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37.男子の友情

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「絶対、ぼくが最初に踊るから」

 男子3人を引き受けた私に、リアンがそう主張する。ちなみにリアンは、先ほどのシャルロットとの言い争いで、最終的に「完璧なダンスをしたら認めてやる」と譲った。その言葉にシャルロットは意欲をますます高めたらしく、ノア相手に休みなく練習している。
 どうせ3人と順番に踊るので誰が最初でも構わないのだけれど、先ほどからリアンは私絡みでわがまま放題だ。「わかってる」とリアンを宥めつつ、「ごめんね」とカールとギルに謝る。

「大丈夫です。お姉様を好きなのは、当たり前ですから」

 私の謝罪に芯の通った声で応えたのは、意外にも、ギルである。さっきまでずっと俯いていたのに、顔を上げ、私を見据えて、真逆の態度だ。ミアに近い色の瞳。血が繋がっているだけあって、顔立ちがよく似ている。こうして見ると、ギルも顔のパーツが整っていて、成長が楽しみな顔つきである。

「僕も姉様が好きですから、わかります」

 力強く言い切るギル。彼の言う「姉様」とはもちろん、ミアのことだ。ああ……ここにもシスコン男子。ぽかんとする私を他所に、ギルとリアンが互いを見合う。

「おねえさまが好きなの?」
「うん。僕の姉様はいつも明るくて、励ましてくれるんだ」
「そっかあ。ぼくのおねえさまは、優しいんだよ」

 ギルとリアンが、流暢に言葉を交わし合う。いずれも先程まで人見知り全開だったくせに、姉の話題でここまで饒舌になるとは。姉自慢を始めるふたりを見ているカールに、再度「ごめんね」と謝る。

「いえ、自分には姉がいないので、聞いていて楽しいです。それよりも、早く練習したいので、先に踊りませんか?」
「……ええ、いいわ」

 ふたりとは対照的に人付き合いの得意そうなカールに、そう誘われる。リアンが怒るだろうと思って見ると、まだ何やらギルと話し込んでいるので、私は了承した。
 踊り始めて漸く、リアンが気付いて「おねえさまが踊ってる!」と非難の声をあげる。カールが、「君がのんびりしているから、先にお願いしたんだ」と返した。カールは意外と挑発的だ。

「どうしておねえさまは、先に他の人と踊ったの!」
「だってリアンは、ギル様話していたじゃない」
「そうだけど!」

 カールと踊ったあと、リアンと踊る。膨れっ面のリアンは、唇を尖らせ、文句を言い通しだ。「何の話をしていたの?」と聞くと、「素敵な姉様がいるんだって」と返ってくる。会話が続いたのなら、良かった。仲良くなる第一歩だ。
 そして、最後がギル。3人とも普段から家でダンスを習っているだけあって、危なげない踊り方であった。
 その中でも一番うまいのは、ノアが教えているリアンだった。我が家の家庭教師の優秀さを実感する。相手を変えながら細かいところを指摘し、何度も練習させた。
 私と踊っている間は、残りの2人は手持ち無沙汰になる。踊りながら彼らの会話に耳を傾けていると、リアンとギルは姉の話で盛り上がっていた。向上心旺盛なカールは、リアンに「どうしたら上手く踊れるのか」質問している。ギルとカールの会話は、カールが「学園はどんなところか」と訊き、ギルがそれに答えていた。

「これで、今日の練習は終わりにします」
「ありがとうございました」

 小さな子ども達が一列に並び、ぴょこ、と頭を下げる。たくさん踊ったから皆頬が上気し、その顔がまた愛らしい。そのまま夕食までは、玄関ホールで自由時間とした。

「おねえさまの髪は、ぼくと同じ色なんだよ」
「僕も姉様と同じ色なんだ。嬉しいよね、似ているの」
「そうなんだよ!」

 私にくっつくリアンと、その近くでシスコントークに花を咲かせるギル。

「あたし、キャサリン様みたいになりたいの」
「おねえさまみたいに、なれるわけないだろ」
「なによ!」

 反対側にくっつくシャルロットと、喧嘩を売るリアン、それを買うシャルロット。

「キャサリン様は、2人に取り合われて、ちょっと大変そうですね」
「キャサリン様は子供心をお忘れでないから、一緒に遊んで喜んでいるのですよ」
「そうなんですか」

 私を労うカールに、余計なことを吹き込むノア。元気な子ども達に囲まれ、げんなりとしつつも、私は、目的が達成される予感を得た。この調子で、それぞれに距離を縮められれば、子ども達は親しくなれそうだ。

「ねえ、ぼくも2人みたいに、尊敬する人がいるよ」
「どんな人?」

 ここにいる誰よりもコミュニケーション能力の高いカールが、リアン達に話しかける。だいぶ打ち解けたギルが聞き返すと、カールは向こうの方を手で示した。

「今こっちに来た、僕の叔父様。すっごく強いんだ。僕もあんな風に、強くなりたくて」
「へぇー……かっこいいねえ」

 リアンの率直な感想。釣られて視線をやると、そこにいたのは、リアンでなくても「かっこいい」と言うであろうイケメン。
 さらりと流れる銀髪に、整った顔立ち。何かを見透かしたような、透明感のある灰色の瞳。

「エリック様じゃないの」

 こちらの視線に気づいて礼を取る騎士団員は、まさしくその人であった。確かにこれだけの騎士団員が護衛として付いていれば、その中にエリックが居てもおかしくはない。

「お知り合いですか?」
「ええ、まあ……ちょっと話してくるわ」

 ノアに訊かれ、その場を離れて、彼に近寄った。

「いらしていたのね」
「はい。行き先は伺っていましたが、まさか本当に、キャサリン様にお会いできるとは思っておりませんでした」

 エリックがはにかむと、爽やかな風が吹き抜けた感じがする。そう言えば、明るいところでまじまじと見たことはなかった。エリックは、騎士団の制服が様になる、目を見張るような美形だ。けれど、声はあの夜と同じ、柔らかで優しいもので、聞くだけでほっとする。

「また、お話したいと思っていたのよ」
「俺もです」

 あのパーティでは、ダンスを踊って去ったエリック。何となく不完全燃焼な感じがあったのは、お互い同じだったようだ。
 エリックは、ちらりと視線を逸らす。そこには、彼と同じ制服を着た騎士が、こちらを訝しげに見ていた。

「申し訳ありません、今は仕事中なので」
「ごめんなさい、話しかけてしまって」
「いえ。……では、また」
「また」

 挨拶を交わし、エリックは去って行く。
 無論、エリックは旅の間、ずっと仕事中である。それでもどこかで、ゆっくり話せるかもしれない。
 闇の中で、素直な言葉を交わしたことが、忘れられない。あの優しい声に促されながら、もっと、いろいろな話をしてみたい。旅の楽しみがまたひとつ増え、私は嬉しくなった。
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