俺様な極道の御曹司とまったりイチャイチャ溺愛生活

二人のなれそめ編

借り【前編】

心臓の音が聞こえる。そして暖かい。
昨日はとても怖かった。
きっとあれは夢だったんだろう。そうだ、あの人に会ったのも全て夢。
そして、槇村様に会ったのも。
柚子はうっすらと瞼を開く。真っ黒なシャツが目に写った。
誰かいる。柚子は周りをきょろきょろと見渡す。
ここどこ？それにこの人は。
「わあっ！」
柚子は悲鳴を上げて飛び起きた。そして自分の身体を確認する。服はちゃんと着ていた。
「なんだ。もう朝か」
柚子の声に、さっきまで柚子を抱きしめていた男、槇村彰吾がゆっくりと起き上がった。
「あの、あの…」
柚子は布団を体に巻き付け、少しずつ彰吾から離れていく。彰吾はそんな柚子を見て少し笑った。
「昨日より元気になったみたいだな」
「昨日って…あっ！」
柚子は、思い出したくない昨日のことを思い出した。

やっぱり夢じゃなかったんだ。
あの人から逃げて、助けてほしくて、槇村様に連絡したんだ。
それで、槇村様が迎えに来てくれて、安心して、それで…。
全部を思い出し、柚子は全身から汗が噴き出してきた。

「あ、あの、えっと、本当にすみませんでした！」

柚子は思い切り頭を下げた。
「前もご迷惑をおかけしたのに今回もっ！本っ当に申し訳ございません！」
「とりあえず顔洗ってこい。話はそれからだ」
彰吾はベットから降りると、ドアを開けて出ていく。
柚子も放心状態で後に続いた。
洗面所の場所を教えられて中に入ると、鏡に映った自分の顔がみえた。
「うわあ、ひどい顔」
メイクはドロドロになっているし、泣きはらしたせいで目が腫れている。
棚にあった洗顔クリームを借り、メイクを落とし何度も顔を洗う。
少しはマシになった顔で、柚子は洗面所を出た。
ふと、部屋中にいい香りがただよっている。
「お前、コーヒー飲めるか？」
キッチンにいた彰吾が声をかける。
「は、はい」
「砂糖とミルクは？」
「あ、いただきます」
「わかった。お前はソファに座ってろ」
柚子は言われた通り、ソファの隅に座る。
リビングはとても広く、黒革の長いソファとガラスの机がドンと置かれているのに、まだ余裕がある。壁には大きな薄型テレビが取り付けられ、窓に目をやると、東京タワーが見え。
チラリとキッチンを見ると、彰吾の大きな背中が見えた。
黒のパーカーを羽織り、スラックスというラフな格好だ。何事もなかったとはいえ、この人の腕の中で一夜を過ごしたのだと思うと、柚子は顔から火が出そうだった。
少しして、彰吾がマグカップを２つ持って柚子に近づいてきた。
「熱いから気をつけろよ」
柚子はその一つを渡された。
「ありがとうございます」
マグカップからはミルクたっぷりのコーヒーのいい匂いがする。
一口飲むと、とても甘くて、暖かい。
両手でマグカップを包み、何度も口に運ぶと、肩の力が抜けていくのを感じた。
柚子は、ちらりと彰吾を見る。
彰吾はキッチンに目を向け、コーヒーを飲んでいる。
いつもとは違い、髪の毛もセットしていおらず、前髪が額にかかっている。
店に来る時とは違う雰囲気に、柚子の心臓はドキドキと鳴り止まなかった。
二人とも無言でコーヒーを飲む静かな時間が続いた。
柚子はコーヒーを飲み干すと、マグカップをテーブルに置いた。

「槇村様、昨日は本当にご迷惑おかけしました」

柚子はもう一度彰吾に頭を下げる。
「何があった？」
彰吾が聞くと、柚子は目をさ迷わせる。
「言いたくなきゃ、言わなくていい」
彰吾はそっけなく言った。しかし柚子は首を振る。
「いいえ。お話します」
大丈夫、この人は信頼できる人。柚子は自分自身を励ました。
「昨日、帰ったら、私のアパートの前にいたんです。その…」
柚子は昨日のことを思い出すと、体が強張ってくるのを感じた。
柚子は大きく息を吸って、心を落ち着かせる。

「その人は、高校の時の先生で…その、昔、付き合っていました」