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22 アリーシャ視点

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「お嬢様、旦那様がお呼びです」


 お姉様がいなくなってから、私は何もする気が起きずに部屋でただぼうっと過ごしていた。
 お祖母様の所にいるだろうお姉様に、直接謝りに行く勇気もない。

 そもそも、会ってくれるかすらわからない。


「…何かしら…」


 あの話し合いをした日から、お父様にもお母様にも会っていない。食事すら部屋で取っている。お姉様がいる時は、みんなで食事をして色んな会話で盛り上がったのに。
 今はもう何を話せば良いのかもわからない。
 お姉様は会話の振り方が上手い。


「至急執務室へ来るようにと」
「行くわ」


 突然何だろうか。まさか、あの方の事がバレたのでは…そんな不安が頭を過ぎる。あのパーティーから、あの方とも連絡も取れていない。
 いや…もう取るべきではないのかも知れない。
 あのパーティーで、婚約者と和かにダンスをしている光景を最初から最後まで見てしまった。目が離せなかった。


「今まであんな風に笑ってた事なんかない…」


 あれはメッセージだったのだ。諦めてくれと、運命は変えられないのだと。在るべき人が在るべき場所にいる。ただそれだけの事なのに、あの時の私はそれが認められなくて…。たいして強くもないのに近くにあったワインを飲んだ。


「あのまま記憶がなくなればいい…なんて、馬鹿みたい」


 結局、私が大切に抱えた想いは独りよがりで…かけがえのない人を踏みつけにした上に成り立っていただけ。一歩引いてみれば、それは酷く脆い…触れれば壊れるような物だった。


「お姉様まで…傷付けて…」


 浮かびそうになる涙を必死で堪える。私が泣くのは、違う気がする。自分のやりたいようにして、全く関係のない人を傷付けて…泣きたいのはお姉様の方だってわかってる。


 だから。


「…この想いは…もう諦めるの…」


 私はそう呟き、部屋を出た。


「お嬢様、最近はお元気がないですが…何かありましたか?」


 リナが心配そうに尋ねてくる。運命の人と思った人と結ばれたいがためにお姉様を傷付けてお義兄様との婚約をぶち壊した…それが真実だけど、言えなかった。
 心の中の奥深くに眠る、私の弱さ。お姉様なら、周りの事もちゃんと見て、冷静に判断が出来たんだろう。私は、お姉様には絶対に敵わない。


「何もないわよ…ただ、自己嫌悪に陥っただけなの」
「そうなんですか…」
「うん、自業自得なんだけどね」


 お父様の執務室の前まで来て、このドアが分厚く、重い…まるで冥界の入り口のように思えた。それ程、この前のお父様が恐ろしく感じられたのだ。
 今までしてきた『悪戯』で、あんな雰囲気になった事はない。


「お父様、アリーシャです」
「入れ」


 短くそう告げられた一言に、足がすくむ。それでもどうにか一歩を踏み出して、ゆっくりとドアを開けた。


「座りなさい」


 お父様とお母様が、難しい顔をして目の前にいる。やはり何か良くない事なのか。私はどうすれば良いのか。


「…リュダールから先触れが来た。今からサイラス殿下がこちらに来るそうだ」
「…っ!!」
「やはりお前の相手はサイラス殿下だったか…」


 お父様は額に手を当てて、深い溜息をついた。お母様は落ち着いた様子でお茶を飲んでいる。


「やはり…とは、知っていたんですか」
「確信半分、疑い半分と言った所ね。青い石と薔薇のモチーフでサイラス殿下かと思ったの」
「なっ…私の部屋を見たんですか…!!」
「あら、隠れてコソコソしてたのはお互い様でしょう?人にされるのは嫌なの?」
「…っ!!」


 お母様の言う事はもっともだ。私だってお姉様に隠れてコソコソとお義兄様にサイラス殿下からの贈り物や手紙を届けて貰っていた。そして、それを見続けたお姉様が出ていってしまったのだ。


「それで?殿下は何をしにここに来るのだと思う?アリーシャは知っているよね?」
「……こ、来られると言う事は…き、求婚…かと…」
「へぇ?じゃあ、殿下はブランシュ様との婚約は解消したのかな?」
「…お、恐らく…」


 私は唇の端が上がりそうになるのを堪えた。サイラス殿下は私を愛してくれていた!!あの言葉は嘘じゃなかったんだ!!嬉しい!!


「求婚ねぇ…ブランシュ様と婚約を解消したすぐに求婚なんて…ありえないわね…」
「え…」


 お母様が吐き捨てるように言った。一瞬で私の浮かれた気持ちが凍りつく。どうして…私達の愛は本物なのに…やっとサイラス様と結ばれるというのにお母様は私の幸せを喜んではくれないの?


「どうして喜んではくれないのか、という顔ね?」
「…っ」


 ひたり、と冷たい眼差しのお母様に見据えられて、肩が揺れた。お母様のこんな顔を見るのは初めてだった。私が『いけない事』をしたと言われている気分だった。


「あなた達は、三人で寄ってたかって二人の令嬢の未来を潰したのね」


 にこりと笑ったその顔に、よく知った優しい母の姿はなかった。


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