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前編

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 両親が申し訳なさそうな顔をして、私を見る。同じような顔で見返しながら、私は先ほど言われた言葉を、繰り返すように口にした。

初夜権しょやけん……?」
「そう。――すまない、ノエル……」

 すまないって、何が。なんでそんな、両親ともども、沈痛そうな顔をしているのだろう。
 いや、そもそも、初夜権って――初夜権って、何。
 降って湧いてきた言葉に、思わず気を失いそうになる。き、聞いたことがない。けれど、どう考えても嫌な予感しかしない。だって、良いことだったら、両親も楽しそうに話すだろう。こんな沈痛な雰囲気にはなっていないはずだ。
 口をはくはくと開いて閉じて、を繰り返して、「……しょ、初夜って、初夜?」と思わず問いかける。父が泣きそうな顔で頷いた。

「……エイミール侯爵は知っているね」
「そ、それはもちろん。この領地を治めている領主、でしょ?」
「そう。その、侯爵が……今日、急に、初夜権を行使する、と言ってきて」

 父の視線がゆっくりと落ちていく。母はずっとうつむいたままだ。私と視線を合わせようとしない。睫が微かに震えているのが見える。

「初夜権を拒むことは領民には出来ない。今日の夜にでも、初夜権の行使のために来る、と……」
「ま、待って。初夜権って、つまり、その、えっ。だ、だっ」

 抱かれる、ってこと、なのだろうか。領主に?
 思わず言葉が詰まる。私の言葉の先を自ずと理解したのだろう、父が重く頷いた。

「ま、待って。やだ。やだ! な、なんで?」
「……すまない」
「すまないって――」

 そんな。そんなこと、あって良いのだろうか。信じられない。
 じわ、と眦に涙がにじむ。慌ててそれを手の平で拭いながら、私は首を振った。
 やだ、と言う声が喉の奥から零れるように落ちていく。なんで、こんな。異世界にやってきて、こんな――。
 こんな、酷いこと、されなくちゃいけないんだろう。

「ど、どうしようもないの……?」
「……」

 返事は無い。つまり、そういうことなのだろう。
 領主からの命令は、領民にとって絶対である。ここ、エイミール領に間借りをさせてもらっている立場である以上、拒否をすることは出来ない。
 転生したら普通、良い感じの人生が待っているものなのではないだろうか。それがこんな、まさか、全く見も知らない相手に処女を奪われることになるだなんて、笑い話にもならない。
 神様、あまりにも酷くありませんか。
 う、と呻くような声が漏れる。静かな食卓に、私と、父母の泣き声がそっと広がるのが聞こえた。
 ああ、こんな、嫌だ。戻りたい、と思う。何も考えずに、楽しんで生きていた、昔に。脳裏に走馬灯のように、昔の思い出が駆け巡っていくのが、わかった。



 七歳になり、誕生日を祝われている最中、私は前世のことを思い出した。前世の――そう、二十九歳まで生きて、過労で死んでしまった日々のことを。
 前世は本当に散々な日々だった。大学へ進学し、そこから就職したものの、その就職先がブラック企業だったのである。休みはほとんど無い、昼休憩なんて存在しない、朝から晩まで働いても残業はつかない。ひたすらに忙しいため、転職活動を行う暇すらもなかった。
 そんな私の日々の癒やしが、ネット上に存在する小説や漫画などの創作物だった。会社で荒んだ心を、夜、寝る前のほんのひとときで癒やす。ただ、心は癒やされても体を癒やすためには休息が必要で、私にはそれが足りなかった。結果として、心不全を起こし、私の一度目の人生は幕を下ろすことになった。

 そうして、どれほど経ったのか――二度目の人生が幕を上げた。それも、異世界の、宿屋の娘としての人生が。
 思い出した当日は本当に頭が痛くて倒れ、家族を心配させてしまったりもした。けれどすぐ、記憶の統合と言えば良いのか、前世の記憶と、七歳まで生きてきたノエルの記憶が混ざり合い、混乱は収まった。
 私は、ノエルであって、前世、仕事をし続けて死んだ女性でも、ある。それで問題は無かった。時折七歳の強引な性格が出てしまうところもあるが、基本的には前世の性格の方が主人格として現れるようになった。父母からは「急に落ち着いたね」なんて驚かれたが、さもありなんという話である。

