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就職先は適職のようです
㉑
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結局その後、リヨさんは私の部屋でお昼寝をして、シロちゃんと遊んでからお昼ご飯を食べていって、私が耳かきしてあげてる最中に再びお昼寝して散々私の太ももを撫で回して、さらに夕飯まで食べていき、ようやく帰っていった。
セラピー代がもったいないからと、目一杯うちでくつろいでいった。
『んじゃまた今度正式に依頼が来ると思うから! 厚揚げと大根の煮物ごっそさん★』
しかもお土産に煮物の余り物まで持って帰っていったし、台所にあったネギを一本背中に隠しているのを見逃さなかった。
金銭感覚がちゃっかりしてるのかお金にだらしないのか。
(それよりも『正式に依頼』? 一体どういう意味だろう?)
それから3日後のこと。
私はミレーヌさんに呼ばれて、床の間の赤と金の刺繍が施された座布団の上に正座していた。
私の眼の前には、ダンピール騎士団を総括するセゲスティ団長さんと、モーギアス副団長さんが正座している。
ブーツは玄関で綺麗に揃えて脱がれており、私が床の間に入るなり頭を下げてくれた。
これまで見てきたどのダンピールよりも礼儀正しい2人だ。
「今日我々がここに来たのは、ぜひとも第1部隊の遠征にハルさんも同行していただきたいと思い依頼しに来た。」
「帰れ。」
団長さんの言葉に、ミレーヌさんが間髪入れずにつぶやく。
「ミレーヌ殿の大事な弟子とあってのこと。こちらも重々理解している。」
セゲスティ団長さんは、なんともダンディなイケおじで、オールバックの白髪に眼鏡をかけていて、顎周りには細いヒゲを生やしている。
ただし左顔面全体には火傷のような痕が残っている。
団長さんの言葉に、ドレッドヘアのモーギアス副団長さんが風呂敷のような包みを机の上に置いた。
「こちらはロメイジ・エリシア王からの王命書と、貴店への依頼料になります。」
机に上には、巻物のような王命書と、金の延べ棒が5山積まれている。
金の延べ棒なんて生まれて初めて見た。一体1本でどれだけの金額になるのか。
あきらかにミレーヌさんの目の色が変わった。
「王命に関しましては、『ダンピール騎士団に、翼竜 スモークゲイル8頭の討伐を命じる。スモークゲイル産卵期前のため緊急を要する。そのため騎士団員以外にも、能力者の人員確保に努め、協力し討伐することを許可する。』とあります。」
副団長さんが、王族の紋章である半魚人のシーリングスタンプが押された巻物をミレーヌさんに渡す。
ミレーヌさんが受け取ると、目の前の2人を交互に睨んだ。
「まるでワシが加勢することを見込んだ文書だな。」
「やはり、ミレーヌ殿もそうお思いか。」
「それで? お主らはなぜワシではなくハルを加勢に行かせたいのだ? スモークゲイルなぞどう考えても危険レベルが高すぎる。」
「今回の王命、王族がミレーヌ殿をあぶり出す作戦ともとれる。だが治癒力なしでは、有力な第1部隊でも失敗に終わる可能性も大きいのだ。」
「ハルはただのセラピストだぞ?」
「……実は、ある隊員の報告書に、ハル殿の能力について書かれていたのだ。」
「報告書?」
「なんでも、森の監視小屋にあった鍋のスープに、『治癒力の高いなにかが混入している』と。それを調査した結果、ハル殿の血液だということが判明したのだとか。」
「どこのダンピールの報告書だ?」
「第1部隊の平隊員だ。」
ミレーヌさんがフンと鼻を鳴らした。
私が『歪血者』だとダンピール騎士団全体に知れ渡るのは、時間の問題だったとしかいいようがない。
ダンさんは隠し通そうとしてくれたけど、結局最初に崖の上でダンさんに吸血させて『治癒』の力を見られている以上は止めようがない。
ミレーヌさんが再び金の延べ棒を見て目を血走らせる。きっと私を行かせたくはないけれど、この金の塊は欲しいのだろう。
それにしても、
(ミレーヌさんをあぶり出す? そのための王命??)
