小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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第2部・第8話:女神の使徒

第4章

 カロッサの町の教会の背後には、聖堂を抱きかかえるようにして、低い崖が迫っている。
 翌日、午後。ルカは一人で、その崖の上に立っていた。
 乾いた風の吹き抜ける中、聖堂を見下ろす顔には、真剣な表情が浮かんでいる。それでいてレフさえも連れていないのは、不用心というよりほかない。
「……」
 やがて何かを決意したように、ルカは崖の端の、比較的なだらかな斜面を下り始めた。仲間達が見ていれば、慌てて駆け付けて止めさせそうなものだが、今日に限って、ルカは一人きりの大冒険を敢行しているようだ。
 腰を落とし、慎重に足を置く場所を見極めながら、中腹辺りまで降りたところで、ルカはピタリと動きを止めた。前のめりになって、岩の間に腕を突っ込んでいる。そこには空間があるらしい。しばらく様子を窺ってから、ルカはそのまま、岩の間に身体を滑り込ませた。華奢な彼だからこそ、出来たことだろう。
 岩の内部の空間は、大きく開けていた。うっすら射し込む陽の光以外にも、あきらかな人工物――魔道具のオレンジ色の明かりが、周囲を照らしている。
 用心深く伝い降りながら、ルカは地表面に広がる植物の群生を確認していた。一足ごとに鮮明になる葉の形は、クリスマス時期には見慣れたものだが、付けた実の色は、くすんだ照明の下でも白いことがわかる――間違いない、これが白ヒイラギだ。
 とさりと小さな音を立てて、ルカは地表に降り立った。周囲に人影はなく、ひとまず胸を撫で下ろす。
 見上げると、この広大な空間は、上空に崖が張り出るようにして作られていることが確認できた。長い時間をかけて水滴等に穿たれたためかもしれないが、地学に詳しくないルカには、正確なところはわからない。――こんな場所があったとは、住民でなければ見付けられないはずだ。
 生い茂る垣根、特に尖った葉に触れないよう注意しながら、ルカはそろそろと聖堂の方へ近付いていった。
 広場の中ほどまで来たところで、ゴトリと重たい音が響き渡り、慌てて腰を落とす。白ヒイラギの垣根はルカの肩ぐらいまでの高さで、葉のない足元は筒抜けだったが、場の広大さと薄暗さが幸いした。細い幹の間から様子を伺うと、聖堂から数人の人物がこちらへ出て来たらしい。
「――そろそろ収穫は可能です」
「!」
 ルカがピクリと反応したのは、それが聞き覚えのある声だったからだ。白ヒイラギなど知らないと言い張っていたコーネリアス神父は、群生地を見渡しながら、満足げに頷いている。
「…………」
 ルカの見守る前で、神父と3人の男性達は、今後の流れについて確認し合っている様子だ。
「まずは毒抜きしていない状態で、王宮へ送り付ける」
「こちらの要求に応じなければ王都へ投下」
「速やかに各地へ移動して散布」
「ある程度の被害は出さなければ」
 漏れ聞こえてくる内容だけでも、それがテロ計画であることは明白だった。カロッサは町ぐるみで国を相手取り、「エインデル派の禁教指定が解かれなければ、効能を強めた白ヒイラギの毒をばら撒く」という脅迫を行うつもりなのだ。首謀者は当然、町長と、白ヒイラギの管理を任されているコーネリアス神父らしい。
「――」
 騙されていたことを知ったルカは、唇を噛み締めた。もう少し近くで話を聞こうとでも思ったのか、腰を屈めたままゆっくりと歩き出す。
 そして、まるで見定めてでもいたかのように、手近な枯れ枝らしきものを踏み抜いた。
「――誰だ!!」
 パキンという小さな音に、男達は激しく反応した。一斉に迫ってくる足音に、ルカは覚悟を決めたように立ち上がる。
「お前は……」
「『予言の子供』だぞ!」
 ルカの表情から、計画の全容を知られてしまったことは理解できたのだろう。掴まれた腕が痛くて、ルカは思わず顔をしかめる。
「余計な真似を……」
 お喋り好きのコーネリアス神父は、別人のような冷たい目で、ルカをめ付けてきた。
 静かに苛立ちを燃やす神父に対して、町民達はひどく狼狽えている。極秘の計画を、油断からベラベラと口にしてしまい、よりにもよって斥候隊せっこうたいの者に聞かれてしまった。叱責は免れないし、計画そのものが破綻してしまう可能性もある。
「どうする!?」
 ルカを拘束したはいいが、次の行動に迷って顔を見合わせる男達に、コーネリアス神父は笑ってみせた。
「見たところ、斥候隊の弱点は、この子供です。使い道はありますよ」
 どのみち黄金のベリンダとは、いずれはっきりとたもとを分かつ時は来るはずだった。それが多少早まるだけのことで、これを利用しない手はない。
 落ち着き払った神父の態度に、男達は何とか落ち着きを取り戻したようだ。
「そ、そうですね」
「ひとまず、ここから離れよう」
「――来い!」
「……」
 一言も発さないまま神父達を睨み付けていたルカは、そうしておとなしく連れ去られたのである。

