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早苗優馬
存在しない
しおりを挟む澪が存在しない世界の優馬。
ーーー
(優馬side)
「おはよー……」
朝、まだ眠気が残りつつも教室まで歩き切って、気だるげに友人に挨拶をする。
「あ…おはよ」
挨拶を返した友人の後ろの席に座って、やけに重かったリュックを机の上に置いた。
「朝って眠いよなぁ………ふぁ、」
「もう…大丈夫?しっかりしなよ」
友人の郁人は体をこちらに向けて、なんだか少し楽しそうに微笑んでいた。
(…なんか機嫌良さそうだな)
いつもなら微笑んだりしないのに、…まあこんな日もあるか、なんて深くは考えなかった。
「あ、澪のところ行ってくるな、ちょっと借りてたノートあって………」
同じクラスで友人の澪のところに行こうと、ノートを手に取って立ち上がったら、
「……………澪?」
………何故か、不思議そうな反応をされた。
「…うん?澪」
「……?………別のクラスの子?」
…………
冗談なのか、澪と喧嘩でもしたのかと思って、けど少し様子がおかしくて、
「……?」
窓際の後ろの方にある澪の机に視線を移した。
あそこの列は前から1、2、3、4…………
「………あれ?」
6席あるはずのその列は、5席しかなかった。
「え………?見間違い……?」
もう一度、何度数えても5席しかない。
それに………もう皆いるけど、澪のいる席は無くて、他はもう埋まっていて、
「何……どういう、「ホームルーム始めるぞー」…!」
教室に入ってきた教師の声で、咄嗟に前を向く。
郁人も不思議そうにしつつも前を向いて、ホームルームが始まった。
「今日の休みは…木下だけだな」
「今日放課後就職組は講義室で集まりあるから覚えとけよ、…齋藤、染谷、……………………浜田、それから矢部」
教師の口からも澪の話は出なかった。
「あ…あの!先生!!」
いてもたってもいられなくなって、つい立ち上がっていた。
「…なんだ?トイレか?」
「違います…、あの、澪って今日休みですか?」
そう言うと、教師は…さっきの郁人みたいに、不思議そうな反応をしていた。
「……みお?」
…………
「えっと………」
何かおかしい。
「何の話だ?寝ぼけてるなら寝てきていいぞ」
「っいや……だから、」
「…後にしてくれ、とりあえず一旦終わるから」
少し引き気味だった教師に、どんどん今の状況に恐怖を感じるようになってしまった。
ーーー
ホームルームはすぐに終わった。
「だから、双葉澪って子が…………」
「双葉澪……うちの学年にはいないな、後輩とかじゃないのか?」
…………違う、
「………違います……なんで、」
怖い、なんだかすごく。
「んー…まあうちのクラスにはいないな、寝ぼけてるのか?」
………………
「なんで………、だって澪は、「優馬…落ち着いて」っ落ち着けるわけないだろ?!!」
こんな気味の悪い状況…耐えられない。
「っ先生、引き止めてすみません………優馬、ちょっと落ち着いて、」
「あぁ…具合悪いようなら保健室に行っていいからな」
なんで、俺がおかしいみたいに
「優馬……一旦保健室行こう?寝たら元に戻るよ」
「元に戻るってなんだよ!!おかしいのはお前らだろ!!!」
つい気が立って、郁人に当たっていた。
「……っ」
「澪のいない学校なんて耐えられない、…もういい」
心配そうにこちらを見てくる郁人を無視して、教室を出た。
ーーー
廊下に出たら、他のクラスの友人に会った。
「…!未来斗、海斗……!」
………この2人なら、
「……お!優馬おはよ!」
「おはよう、…なんか顔色悪いな」
そんな事気にする間もなく聞いていた。
「あのさ……澪って、俺の…俺達の友達だよな?」
この2人なら、きっと…………
「「……………みお?」」
……………
………おかしい。
「え…なに…?分かんないの?」
「みお…みお、………ごめん!分かんないな」
「知り合いで見た事ないかも、みおって人。」
……………
(なんで、なんで誰も…………)
……なんか、気持ち悪い。
「………ッ」
吐き気がして、またその場から逃げてしまった。
「……!優馬!」
ーーー
……気持ち悪い。
トイレで吐いていたら、入口の方の扉が開く音がした。
「………優馬…、ここ?」
その声は郁人だった。
まだ気持ち悪かったけど返事をした。
「…大丈夫?保健室行こうか?」
「……っいい、行かない………」
「…駄目、今日の優馬変だよ」
…変なのは俺じゃない。
そのはずなのに、俺だけがこの考えだと、俺だけがおかしい気がして、
「行きたくなぃ…………」
…………怖い。
「……大丈夫、ここ開けて?」
いつもより優しい声に、体が勝手に動いた。
「………!…ありがと。」
素直に扉を開けて、泣いた痕でぐしゃぐしゃな顔のままそこから出てきた。
ーーー
保健室に来る頃には1時間目が始まっていて、誰も廊下にいなかった。
「先生会議なんだ、…しばらく戻ってこないだろうしベッド借りよう」
そう言うと郁人は手慣れた様子でベッドを整えてくれて、寝ているよう指示してきた。
「最近進路とか忙しいし、疲れちゃうよね」
「…その澪って子、どんな子なの?優馬がいいなら教えて欲しい」