私は2人の会話についていけてない。ミレーヌさんが昔、王宮直属の近衛魔道士にいたことがなにか関係しているのだろうか?
未だ湯呑の白湯に手をつけていない団長さん。ふぅっと湯気を揺らすほどの息を吐いた。
「恐らく、王族はミレーヌ殿を殺そうと躍起になっている。」
「え、えええ?!!」
思わず驚いた声を上げてしまい、慌てて口を手で抑える。
なんで近衛魔道士として働いていた人がこの辺境地にいるのか不思議だったけれど、まさか命を狙われてるってことなの?!
「ハル殿はなにも知らないのか?」
団長さんが不思議そうにミレーヌさんを見た。
するとミレーヌさんは怪訝そうに返す。
「ああ。余計なことを知れば、ワシの事情に巻き込まれる可能性があるからな。」
どういうことなのだろう? 私が聞いていい話なのかわからず。それでも知りたい欲が勝ってしまう。
「あの、ど、どういうことですか? ミレーヌさん近衛魔道士だったっていってましたけど、王宮から逃げたってことなんですか?」
ミレーヌさんが静かに眉をひそめて、それから湯呑にそっと手をつけた。
「ハル。ワシはな、王宮で働いていた時、水面下で動いていた『ある作戦』にどうしても納得できんくてな。それで辞職願いを出したんだよ。」
「『ある作戦』? 辞職願い!?」
「王族はな、未だにダンピールを根絶しようと裏で企んでいるんだ。魔物退治が落ち着いたら、いずれ辺境地を一気に海に沈めようと。」
「う、海に沈める?!!」
なにを言っているのか。そんなことが可能なの?! なぜ王族はそうまでしてダンピールを根絶しようと企んでいるのか……。
王族の考えがまるで理解できない。
困惑している私を前に、団長さんが話を続けた。
「ハル殿。ダンピールは力が強いが故、王族は、いずれダンピールに王の座を奪われるのではないかと恐れているのだ。」
「そ、そんな。この生活の状況でどうやって?!」
「昔、王族はダンピールを迫害したにも関わらず、ダンピールは立ち上がり王宮に攻め入った。王族はずっとその報復を恐れている。」
「じゃあ、王族が聖魔道士を召喚しようとしているのって、まさかダンピールを……?!」
「『ダンピールを根絶しようと企んでいる』、というのは建前で、本当は……」
団長さんがミレーヌさんに目配せをする。
するとミレーヌさんが隣に座る私を見て言った。
「ワシだよ。ワシは50年前に王宮で召喚された聖魔道士。だからワシを殺すため、ワシに匹敵する聖魔道士を召喚しようとしてるってわけだ。多分な。」
「な」
ミレーヌさんが――――聖魔道士?!
「そ、そんな! それならミレーヌさんを連れ戻せばいいだけの話なのに!」
「ワシは堂々と女王に楯突いて辞表を出したんだよ。『ダンピールを殺すのは反対だ』と。『共存する世界を目指すべきだ』と。『今こうして辺境地だけ分断させているのも、いずれダンピールに制圧される要因になる』とな。」
「つまりミレーヌさんは王族の考えに反対だから、王族はミレーヌさんを敵とみなしているってこと?!」
「しかも辞表を叩きつけるだけ叩きつけて逃亡しとるしな。きっとワシがダンピールの味方についとるとでも思っているのだろう。」
ミレーヌさんが落ち着きを払って湯呑をすする。
でも私はとても落ち着いていられなかった。だってミレーヌさんは、人間だとかダンピールだとか関係なく、誰にでも平等に接している。
薬や治癒だって、種族関係なく請け負っているのだ。
そんな平和主義者を殺そうとするなんて、あんまりだ……。
「ワシらがいた日本はあまりに平和すぎたのかもしれん。ワシらの知らない世界でこうも争いのループが繰り返されているとは。」
「つまり、ミレーヌさんはこのエシリア王国から種族争いをなくそうとしているってことですか?」
「まあな。って、それだけじゃないがな。」
凄い……ミレーヌさんは、本当に偉大な人だ。
だって、せっかく王宮で聖魔道士として召喚されて、きっとこの花街よりもうんと優雅な生活を送っていたはずだ。
それなのに、ミレーヌさんは王族の考えに逆らってまでこの貧しい辺境地で暮らしている。地位や名誉、大好きなお金を捨ててまでここに来たということだ。
感嘆の息を吐いてミレーヌさんを見れば、なぜかミレーヌさんは喉の奥から笑いを殺し始めた。クツクツと声を漏らしている。
「ワシがいずれこの国の王になってやるわ!ひゃははははははは!!!!」
「そ、そうですよね……ミレーヌさんが王様になったらきっとこの国も平和に……ってはい? 王様??」
「考えてもみろ! ワシがこの国の頂点に立てば介護施設を充実できる! 延命治療で安心できる介護サポート制度を根付かせれば、ワシももうあと30年は楽しんで生きられるのだ!」
「え?!! その理由で王様に?!」
この国も高齢化か進んでいるの? それともミレーヌさんが個人的に望んでいるだけ?
