ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!

由汰のらん

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小さな銃口が、一直線に私を狙った。

緊張感が度を通り越し、息が詰まる思いで一筋の汗が頬を伝った。
 

 
「ま、待ってくれあんた!! 頼むからこの女を殺さないでくれ!!」

大きな図体のおじさんが、私の前に立ちはだかる。
   
突然のことに呆気に取られた。

「違うんだ、俺達は漁師なんだよ!!」

おじさんの言葉に、グレコさんの眉根が密かに歪む。

「漁師? この国のものか?」

「あ、ああ。最西端の高台に住んでる、しがない漁師だ。」

「最西端? あの突出したウェスティ海岸か?」

「あ、ああそうだ。」 

このエリシア王国は、西と南が海岸沿いとなっている。私たちのいる花街やダンピール騎士団の辺境地は北に位置する。

最西端の漁師ということは、山間部に近い北の辺境地にこれまで訪れる機会はなかったのかもしれない。

ダンピール騎士団という存在すら知らないとうのも、なんとなく頷ける。   

「それで? その女を殺さないでほしいってのはなんなの?」

グレコさんの銃口は、まだ私を狙ったままだ。

まさかおじさんに守ってもらえるとは思わず、私はどういった状況なのか把握できないでいる。

「聞いたんだよ! この女には『癒し』の力があるって、植物や鳥にもいい影響を与えるって! だから死海と化した漁域を元通りにしてもらおうと思って、」 
    
「死海?」

「知らないのかあんた。今西の断崖沿いの海が血の色に染まってるんだよ!」 

「血の色……大量に人を殺して海に沈めたから?」

「ち、違う! だが海の色がおかしいせいで全く魚が取れなくなっちまったんだよ!」

「だからその女の力で海を再生させようとしてるって? そういうこと?」

「あ、ああ。そうだ。」

ブレることのなかった銃口が、ようやく私から離された。

私も次第に気持ちが落ち着いてくる。

つまり私は、おじさんたちに攫われそうになっていたわけじゃなく、助けを求められていただけということだ。

それがわかり、ほっと胸を撫で下ろす。

おじさんたちにお礼を言うべきなのか。振り返ると、おじさんが懐からしわくちゃになった紙のようなものを取り出した。

「見ろ姉ちゃん。俺達はれっきとした漁師だ。漁獲証明書がここにある。」

広げられた紙には、ようやく覚え始めたエリシア王国の文字で『証明書』の単語と、半魚人の刻印が押印されている。

「頼む! このままじゃ王族に殺されちまう! 高級魚は王宮の調理場にも届けることになってんだ!」 

「そうなんですか?!」

「頼むよ! この通りだ! 礼は弾むから力を貸してくれ!!」

おじさんたちが地面に頭をつけて土下座をし始めた。

そこまで切羽詰まっているとは思わず、慌てて彼らをなだめる。

「で、でも、たまたま植物や鳥さんにとっていい環境だったというだけかもしれませんし。私の力が海にいい影響を及ぼすとはとても考えられません……」

「でも『癒し』の力があるのは事実だろ? 今縋れるもんがあんたしかいねえんだよ!!」

「そうはいっても……」

どうしよう。助けてあげたい気持ちはあるけれど、自分の力が役立つとはとても思えない。なんせ相手は海なのだ。

それにミレーヌさんにも止められるに決まっている。ダンさんにも……    
    
「いいよ。」   
    
グレコさんが、肩に銃を掲げて応えた。

いつの間に隣に来ていたのか、驚いて足を一歩後退させる。 

「い、いいのか?!」

「その代わり礼は100万リルね。」

「ひゃ……!?」

「もちろん分割で構わないよ。」

「わ、わかった! なんとかする!」    

「王宮の調理場にまで卸してるんだったら、いずれ俺らに回ってきそうな仕事だしね。」  

「ありがとう!! 助かるよ兄ちゃん!!」

私のことなのに、なぜグレコさんが承諾しているのか。

おそるおそるグレコさんに話を振ってみる。

「い、『いい』って、グレコさんはよくてもミレーヌさんはなんて言うか、」

「もし漁域が魔物の仕業で荒らされてたら、どうせ俺らの仕事になるし。もし本当に君の力で漁域を再生させられたら俺の手柄にすればいい。」

「はい??」

「漁ができなければ俺たち騎士団や君たちの食事も疎かになるし、俺の手柄ってことにしとけば、俺に報酬が入る。」         

「ええと、それってつまり、私を利用するってことですか……?」

「俺に利用されるのと俺に殺されるの。どっちがいい?」

