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癒術士試験

34.精霊の贈り物

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「ということで、私は癒術士としての試験を受けることにしたの!」

 むん、と胸を張る。折角だし、ミュートス家の面々が揃う、朝食の場で、きちんと表明をしておこう、と思ったのだが――。
 タリオンおじさまとカイネはぱちぱちと拍手をしてくれるものの、リュジと言うと、なんとも言えない顔でこちらを見るのみである。

「……メルが?」
「そうです。ユリウスからもお墨付きをもらったので」
「……癒術士の試験、出来るのかよ」
「で、出来るよ。実技が多いらしいから」

 筆記が多かったら少し不安だったが。ぐっと拳を握ると、リュジは軽く目を瞬かせた。そうしてから、「それなら、まあ、メルなら通るだろうな」と続ける。
 ……筆記があったら通らなかった、と言いたげなのはもう横に置いておくとして、リュジ、そしてカイネからも合格するであろうというお墨付きを貰ってしまった。これはもう、確実に合格し、資格を手に入れることが出来るだろう。

「メルは初めて癒術士としての資格を取るわけだから、三級になるんだね」
「はい。二級までは確か試験で取るんですよね?」

 タリオンおじさまの言葉に頷く。
 一級は何かしらの功績を残すことで、皇帝から授与されるはずだが、それ以外の二級、および三級の資格であれば試験を受けることで手に入れることが出来るのだ。
 試験があるのには理由が存在する。そもそもの絶対数が少ない癒術士を、国が抱え込むため――というのが理由の一つ。それともう一つは、ランク付けすることによって、癒術士がおのおのの力量にあった患者を治療するように、である。

 人を癒やす力を持っている、ということを驕ることなく、そして、過信することなく――己の手に持てる分だけを、救う。後はもし、もしもの話だが、戦争になった時には癒術士の数が戦況を変えると言われているので、それもあるのだろう。

「らしい、ね。すまない、ミュートス家から癒術士が出たことは無くて……、勉強不足だね。きちんと調べておこう。なんにせよ、試験を受けるというのなら、協力を惜しまないよ」
「ありがとうございます、助かります」

 頷いて返す。こんなに支援してもらえて、ありがたい限りである。心中で手を合わせてお礼しながら、私は今日の朝ご飯のパンに手を伸ばす。ふかふかのパンは、今日の朝に焼いたもののようで、手に持つと少しだけ暖かい。千切ると、存外中身がもっちりしているのがわかった。
 口に含む。うん、美味しい。なんだか、朝ご飯が美味しいと、その後の一日が全部上手く行くような心地がするから不思議だ。

 タリオンおじさま、リュジ、カイネとの朝食を済ませる。部屋に戻ってユリウスを待ち受ける用意をしながら、ふと窓の外へ視線を向けると、タリオンおじさまが馬車に乗る所が見えた。
 恐らく、王都に行くのだろう。――トゥーリッキに会いに。

 花冠祭の諸々があってからというもの、タリオンおじさまは、トゥーリッキとの時間を多く取るようになった。今までつかず離れず、トゥーリッキのしていることを見とがめつつも、それでも口に出すことはしなかったのに、今はそうでもない。
 わかりあう努力をしている、とタリオンおじさまは言っていた。

 トゥーリッキはというと、今までと同じように、一ヶ月のうちのほとんどは教会近くにある別邸で過ごしているらしい。時折帰ってくるが、以前のようにカイネ、カイネ、とカイネをしきりに呼び、傍に置く――ということは無くなった。
 これから、どうなるかはわからない。もしかしたらまた前のように戻るかもしれない。けれど、それでも、崩壊しきった家族関係が、いずれちゃんとした形になるのではないか――なんて、私は思ってしまう。――きっと、そうなったら、良いのに。

 なんにせよ、夫婦は今歩み寄りの時期であるらしい。いつか、タリオンおじさまから良い知らせが来るのを待とう。
 良い知らせと言えば、以前の花冠祭でカイネから咲きかけの蕾を貰ったが、それはきちんと咲いた。花冠祭から一週間ほど経った頃だろうか。貰った蕾を大事にしていたある朝、不意に、花びらがゆっくりと開きだしたのだ。呼吸を止めて必死で見ていると、開ききった花びらの中から、ころりと何かが出てきた。
 宝石である。美しい、薄緑色のものだった。まさか花から宝石が出てくるなんて思ってもみなかったので、大騒ぎでカイネの元に向かうと、カイネは悪戯が成功したとばかりに笑みを浮かべて私を迎えた。

 それから――その宝石は、私のベッドの近くに置いてある。リュジの花、そしてユリウスからもらった花とともに。
 私の宝物は何か、と言われたら、きっとその三つをあげるだろう。

 窓から視線を移して、ベッドサイドのテーブルを見る。朝日を浴びて、美しく輝くそれらをじっと眺めていると、不意に扉がノックされた。次いで、リュジ様がお越しです、と侍女が言う。
 どうぞ、と返すなり、ゆっくりと扉が開いて、リュジが中に入ってきた。

「メル、癒術士の試験についてだけど、いくつか本があったから持って来たんだ」
「リュジ。えっ。調べてくれたの?」
「――少しだけ。それで、三級の試験については、基本的に一級癒術士が出した実地試験を解けば貰えるらしい」
「そうなんだ……」