私の顔はきっと冷めていることだろう。深刻な話だと思って聞いていたのに。ミレーヌさんてば現実的な野心家だ。
団長さんが一つ咳払いをして私を見た。
「ちなみに今の話は、私とモーギアス副団長しか知らないことになっている。」
「そ、そうなんですね。」
「王族の企みを聞けば、他のダンピールらはなにをしでかすかわからない。ミレーヌ殿のことも、もし本物の聖魔道士だと知られれば、こうして花街で隠れていることがどこで王族に漏れるかわからんからな。」
「あ、あの! じゃあ、なんで私には教えてくれたんです? 私だってどこから漏らすかわかりませんよ?」
ミレーヌさんを見つめると、ミレーヌさんが口角を上げて団長さんに言った。
「フン。そのために今日ここにハルを呼んだのだろう、なあセゲスティよ。お前のせいでかわいい弟子に白状することになったのう。」
「す、すまないミレーヌ殿!」
「しかしそうまでして王命に従いたいかセゲスティ。」
「当たり前だ。ここで反論すれば、それこそダンピールは鎮圧されかねない。給料だって普段の魔物討伐の数倍いいのだからな。」
「確かに金はモノをいうな。」
「それにミレーヌ殿が行けば、それこそこの花街が危険に晒される可能性だってある。」
「それは脅しか?」
「ちがう。私たちだって無理にとはいっていない。ただもしハル殿に同行してもらえるなら、うちの騎士団も安泰なのだ。」
つまり、今回の王命の実態は恐らく、ミレーヌさんをあぶり出すためのもの、ということだ。
もし私が同行したとしても、密偵として監視する王族の誰かに、私の力が知られてしまうかもしれないのだ。
そうなれば、私も王族に命を狙われる――――?
いくら金の延べ棒を積まれたって、優しいミレーヌさんのことだ。私を守るために、今回の遠征を断ってくれるかもしれない。
いや……。やっぱりミレーヌさんは金の延べ棒に目を光らせている。どうしよう。
正直私も騎士団の力になりたい気持ちはある。
「……あ、あの。ミレーヌさん。私、行きたいです。行かせてくれませんか?」
「……マジ?」
「もし私の力が王族にばれてしまったら、もう私、別の場所で暮らしますし。」
「はあ? そこまで覚悟するような話でもないだろう!」
「でも、」
私が話を続けようとすれば、ミレーヌさんと団長さん、副団長さんが襖をじっと見つめる。
何事かと思っていれば、遠くからドタバタと足音が響いてきた。
すると襖が大きくスライドされる。
見れば、ダンさんと、その背中を羽交い締めにしているリヨさんだ。
突然の来訪に目を丸くする。
「聞いたぞ団長! なぜハルを翼竜討伐の遠征などに行かせる?! 頭おかしいのか?!」
「こらメッ! 団長いるとこに突ッちゃ迷惑でしょダンちゃん!!」
「リヨ貴様だろう?! 貴様が団長を唆しハルを遠征に行かせたいと提案したのだろう!! この諸悪の根源!!!」
「こらダンちゃんおすわりッッ!!」
勝手に取っ組み合いの喧嘩を始めるダンさんとリヨさん。
わけもわからず、目を瞬かせる。
どうか魔法で争わないことを願うばかりだ。
「てめぇら殺されてぇのか、それとも身体分割して吊るされてぇのかどっちだ?」
ドレッドヘアの副団長さんが、睨みを利かせて2人を一瞥する。
するとダンさんとリヨさんが、畳に崩れるようにしてへたり込んだ。
ふ? 2人ともなぜか股間を両手で抑えて、うずくまっている。
「ふ、副団長の威嚇攻撃、反則だ……」
「ま、まじ、使いモンにならんくなったら労災、下りまつか……?」
目には見えない魔法攻撃がなされたということなのか。
一瞥しただけで魔法を繰り出すなんて、なんとも恐ろしい方だ。モーギアス副団長さん。
「だ、大丈夫ですか? 痛みますか?! もし酷いようでしたらすぐに『治癒』を!」
