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二人のなれそめ編

危機【後編】

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槇村彰吾はその晩、自宅で仕事をしていた。

あの一件を忘れるために何でもした。
以前通っていた店で派手に遊んだ。昔の女とも一夜を共にした。
しかし、どれだけ遊ぼうが、女を抱こうが満たされない。
その乾いた感情を抑え込み、今度は仕事に打ち込むようになる。
そんな時だった。彰吾の携帯が鳴ったのは。
チラリと見ると、知らない番号が表示されている。
彰吾は無視するつもりだったが、何か引っかかるものを感じた。
この番号は、ごく身近な人間にしか教えていないはずだ。
それなのに知らない番号からかかってくるとは。
まさか。彰吾は急いで電話にでる。

「もしもし」
『……』
「誰だ?」
『助けて…』
聞きなじみのある声だ。しかし、いつもと様子が違う。
「どうしたっ」
『助けてください、お願い…』
「今どこにいるっ!」
『わかんない…逃げてたから…ゥッ...ヒック…』
携帯から微かに泣き声が聞こえてきた。
「しっかりしろ!柚子!」
彰吾は大声をあげる。すると、泣き声は止んだ。
「今からそっちに行く!近くにコンビニはないか?!」
『…ありません』
「とりあえず大きな通りに出て、コンビニに逃げこめ。いいか、それまで電話を切るな!」
『ま、槇村様...』
「コンビニに着いたらそこの住所を教えろ。すぐに迎えに行く!」
『は、はい…』
彰吾はコートを羽織ると、急いで駐車場に向かう。
酒を飲んでいないのが不幸中の幸いだった。
その間、携帯からは、柚子の必死で走っている息づかいが聞こえる。
彰吾は焦る気持ちを押さえ、車にエンジンをかけた。
そして時々柚子に声をかけながら、目的地の連絡を待つ。
『い、いま、コンビニに入りました…場所は…』
住所を聞くと、彰吾は猛スピードで車を走らせた。

車を走らすこと十数分。目的の場所に着き急いで車を降りると、コンビニから一人の女性が走り出てきた。
「あっ…」
そして彰吾に抱き着いた。その小さな体はガタガタと震えている。
「もう大丈夫だ」
彰吾は柚子を強く抱きしめた。
この震えは寒さのせいではない。
まさか、と思い、それとなく柚子の衣服を確認したが、乱れはなかった。
少しほっとしたが、本人から事情を聞き出すまで安心できない。
しかし、今の状態では無理だ。
「取りあえず車に乗れ」
柚子のふらつく身体を支え、助手席に乗せる。
警察に向かうか一瞬迷ったが、こんな怯えた状態では話せないだろうし、自分が詮索されると余計厄介なことになりそうなのでやめた。
一番先決なのは、柚子を落ち着かせることだ。
彰吾は自分のマンションへと向かった。


彰吾のマンションにつくまで、柚子はずっとうつむき震えていた。
部屋に入り、荷物を置いてソファに座らせても、震えは収まらない。
「大丈夫か?」
彰吾は静かに聞いた。しかし柚子は答えない。
「黙ってちゃ何もわからない」
彰吾はつい苛立ってしまい、声を荒らげた。柚子の肩がビクリと跳ね上がる。
「…なさい」
柚子のか細い声が聞こえた。

「ごめん、なさい…」

震える声で絞り出されたのは謝罪の言葉だった。
彰吾は思わず、柚子の身体を抱きしめる。
「俺が悪かった」
柚子は彰吾の腕の中で何度も「ごめんなさい」と涙声でつぶやいた。
彰吾はそのたびに、柚子の頭を撫で耳元で言った。

「俺がいるから。もう大丈夫だ」



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