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就職先は適職のようです
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しおりを挟む「ゴホゴホンっ、」
頭上から咳払いが聞こえて、ダンさんがあわてて私を離す。
ロックヒートさんが怪訝に眉をひそめている。私たちが抱き合っている姿に釘を刺したのだろうか。
「ち、違うんだこれは、」
「ゲホゲホッ、ゴホゴホホッッ」
「ど、どうしたロックヒート? 風邪か?」
「いや、ハルの匂いで咳き込んでゴホッ」
大きなロックヒートさんがしゃがんでさらに咳き込んでいる。どうやら私たちが抱き合っているのを止めに入ったわけではないらしい。
「ゲホっ。それより隊長、グレコがやばい。急所を撃たれている。」
「ババアはどうした? ババアも来ているはずだ。」
「ミレーヌさん? それなら船を潰しに行っている。ほらあれ。」
ロックヒートさんが指さす方向を見れば、遠くの船からモクモクと煙が上がっている。
まさか、ミレーヌさん1人で海賊船に乗り込んでいるのだろうか?!
「賞金がかかっているといったらあの通り、一直線に船に向かって行った。」
「全員の身ぐるみ剥がすまでは帰ってこんな。」
「ポーションは飲ませたが出血が多すぎる。このままじゃグレコの命が危ない。」
「ババアを呼び戻すしかないな。」
「どうやって?」
その時、船から爆発音が聞こえた。
男性の雄叫びまで聞こえてくる。
「骨が折れそうだ。」
首と手首を回すダンさんが、めんどくさそうに船の方角を見据えた。
そっとグレコさんを見れば、海から打ち上げられた時よりも酷い有様だ。砂浜で血が水たまりのようになっている。
ミレーヌさんを呼び戻すってどうやって? すぐに戻るの?
今は一秒でも時間が惜しい。
「ダンさん。私に、グレコさんを救わせてもらえませんか?」
ダンさんが驚いた顔をする。
「確かに、グレコさんには無理やり連れてこられたようなものです。でもグレコさんは身を挺して私を守ってくれました。」
「…………」
「グレコさんはすでに私の血の力に気づいていますし、」
グレコさんの容態を確かめているロックヒートさんを見る。
「それに、ロックヒートさんの鼻であれば、いずれ私の血の力にも気づいてしまうと思います。」
「ロックヒートはハルのことを『癒し』の能力者だと言っていた。『歪血者』とまでは気づいていないはずだ。」
「でも私の血の臭いは濃いんですよね?」
「濃いというだけで、『歪血者』とまで勘繰れるとは到底思えない。グレコには千里眼に似た視力があるから誤魔化せないが、ロックヒートが鼻だけで『歪血者』だと悟るのはあり得ない。」
否定的に感じるダンさんの言葉。でも私の話を聞こうと、しっかり目を見てくれている。
最後まで自分の意思を伝えないと。
「だとしても、すでにルナさんとグレコさんにバレてしまっている以上、いずれ私のことが皆さんに伝わるのも時間の問題ですし、」
グっと、ほどけそうな帯の裾を掴んだ。
「なにより私は、誰かを助けたい。誰かを守れるような人間になりたいんです。」
ダンさんが私にしてくれたように。
ダンさんが私を助けてくれたのは、単に強いからでも、騎士団として王命を受けているからでもない。
そこには心があることを私は知っている。
ロックヒートさんが言っていた、私の心配をしてこっそり覗きに来てくれていたことだってそうだ。
ダンさんのような優しさを持ちたい。
「初めてだな。ハルが俺に意思を伝えてくれたのは。」
「初めて、でしたかね?」
スキュラさんの時は、確か私が勝手にお鍋のスープに血を入れて。
あの時はそう、スキュラさんに拒否されてばかりだったから無理やり私が飲ませたんだ。