そっと2人の背中に手を触れる。あまりに震えているため可哀想になり、背中をさすってみる。
すると今度は、2人とも決死の形相で息を荒げ始めた。
「す、すごい……少し戻った……」
「ああハルりんのお手々で握られるのを想像したらまだ使えることが無事判明したヨ……」
私、背中をさすっただけなのに? そんなにすぐ治るものなの?!
「だ、団長……わるいが、どうしてもハルを遠征に連れて行くというなら、お、俺も行くからな……?!」
うずくまりながらも、団長をギッと睨み上げるダンさん。
(凄い。ダンさんて上司にも平気で自分の意見をはっきりと言えちゃう人なんだ!)
とても上司に対する態度とは思えない。ある意味感心していれば、団長さんが私を見て言った。
「この通り、うちの隊長格は皆頭のネジが3本ほどない。それでもこの2人にあなたを任せたいと思うのだが、それでもいいだろうか?」
隣のミレーヌさんを見れば、すでに金の延べ棒を持って重さを計っている。
「ハル。ワシがお前を縛りつける理由はない。お前の人生、お前の好きにしな。」
そして延べ棒で、ダンさんの頭を強めに殴った。
「ダン。お前がいればちょっと安心だ。ハルを頼んだぞ。」
でもダンさんは、頭と股間を抑えてうずくまったままだった。
セラピー代がもったいないからと、目一杯うちでくつろいでいった。
『んじゃまた今度正式に依頼が来ると思うから! 厚揚げと大根の煮物ごっそさん★』
しかもお土産に煮物の余り物まで持って帰っていったし、台所にあったネギを一本背中に隠しているのを見逃さなかった。
金銭感覚がちゃっかりしてるのかお金にだらしないのか。
(それよりも『正式に依頼』? 一体どういう意味だろう?)
それから3日後のこと。
私はミレーヌさんに呼ばれて、床の間の赤と金の刺繍が施された座布団の上に正座していた。
私の眼の前には、ダンピール騎士団を総括するセゲスティ団長さんと、モーギアス副団長さんが正座している。
ブーツは玄関で綺麗に揃えて脱がれており、私が床の間に入るなり頭を下げてくれた。
これまで見てきたどのダンピールよりも礼儀正しい2人だ。
「今日我々がここに来たのは、ぜひとも第1部隊の遠征にハルさんも同行していただきたいと思い依頼しに来た。」
「帰れ。」
団長さんの言葉に、ミレーヌさんが間髪入れずにつぶやく。
「ミレーヌ殿の大事な弟子とあってのこと。こちらも重々理解している。」
セゲスティ団長さんは、なんともダンディなイケおじで、オールバックの白髪に眼鏡をかけていて、顎周りには細いヒゲを生やしている。
ただし左顔面全体には火傷のような痕が残っている。
団長さんの言葉に、ドレッドヘアのモーギアス副団長さんが風呂敷のような包みを机の上に置いた。
「こちらはロメイジ・エリシア王からの王命書と、貴店への依頼料になります。」
机に上には、巻物のような王命書と、金の延べ棒が5山積まれている。
金の延べ棒なんて生まれて初めて見た。一体1本でどれだけの金額になるのか。
あきらかにミレーヌさんの目の色が変わった。
「王命に関しましては、『ダンピール騎士団に、翼竜 スモークゲイル8頭の討伐を命じる。スモークゲイル産卵期前のため緊急を要する。そのため騎士団員以外にも、能力者の人員確保に努め、協力し討伐することを許可する。』とあります。」
副団長さんが、王族の紋章である半魚人のシーリングスタンプが押された巻物をミレーヌさんに渡す。
ミレーヌさんが受け取ると、目の前の2人を交互に睨んだ。
「まるでワシが加勢することを見込んだ文書だな。」
「やはり、ミレーヌ殿もそうお思いか。」
「それで? お主らはなぜワシではなくハルを加勢に行かせたいのだ? スモークゲイルなぞどう考えても危険レベルが高すぎる。」
