海の向こうの永遠の夏

文月みつか

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第2章 永遠の夏

26.無愛想な女子高生

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 夏の熱気が戻ってくる。砂利道なのもかまわず、あたしは自転車をこいでいた。
 しばらく様子を見たほうがいいんじゃないかという千代子さんの忠告を振り切って、あたしは海の向こうの世界に戻ってきた。さっきの突風は、海が呼んでいるように思えてならなかった。絶対に何かあったんだ。
 前方を飛んでいたチョウが、ぼくはここまでというようにその場でくるくると舞った。

「ありがとう!」

 チョウに別れを告げて、さらに自転車を加速する。


 紫陽花屋敷はさっきと変わらずそこにどっしりと建っていた。海の世界が存在していることにとりあえずほっとする。
 門のそばに自転車を停め、小走りで玄関に向かう。
 どうか無事でいますように!
 小さく深呼吸してからドアノブに手をかけた、そのとき……
 ガチャンと扉のほうが勝手に開いた。

「えっ?」
「はっ?」

 目の前に、制服姿の女子高生が立っていた。あまりに突然のことで言葉が出ない。
 な、なんだこの人!?

「ど、どちら様、ですか?」
「そっちこそ誰よ! びっくりしたじゃない」

 ちょっとトゲのある口調に少しむっとする。

「まあいいや。ようやく外に出られたんだし。じゃあね」
「ちょっと待った!!」

 思わず手首を強めに引っ張った。
 この人たぶん、海が紫陽花屋敷の2階に閉じこめていた人だ。

「何?」
「海はどうしたの? まだ2階にいる?」
「海って……ああ、さっきのやつか」

 女子高生は吐き捨てるように言った。

「消えたよ」
「消えた?……どういうこと?」
「さあね。あんな怖い思いさせられて、こっちは大迷惑」
「待ってよ。その人、あたしの友だちなの。あなた、どういう関係? 何があったのか教えてよ」
「ごちゃごちゃうるさいってば。あんなやつ知らないし、もう関わりたくない」
「知らないって、そんなはず……」

 海がずっと忘れようとしていた人が赤の他人だなんて考えにくい。きっと何かわけがあるんだ。

「わかった。中の様子見てくるから、ちょっとここで待ってて」
「はあ? なんで私が待たなきゃいけないの?」
「お願い、すぐに戻ってくるから!」

 この女子高生のことは気になるけれど、とにかく海の消息を確かめるのが先だ。

 紫陽花屋敷の中へ入り、階段を駆けのぼる。
 2階の例の部屋は扉が開け放たれていた。

「海ーー!!」

 叫びながら突入する。

「うわ、なにこれ……」

 部屋の壁という壁が、絵画で埋め尽くされている。絵画といっても、食卓に並ぶご飯とか、洗濯物を干しているところとか、なんだか日常的な風景が多い。そしてほとんどの絵の中に同じ女の人が描かれていた。
 これってもしかして、海が忘れていた記憶なのかな? だとするとこの女の人は、海のお母さん……?

「海、いる?……」

 部屋の中を調べてみるけれど、人がいる気配はない。
 隅っこに裏返しにされたキャンバスがあったのでひっくり返してみる。何か重要なものが描かれているに違いないと思ったら、真っ黒に塗りつぶされたキャンバスだった。なんだ、失敗作か。
 念のため一通り屋敷の中を見てまわったけれど、海はどこにもいなかった。消えちゃったって、本当なのかな……
 このまま海に会えなかったらどうしようと思ったら、不安で足がすくみそうになる。
 ……だめだ、泣いてる場合じゃない。さっきの女子高生に話を聞かないと。あの人が何か鍵を握っているはずだ。


 外に出ると、女子高生がいなくなっていた。慌てて自転車に乗って雑木林を抜ける。唯一の手掛かりがいなくなっちゃう!と猛スピードでこいでいたら、道路わきの自販機のところで立ち止まっている女子高生を見つけて急ブレーキをかけた。

「あー、よかった。待っててくれんだ」
「待ってたっていうか、風がすごくて……」
「風?」

 天気は相変わらず蒸し暑くて、じりじりと太陽が照っている。

「風なんて吹いてないけど……」
「さっきまですごかったのよ。あんたが来たらやんだの」
「へー?」
「信じてないでしょ」と女子高生はあたしをにらんだ。

 言われてみれば、肩まで下ろした髪の毛がぼさぼさになっている。

「信じる。でも、海のことはまだ確信してない。あなたが知ってること、全部話してもらわないと」
「はあ? 何も知らないってば」

 すると急激に空がくもり始め、ゴロゴロ……と遠くで雷の音がした。女子高生はびくっとして空を見上げ、ふてくされたように「ああ、もう!」とため息をつく。

「あいつ、私のこと見て母さんとか言い出して……」
「えっ、ええっ!?」
「ね、ありえないでしょ? 同じくらいの年なのに」

 いくらなんでも若すぎるよ!……あれ、でもこの人、さっき奥の部屋で見た絵の中の女の人にちょっと似ているような気もする……うーん?

「気持ち悪いから逃げようと思ったら、なんか、黒い煙みたいなのが出てきて、動けなくなったの。黒くて何も見えないし、マジで怖かった」
「……それで、そのあとは?」
「わからない。声が聞こえなくなって、黒いのもなくなって、部屋にいたのは私だけだった」
「なんだそれ。結局海がどうなったのか、わからないじゃん」
「私だってわけわかんないわよ。でもこれで知ってることは全部話したから、もういいでしょ。さよなら」

 女子高生はその場を立ち去ろうとする。「待って」とあたしはまた手首をつかんだ。

「今度は何よ!」

 今の話が本当だとしても、この人が重要な人物であることには変わりない。どうにかして情報を引き出さなくちゃ。

「あなた、長い間ずっと閉じこめられてたんだよね?」
「そうよ。本当にいい迷惑」
「じゃあ、お腹空いてない?」
「はぁ?……」
「オッケー、一緒にアイス食べに行こう!」
「放っておいてよ。私は別に……」

 ごぉぉぉと遠くから響いてくる頼もしい音。
 バスはあたしたちのすぐ近くで停車した。海がいなくても、あたしのために来てくれたんだ!
 ドアが開いて、あたしは自転車を担いで乗りこむ。

「乗らないの? このバス、目的地まで連れてってくれるよ」
「あたしは別に、お腹空いてないし……」と女子高生が言うやいなや、またゴロゴロと雷が鳴りだし、たちまち雨が降り始めた。

「もう、なんなのよ!」

 女子高生は文句を言いながら車内に駆けこんできた。
 「発車オーライ!」とばかりにクラクションを鳴らし、バスは走り出した。
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