                  ●

「――何ですって?」
 黄金のベリンダは形の良い眉をひそめた。
 年齢を感じさせない美貌が不快げに歪められる様には、筆舌に尽くし難い恐ろしさがある。向かい合って座る町長が動揺を露わにしなかったのは、ある意味では立派だと言えなくもない。
 ルカが単独での大冒険に出掛けている間、残りの斥候隊メンバーはというと、こちらも昨日とは打って変わって、教会宿舎の共有スペースで寛いでいた。白ヒイラギの探索は諦めたのか、優雅に午後のお茶など楽しんでいるところに踏み込んできたのが、町長と秘書を務めるその息子、及び熱心なエインデル派の信徒5名である。
 コーネリアス神父から連絡を受けた彼らは、ルカの身の安全を盾に、黄金のベリンダを脅迫することに方針を変えたらしい。
「『予言の子供』は我々が預かっています。彼の命が惜しければ、王宮へエインデル派の禁教指定を改めるよう、上奏していただきたい」
 町長の口調こそ慇懃いんぎんではあったが、内容は悪辣そのものである。もはや外面を取り繕う必要もないと踏んでのことだろう。室内に緊張が走る。
 黙って聞いていたベリンダは、ややあって小さく笑った。
「――そう。こちらが拒否すれば、白ヒイラギの毒を無差別にばら撒く。それがあなた方の計画なのね」
 皮肉げな美貌の生み出す微笑は、どこか悪魔的ですらある。
 これまで存在を否定し続け、今も話題にすら出していなかった白ヒイラギを用いた作戦に触れられ、町長一派はわずかに視線を交わし合った。その心の揺らぎは斥候隊の面々には筒抜けだったが、彼らもまた、それぞれ怒りに眉根を寄せながらも、黙って事態を見守っている。
 自身の焦りを見抜かれている自覚のあるらしい町長は、率直に頷いた。
「そうです。お孫さんを無事に返して欲しければ、おとなしく――」
「この私が、命よりも大事な孫を、むざむざ一人にするとでも思って?」
 町長の主張は、最後まで言葉には出来なかった。勝ち誇ったようなベリンダの声に、7人の男達はポカンと口を開ける。彼女の言葉の意味が、咄嗟に理解できなかったからだ。
「!?」
 一拍遅れて目を剥いた町長に向かい、ベリンダは言い放った。
「白ヒイラギの自生地については、昨日のうちに調査済みですのよ?」
 ――そう。ルカ達が教会に招かれ、町ぐるみのエインデル信仰についての話を聞く間、ベリンダとジェイク、ネイトの3人は、見事に教会裏手の白ヒイラギの自生地を発見していた。先程のルカの侵入ルートはそのまま、前日にフィンレーが身体中に掠り傷をこしらえながらも開拓した道のりだったのである。
 伝承通り、やはり白ヒイラギはカロッサの町に実っていた。しかしながら、町民達がこうまで強硬に隠すからには、相応の理由がなければ説明がつかない。そしてそれは恐らく、悪事に類するものであろうと、斥候隊は推測した。
 とはいえ、カロッサ側の協力がなければ、北の魔境に侵入する手立てはない。良からぬ計画が進行しているなら、原因を取り除き、考えを改めさせなければ、手を結ぶことは不可能だろう。
 町民側からの自白を促すための芝居に、おとりを申し出たのはルカだった。これまでであれば、過保護が高じて反対するだけだったベリンダや仲間達も、旅を通じたルカの成長を認めない訳ではなかったようで、考え付く限りの対策を施した上での決行となった。
 大切なルカが捕まったというのに、誰一人取り乱さないのは、これも作戦のうちだったからなのである。
 愕然とする町民達の前に、フィンレーが進み出た。
「おとなしくしていれば、こちらも手荒な真似はしない」
 整った容貌には、静かな怒りが満ちている。清廉潔白な貴公子には、町民達の卑怯な手段が許せないのだろう。ましてや彼らが盾に取ったのは、大事な親友のルカだ。威圧的な文言は、町長の脅迫の流用である。
 しかし、中の一人が何を思ったか、ベリンダに飛び掛ろうとした。俊敏な動作でこの手を払い落とし、あっさりと掴み上げたのはジェイクである。
 同時に、一番扉に近い位置にいた者が、逃げ出すか仲間に知らせるかしようとしたらしく、きびすを返した。だが、ドアノブに手を触れた瞬間、雷に撃たれたように竦み上がったかと思うと、反対側の手で手首を掴んで、床を転げ回る。ユージーンの電撃魔法を喰らったらしい。
「進んで痛い目に遭いたがるなんて、おかしな奴だな」
 片手で大の男の両手をまとめ上げ、そのまま宙に持ち上げながら、ジェイクが嘆息した。その驚異の腕力を目に、物理と魔法、一時に双方の攻撃を受けた男達は震え上がる。
 超人的な能力を見せ付けられた者の目には、彼らを従えて艶やかに笑う、美しき黄金のベリンダが、さぞかし恐ろしいもののように見えたのだろう。
 逆らう気力をなくした男達の様子に、ユージーンが術を解いた。
 真っ先にその扉を出ていったネイトの足は、聖堂に向かっていた。
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