「今回の王命、王族がミレーヌ殿をあぶり出す作戦ともとれる。だが治癒力なしでは、有力な第1部隊でも失敗に終わる可能性も大きいのだ。」
「ハルはただのセラピストだぞ?」
「……実は、ある隊員の報告書に、ハル殿の能力について書かれていたのだ。」
「報告書?」
「なんでも、森の監視小屋にあった鍋のスープに、『治癒力の高いなにかが混入している』と。それを調査した結果、ハル殿の血液だということが判明したのだとか。」
「どこのダンピールの報告書だ?」
「第1部隊の平隊員だ。」
ミレーヌさんがフンと鼻を鳴らした。
私が『歪血者』だとダンピール騎士団全体に知れ渡るのは、時間の問題だったとしかいいようがない。
ダンさんは隠し通そうとしてくれたけど、結局最初に崖の上でダンさんに吸血させて『治癒』の力を見られている以上は止めようがない。
ミレーヌさんが再び金の延べ棒を見て目を血走らせる。きっと私を行かせたくはないけれど、この金の塊は欲しいのだろう。
それにしても、
(ミレーヌさんをあぶり出す? そのための王命??)
私は2人の会話についていけてない。ミレーヌさんが昔、王宮直属の近衛魔道士にいたことがなにか関係しているのだろうか?
未だ湯呑の白湯に手をつけていない団長さん。ふぅっと湯気を揺らすほどの息を吐いた。
「恐らく、王族はミレーヌ殿を殺そうと躍起になっている。」
「え、えええ?!!」
思わず驚いた声を上げてしまい、慌てて口を手で抑える。
なんで近衛魔道士として働いていた人がこの辺境地にいるのか不思議だったけれど、まさか命を狙われてるってことなの?!
「ハル殿はなにも知らないのか?」
団長さんが不思議そうにミレーヌさんを見た。
するとミレーヌさんは怪訝そうに返す。
「ああ。余計なことを知れば、ワシの事情に巻き込まれる可能性があるからな。」
どういうことなのだろう? 私が聞いていい話なのかわからず。それでも知りたい欲が勝ってしまう。
「あの、ど、どういうことですか? ミレーヌさん近衛魔道士だったっていってましたけど、王宮から逃げたってことなんですか?」
ミレーヌさんが静かに眉をひそめて、それから湯呑にそっと手をつけた。
「ハル。ワシはな、王宮で働いていた時、水面下で動いていた『ある作戦』にどうしても納得できんくてな。それで辞職願いを出したんだよ。」
「『ある作戦』? 辞職願い!?」
「王族はな、未だにダンピールを根絶しようと裏で企んでいるんだ。魔物退治が落ち着いたら、いずれ辺境地を一気に海に沈めようと。」
「う、海に沈める?!!」
なにを言っているのか。そんなことが可能なの?! なぜ王族はそうまでしてダンピールを根絶しようと企んでいるのか……。
王族の考えがまるで理解できない。
困惑している私を前に、団長さんが話を続けた。
「ハル殿。ダンピールは力が強いが故、王族は、いずれダンピールに王の座を奪われるのではないかと恐れているのだ。」
「そ、そんな。この生活の状況でどうやって?!」
「昔、王族はダンピールを迫害したにも関わらず、ダンピールは立ち上がり王宮に攻め入った。王族はずっとその報復を恐れている。」
「じゃあ、王族が聖魔道士を召喚しようとしているのって、まさかダンピールを……?!」
「『ダンピールを根絶しようと企んでいる』、というのは建前で、本当は……」
団長さんがミレーヌさんに目配せをする。
するとミレーヌさんが隣に座る私を見て言った。
「ワシだよ。ワシは50年前に王宮で召喚された聖魔道士。だからワシを殺すため、ワシに匹敵する聖魔道士を召喚しようとしてるってわけだ。多分な。」
「な」
ミレーヌさんが――――聖魔道士?!