「…………」  

あの、どっちも嫌です。怪訝な顔でグレコさんを見つめる。

でもグレコさんの半分下りた瞼から垣間見る瞳は真っ暗で、恐怖を煽られる。

グレコさんは私をどうしたいというのか。柔和そうでいて目が笑っていないルナさんといい勝負だ。

「君が断れば、王族に死海のことがバレて漁師のせいだと漁師たちが断罪されるかもしれないよね。」

「た、確かに……」

「いいの? 君1人が断るせいで、普段君が食べてる魚を獲ってきてくれる漁師たちが殺されるんだよ?」

「そ、それはちょっと重いですね。でも私に本当に再生できるかどうか。」

「俺が君の護衛として同行する。ミレ婆にも許可取るし。それならいいでしょ?」

「ミレーヌさんに? まあ、それなら大丈夫だと思います。」

グレコさんが夜空を見上げる。もうすぐ完全に日が落ちそうな時間だ。

「片付けるなら暗いうちがいい。すぐに出発する。」

「えええ?! 今からですか?! ミレーヌさんは今出かけていていませんよ?」

「大丈夫。精霊を使う。」   
   
グレコさんが指で輪を作り、指笛を鳴らす。高い一定音が鳴ったところで、どこからともなく黒い蝶が舞ってきた。

周りが微かに発光する黒蝶が、グレコさんの肩に止まる。すると蝶に向かって話し始めた。

「『ダンピール騎士団第3部隊のグレコです。漁師に頼まれて西の死海とやらを調査して来ます。婆さんとこのハルを借りていきます。俺が護衛するんで安心してください。』」

グレコさんに袖を掴まれて、私にも伝言を残すように促される。

「『は、ハルです! ミレーヌさんごめんなさい! ちょっとだけ西の海へ行ってきます。グレコさんも一緒なので心配しないでください!』」

グレコさんが黒蝶を指の乗せ、空へと舞い上がらせる。真っ黒な蝶でも『精霊』なのだろうか? 伝達手段というものをこの世界に来て初めて見た。

不安そうな私を見てか、グレコさんがこっそりとささやいた。

「こうみえて俺、ミレ婆に救われて騎士団に入ったんだ。ミレ婆を裏切るような真似はしない。」

「そうなんですか? でもさっき、私を殺そうとしてませんでしたか?」    
    
「ミレ婆やルナ隊長が脅威にさらされるようなことがあれば、君を殺すまで。」    
  
「……私を殺せば、ミレーヌさんの信頼を失うとは思わないんですか?」
  
「失っても、ミレ婆を守れるならそれでいい。」
 
難しいグレコさんの言葉に頭を悩ませる。
 
つまりミレーヌさんに宣言した以上、私に危害を加えるつもりはない。でも本懐は、ミレーヌさんの信頼よりも、ミレーヌさんの命の方が大切だということなのだろう。

(それだけミレーヌさんに恩があるってこと?) 

銃を向けられたというのに、なぜだかグレコさんを信用しそうになってしまう。

殺されるのは嫌だけど、ミレーヌさんに救われて、多大な恩があるのは私も同じだ。

辺境地の花街に住んでいるとはいえ、あんなに偉大な人を信頼しているなら、同志といってもいいのではないだろうか。

私の師匠を信頼している人なら、信じてみてもいいかもしれない。 

「ここから西の海まで、どれくらいかかるんですか?」

「馬を飛ばして約3時間。」

「まさか、今から3時間かけて行くんですか!?」

「魔道具を使う。」   

グレコさんがズボンのポケットから小さな透明のボールのようなものを出した。それをおじさんに渡す。

「いいか。お前のいう、死海辺りの海岸を思い浮かべながらこのテレポートストーンを地面に打ち付けろ。」

「わ、わかった。」

「地面に打ち付けると煙が出てくる。煙が出たら全員煙の中に入れ。」   

凄い。移動魔法というものなのだろうか?

ミレーヌさんはいつも自分の足で、とんでもない速さであちこち伝って跳んでいくから、こんな道具があるだなんて知らなかった。 

「ねえ、手、つないで。」

「え、」

「いいから、手。」

「は、はい!」

グレコさんに手を差し出されて、あわてて手をつなぐ。すると強く握りしめられた。

「いい? なにがあっても俺から離れるなよ。」     
  
「…………」
 
「返事」
  
「わ、わかりました。」

グレコさんの考えていることがまるでわからない。

(私、心配されてるの? それとも危険な存在だと思われてるの?)

グレコさんの『信頼を失っても、ミレーヌさんの命を守りたい』という言葉が頭の中で木霊する。

そんな風に守りたいと思われてるの、羨ましいと思った。

ダンさんの信頼を失ってしまった私は、もうこのまま会えないのだろうか?   

なぜだか急に哀しくなる。グレコさんと密着するように煙に撒かれていった。
 
(あれ? そういえば、私、を忘れてない?)

