さいよぉ♡」
綺麗な顔立ちのヒューゴさんの腕をつかむ女性たち。
でもリヨさんには誰も集まってこない。その差をつい見比べてしまう。
「ちょっ、俺は?! 皆この俺様が見えてねえの?! 透明化する能力身につけちった?!」
「あ……ダンピール騎士団の甲斐性なしだ。」
「あれでしょ? お店のツケを残しまくって飛んだっていう、第1部隊の!」
「うちのオーナーには、リヨ・ダリアンには絶対に関わるなって言われてるのよねえ。」
女性たちがチラチラとリヨさんを見ながら噂話をしている。
この人、思った通り、甲斐性なしだったのか。なんだか妙に腑に落ちた。
リヨさんに怪訝な顔を向ければ、「俺、金はほぼギャンブルに溶かしちゃうから★」と、ウィンクをしながら舌を出した。反省の色はない。
『純和香』に到着すれば、外では箒を持つミレーヌさんの姿があった。
まさか、ミレーヌさんがお掃除をしているのだろうか?
でも私を見たミレーヌさんは、仁王立ちをしてこちらをギッと睨みつけた。
「ハル!! どこに行ってたんだいッ!! 勝手に1人で出歩くのは駄目だといってあっただろう! この国の魔物は最近餌不足で多感なんだ!!」
「え、」
「今から箒に乗ってお前を探しにいこうと思ってたところだったんだよ! 心配させるんじゃないよこのお馬鹿!!」
ミレーヌさん、箒で飛べるの?! って驚いている場合じゃない。それよりもミレーヌさんに怒鳴られてしまった。
ミレーヌさんからの伝言で森に『白ユリの芽』を探しに行ったというのに、なぜだろう?
ふと、開けっ放しの玄関からこちらを見ているネネさんと目が合う。
思い切り舌を出し、廊下を走っていってしまった。
(あ……! もしかしてネネさん。私に嘘をついた……??)
そうだ。ミレーヌさんのような知識人が、この国に『白ユリの芽』が出ないことなんて百も承知だ。
(ネネさんが適当なことを言って、私を惑わせようとしたってことなの? でも、なんで??
もしかして、ダンさんのことで私に嫉妬して……?)
朝、ダンさんから軟膏クリームをもらった時のことを思い出した。もしかするとネネさんに一部始終を見られていたのかもしれない。
「す、すみません……。少しでも薬草の勉強をしたくって、暇な時間に1人で森に行ってしまいました……。」
「はぁあああ?!!! 森に行っただぁ?! なんだってこの子は命知らずなっ!!」
「本当にすみません! 気をつけます!」
何度も頭を下げれば、なぜだかリヨさんとヒューゴさんが庇ってくれた。
「この子、婆さんの役に立とうと必死だったんだよ。許してやってよ~、年は100才なのに見た目が90才にみえる婆さん★」
「ワシゃまだ89才だよ!!」
「どうか許してやってくれ、ミレーヌ殿。」
「フンっ! ほんと顔だけはいい集団だよ、オマエたちは!」
リヨさんとヒューゴさんが両サイドから私の後頭部をつかみ、そのまま思い切り下に下げた。
「それよりハル。なんだいその鳥……。真っ白な羽毛だな。」
「実は、ヒューゴさんが倒してくださったアウレムの中から出てきた子なんです。」
「アウレムの中から……? もしかして……。」
ミレーヌさんが腕を組み、じっと鳥を覗き込む。
すると自分の手の中に違和感があることに気がついた。そっと手の平を見てみれば、小さな金色の卵が乗っている。
「……なにこれ? 卵? ウズラの卵並に小さい。」
「おい! 待て、まさかこの鳥は!」
ミレーヌさんが私の手の中から金の卵を取る。すぐにミレーヌさんの手の平から光が発せられた。
「へえ、『鑑定』の力か。婆さんそんな能力も持ってんの? ほんとチートすぎるよ。」
「ワシにだって弱点はあるんだよ。ってやっぱり! この卵には、抗生剤と同じ成分が含まれているようだね!」
卵を大事そうに割烹着のポケットに入れたミレーヌさん。
腕の中の鳥を一瞥してから私を見た。
「でかしたねお前ら!! その鳥は恐らく、北国に住む鳥だよ。金の卵を生む珍しい鳥だ!」
「北国に?」
「ああ。多分、餌を求めに北国までいったアウレムが丸呑みしたんだよ。その白い鳥は『白ユリの芽』を餌にして生きている……確か……シロエドリだ!」
「『白ユリの芽』、ですか?!」
こんな偶然、あるだろうか。
ネネさんの嘘が、こん形で生きてくるなんて。ネネさんに感謝しなければならない。
「で? この鳥は魔物なのか?」
「ああ。鳥類が魔力を浴びて派生した魔物だよ。だが害はないと云われている。あくまで文献の情報だがな。」
リヨさんが「やっぱりなあ。」と眉をひそめる。
『魔物じゃないかも』と言い張っていた自分が情けなくなる。気まずくなって視線を落とせば、リヨさんが耳元で囁いた。
「俺はさ、この国の魔物を絶滅させたいと思ってるんだよ。」
「え……」
「俺の生まれた村は魔物に喰いつくされた。夜眠っている隙に、家も親も兄弟も、全部食われたんだ。」
「そ、そんな……」
「俺は王族に命じられてるから魔物を討伐してんじゃない。誰にも辛い思いをさせないために、自らの意思で討伐してんだ。」
リヨさんの鋭い眼光が夕陽を反射させる。
まさか、そんな過去があるだなんて。
リヨさんが、小さな鳥一匹でも殺そうとする意味が理解できてしまう。
腕の中で気持ちよさそうに眠るシロエドリを、ぎゅっと抱きしめた。
「でもそいつの命は一旦ハルに託す。その代わり、時々偵察に来るからな? そのシロエドリを監視してやる。」
「リヨさん……」
「リヨ様と呼びな?」
キュッとかわいらしく口角を上げるリヨさんが、ポンポンと私の肩を叩いた。
「じゃあな。」
「ひゃぁっ」
そして頬にキスをされる。私が顔を熱くしている隙に、お尻をパシンッと叩かれた。一気に顔が冷める。
それを見たミレーヌさんが、いやらしく思いっきり口角を上げた。
『いい感じに絆してるじゃないか。シロエドリといい、ダンピールといい、このまま全部堕落させてこの世界をワシの思い通りに変えてやるよ。ヒャーハハハハハハハハッッ"』
なぜだろう。ミレーヌさんの心の声が、漏れている気がした。
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