 これが、もし、思春期を越えて思い出していたら、ちょっと大変なことになっていたかもしれない、と思う。早めに思い出すことが出来たのは僥倖だっただろう。
 それからというもの、私はこの剣と魔法のファンタジー世界を楽しむべく、色々なことをしてきた。のだが、現実は非情で、私には剣を扱う才能もなければ、魔法を使う魔力もあまり無かった。もっとこう、転生者チートみたいなものが貰えるかと思っていたのに、そんなことは一切無かった。その時は本当に悲しくて、一晩ぐすぐすと泣いてしまったものである。

 ただ、次の日には立ち直って、直ぐに私は魔法の教本を購入した。魔力自体は少しはあるようなので、練習をしようと思ったのだ。
 木に向かって水魔法をぺしゃぺしゃとかけていた、その時、手元が狂って全く違う方向に水を飛ばしてしまい――しかもそれが、幸か不幸か、見知らぬ獣人にかかってしまった。
 木陰から「ぎゃんっ」と叫ぶような声が聞こえてきたときの驚きときたら、想像を絶する。えっ!? なんか居る!? と慌てて駆け寄ると、うずくまって水を被った少年が、そこに居た。
 白銀の髪、手入れされた肌に反して、少しだけぼろぼろな衣服。大丈夫、と声をかけると、ぴくりと肩が動いて、丸くなった体が解けるように動く。こちらを恨めしそうに見つめる目は、榛色をしていた。

「……人が、居るところで、魔法を使ったらいけないって、知ってる……?」

 大変、殺意のこもった声だった。見ると、彼の頭上には狼のような耳が立っていて、かつ臀部からはふさふさの尻尾が生えている。どちらも髪と同じく、白銀の色をしていた。
 恐らく、狼族の獣人なのだろう。初めて見た。黒目がきゅうっと縦に窄まっていることからして、完全に怒っているのは明らかだった。

「ご、ごめんなさい。本当に。人が居ないと思って……」
「僕はずっとここに居、――っ」

 くち、と少年がくしゃみを漏らす。それをかわきりにするように、彼はくしゃみを連発し始めた。体もがたがた震えている。急激に体温が下がったのもあってか、尻尾がきゅうっと丸まるのが見えた。
 私は慌てて少年の手を引く。これは放置していたら、風邪になってしまうやつだ、と思ったのだ。

「ご、ごめんなさい、本当に。すぐ近くに家があるから、とりあえず来て!」
「は? ちょっ――」

 少年の言葉も聞かずに走り出す。家から少し離れた場所で訓練していたこともあり、数分もかからず自宅に到着した。扉を開けると、母が「おかえりなさい――て、どうしたの、その子」と驚いたような顔をする。

「み、水をかけちゃって……。お母さん、お風呂かタオル使っても良い?」
「それはもちろん。ごめんなさいね、ノエルが大変なことしちゃって」

 母が慌ててタオルをとってきて、私に手渡す。それを直ぐに受け取って、ふかふかのタオルでもふもふの少年を包みながら、直ぐにお風呂へ直行した。
 魔法で湯を沸かす形のお風呂なので、いつでも直ぐに入浴するように出来ている湯涌がある。宿屋ということもあって、何人かが入れるように少しだけ大きめの湯船だ。
 入って入って、と急かすものの、少年がいつまで経っても服を脱ごうとしないので、上半身のシャツを引っ張った。瞬間、少年が慌てたように私の手を押さえる。

「う、うわ、ちょっと、やめて、不敬……!」
「不敬って……」

 少年は見るからに私よりも年下だった。二十九歳プラス七年を生きている私にとって、少年の裸なんてほとんど甥っ子か姪っ子の裸のようなものである。一切何も感じない。
 ――のだが、少年からしたら、ほとんど同い年の子に裸を見られるわけである。そう考えると、脱がす行為は少しばかり酷だったかもしれない。私は彼の衣服から手を離して、そのまま背を押した。

