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いらない第六王子
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「喜べ“ギュスターヴ”よ! “ストラスクライド皇国”の第一皇女、“アビゲイル”殿下との婚約が決まったぞ!」
十五歳の誕生日を迎え成人となった僕に、国王である“シャルル=ディ=ヴァルロワ”が、王族や国内の貴族達が大勢見守る中、高らかに告げた。
いや、喜べって言われても、ちっとも嬉しくないんですけど。
この国……ヴァルロワ王国は、ストラスクライド皇国と百年にわたる戦を繰り広げ、それは今もなお続いている。
戦乱と度重なる重税によって民衆を圧迫し続けてきた結果、両国は疲弊し、このたび五度目の休戦協定が結ばれることとなった。
その条件の一つとして、王族の一人をストラスクライド皇国に差し出すことになったんだけど、その役目を僕が仰せつかったというわけだ。
一応、名目上は婚姻ということになっているけどね。
つまり……僕は、王国から生贄として捧げられたのだ。
「ギュスターヴ殿下、おめでとうございます!」
「ヴァルロワ王国万歳!」
貴族達は、口々にこの婚約を祝福する言葉を並べる。
まあ、僕一人の命でこれ以上領地を奪われることなく、徴兵などによる余計な出費も抑えられるんだから、喜ぶに決まっているよね。
それに。
「ギュスターヴ、寂しくなるね」
「王国のために、その身をもって尽くせ」
「いやあ、これで王国も救われるよ」
「フン。役立たずが、ようやく役に立つ時が来たか」
「……くだらん」
同じ兄弟だっていうのに、言いたい放題だな。少しくらい、ここにいる貴族達みたいに気遣う姿勢くらいみせたらどうなんだよ。
一応、第五皇子のジャンだけは慰めの言葉をかけているけど、その実、兄弟の中で僕を最も蔑んでいることを知っている。
ジャンは世間からは『妖精王子』などと呼ばれるほど優れた容姿をしているものの、取り柄はそれしかなくて、政治や軍事面で活躍している四人の兄に実力では足元にも及ばないから、自分よりも立場の劣る僕を慰めることでマウントを取って、溜飲を下げているんだよね。
僕から言わせれば、オマエが一番屑だよ。
なんて悪態を吐きたいところだけど、コイツ等にとって僕の存在価値は綿毛よりも軽いのは事実だ。
――何せ、僕は国王と使用人との不義によって生まれた、望まれない子供なのだから。
聞かされた話によると、僕の母は伯爵家の令嬢だったのだけど、没落してしまった実家を助けるため、王宮で使用人として奉公していたらしい。
その時に、僕の母に興味を持った国王が、お手つきをしたのだ。
結果、母は身ごもってしまい、誰にも望まれない中で僕を産んだ。
ただ、元々身体の弱かった母はその後すぐに他界してしまい、僕は独りぼっちになってしまった。
このことを、僕の乳母が嬉々として語ってくれたよ。
乳母は、よほど僕を絶望に貶めたかったみたい。
まあ、乳母も元々は第一王妃の部下だったらしいから、主人の意を汲むのは当然だよね。
不義の子なんて、王妃からすれば目障りでしかないのだから。
「アビゲイル殿下との婚約式は今より三か月後! ギュスターヴはそれまで、ヴァルロワ王国の王子としての振る舞いを心掛けよ!」
「……はっ」
僕は傅き、顔を伏せたまま小さな声で返事をした。
「さあ! 皆の者、長き戦の果てに訪れた平和に酔いしれるがよい!」
国王がようやく挨拶を終え、貴族達は酒を飲み、ダンスに興じる。
僕はといえば、一応は今日の主役なので、席に着いて貴族達から偽りの労いの言葉を受け続けた。
すると。
「ギュスターヴ殿下、本日はおめでとうございます」
神官服を身にまとい、白銀の髪とアクアマリンの瞳を持った、一人の美しい女性。
“リアンノン聖教会”の『聖女』を務める、“セシル=エルヴェシウス”だ。