「そうやってなんでも俺に伝えろ。極力俺が手助けしてやる。」
鼓動がドクンと跳ねる。胸の奥に火が灯る。
嬉しい。私、ようやくダンさんと心の底から打ち解けられた気がする。
そうだ。これは恋よりももっとずっと手前の感情。勘違いしては駄目。
「ロックヒート。お前が今から見ることは機密事項だ。逆らえば俺が殺す。」
「は? 唐突に、なんだよ隊長。」
ロックヒートさんが不思議そうに顔をしかめる。でもダンさんはすぐにグレコさんの上半身を起こし、私に目で合図した。
ロックヒートさんが、私が近くに来ると思ったのか、少し距離を取った。
私もグレコさんの傍らにしゃがむ。
意識がいったりきたりしているのか、朦朧とする黒目が時折揺れている。
「グレコさん、聞こえますか? ハルです。私の血、飲めますか?」
「……、……――」
とてもじゃないけれど、肌に牙を立てる力は残ってなさそう。それならやっぱりナイフで切るしかない。
グレコさんの腰にあるナイフに手をかける。
「待て。俺の短剣にしろ。こっちのが切れ味がいい。」
「きれ味……」
「グレコの短剣は故意にノコ型になっている。わざと罪人に痛みを与えるためにな。」
「ひッ」
ダンさんの短剣を受け取ろうとする。でもそれは彼の声に遮られた。
『飛沫の射撃』
「うわ――――!!」
「な"!!」
ダンさんとロックヒートさんに、水のしぶきが大量に降りかかる。
瞬間、グレコさんに短剣を放られて、後ろへと押し倒された。
あまりの速さに、私は一瞬なにが起こったのか理解できなかった。
「待ってたよ。君から来てくれるの。」
「グレコさん?! 動けるんですか?!」
濡れているせいか、長い前髪から彼の瞳がよく見える。いつもうつろな瞳が、爛々と輝いている。
とても出血多量とは思えない!
「俺の魔法属性は水なんだ。水の中でも長く息が続く。」
「な――」
着物襟を掴まれて、一気に両側に引き裂かれた。
「キャァ、」
「それに君から魔力を増強させてくれた。キスしてね。」
「でも、撃たれた傷がたくさんあるので、治療しないと!」
私が、砂浜に放られた短剣を見つめる。
指……いや、腕を切るほどの血の量じゃないときっと足りない。
「君の腕から飲む気なんてないよ。飲むなら、ここからだよね。」
顕になる胸に、なんの躊躇もなく噛みつかれる。
「っあ、やだ、」
左胸の上あたりとはいえ、心臓のある場所に近い位置だ。牙が刺さる瞬間、痛覚が刺激される。
恥ずかしいような、怖いような気持ちになり、グレコさんの頭を掴んだ。
でもグレコさんは飲むことに必死で、全く動じない。叩いても、髪を引っ張っても全くだめだ。
ちゅうっと吸引する音を立てられ、沸騰するほど顔が熱くなる。
「な、なんだこの血……やめらんない、」
「ぐ、レコさんッ、はうう。」
「君の内臓食べたら、どんな味するのかな。ハハ。」
「痛いっ」
胸を噛まれた。見下ろせば、自分の胸には血の川が流れている。
腰に流れて、落ちる直前、グレコさんが舌を出し受け取るように舐め取る。
一滴も無駄にはしないとでもいうように、綺麗に舐めてはまた吸血している。
必死に血を飲む姿は、まるで母犬に群がる仔犬だ。なんともいえない微妙な気持ちになる。
「ちょっ、そこ違います!!」
髪を強く引っ張っても全然離れてくれず。足で蹴ろうにも、上から完全にのしかかられている。
さすがに、ダンさんが見ている前じゃ――――
「グレコッッ!! てめぇッ」
ロックヒートさんが私からグレコさんを引き剥がそうとする。
でも奪い取るようにして、ダンさんの手に引き剥がされた。
ダンさんがグレコさんの髪を掴み、反対の手で彼の首に手をかける。
右手で髪を引き、左手が首に食い込むほど思い切り絞めている。
(ってグレコさん怪我人!!)