「じゃあ自分で脱いで! お風呂入って! 着替えは用意しておくからそれを着て。この服は洗濯しておくから」
「き、きみ、何。一体、なんなんだよ。誰に何をしているのかわかっているの?」
「名前は?」
「えっ?」
「名前」
「え、あ、い、……イオ、……イオ」
「イオイオ?」
「イオ! イオ、だよ」
「私はノエル。これで名前わかったから、大丈夫だよね」

 は、と少年が口を開けた。へ、へりくつ、という声を背中に受けながら、私はすぐに脱衣所から外へ出る。文句は後で聞くから、というと、扉を隔ててぶつぶつと口にして声は次第に小さくなった。

 程なくして、少年は風呂から上がった。宿屋ということもあって、着替えはいくつか色んなサイズで用意してあることもあり、少年の体にぴったりなサイズのものを用意することが出来た。少しごわっとしているのか、しきりに衣服の裾を気にしながら、彼は「……あったまった」と拗ねたような顔で続ける。言葉の通り、ほわほわと体から湯気が立っていたので、存分に堪能してくれたのだろう。
 それにしたって、少年は綺麗な子だった。どうしてあんな木陰で、隠れるようにして丸くなっていたのかがわからない。何をしていたのだろう。疑問を投げるより先に、少年は私をきっと見つめる。

「これで良いんだろ。文句、言うから!」

 濡れた髪をがしがしとタオルで拭きながら少年は私の傍に寄ってくる。先ほどまでしょんぼりしていた耳と尻尾は、暖かなお湯につかったからというのもあってか、ぴんと元気よく立っていた。むしろ毛が逆立っているようにも見える。大概怒っているのかもしれない。
 恐らく風呂の最中、ずっと私への文句を考えていたのだろう、顔が険しかった。多分、精一杯怖くしようとしているのだろう。あまり怖くは無いが。むしろなんだか少し可愛い。

「文句は、うん、言っていいよ。どうぞ。でも、それより先にこれ」
「な、なに、これ」
「花の蜜を加えた牛乳だよ。あっためておいた。なんと体力回復効果もあり!」
「はあ? こ、これが……、その、なんで……、僕に」
「濡らしちゃったから、これで体温めて。美味しいよ」

 目の前でコップに口を付けると、少年は微かに顎を引いた。そうして、「これを飲んだら文句言うから……」と恨み言を口にしつつ、同じように口を縁に付ける。瞬間、彼の頬がバラ色に染まるのが見えた。多分、味が口にあったのだろう。こくこくと一気に飲むと、彼はすぐにコップを置く。中身は空になっていた。さっきまで怒りに燃えていた尻尾が、楽しげに揺れているのが見える。

「……二杯目飲む?」

 これが、私とイオの出会いである。


 狼の獣人であるイオは、それから後も、何度か遊びにやってきた。服はぼろぼろな時もあれば、清潔な格好をしている時もある。両極端、と言えば良いのだろうか。疑問に思ったが、問いかけることはしなかった。何かしら理由があるのだとすれば、不躾に問いかけるのも無粋だろうと判断したのである。
 
 何度目かの遊びを経て、いつも来てくれるのが悪いから、と私がイオの家へ遊びに行くと言うと、彼は首を振った。

「僕の家は色々難しいから」
「難しい?」
「そう……色々。色々あって、大変なんだ」
 
 にわかにイオは落ち込んだような表情をみせた。家族や家の話は、彼にとっては地雷なのかもしれない。今後は口に出さないようにしよう、と決めながら、しょんぼりとした耳と尻尾を両手でもふもふっとする。イオが慌てたように「うわっ」と声を上げた。

「な、何して……」
「落ち込んでるから。もふもふしたら、元気が出るかなあって」
「あのさぁ! 獣人族の耳や尻尾は勝手に触ったらいけないんだ」
「どうして」
「どうして、って。……ぞわぞわするんだ。人間だって、耳とか触られたら嫌なくせに」

