海の向こうの永遠の夏

文月みつか

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第2章 永遠の夏

 ▽海をつくる

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 私はこのところ暇だった。あの少年がここに来ることが減っていたからだ。それはつまり、彼にとっては平穏無事な日々が続いているということなので、喜ぶべきことではあった。

 暇をつぶすため、私は風になり公園へ向かった。ここは彼のお気に入りの場所で、最近よくつるんでいる少女と木登りをしたり、自転車に乗る練習を手伝ったりしていた。とても楽しそうな様子が、彼のイメージを通して見えた。
 私は少女のイメージをじっくりと思い起こし、アホ毛のてっぺんから汚れた靴のつま先までを再現しようと、持てるすべてのエネルギーを総動員した。
 しかし結果は空しく、ぐるぐると風がうずまくだけだった。

 また失敗だ。

 あらゆるものに姿を変えてきた私だが、人の姿になろうとするとどうしてもうまくいかない。おそらく、構造が複雑すぎるのだろう。

 彼がここへやってくるとき、あの少女がいればなぁとよく考えていることを私は知っている。そのため、何とか望みを叶えてやろうと奮闘したが、あまり芳しい成果は得られていない。

 植物になることは比較的簡単だ。身体が固定されてしまうのは難点だが、すぐに抜け出して風になれる。

 しかし、動き回れる生物となると少し厄介だ。まず、身体の扱いに慣れるのに時間がかかる。初めてハナアブになったとき、私は6本の足と2枚の羽の使い方がわからず、電柱に身体を打ちつけて気絶した。もしも自然界にこんなハナアブがいたら、真っ先に命を落としているだろう。
 加えて、その身体から抜け出すことが難しくなる。踏みつぶされるか、溺れるか、寿命が尽きるのを待つか……要するに、一度死ぬ必要がある。意識は継続しているのでこれを死と呼ぶのはふさわしくないかもしれないが、かなり高いハードルであることは間違いない。

 彼との意思疎通をはかる手段として、生物になってはたらきかけることは枕のまま語りかけることよりも有効だが、それなりのリスクを伴うものだ。だから、ここぞというときにしか実行しない。

 ということは、もしも私が少女に変身することに成功しようものなら、ほとんど人の一生分をその姿で過ごすか、何かしらの平和的でない手段を使って終わらせるまで、少女の姿のまま存在することになる。そんな事態は望むところではないので、私のこの行為は失敗することまでがワンセットの暇つぶしなのだ。

 さて次は植え込みにアリの巣でもつくろうかと考えていると、久しぶりに少年が現れたので、私は彼の周囲を漂いながら思考を読み取った。

 それは、広い海のイメージだった。バスに乗ってトンネルを抜けたとき、目の前に広がっていた光輝く海。彼の感動と興奮がありありと伝わってくる。もしもここに、海があれば……

 なるほど、それはいいアイディアだ。実は、彼の行動範囲よりも外側の部分はあまりつくりこんでおらず、雑木林などで適当にごまかしていたのだ。
 さらに詳しく彼の記憶を読み取ると、彼の母親が以前暮らしていたらしい港町が見えてきた。よし、まずはそこからいこう。

 トンネル、道路、家並み、自動販売機、防波堤……私は着々と工事を進めていった。そして、彼がいないときを見計らって地面を揺り動かし、高低差をつくった。彼のお気に入りの公園が世界の中心になるように調整をした。それから、分厚い積乱雲をつくり、大雨を降らせた。雨はいくつもの筋となり、下のほうへ流れていった。
 どんどん、じゃぶじゃぶ、飽きるほどの雨を降らせる。
 塩をまき、風を起こして波を立てる。
 やがてこの架空の都市は、周りを海で囲まれた島となった。

 初めて彼をバスに乗せてトンネルを抜けたとき、私は鼻高々であった。完全にとまではいかないが、かなり上手く彼の海のイメージを再現できたのではないかと思う。

 彼は大いに喜んでくれた。彼とのつながりがまた深くなったようで嬉しい。これからも、彼のために尽力しようじゃないか。

 そんなふうに息巻いていたある日、空から少女が降ってきた。

 あまりに突然のことで私はパニックになり、侵入者か!?と叫びながら彼女を暗闇のベールで包んで閉じこめて宙吊りにした。しかしそれが例の少女だとわかり、砂浜の上にそっと横たえた。どうやら、高いところから落下する前に彼がここへ放り込んだらしい。
 そうとわかっていれば両腕を広げてふわりと抱きとめたものを……いや、私には腕がないのだった。下手に閉じこめてしまったため少女は半分眠っているような状態で、目をつぶったまま手足を動かしてもがいている。

 大丈夫、ここは安全だ。君は彼の大切な友人だろう。悪いようにはしない。

 私は少女の周りを漂いながらそう念じていたが、彼女には届かず、ひとりで寂しいとしくしく泣きだした。波音や潮風でどうにかなぐさめようとしたが、彼女の望みは早くここから出たいというもので、私には叶えられないものだった。そんなわけで、彼が少女を呼び戻したときはほっとした。私はこの少女を再現しようと試みるのはもうやめにしようと誓った。彼女は私の手に余る。

 しばらくのち、彼が少女を連れて二人で現れた。今回は少女も意識がはっきりとした状態で、彼の周りを子犬のようにはしゃぎまわっていた。彼も楽しそうだった。

 このまま千夏が帰らなければいいのに。

 彼のそんな思いをくみ取り、私はこの世界で少女の家があるべき場所を空き地にした。しかしこのサービスは不評だったようだ。私は反省し、二人をバスに乗せて海岸へ向かった。お詫びにいつもより心地よいビーチの演出を心掛け、彼らを見守った。
 時間はゆったりと流れていった。

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