彼女は世界に一人しかいない治癒の力の持ち主であり、その類まれなる美貌も相まって、リアンノン聖教会の顔として外交を一手に担っている。
その裏で、女神リアンノン以外の神を否定する狂信者でもあり、女神アリアンロッドを信奉するストラスクライド皇国を目の敵にしていた。
『魔女』なんて言葉が生まれたのも、この女の仕業によるもの。
魔術師や魔法使いと何が違うんだって思うけど、聖女……いや、リアンノン聖教会曰く『魔女』というのは魔に魅入られし愚かな者のことを指すらしく、『魔女』なのに性別も関係ないそうだ。訳が分からないよ。
「……聖女様からそのようなお言葉をいただき、恐悦至極に存じます」
嘘だ。この女からの祝福の言葉ほど、僕にとって苦痛なものはない。
だってコイツは、この僕を利用してストラスクライド皇国を滅亡させることを画策している、第二皇子のルイの差し金の一人なのだから。
「ギュスターヴ殿下のような素晴らしい御方が、ストラスクライド皇国のような野蛮な国に行かれ、しかも、『ギロチン皇女』と呼ばれるアビゲイル殿下の王配になられてしまうのは大変心苦しいですが、それでも、このヴァルロワ王国のためにもどうか……どうか……っ」
僕の手を取り、瞳に涙を湛えるセシル。
どうやら『聖女』の資質には、治癒の力のほかにも演技が求められるみたいだ。
だけど。
「ご安心ください。この僕がきっと、ヴァルロワ王国とストラスクライド王国の架け橋となってみせます。だから……聖女様も、どうか僕にお力添えを」
「ああ……ギュスターヴ殿下……!」
細い手を強く握り返すと、聖女はとうとう涙を零し、声を震わせた。
周囲にいる貴族達の目には、この女狐がさぞや可憐で美しく映っているに違いない。
「聖女様……名残惜しいですが、他にお待ちの方々がいらっしゃいますので……」
「ぐす……そ、そうですね」
人差し指で涙をすくい、セシルは恭しく一礼すると、何度もこちらを振り返ってこの場を後にした。
そんな聖女の背中を見つめ、僕は口の端を吊り上げる。
これから、本当に楽しみだよ。
――その綺麗な顔が、絶望に染まる瞬間が。
十五歳の誕生日を迎え成人となった僕に、国王である“シャルル=ディ=ヴァルロワ”が、王族や国内の貴族達が大勢見守る中、高らかに告げた。
いや、喜べって言われても、ちっとも嬉しくないんですけど。
この国……ヴァルロワ王国は、ストラスクライド皇国と百年にわたる戦を繰り広げ、それは今もなお続いている。
戦乱と度重なる重税によって民衆を圧迫し続けてきた結果、両国は疲弊し、このたび五度目の休戦協定が結ばれることとなった。
その条件の一つとして、王族の一人をストラスクライド皇国に差し出すことになったんだけど、その役目を僕が仰せつかったというわけだ。
一応、名目上は婚姻ということになっているけどね。
つまり……僕は、王国から生贄として捧げられたのだ。
「ギュスターヴ殿下、おめでとうございます!」
「ヴァルロワ王国万歳!」
貴族達は、口々にこの婚約を祝福する言葉を並べる。
まあ、僕一人の命でこれ以上領地を奪われることなく、徴兵などによる余計な出費も抑えられるんだから、喜ぶに決まっているよね。
それに。
「ギュスターヴ、寂しくなるね」
「王国のために、その身をもって尽くせ」
「いやあ、これで王国も救われるよ」
「フン。役立たずが、ようやく役に立つ時が来たか」
「……くだらん」
同じ兄弟だっていうのに、言いたい放題だな。少しくらい、ここにいる貴族達みたいに気遣う姿勢くらいみせたらどうなんだよ。
一応、第五皇子のジャンだけは慰めの言葉をかけているけど、その実、兄弟の中で僕を最も蔑んでいることを知っている。
ジャンは世間からは『妖精王子』などと呼ばれるほど優れた容姿をしているものの、取り柄はそれしかなくて、政治や軍事面で活躍している四人の兄に実力では足元にも及ばないから、自分よりも立場の劣る僕を慰めることでマウントを取って、溜飲を下げているんだよね。
