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穏やかでない日常
129:明かす
しおりを挟む「そろそろ時間か…エルデ、すまないが、カレンとドナに上がる様に伝えてくれ。それからお茶の用意を頼む、6客だ」
「畏まりました」
「レインは隣で準備をしておいてくれ、戻る時に資料も頼む」
「はい」
ウィルとユーリに辞令が発令され、今朝からユーリは俺の専属護衛となっている。
舎の引越しや補佐の仕事の引き継ぎで、執務室に顔を出せるのは夜の7時を回ると言っていたから、そろそろだろう。
カレンとドナへの挨拶は明日でいいとして、この3人には今夜中に話しておかなければならない。
「6客?こんな時間に客人ですか?」
「ああ…いや、お茶も資料も俺達の分だよ」
「お茶に、資料…厄介事の匂いがするな…」
「…フッ…流石だなカイン、そういう事だ。ネイトも、ソファに座ってくれ」
「…俺は護衛中だぞ」
仮眠室へナシェルを下がらせ、カインとネイトにソファの着座を勧めると、剣呑な眼差しを向けてきた。
ネイトは護衛中に呑気にお茶など飲んでるのが見つかったら叱られると言いたいのだろう。
立ったままでも構わないが、これから話す事も外部に漏れない様、結界を張るから座っていても問題ないとマナを練ってネイトに示す。
「問題ない。認識阻害と防音の結界をーー」
ーーコンコン…
「…入っていい」
ーーガチャ…
「エルデ嬢…足下に気を付けて下さい」
「ありがとうございます」
「カートは私が押しますよ、得意なので大丈夫です。ですが、一番得意なのは女性のエスコートなので、次回はカートではなくエルデ嬢をエスコートさせて下さい」
「…フフッ…ありがとうございます」
「「…ユーリ?」」
「?!これは失礼…お揃いだったんですね。認識阻害の所為かな…?塵程度にしか感じなかったよ」
塵だと…?
エルデを口説きながら入って来たユーリは、今気付いたとばかりに目を丸くし、認識阻害の所為で気付かなかったなどと惚けた事を宣っているが、結界はまだ張っていない。何なら練ってるマナをこのままぶつけてもいいんだぞ。
「塵はお前だ…エルデから離れろ」
「……フラン様、何故この馬鹿が此処に?」
「……それはこれから話す…エルデも、お茶を淹れたら座ってくれ」
「……私もですか?」
「エルデを入れた6客分だからな…」
全く歓迎していないカインとネイトに、心の中で大いに同意しながら、お茶を淹れるエルデに声をかけると、この顔触れとの同席に戸惑いがあるのだろう、無表情ではあるが、眼差しに猜疑が含まれている。
始まる前から胃が痛い…紅茶にミルクを多めに入れて一口飲み、結界に問題ない事を確認して大きく深呼吸する。
「改めて…本日からウィルに代わってユーリが俺の専属護衛となる」
「「お断りだ(します)」」
「…ブハッ…フランと全く同じ反応…ッククッ…」
既視感しかないカインとネイトの反応に、苦笑いが漏れる。ユーリも同じ事を思ったのだろう、こちらは吹き出して腹を押さえている。
「……陛下から辞令が発令された、断る事は出来ない」
「…ウィルさんは?」
「ユーリの代わりにイアン団長の補佐に着く」
「団長補佐という役はありませんが……で?この中途半端な時期に陛下が辞令を出された理由は?」
カインの指摘した通り、人事の異動は特例でもない限りは議会が開かれる前に出されるのが通常。
立太子してもうすぐ半年となる俺の周りは、ウィルとネイトの専属護衛に、カインとナシェルの補佐で問題なく機能している。しかもウィルはその専属を纏める役目も担ってきた人物。
ウィルが外れるのは大きな痛手ではあるが、陛下の命であれば仕方ない、だがその理由は知りたいと言うカイン達に、この状況下でどう説明するか…
「驚かないで聞いて欲しいんだが…いや、見た方が早いな。レイン」
ーーガチャ…
「「…………」」
「?!ッキャッ…ちょっ…ネイト様…は、離して下さい…」
「思っていたより、反応が薄いな…」
「断然つまらないな…」
「何を期待してたのか知らんが、人で遊ぶな…」
金髪碧眼に色を戻したナシェルを見たカインは、無言でソファに乗り上がり、ネイトも無言のまま、エルデを守る様に抱き込んだ。
薄い反応に肩を落とす俺とユーリに、ナシェルが呆れた様な視線を向けてきたが、大きく騒がれる事を想定していただけに、安堵の中に物足りなさを感じる。
ユーリより先にナシェルの正体を明かした方がよかったのか…?
