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第1章 海の向こう
2.ちいさな世界
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それから、あたしたちはよく一緒に遊んだ。ボール投げ、水鉄砲、砂場を海に見立てたごっこ遊び、ブランコで1回転できるかという実験、ありんこいじめ、サンダル飛ばし。飽きっぽいあたしは次々に遊びを提案したけど、海は嫌がる様子もなく付き合ってくれた。
海は木登りが得意で、木陰のベンチと太い枝をうまく足掛かりにして、するするとリスのように木を登った。あたしも最初はおそるおそるだったけれど、すぐに木の上が好きになった。葉が生い茂っているから涼しいし、そこから景色を眺めているのは楽しかった。下にいる人たちは、あたしたちが見ていても全然気づかない。
「ここ、いい場所だね」
初めて木に登ったとき、あたしは言った。
「だろ。おれが見つけた場所だ。誰にも言うなよ」
「うん、言わない。みんな登ってきちゃったらつまらないもん」
あたしたちはそこで、気が向いたときだけ、ぽつりぽつりと話した。そして、どうやら海はほぼ毎日この公園にいるらしいこと、家はあるけれどあまり帰りたくないこと、よくお腹を空かせていることなどがわかった。だからあたしは、毎回何かおやつを持っていくことにした。木の上で食べるとピクニックみたいでおもしろかった。
「おれさあ、いつか本物の海に行ってみたいんだよね」
あるとき、風呂敷で作ったハンモックで揺れながら、海はつぶやいた。
「今はまだ、遠くてひとりじゃ行けないけど」
あたしたちが住んでいる町から近くの海岸までは、車で小一時間かかる。
「あたしは、潮干狩りなら行ったことあるよ。アサリがこーんなにいっぱいとれるの!」
あたしはバケツいっぱいのアサリの山を手で表現する。
「でも海と一緒だったら、もっと楽しそう」
「海と一緒に海って、ダジャレかよ」
「いいじゃん。海と一緒に、海に行きたいなあ」
「やめろって……まあ、いつかな」
あたしたちが交わした、何度目かの大事な約束。
「でもやっぱり、歩きじゃ無理だ」
「自転車もあるよ。後ろに乗せてあげる」
「いやだよ、あんな補助輪つきの」
「えーっ。じゃあ外すから練習手伝って」
余計な事言っちゃったなあという顔の海に、してやったりという気分だった。こうして、翌日から父さんに補助輪を外してもらった小さな赤い自転車で、灼熱の猛特訓が始まる。
補助輪なしで走れるようになってから、あたしたちの行動範囲は広がった。さすがに海までは遠くて行けなかったけど、いつもとはちがう噴水のある大きな公園や、大きくてよく吠えるシェパードがいる家、子ども好きでいつだってお菓子をくれるおばあさんのいる文具店などを転々とした。
お気に入りは民家のわきを流れる細い川だった。川といっても幅2メートルくらいの側溝で、橋の上に寝そべってじっと見ていると、自分たちが水の上を進んでいるような錯覚が起こる。
「この川は海につながっているんだ」
海がそう言ったので、あたしはうれしくなって、ゆるやかな水の流れにいろいろな想像を膨らませて流した。あたしたちは小さなクルーザーに乗っていて、海は船長。あたしは、デッキチェアで優雅にアイスクリームを食べている。たまには海に潜ってイルカと遊ぶ。そうして、ふたりで世界中を航海してまわるんだ!
「あー、早く大人になりたいなあ」
「うん。おれも」
「やっぱりクルーザーって、免許いるのかなあ?」
「……なんの話?」
あたしは将来の無謀な計画について海に話した。意外にも海はノリノリで、「だったらおれは水上スキーがしたい」と言った。「それならあたしはサーフィン!」という具合に妄想はどんどん膨らんでいき、想像の上だけで世界を半周した。楽しくて楽しくて、誰にも、何にも邪魔されないで、この時間が永遠に続けばいいのにと思った。
だけどこの数日後、海は突然姿を消した。
いつもの公園に行くと、たいていあたしよりも先に来ている海の姿がなかった。あたしは木の上に登ってお菓子を食べながら待っていたけれど、結局日が暮れても来ないのであきらめて帰ることにした。
次の日も、その次の日も、海はやって来なかった。
あたしは不安になって、海のいそうなところを探してまわった。
「海ーっ、どこだーっっ」
チリンチリンと自転車のベルを鳴らし、住宅街を縦横無尽に走った。今思えば、かなり近所迷惑だったと思う。
それでも、とどまるわけにはいかなかった。探すのをやめたら、海が本当に戻ってこなくなってしまうような気がした。
「おーい! 海ーっ!」
噴水のある公園も、おっかないシェパードがいる家も、閑散としている文具店も、スーパー、図書館、空き地も、ふたりでよく行った川も、思いつくところは全部探した。でも、海は見つからない。
どうして家の場所を聞いておかなかったんだろう? 海だって歩いて来てるから、そう遠くに住んでいるわけじゃないはずなのに。
……いや、聞いてみたことはあった。だけど、海は教えてくれなかった。
「家っていうのは、くつろげる場所のことだろ。だったら、おれの家はこの公園だ」
そんなことを言ってはぐらかされた。たぶん本心だったんだろう。けど、これ以上は話さないぞっていう海の意思も伝わってきた。
あたしだって知られたくないことはある。妹の粉ミルクをこっそり飲んでみたらまずくて噴き出しちゃったこととか、部屋で側転の練習をしようとして壁に穴をあけちゃったこととか。だから、無理に聞き出すことはしなかった。