 イオは微かに拗ねたような表情を浮かべる。耳。触られてもあまり嫌ではない。触る、と首を傾げると、イオはびっくりしたような顔になって、それから「は、え、耳を?」と声を荒げた。

「人間の耳なんて触っても面白くないのに、どうして触る必要があるの」
「確かに。人間の耳って面白くないよね。毛もないし、ぬるっとしてるし」
「ぬるっ……、……としてるかはわからないけれど。とにかく、別に良い。だからノエルも触るの、止めて」

 イオは少しだけ早口に言葉を続けて、耳を軽く振って見せた。ふわふわの耳も尻尾も、私にとってしたら触りたくて仕方無い形をしているのだが、イオはどうにも許してくれないようである。残念、なんて思いながらじっとイオの耳と尻尾を名残惜しげに見つめていると、イオがまた、やはり早口に言葉を続けた。

「というか、そう、家は――家は、僕が遊びに来れば、それでいいでしょ」
「それは確かにそうだけれど、大変でしょ。イオ毎日どこから来てるの? 真ん中あたりで待ち合わせようよ」
「それは、別に。ノエルが居るから、大変じゃない」

 イオは首を振って答えた。少しだけ頬を赤くして、それでも、必死に零すように声を発する。尻尾が緊張したようにぴんと突っ張っているのが見えた。
 その様子がなんだか可愛くて、小さく笑うと、イオは少しだけ拗ねたような顔をした。けれど一瞬後には、直ぐに表情を塗り替えて、同じように笑う。
 榛色の瞳。夕焼けを薄くしたような、そんな色の瞳が、私は好きだった。

 イオは物知りで、私が魔法の練習をしていると見かねて訓練をしてくれるようになった。
 ある日、私の買ってきた本が偽物だったことがある。それを知らずに私は教本通りの魔法を練習して、暴発させた。手が燃え、すぐに鎮火はしたものの大きな火傷を負った。呆然と爛れた手を見る私に、イオが走り寄ってきたのを覚えている。

「何して……!」
「えっ、あ、ま、魔法――」
「魔法って……。こんな、ひどい。痛そう……痛い、よね」

 イオが小さく息を吐く。私よりも泣きそうな顔を浮かべたまま、彼は首を振った。そうして「今から、するのは、見なかったことにしてほしい」と言う。
 何を、というよりも早く、彼は私の両手に触れるか触れないかの位置で手を掲げ、目を閉じる。白銀の髪がきらきらと輝いて、粒子のようなものが空気中に瞬くように光るのが見えた。
 見たことの無い魔法だった。炎魔法でも、水魔法でもない。光を操っているような、――そんな魔法。怪我を治癒するなんて魔法は、高位の人間か、選ばれた存在にしか許されない魔法だ。もしかして、イオも、そういう存在なのだろうか――。
 飛び散る粒子が私の手にふよふよとくっつき、少しずつ――少しずつ、傷が痛くなくなっていく。爛れた皮膚が元の形に戻り、赤くなった指先が本来の色を取り戻す。
 少しもすると、手の平は元通りになっていた。思わず裏、表、と日の光にすかすように見つめる。どこにも傷跡は無い。

「イオ、ありがとう――」

 凄い魔法を見てしまった。感謝を述べると同時に、どん、と体にイオがぶつかってきた。そのままぎゅうっと抱きしめられる。耳が震えていた。尻尾が、私の体を抱きしめるようにきゅうっと巻き付いてくる。
 不安にさせて、心配させてしまったのだ。それも当然だろう、目の前で人の手が急に燃えるだなんて、どう考えても衝撃的な場面だ。

「ご、ごめんね、イオ」
「……け、ケガしないで。もう、絶対、ケガしちゃ、ダメだよ」
「頑張る」
「頑張るじゃなくて、絶対!」

 イオの声は震えていた。私はそれに応えるように、イオの背中に手を回した。
 それから、イオは私が買ってきた魔法書を見るようになった。これは本物、これは偽物、と分けてくれるようになったのである。ちなみに偽物を購入した場合、その魔法書はイオの手によってもの凄い勢いで燃やされることになる。正直、魔法書はまあまあ高いので、もの凄く財布に痛かった。だが、偽物であることがわかっている以上、売るわけにもいかないし、誰かにあげるわけにもいかない。精々鍋敷きにするくらいしか役割が無かったので、仕方無いことでもあったのだろう。