「そ、そんな! それならミレーヌさんを連れ戻せばいいだけの話なのに!」
「ワシは堂々と女王に楯突いて辞表を出したんだよ。『ダンピールを殺すのは反対だ』と。『共存する世界を目指すべきだ』と。『今こうして辺境地だけ分断させているのも、いずれダンピールに制圧される要因になる』とな。」
「つまりミレーヌさんは王族の考えに反対だから、王族はミレーヌさんを敵とみなしているってこと?!」
「しかも辞表を叩きつけるだけ叩きつけて逃亡しとるしな。きっとワシがダンピールの味方についとるとでも思っているのだろう。」
ミレーヌさんが落ち着きを払って湯呑をすする。
でも私はとても落ち着いていられなかった。だってミレーヌさんは、人間だとかダンピールだとか関係なく、誰にでも平等に接している。
薬や治癒だって、種族関係なく請け負っているのだ。
そんな平和主義者を殺そうとするなんて、あんまりだ……。
「ワシらがいた日本はあまりに平和すぎたのかもしれん。ワシらの知らない世界でこうも争いのループが繰り返されているとは。」
「つまり、ミレーヌさんはこのエシリア王国から種族争いをなくそうとしているってことですか?」
「まあな。って、それだけじゃないがな。」
凄い……ミレーヌさんは、本当に偉大な人だ。
だって、せっかく王宮で聖魔道士として召喚されて、きっとこの花街よりもうんと優雅な生活を送っていたはずだ。
それなのに、ミレーヌさんは王族の考えに逆らってまでこの貧しい辺境地で暮らしている。地位や名誉、大好きなお金を捨ててまでここに来たということだ。
感嘆の息を吐いてミレーヌさんを見れば、なぜかミレーヌさんは喉の奥から笑いを殺し始めた。クツクツと声を漏らしている。
「ワシがいずれこの国の王になってやるわ!ひゃははははははは!!!!」
「そ、そうですよね……ミレーヌさんが王様になったらきっとこの国も平和に……ってはい? 王様??」
「考えてもみろ! ワシがこの国の頂点に立てば介護施設を充実できる! 延命治療で安心できる介護サポート制度を根付かせれば、ワシももうあと30年は楽しんで生きられるのだ!」
「え?!! その理由で王様に?!」
この国も高齢化か進んでいるの? それともミレーヌさんが個人的に望んでいるだけ?
私の顔はきっと冷めていることだろう。深刻な話だと思って聞いていたのに。ミレーヌさんてば現実的な野心家だ。
団長さんが一つ咳払いをして私を見た。
「ちなみに今の話は、私とモーギアス副団長しか知らないことになっている。」
「そ、そうなんですね。」
「王族の企みを聞けば、他のダンピールらはなにをしでかすかわからない。ミレーヌ殿のことも、もし本物の聖魔道士だと知られれば、こうして花街で隠れていることがどこで王族に漏れるかわからんからな。」
「あ、あの! じゃあ、なんで私には教えてくれたんです? 私だってどこから漏らすかわかりませんよ?」
ミレーヌさんを見つめると、ミレーヌさんが口角を上げて団長さんに言った。
「フン。そのために今日ここにハルを呼んだのだろう、なあセゲスティよ。お前のせいでかわいい弟子に白状することになったのう。」
「す、すまないミレーヌ殿!」
「しかしそうまでして王命に従いたいかセゲスティ。」
「当たり前だ。ここで反論すれば、それこそダンピールは鎮圧されかねない。給料だって普段の魔物討伐の数倍いいのだからな。」
「確かに金はモノをいうな。」
「それにミレーヌ殿が行けば、それこそこの花街が危険に晒される可能性だってある。」
「それは脅しか?」
「ちがう。私たちだって無理にとはいっていない。ただもしハル殿に同行してもらえるなら、うちの騎士団も安泰なのだ。」
つまり、今回の王命の実態は恐らく、ミレーヌさんをあぶり出すためのもの、ということだ。
もし私が同行したとしても、密偵として監視する王族の誰かに、私の力が知られてしまうかもしれないのだ。
そうなれば、私も王族に命を狙われる――――?