そのを思い出すことも出来ず。私はグレコさんと漁師さんたちと、『死海』へと旅立った。

 
    
一瞬、目眩のようにぐらりと空間が歪む。

漁師さんたちが叫ぶ中、私は思わずグレコさんに抱きついてしまった。

そしてふと彼がつぶやく。

「あ。ちょっとヤバいかも。」
  
なぜかグレコさんにも腰を強く引き寄せられた。

完全に抱き合う形で目的地に到着する。

 



「……おいお前ら。俺は『海岸』と言ったはず。なんで船の上なんだよ?」

グレコさんの声に、ゆっくりと目を見開けば、船の上にいることがわかった。

足元はギシギシと音を立ており、波に揺られているのがわかる。

「す、すまねえ! 俺は海岸を想像したつもりだったんだが。」

「それと、どうやってこの女の情報を知った? 誰から『癒し』の情報を聞きつけた?」

「そ、それは、農地の住民から聞いたんだよ! なんでも鳥にたくさんの卵を産ませたとか、」 

「その『癒し』の効果が、なぜ死海を再生することに繋がると思った?」

「な、なぜって……『癒し』の力ってのは、自然にもいい影響を及ぼすもんだからだろ?」  

「まあいい。さっさと始めよう。」

グレコさんが私の腰を解放し、今度は手を引かれて船縁へと連れて行かれる。

船からそっと身を乗り出し、海を見る。辺りは真っ暗ながらも、船の灯りで水面が赤く染まっているのが見て取れる。

「……グレコさん。この船、やたら揺れますね。」

「見て。水面に魚の死骸が浮いてる。」

「ほんとだ。あ、あっちにも!」

水面を遠くまで見渡せば、そこらじゅうに魚の死骸が浮いていた。

赤くなった海。魚の死骸。これはもしかして、昔社会の教科書で習った『赤潮』というやつなのではないだろうか?

洗剤や肥料が捨てられた海水に、栄養がいきすぎたせいで、プランクトンが大量死して海が赤く染まっているように見える現象。

そのせいで魚も死滅してしまう。  

「どうやら死海問題は本当みたいだね。」

グレコさんが周りを見渡し、船内を観察する。

そして木の板でできた床をじっと見つめる。           
   
「ど、どうだよ姉ちゃん。この海、どうにかできそうか?!」

「わかりませんけど。せめて海水に手が届けばいいのですが……」

なんとなく、だけど。ジャスミンの苗もシロちゃんも、私が手で直接触れてきたことが一番いい影響を与えられた要因かもしれない。

だから海水も実際に手で触れてみないと、私の『癒し』の力は上手く反応しないような気がするのだ。

船から海水まで、5メートル以上はあるだろうか?

どうやって船から海水を触ろうかと考えていれば、グレコさんがなにかを持ち上げてやって来た。

小さな船だ。

「これに乗れば水面まで下りられる。」

「え、ええぇぇぇー……」

「救命用の小舟だよ。この船はボロいけど、この小舟は大丈夫なはず。」   
   
「わ、私一人で行くんですか?!」

「うん。君1人の方が集中できる。」

グレコさんが、魔法を使ってそっと小舟を水面まで下ろしていく。

小舟の先端にはロープがくくりつけられていて、この大きな船から離れないように、船内の柱にもくくりつけられた。

海水に下ろされた小舟を見下ろし、ごくりと息を呑む。

なんだかここまで、ずっとグレコさんの口車に乗せられてきてしまったような気がするのは気のせいだろうか?

ダンさんとのことがあったせいか、自分の半ばヤケクソだった気がする……。 

グレコさんの長い前髪が夜風に吹かれる。

「いい? 小舟に乗ったら沖に向かってオールで漕いで。」 
  
「どういう意味ですか?」

「いいから。とっとと下りて。」

グレコさんの魔法で、私の身体が浮遊させられる。

「きゃあッ」 

無理やりすぎるやり方とはいえ、なんとも優しく小舟に下ろされた。

とにかくここまで来た以上、死海をどうにかしなければならない。

 
(こんな真っ暗な海、初めて。)

船の灯りがないところは、本当に真っ暗だ。もしサメが出てきたらどうしよう。

こわごわと、海水を両手で掬ってみる。

じっと手の中の海水を見つめていると、小さな光の粒が、ホタルの光のように光っている。

真っ暗だからこそ気付けるくらいの小さな光だ。 

そのまま海水に戻せば、水面が波打って広がり、赤い海水が少しだけ薄く和らいだように思えた。

(本当に再生できてるのかもわからないし、こんな作業してたら何時間かかるかわからない……)

今度は手を海水に沈めて、ばしゃばしゃと動かし水音を立ててみる。  
  
水面が波紋を作って広がり、やっぱり赤い色が少しずつ消えていっている気がした。
  
(これでいい、のかな。)

自分の『癒し』の効果がちゃんと影響しているのかどうか、確かめる方法がないため、とにかく手を海水の中で動かした。

それにしても海の水が冷たい。手が凍りそう。

 
 
「糞ッ!! コイツ動きが速ぇ!!」
   
船上から叫び声が聞こえた。

船を見上げれば、グレコさんが船縁をもの凄い速さで走っているのが見えた。

(な、なに? なにがあったの?!)