 はあ、と思わず息を吐く。リュジは部屋の中央、普段は勉強などに使うテーブルの上にいくつかの本を置いた。

「これらが役に立つと思う」
「リュジはなんでも知ってるねぇ」
「普通だろ。これくらいなら、きっと他の奴らも知ってる」

 そうではないと思う。現に私は知らなかったし、タリオンおじさまも試験の話をしたときはタジタジしていたと思う。
 努力を努力と思わないところが、リュジの美徳ではあるが――。
 私はリュジの傍に足を進める。リュジは成長した。――柔らかな頬が少しずつ、すっきりとした輪郭へ変わっていくのを見ると、なんだか少しだけ悲しい気持ちになる。推しが成長するところを見るのは、楽しいけれど、少し、切ない。

「リュジは凄いよ、ありがとう。調べてくれて――読むね」
「――まあ、その、……どういたしまして」

 真正面から褒めると、リュジは僅かに顎を引いて、それから困ったように笑う。この! この笑い方! 少しだけ眉尻を下げて笑う感じ! 最高である。思わず抱きしめたくなってしまう。なんだろう、この庇護欲をそそるというか、そういう感じの笑い方。幸せになって欲しい。
 正直、私は推しを幸せにするために転生してきたといっても過言ではない。私の人生をかけて、リュジとカイネを幸せにすることを再度心に誓っていると、再度ノックの音が響いた。

 ユリウスが来たのだろうか。誰ですか、と声をかけると、直ぐに侍女の応えがある。

「大変申し訳ございません、その、メルお嬢様へ、と書かれたお荷物が届いており……」
「私に?」
「はい。――郵便を経たものではないらしく……」
「ああ、いつものかな。どうぞ、入って」

 声をかけると、扉が開く。そうして、ゆっくりと中に入ってきた侍女は、柔らかな布を手にしていた。その上には、沢山の花や果物、山菜などが盛りだくさん入っている。そうして、いつもと同じように、手紙――『メルへ』とだけ書かれた紙が、付け加えるように置かれていた。

「なんだよ、これ。いつもの?」

 リュジが疑問に満ちた声を出す。それはそうだろうな、と思う。そういえば、リュジにも、カイネにも伝えていなかった。私は首を振って、侍女から布をそのまま受け取る。

「そう、いつもの。なんだろ、今年の春くらいからずっと、屋敷の庭とかに布に包まれて置いてあるんだよね」

 毎日、――という、わけではない。だが、いつもの――で私と侍女で通じることが出来るくらいには、何度も何度も、置かれているものだった。

「そんな……不気味なものを、どうして受け取るんだよ」
「タリオンおじさまには伝えたんだけど……精霊の仕業じゃないかって」

 一応、というか、多くの貴族がそうであるように、貴族の屋敷には結界のようなものが張られている。それらは魔物や魔獣の類いを弾き、人の悪意を跳ね飛ばす。だから、それらに弾かれず中に入ってくる時点で、こちらに敵意が無いと言うことである。しかも、警備の目も欺いている。いつのまにか、本当に、ふ、と目を離した隙に置いてある贈り物は、恐らく精霊によるものではないか、という話になったのだ。

「だから大丈夫――」
「大丈夫じゃない。その、メルは知らないかもしれないけれど、昔イストリア帝国では子どものチェンジリングがよく起きていて――しかも、更に言えば、精霊に浚われた子どもだって居るくらいなんだ。その子が居た場所に、まるで子どものお代みたいに、こんな風に花や果物を置いて……」

 笑いながら済ませようと思ったのだが、リュジはそう受け取らなかったらしい。リュジは少しだけ怒ったような口調で早口に言葉を続ける。

「もちろん、精霊の全てが悪いわけじゃ無い。加護をもたらすものだって居る――けれど、そんな、危ないだろ。物を受け取っただけで、相手から結婚に承諾したと思われていたらどうする?」
「ええ、そんな。大丈夫だよ」
「駄目だ! 良いから、次からは絶対に受け取らないこと。この贈り物も、もとあった場所に戻してくるほうがいい」

 やけに強く言う。どうしてそこまで嫌がるのだろうか。少しだけしょんぼりとするが、かといって戻さないわけにもいかない。リュジがここまで言ってきたのに、それを無視することなんて出来ないだろう。
 でもなぁ。でも。

「折角貰ったのに……」
「だから――だから。どうするんだよ、成人したときに果物を受け取っていたからって、精霊に連れて行かれたら! 言っておくけれど、そんなことになったら俺は相手の精霊を追うし、兄様だってメルを助けに行くと思う。イストリア帝国の土地を精霊の血で汚したくないだろ」

 は、発想が野蛮。流石、ラスボスの悪役令息になるだけある! ――なんてぼんやりと思いつつ、私は侍女に今まさに受け取った布をそのまま返した。それから、一応、と『メルへ』と書かれた紙の裏に『ごめんなさい。受け取れません』とペンで文字を書く。

「ごめんなさい、戻してきてくれる?」
「それはもちろん、大丈夫です。きちんと戻しておきますね」

 侍女が頷く。ゆっくりと頭を下げて出て行く姿を眺めてから、小さく息を吐く。

「……まさかメル、精霊と結婚したかった、とか、言い出さないよな」
「いや、それは言わないけれど。ただ……送ってくれた子に悪いなあって思って」

 姿形は見えなかったけれど、数ヶ月ずっと贈り物をしてきたのだ。急に突き返されたら、きっと驚くだろうなあ、なんて少しだけ良心が痛む。リュジが小さく首を振って、「これで諦めてくれると良いんだけど」と、囁くのが聞こえた。
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