でもこの時は、やっぱり聞いておけばよかったなとすごく後悔した。
「海のばかーっ! 戻って来ーい!」
橋の上で、水面に揺れる夕日に向かって、あたしは思い切り叫んだ。
海は木登りが得意で、木陰のベンチと太い枝をうまく足掛かりにして、するするとリスのように木を登った。あたしも最初はおそるおそるだったけれど、すぐに木の上が好きになった。葉が生い茂っているから涼しいし、そこから景色を眺めているのは楽しかった。下にいる人たちは、あたしたちが見ていても全然気づかない。
「ここ、いい場所だね」
初めて木に登ったとき、あたしは言った。
「だろ。おれが見つけた場所だ。誰にも言うなよ」
「うん、言わない。みんな登ってきちゃったらつまらないもん」
あたしたちはそこで、気が向いたときだけ、ぽつりぽつりと話した。そして、どうやら海はほぼ毎日この公園にいるらしいこと、家はあるけれどあまり帰りたくないこと、よくお腹を空かせていることなどがわかった。だからあたしは、毎回何かおやつを持っていくことにした。木の上で食べるとピクニックみたいでおもしろかった。
「おれさあ、いつか本物の海に行ってみたいんだよね」
あるとき、風呂敷で作ったハンモックで揺れながら、海はつぶやいた。
「今はまだ、遠くてひとりじゃ行けないけど」
あたしたちが住んでいる町から近くの海岸までは、車で小一時間かかる。
「あたしは、潮干狩りなら行ったことあるよ。アサリがこーんなにいっぱいとれるの!」
あたしはバケツいっぱいのアサリの山を手で表現する。
「でも海と一緒だったら、もっと楽しそう」
「海と一緒に海って、ダジャレかよ」
「いいじゃん。海と一緒に、海に行きたいなあ」
「やめろって……まあ、いつかな」
あたしたちが交わした、何度目かの大事な約束。
「でもやっぱり、歩きじゃ無理だ」
「自転車もあるよ。後ろに乗せてあげる」
「いやだよ、あんな補助輪つきの」
「えーっ。じゃあ外すから練習手伝って」
余計な事言っちゃったなあという顔の海に、してやったりという気分だった。こうして、翌日から父さんに補助輪を外してもらった小さな赤い自転車で、灼熱の猛特訓が始まる。
補助輪なしで走れるようになってから、あたしたちの行動範囲は広がった。さすがに海までは遠くて行けなかったけど、いつもとはちがう噴水のある大きな公園や、大きくてよく吠えるシェパードがいる家、子ども好きでいつだってお菓子をくれるおばあさんのいる文具店などを転々とした。
お気に入りは民家のわきを流れる細い川だった。川といっても幅2メートルくらいの側溝で、橋の上に寝そべってじっと見ていると、自分たちが水の上を進んでいるような錯覚が起こる。
「この川は海につながっているんだ」
海がそう言ったので、あたしはうれしくなって、ゆるやかな水の流れにいろいろな想像を膨らませて流した。あたしたちは小さなクルーザーに乗っていて、海は船長。あたしは、デッキチェアで優雅にアイスクリームを食べている。たまには海に潜ってイルカと遊ぶ。そうして、ふたりで世界中を航海してまわるんだ!
「あー、早く大人になりたいなあ」
「うん。おれも」
「やっぱりクルーザーって、免許いるのかなあ?」
「……なんの話?」
あたしは将来の無謀な計画について海に話した。意外にも海はノリノリで、「だったらおれは水上スキーがしたい」と言った。「それならあたしはサーフィン!」という具合に妄想はどんどん膨らんでいき、想像の上だけで世界を半周した。楽しくて楽しくて、誰にも、何にも邪魔されないで、この時間が永遠に続けばいいのにと思った。
だけどこの数日後、海は突然姿を消した。
いつもの公園に行くと、たいていあたしよりも先に来ている海の姿がなかった。あたしは木の上に登ってお菓子を食べながら待っていたけれど、結局日が暮れても来ないのであきらめて帰ることにした。
次の日も、その次の日も、海はやって来なかった。
あたしは不安になって、海のいそうなところを探してまわった。
「海ーっ、どこだーっっ」
チリンチリンと自転車のベルを鳴らし、住宅街を縦横無尽に走った。今思えば、かなり近所迷惑だったと思う。
それでも、とどまるわけにはいかなかった。探すのをやめたら、海が本当に戻ってこなくなってしまうような気がした。
「おーい! 海ーっ!」
噴水のある公園も、おっかないシェパードがいる家も、閑散としている文具店も、スーパー、図書館、空き地も、ふたりでよく行った川も、思いつくところは全部探した。でも、海は見つからない。
どうして家の場所を聞いておかなかったんだろう? 海だって歩いて来てるから、そう遠くに住んでいるわけじゃないはずなのに。
……いや、聞いてみたことはあった。だけど、海は教えてくれなかった。
「家っていうのは、くつろげる場所のことだろ。だったら、おれの家はこの公園だ」
そんなことを言ってはぐらかされた。たぶん本心だったんだろう。けど、これ以上は話さないぞっていう海の意思も伝わってきた。
あたしだって知られたくないことはある。妹の粉ミルクをこっそり飲んでみたらまずくて噴き出しちゃったこととか、部屋で側転の練習をしようとして壁に穴をあけちゃったこととか。だから、無理に聞き出すことはしなかった。
でもこの時は、やっぱり聞いておけばよかったなとすごく後悔した。
「海のばかーっ! 戻って来ーい!」
橋の上で、水面に揺れる夕日に向かって、あたしは思い切り叫んだ。
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