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歓迎とは程遠い

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「ギュスターヴ殿下、お迎えにまいりました」

 扉がノックされたので出迎えてみると、瞳の色と同じ真紅のドレスに身を包んだアビゲイル皇女だった。

「その……似合って、おりますでしょうか……?」
「え……? は、はい、とても似合っております!」

 いけない。彼女に見惚れてしまい、褒めるのを忘れていた。
 慌てたものだから、声が上ずってしまったじゃないか。

「ギュスターヴ殿下も、とてもよく似合っております」
「あ、ありがとうございます」

 今日の衣装はあらかじめ皇国が用意してくれたもので、彼女のドレスと同じく赤を基調としている。

「僕達、お揃いですね」
「あう……そ、そうですね」

 僕が笑顔でそう言うと、アビゲイル皇女が頬を赤くして目を逸らしてしまった。
 ひょっとしたら、僕の衣装が赤なのはアビゲイル皇女の指定なのかもしれない。

「では、まいりましょう」
「はい……」

 アビゲイル皇女の手を取り、部屋を出て会場へと向かう。
 その途中。

「その……ブリジットとは、どのようなお話をなさっていたのですか?」

 僕の顔をのぞき込み、アビゲイル皇女がおずおずと尋ねた。
 表情はいつもどおりだが、その真紅の瞳は不安の色がうかがえる。

「大した話ではありません。アビゲイル殿下のことをよろしくお願いしますと、それだけでしたよ」
「そ、そうですか……」

 アビゲイル皇女は安堵した様子を見せるものの、僕の右手にある彼女の手に、少し力がこもった。
 おそらく、それがブリジットの本心ではないことを、彼女が誰よりも知っているからこそ、思うところがあるのだろう。

 だから。

「僕もあなたの婚約者として、まもなく夫となる者として、アビゲイル殿下を支えたいと思います」
「あ……」

 これは、僕の本心。決してブリジットの言葉は関係ない。
 もちろん、復讐を果たすために彼女に何かあっては困るということもあるけれど、それだけじゃないんだ。

 だって……復讐の先にある、あの日・・・の言葉の続きが知りたいから。

「ギュ、ギュスターヴ殿下は、そ、その……っ」

 何かを言おうとしたアビゲイル皇女だったが、会場の扉の前に到着した途端、両脇に控える騎士によって開け放たれてしまい、途中でさえぎられてしまった。

「皆の者! この二人の若者の未来に祝福を!」
「アビゲイル殿下、万歳! ギュスターヴ殿下、万歳!」
「ストラスクライド皇国に、栄光あれ!」

 エドワード王の会場中に響き渡る声に導かれ、居並ぶ出席者達が偽りの笑顔で賛辞を贈る。
 形式上の媚びへつらった言葉をもらったところで、嬉しいはずもない。

 その証拠に、視線はヴァルロワ王国を……いや、不義の子で第六王子の僕をさげすんだもの。
 まあ、最初から何も期待していないので、別に構わないけどね。

 ただ。

「それでは、皆は楽しむがよい」

 従者を連れ、早々に会場を後にするエドワード王。
 せめて父親であるあなただけは、アビゲイル皇女を祝福してあげてほしかった……って。

「ギュスターヴ殿下、こちらを」

 アビゲイル皇女が、ブドウの果実水が入ったグラスを手渡してくれた。

「ありがとうございます」
「このパーティーは、早々に切り上げることにいたしましょう」
「え? よ、よろしいのですか?」

 まさかそのような提案をされるとは思わなかったので、僕は思わず聞き返す。
 主賓の僕達が、いなくなってもいいのだろうか……。

「問題ありません。それより……いえ、なんでもありません」

 アビゲイル皇女は、こちらを見ている数人の貴族に鋭い視線を向けた後、目を伏せた。
 なるほど……あの不快な視線を送っている者達から、僕を守るために……。

「ご心配なく。僕としては、そのようなことをしてアビゲイル殿下の印象が悪くなってしまうことのほうが嫌です」
「あ……で、ですが……」
「それより、僕のことは気になさらないでくださいね。今日は皇国中の貴族が集まる、またとない機会。みすみす逃すようなことをしてはもったいないです」

 ブリジットとの皇位継承争いをしている彼女にとって、少しでも有利に進めるためには時間を無駄に使わせるわけにはいかない。
 その証拠に。

「アビゲイル殿下」

 ほらね。しびれを切らしたクレアが、わざわざ声をかけてきたし。

「さあ」
「……すぐに用事を済ませて戻ります」

 キュ、と唇を噛み、クレアを連れてアビゲイル皇女はこの場を離れる。
 これでいい。今は少しでも、ブリジットと戦うための力を手に入れるべきだ。

 それに。

「あら……お姉様はギュスターヴ殿下をお一人になさったのですか? お可哀想に……」

 タイミングを見計らったかのように現れたブリジットが、僕のそばに来てそっと頬を撫でた。
 アビゲイル皇女から僕を離間させるには、またとない機会だからね。来ると思っていたよ。

「あはは……アビゲイル殿下は第一皇女としてお忙しい御身おんみですから……」
「それでも、今夜は殿下とお姉様の婚約をお祝いするためのもの。なのに、これではあまりにも酷いですわ」

 悲しそうな表情を浮かべ、ブリジットが僕の胸に手を添える。
 僕にはそんなことをしても何も響かないけれど、周囲にいる貴族達には良い印象を与えるには充分だ。

 その証拠に、ヴァルロワの王子であっても慈愛を見せるこの女に向ける貴族達の温かい視線が、全てを物語っている。

「もしよろしければ、お姉様が戻るまでの間、ご一緒してもよろしいでしょうか……?」
「それはもちろん。ブリジット殿下は、いずれ僕のになられるわけですから」
「ウフフ、そうですわね」

 少しおどけて頷いてみせると、ブリジットはクスリ、と笑った。
 エメラルドの瞳は一切笑っていないけどね。

 それもそうか。不義の子の第六王子になんて呼ばれたら、不快に思うに決まっている。

「では、どうぞこちらへ」

 ブリジットに手を引かれ、僕は会場の外に出る。
 さて……どんなをしてくれるのか、楽しみだよ。

 無邪気を装って微笑むブリジットに、僕は口の端を吊り上げた。
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