「いっそのこと、記憶を消して初めからーー」
「…フラン様、充分に驚いてますから結構です。で?説明して頂きましょうか?」
例の小瓶を使おうと、ユーリに声をかけた俺を制止するカインは、全く驚いている様に見えないが、驚きを通り越しているのかもしれない。
妙な落ち着きを見せるカインに、俺の中の躊躇いも吹っ切れた。
「ナシェルとユーリは影だ。3人にナシェルとユーリの正体を明かすのは陛下のご意向だが、影について詮索する事は許されない。故に、ナシェルが影になった経緯、ユーリの素性、その他の影に関する質問も、一切受け付けない。まあ、聞かれたところで俺も殆ど知らないしな……俺から話せるのは、俺がナシェルが生きている事を知ったのは偶然だが…エルデはその前から気付いていたそうだな?」
「「?!エルデ(殿)が?!」」
「……はい」
「それについての詮索も、俺達はしてはいけない。エルデも俺達に話す必要はない」
「……はい」
俺達が知る事を許されるのは、視認出来る事実のみ。真実も、至った過程も知ってはならない。
「俺達は、ナシェルとユーリが影だという事について、詮索も他言もするなという命令に従うだけで、理解も納得も求められてはいない。一方的な話だが、王の影とはそういうものだと、そこだけは…理解が必要か…?」
「支離滅裂ですが…それが影ですからね」
「ナシェル殿が生きていて、ユーリと2人で影だって事だけで充分だ。むしろ、これ以上は何も聞かせないでくれ…エルデのウェディングドレスを見れないまま死にたくない…」
「…ネイト様っ……く、くるしっ…」
エルデを連れてソアデンへ行く事になっているネイトだが、籍を入れても、式と初夜はまだまだ先。
ここで死ねないとばかりにエルデを更に抱き込んだが、エルデの身が危うい事になっている。
「ネイト…エルデを離せ、悪いがここからが本番だ。海側の領地に於ける魔物の発生率が高まっている原因は、アデラ島の要塞に隠された王家の禁忌と判明した。禁域に入れるのは王家のみだが、ネイトとユーリにはアデラ島まで共に来てもらう」
「…王家のみという事は、ナシェル殿も…?」
「ああ、ナシェルも共に行く」
「元だけどね」
「それで、俺達にナシェル殿の存在を明かしたという事か…」
禁域に入れるのは、俺とナシェルのみだが、共にアズールへ向かうネイトとカイン、そしてアズール伯爵家の令嬢であるエルデに隠し続けるのは困難と、伯父上と相談して明かす事になった。
だが影について話せない、秘匿されている儀式についても話せない、他国の事も話せないと制約は多い。
正に暴君だな…溜め息を吐いた俺を見たカインは、空気を変える様に明るい声でナシェルに話しかけた。
「とんでもない事に巻き込まれてしまいましたが、とりあえずはナシェル殿が生きてて良かったです」
「それにしても、本人が目の前にいるのに墓参してたのか…珍妙だな」
「確かに…もう必要ないな」
「そもそも、フランは帰城してから一度もしてないだろ…化けて出るぞ」
「もう化けてるだろ…早朝訓練に出てないから行ってなかっただけだよ。まあ、急にやめたら薄情者と思われるからな。俺は情に厚い男だと示しておかないと」
「「「「最低過ぎる…」」」」
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