でも隊服がボロボロなのと、血の痕がべっとりとついているだけで、見えている肌が怪我をしている様子はない。
砂浜には、銃弾のような鉛が何個か転がっていた。
「どういうことだ……。グレコの怪我が、治っている?!」
ロックヒートさんが驚いて銃弾を一つ拾った。
「しかも銃弾がグレコの身体の中から自然に取り出されている……?」
以前、私もダンさんも、スキュラさんの背中から銃弾が出てきたことに驚いた。
今回もやっぱり綺麗に怪我が治っている。
当然ロックヒートさんには驚いた視線を向けられた。
「そ、それよりもグレコさんが!!」
ダンさんの左手には太い血管が浮き出ている。さらに力を込めて、グレコさんの首に食い込ませて喉を圧迫している。
「ッ――」
「これだから意地汚い第3部隊は嫌いなのだ。今ここで貴様を葬り去ってやる」
ダンさんの瞳孔が開いている。
私は慌てて止めようとした。
「だめ! 駄目ですダンさん! グレコさんは海賊から私を助けようとしてくれたんです!!」
でもダンさんは、聞こえていないか私を見ようとはしない。
「お願い!! 手を離して下さい!! ロックヒートさん、止めて!!」
私の声に、ロックヒートさんがハッと気付いたようにダンさんの腕を掴んだ。
「隊長。ここでグレコを殺せば、王族だけじゃなく他のダンピールも敵に回すことになる!」
それでもダンさんは、絞め上げる手を止めず。さらに高々にグレコさんを掲げる。
「貴様の頭と胴体を今すぐバラバラにしてやる」
ダンさんの身体から黒いオーラのようなものが揺らめいて見える。
さっき私の身体を温めてくれた時の黒い光とは違う。もっと不穏な、禍々しいものに感じる。
「まずいな。」
ロックヒートさんが背中から大剣を抜く。
でもダンさんが掴んでいたグレコさんの髪を離すと、片手だけでロックヒートさんを海へと投げた。
まるで石を川に投げる水切りのように、瞬速で遠くへ飛ばした。
(あんなに大きなロックヒートさんを片手だけで……?)
あまりの力に唖然とする。
「ダンさん駄目! グレコさん死んじゃう!!」
ジタバタしていたグレコさんの脚が動いていない。腕もだらんと垂れている。
今のダンさんは正常じゃない。怒りに我を忘れて、目の前のグレコさんを殺すことにとらわれてしまっている。
(どうすればいいの?! せっかくグレコさんを救えたと思ったのに!!)
船からは何度目かの爆発音が聞こえる。ミレーヌさんはまだ戻ってこないのだろうか?!
自分の両手を見つめる。この世界に来てから、この手は傷だらけになってきた。
井戸の水はいつだって冷たいし、薬草を取る時には必ず手が荒れる。
不便な暮らしだと思う。それでも元いた場所よりもずっと毎日が充実している。
ダンピールという種族相手に、私はどう立ち向かうべきなのか――
「ダンさん! 私を見て!」
無我夢中だった。
恥ずかしいだとか、余計に魔力が増強するだとか、そこまでの頭が働いていなかった。
ダンさんの唇にキスをした。
ただダンさんを止めることに必死だったのだ。
「……は、る……」
ダンさんの唇が、冷たい。
後ろでドサリと音がする。
グレコさんが砂浜に落とされていた。
ダンさんは、私を見るなり目を見開いている。
「よ、よかった~~~~~」
自分でキスしてから気付いてしまった。魔力増強のことを。
「あっ、もしかして、ダンさんの魔力、増強させちゃいましたか?!」
「…………」
「ああ、もう! なんで私、魔力増強のこと考えずにキスしちゃったんだか!」
頭を抱え、自分で自分を貶している間もダンさんは相当驚いた顔をしていた。
そして一言、ぼそりとつぶやいたのだ。
「……ベビーピンク……」
なにを言っているのかわからず。
ダンさんの視線を辿れば、じっと私の胸を見ていることに気付く。慌てて着物の襟を閉じた。
(そうだった! さっきグレコさんに脱がされたんだった!!)
自分が胸丸出しだった事実にガビーンとなる。しかもずっと丸出しだったのだ。とんだ痴女だ。
「ゴホッッ――ゴホ」
気道を確保したのか、グレコさんが砂浜にへたばり、吐きそうなほどえづいている。
生きている。ほっと胸を撫で下ろす。
でも飛ばされたロックヒートは、どこにも見当たらない。そんなに遠くに飛ばされてしまったのだろうか?
そして当のダンさんは。
直後、上から降ってきたミレーヌさんに、斬殺されるのではと思うほど強烈なかかと落としで攻撃されていた。
「この無法者めがッッッ!!!!!」
「ゴフッッ」
「ダンピールがダンピール殺そうとしてどうする?!!」
そしてさらに、私を連れだったグレコさんも、ミレーヌさんから強烈なパンチを受けていた。
「この弟子さらいめがッッッ!!!」
「ミレーヌさん!! グレコさん死にかけなんです!!!」
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