 偽物を何度か燃やされることが続いてからは、イオに買い物に付き合ってもらうようにした。
 イオは買い物が下手で、というより値切るということをしないのでふっかけられたままの値段で買い物をするきらいがあり、慌てて私が仲裁に入ったこともある。一緒に街中を歩きながら、露天で物を買ったり、ご飯を買い食いしたりする時間は、嫌いじゃ無かった。楽しかった、と思う。
 イオもきっと、同じことを考えてくれていたはずだ。

 考えて見れば、イオは私の人生において、色々な場面で登場する。幼なじみというか、昔なじみというか、そういっても過言では無いだろう。沢山の日々を重ねて、沢山の思い出を積み重ねた。イオはほとんど私にとって、切っても切り離せない大切な人だ。

 ただ、最近は会っていない。それだけが心残りと言えば、心残りだろうか。せめてさよならを言ってから、別れられることが出来たら良かったのに。
 数年前、――イオは、士官学校に入ることになった。だから、今は遠くに居る。
 別れを告げられた日のことは、きちんと覚えている。イオはあの日、らしくなく耳も尻尾もへたりとさせて、私の魔法の訓練を見ていたのだ。一通り魔法を終えると同時に、静かに息を零して、声を発した。

「……ノエルは魔法、上手くなったよ。僕が居なくても大丈夫なくらいに」
「そう? そうかな。まだまだだよ。イオが居ないと、偽物の魔法書の見分けもつかない」
「ノエルに、僕は必要?」
「必要っていうか――友達だから。必要とか、そういうのじゃなくて、なんていえばいいのかな、ずっと一緒に居たいとは思って居るよ」
「ずっと一緒」

 イオは私の言葉を繰り返す。そうして、ふ、と泣きそうな顔で笑った。

「ねえ、ノエル、僕、エイミール領外の士官学校に行くことになったんだ」
「士官学校に……?」
「そう。家の事情で……。だから、三年は帰って来られない。けれど、ノエルは、待っていてくれる?」
「それはもちろん。待ってるよ」

 だって友達だから――なんて拳を握る。イオは微かに瞬いて、待っててね、と続けた。

「約束だよ。絶対に待っていて。絶対に迎えに行くから」

 そうして、現在に至るまで、イオとは疎遠になったのである。
 と言っても、イオからの手紙がいくつか届いてはいた。今日はこうした、今季はこういうことがあった。それらにいくつか返事をしている内に――時間が過ぎて。
 私は、とある商家に嫁ぐことになった。

 私が転生した先の家は、裕福な家庭だった。子どもも私一人ということもあり、沢山の愛情を注いでもらったと思っている。だからこそ、少しずつ――少しずつ、その裕福な家庭に影が差し、宿屋の経営が傾いてきて、お金が必要になってきて、食事が少なくなってきて――、なじみの商家から、そちらの家から嫁を出せばその代わりに経済援助する、という連絡があったとき、私は一も二も無く乗った。
 父母は泣いていた。けれど、転生して、ここまでずっと沢山遊ばせてもらって――なら、家族が大変な時に、役に立つべきだという気持ちが湧いたのである。
 両親は私を愛してくれた。私も両親を愛している。ただそれだけのことだった。

 イオへの手紙に、近々結婚することを書いて送った。両親は私とイオの関係をずっと気にしているようだった。本当なら、イオと、と母が何度か口にしてきたが、全部首を振って返した。
 イオへの気持ちが無かった、とは言いづらい。沢山の日々を過ごす内に、私はイオのことを好きになっていた。多分、イオも、私のことを好きで居てくれたんじゃないだろうか。
 なにせイオは隠すのが下手だった。耳も尻尾も、彼の感情をダイレクトに伝えてくれていた。
 だから、わかる。そして、その思い出だけで、私は生きていける。
 ――そう思って居たのに。

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