いくら金の延べ棒を積まれたって、優しいミレーヌさんのことだ。私を守るために、今回の遠征を断ってくれるかもしれない。
いや……。やっぱりミレーヌさんは金の延べ棒に目を光らせている。どうしよう。
正直私も騎士団の力になりたい気持ちはある。
「……あ、あの。ミレーヌさん。私、行きたいです。行かせてくれませんか?」
「……マジ?」
「もし私の力が王族にばれてしまったら、もう私、別の場所で暮らしますし。」
「はあ? そこまで覚悟するような話でもないだろう!」
「でも、」
私が話を続けようとすれば、ミレーヌさんと団長さん、副団長さんが襖をじっと見つめる。
何事かと思っていれば、遠くからドタバタと足音が響いてきた。
すると襖が大きくスライドされる。
見れば、ダンさんと、その背中を羽交い締めにしているリヨさんだ。
突然の来訪に目を丸くする。
「聞いたぞ団長! なぜハルを翼竜討伐の遠征などに行かせる?! 頭おかしいのか?!」
「こらメッ! 団長いるとこに突ッちゃ迷惑でしょダンちゃん!!」
「リヨ貴様だろう?! 貴様が団長を唆しハルを遠征に行かせたいと提案したのだろう!! この諸悪の根源!!!」
「こらダンちゃんおすわりッッ!!」
勝手に取っ組み合いの喧嘩を始めるダンさんとリヨさん。
わけもわからず、目を瞬かせる。
どうか魔法で争わないことを願うばかりだ。
「てめぇら殺されてぇのか、それとも身体分割して吊るされてぇのかどっちだ?」
ドレッドヘアの副団長さんが、睨みを利かせて2人を一瞥する。
するとダンさんとリヨさんが、畳に崩れるようにしてへたり込んだ。
ふ? 2人ともなぜか股間を両手で抑えて、うずくまっている。
「ふ、副団長の威嚇攻撃、反則だ……」
「ま、まじ、使いモンにならんくなったら労災、下りまつか……?」
目には見えない魔法攻撃がなされたということなのか。
一瞥しただけで魔法を繰り出すなんて、なんとも恐ろしい方だ。モーギアス副団長さん。
「だ、大丈夫ですか? 痛みますか?! もし酷いようでしたらすぐに『治癒』を!」
そっと2人の背中に手を触れる。あまりに震えているため可哀想になり、背中をさすってみる。
すると今度は、2人とも決死の形相で息を荒げ始めた。
「す、すごい……少し戻った……」
「ああハルりんのお手々で握られるのを想像したらまだ使えることが無事判明したヨ……」
私、背中をさすっただけなのに? そんなにすぐ治るものなの?!
「だ、団長……わるいが、どうしてもハルを遠征に連れて行くというなら、お、俺も行くからな……?!」
うずくまりながらも、団長をギッと睨み上げるダンさん。
(凄い。ダンさんて上司にも平気で自分の意見をはっきりと言えちゃう人なんだ!)
とても上司に対する態度とは思えない。ある意味感心していれば、団長さんが私を見て言った。
「この通り、うちの隊長格は皆頭のネジが3本ほどない。それでもこの2人にあなたを任せたいと思うのだが、それでもいいだろうか?」
隣のミレーヌさんを見れば、すでに金の延べ棒を持って重さを計っている。
「ハル。ワシがお前を縛りつける理由はない。お前の人生、お前の好きにしな。」
そして延べ棒で、ダンさんの頭を強めに殴った。
「ダン。お前がいればちょっと安心だ。ハルを頼んだぞ。」
でもダンさんは、頭と股間を抑えてうずくまったままだった。
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