………どうしてこんなに優しいのか、疑問はあったけどなんだか落ち着くことが出来た。
「…小さくて、いつも大好きなメロンパンを食べてる子。優しくて落ち着いてて、」
俺の話を郁人は頷きながら聞いてくれた。
「お前と未来斗の幼馴染なんだよ、…って分かんないと思うけど」
「あはは……、確かに未来斗とは幼馴染だけど、…でもそんな幼馴染も欲しかったなあ」
………そうしているうちに、段々眠くなってきた。
「………それでな、……その、…………」
眠るまで話していたいと思って、話していたら、
「…うん、」
「大好きだったんだ、…俺はその子のこと。…でも、お前も好きなんだよ、澪のことが。
…………だから、」
そう言った瞬間、
「……………………は?」
………冷たい声が聞こえた。
「……え?……………あぅ"ッ?!!!」
驚く隙もない程の速さで、首を絞められた。
「な……に"ッ」
郁人に首を絞められたんだと理解して、パニックになる。
振りほどけないでいると、郁人の様子はさっきとは全く違って………こちらを睨みつけていた。
「何言ってんの………?変な事言わないでよ、」
………突然の事で頭が真っ白になった。
「や……やめ、」
「優馬と僕がそいつの事を好き………?何馬鹿な事言ってるの、
僕達、付き合ってるじゃん……………」
…………
「え…………」
何を言ってるのか分からない。
「なんでそんな事言うの…?!僕じゃ駄目だって事……?!!せっかく、せっかくあんなに努力したのに…………ッ」
怖い、……なんで、
「だって言ってくれたじゃん………アイツからの暴力に耐えられなくなった時、『必ず助けるから』って、助けてくれたのは優馬だったのに………」
全く身に覚えのない事を叫ぶ郁人はかなり取り乱していて、とても意思疎通は出来なかった。
「そんな事言う優馬なんて優馬じゃない…………
僕は優馬しか見てない!!知らない奴の名前なんか出すなッ!!!」
…………
「っ……ぁ、……めん、なさ、」
………息が苦しい。
「いくと……しんじゃう、」
もう完全に呼吸が出来なくなっていた。
すると、郁人は無気力に微笑んで、
「大丈夫。一緒にいこ?」
………さらに絞める力を強めてきた。
もう耐えられなくなって、
…………意識を、手放した。
ーーー
「…………ッは!!」
突然目が覚めて、起きたと同時に上半身も勢いよく起き上がった。
「………え?…あれ、」
………生きてる……?
「あれ…俺確か、あいつに首を…………」
…………
「夢……………?」
……どういう訳か、ジャージ姿で保健室のベッドにいた。
「なんだ、お目覚めか」
「……!」
保健室の先生…………、、
「体育の途中でバレーボールが顔面レシーブしたらしいぞ」
「そうですか………」
要するに夢を見ていたらしい。
「大分うなされてたな、ほら飲み物」
「ありがとうございます………、……あ、あの、誰がここまで」
………どうしても気になることがある。
「そんなの決まってるだろ?お前のお友達の桜木と双葉だよ」
………!
「良かったぁ………………」
「……?」
とりあえず、夢で良かった……………
「優馬……!起きた………?」
安心していたら、迎えに来てくれた。
「……!澪!!」
その姿に今日は一段と愛おしく感じてしまう。
「澪ー!会いたかった…!」
「え…何、……苦しい………」
勢い余って抱きしめていたら、頭になにか当たった。
「……!」
「荷物取りに行ってあげたのにお礼は無いわけ?」
「あ………郁人、…ッお礼なんかするかクソボケ!!」
夢の中とはいえ酷い事をされたのでついまた当たってしまった。
「なんだと………せんせーこれ優馬くんが先生にプレゼントみたいです!」
「何?!イケメン男子高校生の通学リュック……!!?」
………ッ
「やめろ馬鹿!!!」
「あははっ、…早く帰ろ?未来斗達校門で待たせてるから」
もう放課後だったので、制服に着替えて帰る事にした。
ーーー
(でもほんと夢で良かった………もし本当にあんな世界あったら生きていけない)
澪がいないのもそうだけど、郁人と付き合ってるっていうのがもうなんとも言えずむず痒い。
「またなー!」
「また明日」
未来斗達と別れて、自宅の方へ帰ろうとする郁人を引き止めた。
「あのさ郁人、俺すごい夢見たんだ」
「え…それ引き止めてまでする話?…まあいいけどさ」
澪も用事があったみたいだから先に帰ってしまって、2人だけでさっき見た夢の話をした。
「それで、…ほんとに怖かったんだー」
「ふぅん……災難だったね、……まあそんな事あるはずないけど」
「そうだよな」と笑って、それで話を終わらせようとしたら、
「…でもまあ、お前が何か困ってたら助けになりたいとは思ったよ」
「……!…必ず助けてくれる?」
……夢の中で聞いたあの台詞みたいに、
「ああ!必ず助けるから」
そう自信ありげに答えると、
「……そっか。…じゃあ、お願いね」
それだけ言って郁人は、いつものように笑っていた。
「うん!またな、郁人」
「うん、また明日」
手を振って、背中を向けて、
家へ向かう為に一度も後ろを振り向かなかった俺は、郁人の「…そんな事あるはずないよ」なんて呟きに、答えられなかった。
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