僕から言わせれば、オマエが一番屑だよ。
なんて悪態を吐きたいところだけど、コイツ等にとって僕の存在価値は綿毛よりも軽いのは事実だ。
――何せ、僕は国王と使用人との不義によって生まれた、望まれない子供なのだから。
聞かされた話によると、僕の母は伯爵家の令嬢だったのだけど、没落してしまった実家を助けるため、王宮で使用人として奉公していたらしい。
その時に、僕の母に興味を持った国王が、お手つきをしたのだ。
結果、母は身ごもってしまい、誰にも望まれない中で僕を産んだ。
ただ、元々身体の弱かった母はその後すぐに他界してしまい、僕は独りぼっちになってしまった。
このことを、僕の乳母が嬉々として語ってくれたよ。
乳母は、よほど僕を絶望に貶めたかったみたい。
まあ、乳母も元々は第一王妃の部下だったらしいから、主人の意を汲むのは当然だよね。
不義の子なんて、王妃からすれば目障りでしかないのだから。
「アビゲイル殿下との婚約式は今より三か月後! ギュスターヴはそれまで、ヴァルロワ王国の王子としての振る舞いを心掛けよ!」
「……はっ」
僕は傅き、顔を伏せたまま小さな声で返事をした。
「さあ! 皆の者、長き戦の果てに訪れた平和に酔いしれるがよい!」
国王がようやく挨拶を終え、貴族達は酒を飲み、ダンスに興じる。
僕はといえば、一応は今日の主役なので、席に着いて貴族達から偽りの労いの言葉を受け続けた。
すると。
「ギュスターヴ殿下、本日はおめでとうございます」
神官服を身にまとい、白銀の髪とアクアマリンの瞳を持った、一人の美しい女性。
“リアンノン聖教会”の『聖女』を務める、“セシル=エルヴェシウス”だ。
彼女は世界に一人しかいない治癒の力の持ち主であり、その類まれなる美貌も相まって、リアンノン聖教会の顔として外交を一手に担っている。
その裏で、女神リアンノン以外の神を否定する狂信者でもあり、女神アリアンロッドを信奉するストラスクライド皇国を目の敵にしていた。
『魔女』なんて言葉が生まれたのも、この女の仕業によるもの。
魔術師や魔法使いと何が違うんだって思うけど、聖女……いや、リアンノン聖教会曰く『魔女』というのは魔に魅入られし愚かな者のことを指すらしく、『魔女』なのに性別も関係ないそうだ。訳が分からないよ。
「……聖女様からそのようなお言葉をいただき、恐悦至極に存じます」
嘘だ。この女からの祝福の言葉ほど、僕にとって苦痛なものはない。
だってコイツは、この僕を利用してストラスクライド皇国を滅亡させることを画策している、第二皇子のルイの差し金の一人なのだから。
「ギュスターヴ殿下のような素晴らしい御方が、ストラスクライド皇国のような野蛮な国に行かれ、しかも、『ギロチン皇女』と呼ばれるアビゲイル殿下の王配になられてしまうのは大変心苦しいですが、それでも、このヴァルロワ王国のためにもどうか……どうか……っ」
僕の手を取り、瞳に涙を湛えるセシル。
どうやら『聖女』の資質には、治癒の力のほかにも演技が求められるみたいだ。
だけど。
「ご安心ください。この僕がきっと、ヴァルロワ王国とストラスクライド王国の架け橋となってみせます。だから……聖女様も、どうか僕にお力添えを」
「ああ……ギュスターヴ殿下……!」
細い手を強く握り返すと、聖女はとうとう涙を零し、声を震わせた。
周囲にいる貴族達の目には、この女狐がさぞや可憐で美しく映っているに違いない。
「聖女様……名残惜しいですが、他にお待ちの方々がいらっしゃいますので……」
「ぐす……そ、そうですね」
人差し指で涙をすくい、セシルは恭しく一礼すると、何度もこちらを振り返ってこの場を後にした。
そんな聖女の背中を見つめ、僕は口の端を吊り上げる。
これから、本当に楽しみだよ。
――その綺麗な顔が、絶望に染まる瞬間が。
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