船のあちこちから足音が聞こえてくる。
 
もしかして船上で暴れまわっている? でもなぜ?
     
「まあいい!! その女さえ手にいれりゃこっちのもんだ!」

――――え

上から漁師のおじさんが降ってくる。

手には銃を持っていて、勢いよく小舟に飛び乗ってきた――――

「きゃああッ!!!」

小舟が大きく揺れて、思わず手で船縁を掴む。

でもおじさんに無理やり立たされて、こめかみに銃を突きつけられた。

「おい兄ちゃん!! この女を殺されたたくなきゃさっさと武器を下ろしな?!」

「な、なに?! どういうこと?!」          
  
「悪ぃな姉ちゃん! 俺たちゃ漁師なんかじゃねえ。ホントは俺たちゃ海賊なんだよ!」

「海賊?!!」

「花街の娘に姉ちゃんの噂を聞いてな? あんたを闇市のオークションにかければとんでもない金額になるってよ!」

「う、嘘!! なんで急に!」

見上げれば、グレコさんが船縁で両手を上げているのが見えた。

「わかった。銃は捨てる。」

銃が遠くの海へと投げ捨てられた。

水音と共に、グレコさんの後頭部にも銃が突きつけられる。

突然のことで意味がわからない!
  
「ど、どういうことですか?! いざとなれば私を殺してもいいんじゃないんですか?!!」 
   
まさかグレコさんが簡単に銃を手放すなんて。信じられない行為に思わず叫んでしまう。

「俺は単にこいつらの目的を探ろうとしてただけだよ。君の臓器には興味あるけど、本気で君を殺そうとは思ってない。」

「待ってください!! じゃあ、私に銃口を向けたのは?!」

「だから。こいつらがなんのために君を連れ出そうとしてたのか探りたかっただけだって。闇市で売り飛ばすつもりなら本気で君を守ろうとするだろうしね。」

(待って待って! じゃあグレコさんは、最初からこの人たちが漁師じゃないってわかってたってこと!?)

顔面蒼白になる。おじさんに銃を突きつけられている状況だというのに、頭を抱えてしまう。

「死海がいつから死海なのかは知らないけど、たまたまこいつらが死海問題を利用しただけでしょ。君を誘き出すために。」

「グレコさんは、最初からこの人たちが海賊だって知ってたんですか?!」

「うん。騎士団に手配書が貼られてたからね。俺がこいつら捕まえれば俺に報酬が入るでしょ?」

「…………」

「だから君を利用して、こいつら捕まえて報酬たんまり貰おうかなって。」     
 
そういう意味の『報酬』だったの? 
       
まんまと私、グレコさんに利用されたというわけだ。がっくりと項垂れる。

「でもまさか船の上にテレポートするとまでは考えなかったけどね。だからかなりまずい状況ではあるよね。」
   
「いいんですかグレコさん! ミレーヌさんへのお咎めが大変なことになりますよ!?」

「だとしても、俺の報酬半分も渡せば目の色変わる婆さんだもん。」 

「な、なるほど。否定は出来ません。」

なにからなにまでグレコさんの口車に乗せられてしまったらしい。    

それが全てわかったからといって、まずい状況であることに変わりはないのだけれど。

「話は済んだか? よし、兄ちゃんはそのまま海に飛び込め。」

おじさんがグレコさんに向かって叫んだ。 

「できれば隊服は脱ぎたいんだけど」

「いいからさっさと飛び込め!!」

至って冷静なグレコさんが、首をコキコキと回し、軽い準備運動をする。

すると、小舟を越えて大きく海へと飛び込んだ。

でもその瞬間を狙い、おじさんがグレコさんの背中を銃で撃った――――

バァアアアンッッ 

「ぁ"」

小さなうめき声と共に、グレコさんの肢体が海へと落ちていく。

小舟の向こうで泡を作り、沈んでいくのが見える。 

「グレコさん――?!!!」
        
思わずおじさんから離れそうになり、おじさんに首を腕に回されてしまった。

「ようし。へへ。久々の上玉だぁ。しっかり調教してから売り飛ばしてやるから、覚悟しとけよなあ?!」
 
真っ暗な水面が血に染まっていく。


 
 
 
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